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元海上自衛隊幹部が明かす!2002年テロ対策で派遣された「中東という戦場」で見た現実
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46562
2015年11月29日(日) 文/高嶋博視(海上自衛隊元横須賀地方総監) 現代ビジネス
パリでの同時多発テロに対して、EUが「集団的自衛権の行使」を初めて表明した。日本にとっても、もはや「憲法9条があるから関係ない」では済まされない時代になってしまった。2002年、「イラク戦争」前夜、テロ対策に従事する各国海軍を支援するため、中東という戦場に海上自衛隊の艦隊が向かった。この艦隊を率いた指揮官だった嶋博視・海上自衛隊元横須賀地方総監は当時、何を思い、戦争にどんな覚悟を決めていたのか。
■イージス艦派遣をめぐる「不毛の議論」
平成14年(2002)11月、私は、護衛艦隊司令部幕僚長から第1護衛隊群司令(在横須賀)に転出した。ほどなくして、テロ対策に従事している、列国海軍に対する補給支援活動に従事するため、インド洋に展開した。所謂「テロ特」(テロ対策特別措置法)である。
11月25日という出港(出国)日は、まさに米英軍等によるイラク攻撃が明日にも始まろうかというときであり、現地に赴く我々自身は勿論のこと、マスコミの関心・焦点は、いざ攻撃が始まったならば、現地に展開している我々(海上自衛隊のインド洋派遣部隊)がどのようにかかわるのかにあった。
横須賀出港前、総監部の一室で記者会見があり、記者からそこを突かれた私は、「上級司令部と連携を密にして、本国の指示に従って行動する」というのが精一杯であった。当然、中央や上級司令部ではその点について議論がなされていたと思うが、派遣部隊指揮官に明示できるまでには至っていなかったのであろう。
余談ではあるが、当時中央ではこの問題に加え、米海軍と極めて相互運用能力(インターオペラビリティ)が高い「イージス艦を派遣していいのか」という、今思えば笑い話のような議論が真面目な顔でなされていた。
この問題は、結果的に我々の出港までに結論(政治的決着)が得られず、後日、現地(インド洋)では甲板で目玉焼きができる、即ち、それほど過酷な環境条件下での任務であるという説明・論理が政治的に受け入れられ、私の旗艦となるべきイージス艦「きりしま」の出港が認められたのである。
「きりしま」は我々に遅れること約3週間、母港横須賀を出港、インド洋に急行し、現地で我々に合流した。数年後、あるマスコミ関係者とこの件について話していたとき、彼が「あの(イージス艦派遣)議論はいったいなんだったのでしょうか?」と私に訊ねた。私は迷わず「不毛の議論です」と応えた。
■「統率の妙を発揮してくれ」
インド洋において私が指揮するのは、たかだか護衛艦2隻と補給艦1隻のみではあるが、数千億円という国有財産と隊員の生命を預かっている責任は重い。
出港前、海上自衛隊の全部隊を束ねる自衛艦隊司令官(海将)は、派遣部隊指揮官である私に対し、「(イラク攻撃に関する)可能な限りの情報は提供する。攻撃が始まった場合には、統率の妙を発揮してくれ」と言われた。この言葉は、とても重かった。今思い出してもズシリとくる言葉である。
この任務を遂行するためには、私がこれまでに培ってきた艦乗りとしての能力、海上戦闘員としてのノウハウ、そして何をおいても私自身の人間性など、全力をもって臨まなければならないと思った。
私がやるべきことは大きく二つ。一点は当然のことながら、補給支援活動という任務(仕事)の完遂。そしてもうひとつは連れて行った隊員総員を、とにかく生きたまま帰国させること。
言葉は悪いが、たとえ片腕がなくても、目が見えなくても、とにかく生きてさえいれば将来は開ける。話もできる。向こうの世界のことは知らないが、死んだ人が生身の人間として生き返ることはない。
米軍とイラクが戦争を始めた場合、現在の日本の法律(しばり)からして、我々が直接戦闘に参加することはまずないだろう。しかし、その余波を受けることは大いにあり得る。単純に言えば、我々が戦闘行動に参加しようとしまいと、相手(テロリスト)は「敵の友達は敵」と判断するだろう。従って、テロによる攻撃を最も恐れた。
横須賀から現地(インド洋)まで、艦の足では20日ほど要する。この20日間は天が我々にくれた最終準備期間だ。この間に、頭の体操を行うこととした。
我々に付与される可能性のある任務は、まずは在留邦人の救出・保護と輸送であろう。これは何をおいても最優先で行う必要がある。補給艦がいるとはいえ、我々の輸送能力には限界がある。どこに集合してもらって、どこまで送り届けるのか。
その場合、在外公館との連携はどうするのか。大使館勤務の経験が役に立った。現地の公館が何をできるか、我々が何をしなければいけないのか。その点について、おおよその見当がついた。
■紛れもない戦場
次に、湾岸から原油を輸送する日本籍タンカー、あるいは日本向け便宜置籍船の護衛があるだろう。しかし我々には、恥ずかしながらペルシャ(アラビア)湾から日本に油を運ぶ船がどの程度あって、どのように運航しているのか、具体的なデータがなかった。
まずはそこの情報収集が先決であった。情報のない作戦は、単なる空想の世界でしかない。
またひとつの例としては、前回のイラン・イラク戦争のように機雷が敷設されると、我が国が再び掃海艇の派遣を決断するかもしれない。その場合には掃海艇の護衛もあり得る。
ない情報は仕方ないが、知恵はいくらでも絞ることができる。いろいろ思考しつつ、我々に与えられた猶予期間の20日間はあっという間に過ぎ、現地に到着して、本来の任務である補給支援活動を開始した。
ある日、補給と整備のため各国海軍の艦艇が停泊している港に入った。任務を始めて最初の入港(岸壁横付け)であった。
中東が常に臨戦状態にあることは、頭では理解し、自分なりに準備もしたつもりであったが、入港して自分の甘さを痛感した。恥ずかしながら、初めてその国を訪れるということで、私は敬意を表するため白い制服を着て入港した。我々の常識からして、作業服で入港するのは訪問国に失礼だと思ったのである。
しかし、停泊している諸外国の艦艇では、誰一人としてきれいな制服を着ている軍人はいない。みな迷彩の戦闘服である。そして艦橋や艦首・艦尾には機関銃が据え付けられてあり、24時間警備兵が配置についている。私は改めて、ああここは紛れもなく戦場なのだと実感し、自分の甘さを恥じた。
現地のテレビ局「アルジャジーラ」には、毎日、イラクの情報大臣が登場していた。アラビア語は理解できないが、CNNの報道等を総合すると、フセイン大統領の広告塔として世界に発信しているようであった。
ある夜、ペルシャ湾内のある港で、現地の日本人会会長と夕食を共にした。彼は私に「海上自衛隊が何をしてくれなくてもいいのです。沖に旭日旗を掲げた艦がいるだけで、我々は安心なのです」と言った。結果的に我々は、具体的な邦人の救出作戦等は実施しなかったが、彼とは携帯電話で頻繁に情報交換を行った。
■針のむしろ
イラク攻撃が近づいているのか、我々が仕事をしている近傍を多くの外国艦艇が、ホルムズ海峡を経てペルシャ湾に入っていった。レーダで見ると、湾内は蜂の巣のような状況で、とてもテロが入り込む隙間はないように見えた。
その頃我々には、上級司令部から「一歩たりともペルシャ湾のなかに入るな」と厳命されていた。私は、正直いって、我々が戦争に巻き込まれることはない、というある種の安堵感と同時に、現地指揮官として内心忸怩たるものを感じていた。
もし列国海軍の艦艇がすべて湾内に入り、お客さん、即ち、補給する相手が1隻もいなくなった場合、我々は何をすればいいのか。本当にそれでいいのか。
友人が血を流して戦っているときに、我々は蚊帳の外で高みの見物をしている。大量の原油を、この地域から輸入している国の海軍がだ。
しかも、世界に誇るイージス艦を擁しているにもかかわらず。諸外国の海軍は、我々をどう見るだろう。
現地指揮官の私は「針のむしろだ」と思った。
3月20日未明、情報担当の幕僚に起こされた。「B52爆撃機数機が、編隊を組んで上空を通過します」という。私は間もなくイラク攻撃(戦闘行為)、即ち、戦争が始まることを確信し、速やかに横須賀と東京に報告するよう指示した。
結果的に、私が心配したような事態は起こらなかった。イラク攻撃が行われている間にも、我々に対する需要(燃料補給の要望)はあり、蚊帳の外(ペルシャ湾外)で淡々と仕事をしたのである。
帰国後、我々が補給した燃料が、米空母のイラク攻撃に寄与したとして国会で問題になった。我々はゆっくり羽を伸ばす暇もなく、徹夜でデータの整理に追われるという、有り難くないご褒美にあずかった。
■愛国心とは何か
こういう言い方は誤解を招くが、私は、愛国心で国を守ることはできないと思っている。戦前の愛国心がそうだったから、などと言うつもりはない。明確に私がそう言い切ることができるのは、40年間の制服生活を通じてそう感じるからだ。
愛国心というものは、「愛国心を持て、持て!」と言われて培われるものではない。地域を愛する、家を愛する、家族を愛するのと同じである。自然発生的に生まれてくるものだ。
従って、愛国心を標榜する自衛官が、筋金入りの軍人であるとは思わない。それは外見上だけ、見た目の話である。
私はかつて、中央(海上幕僚監部)の人事教育部長として、海上自衛隊の教育にも携わった。帝国海軍も海上自衛隊も、人造り教育という。
階級や配置の節目節目に行う部内の学校教育、課程教育、加えて勤務を通じた指導・教育によって、人を育てるのである。その経験からも、我々の目的を達成するために、ことさら愛国心を醸成するために時間を費やす必要はないと思っている。
ただ一点、今日我々が注意しなければならないのは、少なくとも我が国が先の戦争に負けるまでは、最低限、日本人としての在り方みたいなものは、家庭や学校を通じて教育されていた。ところが今日の日本では、そこのところ、いわば我々の土台・基盤になるものが、どこにおいてもなされていないような気がする。
従って、このような現状・現実を踏まえた教育が必要であることも確かだ。
私は愛国心よりも、むしろ、その人の責任感や使命感を重視する。これも、口に出して言うものではない。自然と行動に出るものである。
軍人にとって(自衛官を軍人と呼ぶことに抵抗があれば、軍事組織の構成員と言い換える)、責任感と使命感は、最低限必要とされる倫理である。責任感や使命感がない軍事組織は、単なる武力集団である。
そういえば、かつて我々のことを「暴力装置」と表現した人(政治家)がいた。それは、当事者(我々自衛官)に対して大変失礼な言い方ではあるけれども、まんざら的外れでもない。責任感や使命感のない武力集団は、そう(暴力装置に)なる可能性を秘めている、という意味において。
■戦場・戦闘場面で信頼できる人間とは
私は、幸いなことに、一度として敵と戦火を交えることなく、40年間の制服勤務を終えた。だから、胸を張って言うことはできないのだが、弾の下をくぐった経験のある先輩は、「愈々のとき、即ち、戦場・戦闘場面において最も信頼できるのは、自分の持ち場に誠実な人物。寡黙ではあるが、こつこつと自分の役割を果たす人、与えられた職務を淡々と遂行する人だ」という。
この意味が、私には分かるような気がする。ほら吹きは論外だが、日頃、立派なことを言う人が、究極の場面において信頼に足り得るかと言えば、必ずしもそうとは言えない。では、まったくダメかと言えば、そうでもない。それこそ、最初に述べた「軍人の真価は戦場でしか分らん」のである。
そこのところを、何をもって峻別・識別するかと言えば、私はその人が使命感と責任感を持ち合わせているか否かを物差しにする。
責任感や使命感を内に秘めている人は、決して踏み外すことはない。
そんなものが使命感と言えるのか、と笑われるかもしれないが、具体的な例を挙げる。横須賀で勤務する部隊指揮官、特に海上部隊指揮官(洋上に出て指揮を執る人)は、日曜祭日・休日でも、通常、横浜を越えて上陸することはない。いざ出動、緊急出港というときに間に合わない恐れがあるから。
読者は、「横浜を越えて上陸」という言葉の意味が理解できないかもしれない。我々は、艦船を離れる、即ち外出することを「上陸」と言うので、このような表現になる。
護衛隊群司令や護衛艦隊司令官の職に就いているとき、年に数回家族と食事を共にする際には、情勢・状況をよくよく確認して、品川のホテルやレストランに家族を呼んだ。都内まで20分のところ(埼玉県)に自宅を置いていたが、横須賀から都心を越えて、例えば池袋などで夕食の場を設定したことは一度もない。勿論、首には常時業務用の携帯電話がぶら下がっていた。
指揮官は、自らにこのような制限を課すのだが、乗員には上陸許可範囲というものが決められている。例えば、2時間以内に帰艦できる範囲などである。
そこまでやるか、と思われるかもしれない。しかし、このようにきめ細やかな、個々の責任感で国の安全は保たれている。逆に言えば、そういう集団がなければ、そういう人たちがいなければ国は危ういということだ。
■ハッチをピシャリと整備する誠実さ
話を元に戻す。
使命感は、どのようにして培われるのか。それは、子供の教育と同じで、毎日の勤務を通じて少しずつ身に付けていくものである。単に「責任感を持て!」と言われても、指導教育される側にとっては、抽象的で何をしていいのか分からない。毎日の生活、毎日の勤務や業務を通じて、自然と培われていくものである。
教育としては遠回りかもしれないが、結局、それが最短距離であり、また最も強固な使命感や責任感を身に付けることにつながる。
ズボラな人間は信用できない。多少頭の回転が速くても、大口をたたく人間は信頼できない。これは、私が制服生活40年を通じて得た、人物評価の基準である。
艦艇では、一人ひとりの乗員にドアやハッチの整備が割り当てられている。
艦艇のドアやハッチの縁には、ゴムのパッキンが付いており、これらを総称して防水被蓋という。防水被蓋のどこかに緩みや隙間があると、そこから海水が混入(浸水)して艦を危険な状態にする恐れがあるので、常に整備を怠らず良態の維持に努める。
担当のハッチを、常にピシャリと整備している隊員、そういう誠実な人は、有事においても動じることなく、持てる力を十分に発揮するだろう。
何万人という隊員に接してきて、そう思う。
※『指揮官の条件』(講談社現代新書・写真)より転載
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