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米国の「BMD」売り込み圧力を撥ねつけた韓国
日本は唯々諾々と言うことを聞いてしまうのか?
2015.4.16(木) 北村 淳
米国防長官、今後2か月で2度アジア訪問 リバランス政策を強調
「ミスターBMD(弾道ミサイル防衛システム)」の異名をとるアメリカのアシュトン・カーター国防長官(2015年2月20日撮影、資料写真)。(c)AFP/Jonathan Ernst〔AFPBB News〕
アメリカのアシュトン・カーター国防長官が日本訪問に引き続いて韓国を訪問した。日本の一部メディアは、カーター長官の「過去の問題に拘泥するよりは未来志向になるべきである」というコメントが“日本の肩を持った”と一部韓国メディアが憤慨している状況を取り上げているが、韓国ではより深刻な関心が別にあった。すなわち、強力な「弾道ミサイル防衛システム推進論者」であるカーター長官が、以前から韓国で議論が沸騰している「THAAD」(戦域高高度防衛あるいは終末高高度防衛)の韓国配備に関して何らかの形で圧力をかけるのではないか? という危惧であった。
アメリカの5段構えのBMDシステム
THAADというのは、アメリカ陸軍が主導してロッキード・マーチン社が開発した「弾道ミサイル防衛システム(BMD)」の1つである。現在アメリカ軍はTHAADを含む下記の5種類のBMDを運用している。
最前線防御ラインは、イージスシステム搭載艦(巡洋艦、駆逐艦:いわゆるイージス艦)からSM-3迎撃ミサイルを発射して宇宙空間で弾頭を迎撃する「イージスBMD(SM-3)」(海上自衛隊も運用している)。
イージス艦「きりしま」からのSM-3発射状況(写真:ロッキード・マーチン)
第2防御ラインは、地下サイロからGBI(地上配備型迎撃ミサイル)を発射して宇宙空間で弾頭を迎撃する「GMD」(Ground-based Midcourse Defense:地上配備型ミッドコース防衛)。
第3防御ラインは、地上に設置された発射装置からTHAADミサイルを発射して大気圏に再突入してきた弾頭を高高度上空で撃墜する「THAAD」。
第4防御ラインは、イージス艦からSM-2迎撃ミサイルを発射して攻撃目標に迫りつつある弾頭を撃墜する「イージスBMD(SM-2)」。
そして最終防御ラインは、地上に設置された移動式発射装置からPAC-3ミサイルを発射して攻撃目標直近(20〜30キロメートル)まで肉薄した弾頭を迎撃する「PAC-3システム」(航空自衛隊も運用している)。
中国やロシア、それに北朝鮮から発射された大陸間弾道ミサイル(ICBM)は30〜35分程度でアメリカ本土(アラスカ州とハワイ州を除く)に到達する。その30〜35分の間に、5種類のBMDを繰り出してICBMの核弾頭を撃破してしまおう、というのがアメリカの弾道ミサイル防衛構想である。
THAADミサイル発射状況(写真:米陸軍)
なぜBMDを同盟国に売り込むのか
THAADをはじめとするBMDシステム開発には極めて高度な技術が必要であり、開発費用は超高額に達してしまっている。そこで、国防費の削減という事態に直面しているアメリカとしては、BMDの開発を維持するために同盟国へBMDシステムを売り込んだり開発に参加させることによって、BMD開発費用を補填させねばならない。
しかしながら、それらのBMDシステムは、基本的には中国やロシアそして北朝鮮から海を越えてアメリカ本土に飛来するICBMを撃破するというシナリオに基づいて開発されている。したがって、弾道ミサイル攻撃の脅威にさらされている同盟国に“アメリカ用”BMDシステムが直接役に立つとは限らない。また、いずれのBMDシステムも超高額兵器であるため、調達できる同盟国は限定されている。
現在のところ、各種BMDシステムのうち比較的安価(といっても高額である)なPAC-3システムは日本、台湾、ドイツ、オランダ、イスラエル、サウジアラビア、クウェートをはじめ10カ国以上が保有しており、韓国軍も2016年から運用を開始する予定である。
しかし、その他のBMDシステムはさらに超高額であるため、日本がイージスBMD(SM-3)を、サウジアラビアがTHAADを購入しているのみである。
ペンタゴン、そして「ミスターBMD」と呼ばれているカーター国防長官としては、ますます国防予算が逼迫する状況に対応して、日本とサウジアラビア以外にも少しでもBMD市場を拡大して、アメリカ自身のBMD開発を維持しなければならないのだ。
とりあえずTHAAD配備をかわした韓国
実用段階に達したと判断されたTHAADは、アメリカ本土での運用が開始された。しかし、THAADの発射装置、制御装置それに迎撃ミサイルのいずれも超高額で、アメリカ陸軍自身も十二分な試射ができない状況に陥っている。
したがって、サウジアラビアに引き続き弾道ミサイルの脅威に直面している同盟国への売り込みを図って少しでもTHAADの単価を引き下げることが、THAADプログラムの維持発展のためには急務となっている(THAADシステム1セットは1000億円と言われていたが、ますます開発費用がかさんできており2000億円以上になるとも言われている)。
そのTHAADを韓国に配備しようという声がアメリカ側から上がっており、韓国の一部にも同調する動きが見られる(ただし“配備”といっても、アメリカ軍が在韓米軍基地に持ち込んで設置するのか、韓国軍が調達するのか曖昧な状況である)。
THAADミサイル発射装置(写真:米陸軍)
しかしながら、韓国側ではTHAADの配備には消極的な声が大きい。
というのは、そもそもアメリカをICBM攻撃から防衛するためのTHAADが、隣国から発射される短距離弾道ミサイルから韓国を防衛するために有効なのか? 十分な迎撃試射もなされていないTHAADは製造メーカーが主張しているような高迎撃率なのか? という兵器そのものに対する疑問が横たわっているからである(アメリカ攻撃用のICBMは発射から着弾まで30〜35分飛翔するが、北朝鮮が発射する韓国攻撃用弾道ミサイルの飛翔時間は5分程度である)。
そして、そのような不確実なTHAADに巨額な国費を投入することが、はたして韓国国防にとって無理をしてまで推進すべきことなのか? という経済的理由が決定的な反対要因となっている(韓国自身が購入する場合はもちろんのこと、たとえ米軍が設置しても、そのメンテナンスをはじめ運用コストは韓国側が負担することになる)。
韓国政府ならびに国防当局は、カーター国防長官が訪韓した際に、韓国側では懸案となっているTHAAD配備に言及しないように、事前に手を打ったようである。カーター長官はこの問題には触れなかったようで、“とりあえず”ではあるものの、韓国はTHAADに対する巨額の出費を回避することができたわけである。
次の売り込み先は日本?
韓国よりも“容易な”THAAD売り込み先は日本であると考えられる。なぜならば、高額兵器の“常連客”である日本は、下記のようにアメリカにとって好条件が揃っているからだ。
(1)中国と北朝鮮の極めて多数に上る弾道ミサイル攻撃の危険性にさらされているため、BMDシステム強化という説得がしやすい。
(2)日本自身が高度なBMD用ミサイル関連技術力を保有しており、技術協力を引き出すことができる。
(3)「日米同盟の強化」を防衛の金科玉条にしており、「日米同盟の強化」のために無理をしてでもアメリカから超高額兵器を買ってくれる。
(4)国防予算を最終決定する国会が“防衛音痴”であり、とんでもない額に上るミサイル防衛予算でも比較的容易に成立する。
ただし、「普天間基地の辺野古移設問題や集団的自衛権行使容認などの防衛問題に関心が持たれているこの時期に、THAADの売り込みを計るのは得策でない」とペンタゴンは考えているためか、日本に対するTHAAD売り込みの動きは表立っては現れていない。しかしながら、韓国へのTHAAD売り込みが難航している以上、やがては「日米同盟強化のためにTHAADの日本配備」という声が聞こえてくるものと思われる。
日本はBMDより先になすべきことがある
これまで、日本は「北朝鮮弾道ミサイルの脅威から身を守る」という謳い文句で、アメリカから超高額兵器イージスBMDやPAC-3システムを多数購入してきている。ただし、日本にとって最も脅威となっている弾道ミサイルは北朝鮮ではなく中国である。そして、日本が保有している程度の数のイージスBMDやPAC-3では、北朝鮮の弾道ミサイル攻撃を阻止する可能性は若干期待できるものの、中国の弾道ミサイル攻撃を阻止することは不可能である。
さらに日本にとって悪いことには、万が一中国が日本に対する弾道ミサイル攻撃を敢行するような事態に立ち至った場合には、弾道ミサイルの数倍に上る膨大な数を取り揃えている長距離巡航ミサイルが雨あられと日本に降り注ぐことになることは確実である(参照:『巡航ミサイル1000億円で中国も北朝鮮も怖くない』講談社)。そして、超高額兵器であるBMDシステムは、残念ながら巡航ミサイル攻撃の前には無力に近い存在なのである。
確かにBMDは、保有していないよりは保有していたほうが日本防衛にとってはプラスになることは間違いない。しかしながら、巨額の国防予算を投入している状況に見合うだけの抑止効果を中国や北朝鮮に与えていないと考えざるを得ない。
したがって日本政府は、「日米同盟の強化」といった甘言に惑わされることなく、唯々諾々とアメリカの言いなりになって超高額兵器であるBMDシステムになけなしの防衛費をつぎ込む姿勢を改めるべきである。
そして、より費用対効果の高い防衛手段(例えば、報復攻撃を実施することによって抑止効果を生み出す、など)へ国民の血税をつぎ込まなければならない。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43529
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