http://www.asyura2.com/15/warb15/msg/402.html
Tweet |
米国で交わされている「文民統制」議論の中身
離島防衛を考える(第3回)
2015.4.7(火) 部谷 直亮
米フロリダ州で軍ヘリが墜落、海兵隊員ら11人不明
近年の米国の政軍関係研究では、確立された文民統制をどのように運用していくかが議論のテーマとなっている。サウジアラビアの空軍基地近くを飛行するUH-60ブラックホーク・ヘリコプター(2000年10月30日撮影、資料写真)〔AFPBB News〕
前回(「自衛隊がクーデター?日本の議論は時代遅れだ」)、すでに米国ではクーデター防止や軍隊の暴走が主要なテーマから外れたと述べましたが、では、近年の米国の政軍関係研究ではどのようなことが議論されているのでしょうか。
それは、確立された文民統制をどのように運用していくかということでした。これは1990年代以降の「政軍関係研究のルネサンス」と言われた中で中心となった議論の1つです。この問題意識に関しては多くの議論が存在しますが、ここでは主観的に興味深いものをご紹介させていただきます。
米国における文民統制の考え方
(1)文民を「元請け」、軍人を「下請け」と見なす考え方
第1は、デューク大学教授のピーター・フィーバーの議論です。彼の考えは、分かりやすく言えば、文民を元請、軍人を下請と見なして政軍関係を考えるというものです。
つまり、軍人と政治指導者の間では、基本的な利害は一致していても、部分的には政策的な利害関係が一致しない場合があります。例えば装備品の調達であったり、軍隊の派遣をめぐる決定においてです。その際、軍人は自らの専門知識の優位性等を生かして、政治指導者の政策に抵抗したり、または怠けようとする傾向があると主張したのです。
また、フィーバーは選挙を経た文民にのみ失敗する権利があって、軍人にはないと指摘しています。
これは、新制度派経済学のプリンシパル・エージェント理論を政軍関係論に持ち込んだものです。フィーバーはこうした軍の政策上や予算上の怠慢や抵抗に対しては、監視と解任およびその示唆をもってして当たるべきと主張したものです。
これによってフィーバーは、クーデターを起こさなくなった軍隊にも、政軍関係論の研究課題があると主張したのです。この理論は実は中国の党軍関係の研究でも援用されており、今や政軍関係研究では大きな地位を獲得していると言っても差支えないでしょう。
また、近年のフィーバーで興味深いのは、政策決定において軍人が従うべき「文民」は、国民なのか、それとも大統領や国防長官を意味するのかという論争の存在を指摘しており、これも確保された文民統制下での新たな問題と言えましょう。
(2)文民と軍人の政権内の活発な議論が重要
第2はノースウェスタン大学准教授のリサ・ブルックスの議論です。
彼女は、文民と軍人の力関係が拮抗しており、重要な安全保障政策に対する見解が異なる場合は、自国の軍事的能力を過大評価し、外交的な制約を無視した軍事戦略を採用することとなり、悲惨な結果を生むと主張しました。逆に文民の優位性が確立され、かつ両者の見解が一致している場合、戦略的な成功をおさめられるとしました。
つまり、よき政軍関係こそが戦略的な成功を生むという考え方です。
(3)好戦的な文民が戦争をもたらすという考え方
第3は、話題作『シビリアンの戦争――デモクラシーが攻撃的になるとき』で著名な青山学院大学兼任講師の三浦瑠麗先生やジョン・キミナウの研究です。これは、対外行動を巡る政策決定過程では、軍人よりも文民の方が攻撃的な政策を主張する傾向が時としてあるというものです。
三浦先生の言葉にあるように「軍の暴走の懸念は日本では強いが各国でもまだ強い。しかし現実はむしろ文民政府の暴走とそれへの国民の支持こそが問題」という、大変興味深い、逆説的な主張です。つまり、軍よりも文民の暴走こそ防止すべきだというものです。
(4)政治指導者は軍に対して遠慮なく介入するべきという考え方
第4は、ジョンズ・ホプキンス大学教授のエリオット・コーエンによる主張です。これは戦時の文民指導者は、軍隊に対し、恐れずひるまず介入すべきという主張です。
戦時の政軍関係においては、クラウゼヴィッツを理論的な根拠として、政治指導者は戦争のあらゆる局面で介入すべきと主張します。彼は、リンカーン、ベングリオン、クレマンソー、チャーチル等のような偉大な政治指導者は、軍部と衝突し、遠慮ない批判や対話を重ね、人事異動を積極的に行うことで、政治目的を戦争によって達成できたと評価します。
一方、クリントン政権までの米国の政軍関係は、政治指導者がハンチントン的な「通常(normal)」の理論に基づき、軍と距離を置き、積極的な介入や対話をしないことで、ベトナム戦争の敗北、湾岸戦争の戦略的な失敗等につながったとしているのです。
興味深いのは、コーエンはこの主張を述べた自らの著作をゲラ段階でブッシュ大統領に進呈し、かなりの影響を受けたことです。ブッシュ大統領が聖書以外で唯一読んだ本などと冗談を言う人もいますし、「もしブッシュ大統領が読んだのが、軍人の自主性を重んじたハンチントンの著作だったら、イラク戦争は起きなかったのに」と皮肉を言う米国の研究者もいます。それだけ当時の政権に影響を与えたのです。
ただし、イラク戦争との評価とは別に、コーエンの主張は賛否の議論が続いており、イラク戦争の結果をもって批判するのは誤りでしょう。
米国での研究から見えてくるもの
いずれにせよ、これらの研究は、いずれも軍の暴走や政治介入を懸念するのではなく、すでに文民統制は確固たるものとして、その上で、どのように文民統制を運用していくべきかという点に主眼があります。いかに効率的な予算策定を可能とするか、いかによりよい戦略決定を下せるようにするべきか、いかに無謀な戦争を回避するかというものなのです。
これを分かりやすく指摘するのが、前回も触れた、ボストン大学教授のアンドリュー・ベースビッチの指摘です。ベースビッチは、実際の政軍関係の問題は、軍部というものが、自動車メーカー、労働組合、映画産業、環境保護団体、宗教組織、マイノリティ団体、イスラエルロビー等と、自らの信念に基づいた自分たちの政策を進展しようと画策するという意味では何ら変わりがないと指摘します。
軍人たちは、これらの団体と同様に、自らが必要とする装備品の調達等を大統領や国防長官が潰した際に、国会議員やメディアに公然・非公然の区別すらなく働きかけ、リークすら行うことで自らの主張を通そうとする。これはまだなされていない決定に対しても先制攻撃として行われる場合もある──。そうベースビッチは指摘し、これらは文民統制への直接攻撃であるとすら言っています。
まさしく、ベースビッチの指摘は、クーデターおよび暴走防止といった冷戦以前にされていた、悪く言えば形式主義的な議論よりも、実務的な問題にこそ本当の重要な問題があると指摘するものです。
換言すれば、もはや起こりそうもないクーデターを問題視するよりも、特定の利益集団の1つである軍の部分最適を目指そうとする行動が、全体最適を破壊する事態こそが現代の課題だと指摘しているのです。これこそが、現在の政軍関係の主要なテーマの1つなのです
文民統制の運用法を積極的に議論している米国
そして、このことから、日本の一部の過激な保守派の「文民統制が騒がれるのは日本だけ」という主張が極めて珍妙なものであると分かります。上記は現状の研究の一部ですが、米国では既存の文民統制をどのように維持し運用するかを積極的に議論しているわけです。
そもそも、クリントン政権時に米軍が同性愛を許容しないことが市民社会との断絶とされ、ひいては「政軍関係の危機」説が唱えられてしまう米国で、文民統制が騒がれていないなどと指摘するのは非常に不思議かつ間違った思い込みとでも言うべきものでしょう。
同時に、かつて「素人だからこそ文民統制ができる」と発言した防衛大臣がいましたが、これも間違いだと言えるでしょう。通り一辺倒の文民統制の形式主義的な維持ならば、当該問題について無知で無教養な素人でもできるかもしれません。自衛隊をひたすら警戒し、監視し、遠ざければよいのですから。
しかし、現代的な文民統制は、実務的な問題であり、その効果的な運用が主要なテーマです。必然的に専門知識と広範な教養をもつ人間でなければ難しいでしょう。無論、単なる専門家であればよいというものでもないのは、農業や医療と同様ですが。
(つづく)
(参考文献)
・菊地茂雄「「軍事的オプション」をめぐる政軍関係 ―軍事力行使に係る意志決定における米国の文民指導者と軍人―」『防衛研究所紀要』第17巻第2号、2015年2月。
・三浦瑠麗『シビリアンの戦争 デモクラシーが攻撃的になるとき』岩波書店、2012年。
・Peter D. Feaver, Armed Servants: Agency, Oversight, and Civil-Military Relations, Harvard University Press, 2003.
・Peter D. Feaver "The Right to Be Right: Civil-Military Relations and the Iraq Surge Decision" International Security, volume 35, issue 4.
・Risa A. Brooks, Shaping Strategy: The Civil-Military Relations of Strategic Assessment, Princeton University Press, 2008.
・Jon A. Kimminau, Civil-Military Relations and Strategy: Theory and Evidence," , unpublished PhD thesis, Ohio State University, 2001.
・Eliot A. Cohen, Supreme Command: Soldiers, Statesmen, and Leadership in Wartime, New York, The Free Press, 2002.
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43411
投稿コメント全ログ コメント即時配信 スレ建て依頼 削除コメント確認方法
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。