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〈機密解除〉米政府の外交文書でわかった「在日米軍は日本防衛に直接関与しない」
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「週刊文春」2015年12月3日号 東京新報
「集団的自衛権行使容認」→「日米同盟強化」→「抑止力向上」。これが安保法制を推し進めた安倍首相の三段論法だ。だが、その“大前提”となる日米同盟に疑義ありとなれば、すべては画餅に帰すことになる。米外交機密文書に記されていた真実は衝撃的なものだった。
「日米安保条約があるから、イザとなったら米国は日本を守ってくれる」
多くの日本人は漠然とそう考えているはずだ。国民のみならず、安倍首相も著書でこう記している。
〈軍事同盟というのは“血の同盟”です。日本がもし外敵から攻撃を受ければ、アメリカの若者が血を流します〉(『この国を守る決意』より)
だから、日本も自衛隊が米軍の後方支援活動をできるようにして、日米同盟を強化する――それが安保法制を推し進めるための安倍首相の“理屈”だった。
「しかし、そもそも米軍が日本を守ってくれるという考え方自体が“幻想”に過ぎないのです」
そう指摘するのは、元共同通信ワシントン支局長で、ジャーナリストの春名幹男氏だ。
その根拠となるのが米国で機密指定を解除された政府文書だ。春名氏は米国立公文書館や大統領図書館などを渉猟し、機密文書を解読、『仮面の日米同盟 米外交機密文書が明かす真実』(文春新書)として十一月に上梓した。
「調べていくと、特に在日米軍の役割について日本人には驚くべき内容が次々と見つかりました」
その一例が、春名氏が米国立公文書館で発見した、一九七一年に当時のジョンソン国務長官代行がニクソン大統領に提出したメモ。
「そこには、『在日米軍は日本本土を防衛するために駐留しているわけではなく、韓国、台湾、および東南アジアの戦略的防衛のために駐留している』と、書かれていました」
続くフォード政権で作成された統合参謀本部の文書には、こう明記されている。
〈在日米軍および基地は日本の防衛に直接関与しない〉
「在日米軍は、日本を守るために存在しているわけではないという米国のスタンスは、七〇年代以降、現在に至るまで脈々と受け継がれている基本的な考え方です」
春名氏によると、実はこうしたことは安全保障に携わる官僚の間ではよく知られた事実だという。
「元防衛官僚にこの文書を見せると、『政治家は誰も知らないでしょうが、私は気づいていました』と言ってのけました。確かでないことは報告しないという官僚文化が、事実を覆い隠してしまっていたわけです」
集団的自衛権の行使を容認した昨年の閣議決定を受けて、今年四月に日米両政府がまとめた新しいガイドラインにも官僚の“作為”が見て取れるという。
ガイドラインの日本語版では、自衛隊の役割について「日本を防衛するため(中略)作戦を主体的に実施する」とされているが、正文である英語版では、「主体的」の部分は、primary responsibility(主たる責任)と日本防衛が明確に自衛隊の責任とされている。
一方で、米軍の役割について日本語版は「自衛隊を支援し及び補完するため、打撃力の使用を伴う作戦を実施することができる」としているが、「できる」の部分が英語版は“can”ではなく“may(してもよい)”となっている。
「つまり、日本語版では、日本防衛にあたって自衛隊の責任の度合いが薄められ、米軍の関与の度合いが強められています。安保法制の議論を進めやすい雰囲気を醸成するために、外務官僚が『日本防衛のために血を流す米国』のイメージを強めて、捻じ曲げて翻訳した疑いが濃い」
では、日本防衛には直接関与しない在日米軍が、駐留を続けるのはなぜか。
「日本が最高の兵站基地だからです。アジアの最も東にある地政学的な位置に加え、物資が豊富で整備や修理に必要な高い技術もある。しかも手厚い『思いやり予算』もある。米国はこの最高の兵站基地を維持するためにあらゆる手を使ってきました。その最たる例が七二年の沖縄返還です」
春名氏が入手した機密文書のひとつに、ニクソン政権当時の六九年に米国の情報機関がNSC(国家安全保障会議)に提出した「日米安全保障関係の見通し」と題したものがある。この文書は反安保・反基地の機運が盛り上がっていた当時の日本国内の政治情勢を次のように分析する。
・六九年中に沖縄返還の時期で合意を得られなければ、佐藤栄作首相(当時)が批判に晒されて、辞任に追い込まれかねない。
・その場合の後任候補は、米国に対して、より自立的で、中国に対してより柔軟な態度を示すだろう。誰が後継首相になっても、安保問題で米国が日本と交渉するのは確実に困難になる。
■巻きこまれたくない米国
「この文書はNSCの議論で重視され、沖縄返還の実現へと政権内の流れをつくることになります。ニクソン政権で国家安全保障担当補佐官だったキッシンジャーは、沖縄返還について『われわれが交渉を拒否すれば、現実的な問題として、基地をすべて失うことにつながる』と回顧録に残していますが、その意図は明らかです。親米的な佐藤政権を延命させることで、沖縄の米軍基地を半永久的に利用する狙いがあった」
日本、中国、台湾が領有権をめぐり争う尖閣諸島についても米国のスタンスは、実はこの当時から変わっていない。沖縄返還まで尖閣諸島に施政権を有していた米国は、七一年の沖縄返還協定で、施政権の日本への移転を認めた。
「しかし、主権については一切触れていません。当時駐日米国大使だったマイヤーは回想録で、『そんな巧みな立場によって、三つの当事国に嫌われることなく、今後何年も続きそうな論議に米国は不関与の立場を保障された』と記しているのです」
それでも米国の歴代政権は、日本の施政権下にある以上、尖閣諸島は安保条約の対象であるとしてきた。
「ところが、対中融和姿勢を取るオバマ政権になると、『尖閣諸島は日米安保の対象である』かは、聞かれたら『そうです』と答える、という程度にまで一時はニュアンスが弱まりました」
この事実は一〇年八月に明らかになり、国務省の記者会見で報道官はこれを認めた。尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突する事件を起こしたのは、その三週間後だ。
「この事件の真相は、オバマ政権の政策変更をみた中国が実地で日米の反応を試したものと考えられます。米国の本音は領有権争いに巻き込まれたくないということに尽きます」
機密文書が浮き彫りにするのは、米国にとって自らの国益こそ第一だという厳然たる事実である。
「誤った現状認識では確かな安全保障は築けません。そもそも自分の国は自分で守るもの。なんとなく『米国が日本を守ってくれるはず』では、将来に禍根を残すことになります」
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