02. 2015年3月18日 06:35:15
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イスラム国に負けたイラク軍が弱かった理由政権交代に伴い立て直しが進む 2015年3月18日(水) 堀田 佳男 世界中に悪名をとどろかせている過激派組織「イスラム国」。2014年6月に“イスラム国家”の樹立宣言をして以来、イラク、シリア両国で強い勢力を維持し続けている。 これに対峙するイラク軍はどれほどの力を持っているのだろうか。今後、イスラム国を駆逐できる強さがあるのか。 イラク軍の兵士数は約25万人と言われている。一方、イスラム国の戦闘員数は複数の調査機関の情報を総合すると、多くて5万人。米中央情報局(CIA)の推測では最大で3万1500人でしかない。 数の論理から言えばイスラム国が圧倒的に不利である。勢力を拡大することすら困難にも思えるが、現実は違う。14年6月、イスラム国がイラク北部の都市モスルを占拠した時、イスラム国の戦闘員は800〜1000人だったに過ぎない。それでも彼らは人口約100万人の都市を陥落させている。イラク軍はモスルに約3万人を配備していた。しかもイラク軍にはタンクや戦闘機、軍用車両、さらには米軍やイランから提供された武器・弾薬があった。それでもモスルは落とされた。 モスルの南に位置する人口約25万の都市ティクリートも同年6月、イスラム国の侵攻を受けて陥落した。数の論理が働いていないどころか、反比例しているとさえ思えるほどだ。 昨年、なぜ25万のイラク軍が1000人ほどのイスラム国に負けたのか。取材すると興味深いことが見えてきた。端的に述べると、脆弱性が際立っていたのだ。 その理由を述べる前に、イスラム国の最高指導者バクダティが14年7月に行った演説の内容を紹介したい。イスラム国が何を目指すかについて語っている。「イスラム教徒よ、自らの国家建設を急ぎなさい。シリアはシリア人のものではないし、イラクもイラク人のものではない。すべてのイスラム教徒のものだ。この信念を貫き通すなら、ローマを征服して世界を手に入れることができるはずだ」。 ローマまで進軍することを本気で考えているかはわからない。だがバクダディは、東はイランからアフガニスタン、西は北アフリカにおよぶ領域をイスラム国の支配下にする野望を表明している。しかも暴力的に達成するつもりだ。 イラク軍の主力は士気の低い旧フセイン軍兵士 イスラム国に攻められモスルが陥落した時、実は多くのイラク軍兵士たちが逃走していた。イスラム国戦闘員が戦う様子を見て、6月以前から逃げ始めていたという。イラク軍は数では上回っていたが、命を賭けてまで国土を死守する気概に欠けていたのだ。兵士としてあるまじき姿である。 03年のイラク戦争でサダム・フセイン政権が崩壊した後、当時のイラク軍も解体された。行き場を失った兵士たちは、新たに組織されたイラク軍に加わったのだ。 米ジョージ・メイソン大学ジェームズ・フィフナー教授は実態をこう説明している。「職を失った多数の兵士たちが今のイラク軍に雇われているのです。仕事がないから軍隊に入ったというのが現実。安定した生活を望む彼らの士気は著しく低いですし、兵士としてのモラルにも欠けています」。 米政府はそんなイラク軍に対し、05〜12年の7年間だけで約200億ドル(約2兆4000億円)も費やしてきた。米国流の「思いやり予算」である。予算の中には銃や弾薬、さらにタンクや戦闘機、装甲車両も含まれる。14年8月からは空爆でも支援している。 死ぬことを厭わず戦うイスラム国の戦闘員たちに、安定収入を得るために入隊したイラク軍兵士が勝てるだろうか。モスルとティクリートが陥落した理由がそこにある。 「幽霊兵士」まで表れる始末 さらに、軍隊に必要な統制のとれた指揮系統や規律もイラク軍には欠落していた。特に米軍がイラクから撤退した11年末以降、弱体化は著しかった。米ケーブル局CNNはイラク軍のそうした実態を「戦う集団というより福利厚生を手にする人たち」とさえ形容している。 しかも「幽霊兵士」問題も浮上している。幽霊兵士というのは、死亡または退役したにもかかわらず、いまだに兵士として登録されている人たちのことだ。家族や退役軍人がそのまま給料を受け取る腐敗がはびこる。 それだけではない。米軍が提供した最新鋭の武器は適切に維持されず、挙げ句の果てにイスラム国の手に渡ることもある。さらにマリキ前政権は軍隊の上層部をシーア派で固めて政敵の追放にエネルギーを費やし、イラク軍の機動力や兵力の強化に努めてはこなかった。 アバディ政権になって立て直し進む それでも昨年、アバディ新首相が誕生してから、イラク軍の立て直しが少しずつ進んでいる。まず26人の将軍を退役させた。そして「腐敗を駆逐して、軍隊としてしっかり機能する組織にしたい。何よりもイラク軍としての自信を取り戻したい」と述べ、イスラム国と真っ正面から戦う姿勢を示している。 今月になってティクリートを奪還する軍事行動に出た背景にはこうした流れがある。イラク軍は5旅団を配備するだけでなく、予備役から2旅団を準備している。クルド自治政府の治安部隊も3旅団が加わり、兵力は計2万5000人に及ぶ。 今後はモスルも奪い返す予定だ。モスルを占領しているイスラム国の戦闘員は最大で2000人。イラク軍兵士たちに「過激派集団に占領させておくわけにはかない」との強い思いがみなぎり、統制のとれた命令系統と規律が出来上がれば、イラク軍の両都市奪還作戦は5月末までに成功するかもしれない。イランの革命防衛隊もイラク軍に加わっているので、成功する可能性は大きい。 イラク再建はいまだ道なかば イスラム国の掃討作戦を主導する米中央軍のロイド・オースティン司令官は今回の奪還作戦について、「イラク軍が強化されて、しっかりした戦略のもとでイスラム国に対抗していると信じている」と米メディアに対して前向きに語っている。少なくとも、昨夏のようにイラク軍兵士が逃げ惑うことは、もうないのかもしれない。 一方、首都ワシントンで情勢を見守るオバマ大統領はイスラム国の壊滅を願うが、いまでも地上軍の大規模派遣には賛成していない。ジョージ・ブッシュ前大統領が始めたアフガニスタンとイラクでの戦争を早期に終結することを政治課題の一つに挙げたオバマ氏は今でも、できるだけ戦争をしないスタンスでいる。 イスラム国への空爆もできれば回避したかったはずだ。だが、国防総省(ペンタゴン)と一部の共和党議員は地上軍派遣の必要性を説き、オバマ氏はいま、限定的に地上軍を派遣する可能性を示唆している。 数の論理ではイラク軍に歩があるが、今後3年でイスラム国を壊滅できる保証はないというのが専門家の見方だ。士気の高いイスラム国戦闘員を駆逐することは容易ではない。 イスラム国が誕生した一因はフセイン政権の崩壊にある。イラク侵攻を主導した米国に対するイスラム過激派たちの反発によって組織ができていった。 以前、あるクリスマス・パーティでアフリカの小国の大使と話をしたことがある。イラクについて話が及んだ時、大使は言った。「米国が本気を出したら小さな国など3日で潰れてしまいます。イラクが好例です。けれども、国家を再建するには10年の歳月が必要になります。米国はその歳月の重さがわかっているのでしょうか」。 その時の言葉がいまでも心に沁みる。イラク再建はいまだ道なかばである。 このコラムについて アメリカのイマを読む 日中関係、北朝鮮問題、TPP、沖縄の基地問題…。アジア太平洋地域の関係が複雑になっていく中で、同盟国である米国は今、何を考えているのか。25年にわたって米国に滞在してきた著者が、米国の実情、本音に鋭く迫る。 http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20150316/278773/?ST=print
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