1. 2015年11月27日 05:41:33
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未曽有のテロリスクに直面する日本の現状と対策 2015年11月27日 ダイヤモンド・オンライン編集部板橋 功・公共政策調査会 研究室長 世界中を震撼させたパリ同時多発テロ事件。報道を受けて、日本でもテロのリスクに対する不安が募っている。国際テロリズムに詳しい板橋功・公共政策調査会研究室長が、かつてないほどテロのリスクが高まっているという日本の現状と、セキュリテイの課題を詳しく解説する。 パリ同時多発テロの真の脅威は ISよりも「身内」にあった 新幹線焼身自殺事件後に、手荷物検査の実施が議論されたことがあった新幹線 今回フランスで起きたパリ同時多発テロ事件には、どんな真相があったのか。また、事件の報道を受けて、日本でもテロの脅威に対する不安が募っているが、今後日本人はどんなセキュリティ対策を考えればよいのだろうか。
まず、テロ事件の背景分析から始めよう。今回のテロについては、イスラム過激派組織・イスラム国(以下IS)を壊滅する目的で行なわれたシリアの空爆に、フランスが参加したことに対する報復だと見る向きが多い。確かにそうした要因もあるのだろうが、話はそう単純ではない。 犯人のテロリストたちにとって、わずか30分程度の間に130人もの命を奪うことは、戦闘の経験や訓練を詰まないとできないことだ。また、彼らの中にはシリアから入国した者もいると報じられている。このことから、イスラム国への渡航経験がある人間がテロの中心人物だった可能性は高い。しかし、そもそもテロ犯の多くはフランスや近隣の欧州諸国で生まれ育ったイスラム系の2世、3世だ。 いたばし・いさお 財団法人公共政策調査会 研究室長。専門はテロリズム問題(国際テロ情勢、テロ対策)、危機管理。1959年生まれ。栃木県出身。慶應義塾大学大学院経営管理研究科修士課程修了。1987年社会工学研究所入所。1992年財団法人公共政策調査会へ出向。1993年より現職。 欧州諸国には、イスラム系移民がたくさん暮らしており、その数はフランスだけでも450万人に及ぶ。彼らは潜在的に社会に対する不満や疎外感を感じており、時として過激化(ラディカリゼーション)することがある。今回のテロの主犯格がアルジェリア系だったと報道されていることからも、フランスの植民地支配に対する歴史的な鬱屈も、根底にあったのではなかろうか。
そうしたなか、彼らの多くがISにシンパシーを感じ、ISが発するメッセージに刺激されていたことは、おそらく確かだろう。しかし、国内の過激分子はあくまで自分たちの判断で独自に動いている。背後でシリアやイラクにあるISの司令部が組織的に指令を出していたとは考えにくい。むしろこれまでは、テロに成功した過激派をISが同志として追認していくという流れになっていた。 このように、国外の組織が主導して起こすテロリズムではなく、国外の過激思想に共鳴した国内の過激派が独自に引き起こすテロリズムのことを「ホームグロウン・テロリズム」と呼ぶ。フランスには、シリア、イラク、アフガニスタンなどの戦闘に外国人戦闘員として参加し、帰国した人々も以前からいた。同国は潜在的なテロリスクを常に抱えてきたため、今回のようなテロはいつ起きても不思議ではない状態だったと言える。 ホームグロウン・テロリズムは、国の内部から発生するテロであるがゆえに、ある意味外部からのテロよりも深刻な側面がある。厄介なのは、こうした過激分子たちは組織として行動するのではなく、単独、2〜3人、10人程度の少人数で作戦を練り、組織として連動していないため、治安当局の網にかかりづらいということだ。これまでフランスの治安当局は、彼らの存在を把握し、未然に潰してきたが、今回は潰せなかったグループが起こした行動がテロ事件として表面化したものと思われる。 欧米諸国ばかりではない かつてなく高まる日本のテロ脅威 こうした現状を見ると、パリで起きたテロを空爆に対するISの報復という理由だけで片付けることはできないし、今後欧米諸国がイラクやシリアにあるISの拠点をいくら叩いたところで、テロはなくならないということがおわかりだろう。そもそも欧米が中東で戦っているのは、テロ組織というよりも内戦の当事者としてのISだ。テロと国際紛争は分けて考えないと、正しい論点を見失ってしまう。 ちなみに今回のテロでは、欧州諸国の移民政策に関する課題も議論された。フランスには、フランス語を話し、フランスの文化を理解するものは、出自が違ってもフランス人として認める、という同化政策的な思想がある。これは移民に対する寛容策とは性格が違うものだが、そうした思想に根差した移民政策のせいで、テロを水際で防げなかったのではないかという世論もあった。しかし、今回についてはそれは正しくない。前述のように、テロのリスクがそもそも国内にあったからだ。 それに対して、2005年にロンドン同時爆破事件が起きた英国は、移民に寛容な政策をとっていたため、国内がテロの巣窟になってしまったパターンだ。事件以降、治安当局は取り締まりを強化しているが、フランスの同化政策と同じく、うまくいっているとは言えない。 フランスや英国ばかりでなく、ドイツ、スペインなども似たような状況にある。9.11以降、先進国は試行錯誤を続けているものの、現状では有効な過激派対策は見つかっていない状況だ。 それでは次に、今後日本においても深刻なテロが起きる可能性はあるのか。先進国を脅かすテロの現状も踏まえて、我々はどのような認識を持てばいいのか。実は私は、パリ同時多発テロ事件の前から、日本におけるテロの脅威は深刻な状況にあると見ていた。感覚的に言えば、今ほど状況が厳しいと思ったことはかつてない。 ISのプロパガンダに国際イベント 日本が狙われる「2つのリスク」 その理由は、「2つのリスク」が足もとで顕在化しているからだ。1つは、今年1月に起きたISによる邦人人質殺害事件以降、ISが度々「日本をターゲットにする」というメッセージを出していることだ。彼らがインターネット上で発行する英字機関誌『ダービック』では、2月の邦人殺害事件の特集の中に、「引き続き日本はターゲットだ」と書かれている。また最近出されたものの中にも、「日本の外交施設をターゲットにする」「日本をターゲット視している」と書かれていた。こうしたISのプロパガンダにより、彼らにシンパシーを抱く世界のテロリストたちが刺激される可能性はある。 もう1つは、これから日本で様々な国際的イベントが開催されるという時期的な要因だ。2016年に入ると、5月の伊勢志摩サミットに至るまで、各国政府の大臣級が集まる国際会合が10近くも日本で開かれる。それに伴い、日本という国の名前が国際社会で頻繁にクローズアップされる。こうした状況に前述した『ダービック』によるISのプロパガンダなどの影響が加わると、テロリストたちの中で日本のプレゼンスは格段に上がるだろう。 さらに、2020年には東京五輪の開催が控えている。来年8月のリオ五輪が終わると、五輪ムードは次回開催の東京へと移って行く。日本は4年後に向けて東京五輪を世界に広報していくことになるが、それによってテロリストたちの注目をさらに浴びることになる。こうした状況下、今後日本には「国際イベントを攻撃して一旗揚げてやろう」と目論む過激派が、世界中から集まってくる可能性がある。 このように、目下最大の警戒を要するのは外からやって来るリスクだが、そればかりではない。欧州の「ホームグロウン・テロリズム」と同じく、実は国内にもリスクの芽はたくさんあり、年々増加している。私が考えるに、日本で起こり得るリスクは主に4パターンに分類される。それは前述した(1)海外から訪れる外国人によるテロに加えて、(2)日本国内に住む外国人の過激化、(3)日本国内に住む日本人の過激化、(4)テロ類似事件の発生、といったものだ。 (2)「日本国内に住む外国人の過激化」については、現時点でイラクやシリアの戦闘に参加したような経験を持つ人々は確認されていないため、今回のフランスのケースほど深刻ではないが、将来的に警戒が必要というレベルだ。 また、(3)「日本国内に住む日本人の過激化」についても、まだ一般的にリスクは認知されていないものの、以前ISに渡ろうとした学生の存在が報じられたことからも、今後の注意要因の1つに挙げられよう。 そして(4)「テロ類似事件の発生」については、ドローン事件、新幹線焼身自殺事件、JR東日本連続放火事件、西武新宿線爆破未遂事件、靖国神社爆発音事件など、足もとを見てもすでに全国的に知られた事件が頻発している。主に個人による愉快犯的な犯行が多いが、国際会議の開催中などにこうした事件が起きると大きな混乱が生じる恐れもあるため、無視できない。 欧米と比べて日本は、テロのリスクが低いイメージがある。「日本でテロは起こらない」と本気で思っている日本人もたくさんいる。しかし、それは大きな間違いだ。過去を振り返れば、1974年の三菱重工爆破事件、1995年の地下鉄サリン事件など、都心で白昼堂々と無差別テロが行なわれた事例はたくさんある。実は日本は諸外国から「テロ先進国」と見なされており、私が外国の研究機関や治安機関にテロ対策について尋ねると、「こちらが日本にテロ対策を学びたいくらいだ」と真顔で言われることもある。私は、この意識のギャップは深刻だと思う。 確かに、国内の外国人人口が欧米と比較して少ないこと、銃などの武器を手に入れにくいことなどが、テロの抑止につながっている側面はあるだろう。しかし、2002年にゆりかもめの駅で高校生が手製の爆発物を爆発させた事件が起きたことからもわかる通り、国内で危険物を所持できないわけではない。今やインターネット上には普通の薬局などで手に入る原材料を使って危険物をつくれる情報が転がっており、素人でも爆弾をつくることが十分可能なため、油断は禁物である。 安全確保に王道はない 「セキュリテイ共同体」を心得よ では、増大するリスクに対して我々はどう対処すべきか。日本の治安当局は、足もとが大変厳しい状況であることを認識し、真剣に取り組んでいるが、私はさらなる警戒が必要だと思う。 たとえば、新幹線焼身自殺事件後には、手荷物検査の実施が議論されたことがあった。乗客全員を対象にするのは利便性の面から言って難しいだろうが、私はランダム検査は導入した方がいいと進言している。新幹線の改札に簡単な検査台を置いて何十人かに1人の割合でランダムに手荷物検査をするだけでも、かなりの脅威の抑止力になるはずだ。また、爆発物探知犬をもっと活用したほうがいい。 他にも、鉄道においては監視カメラの設置台数を増やす、駅員の巡回頻度を増やす、コインロッカーや自動販売機を閉鎖する、ゴミ箱を透明化するといった取り組みを、オフィスビルにおいては外部からの来訪者に受付で名前や住所を書かせることを徹底する、警備員の巡回頻度を増やすといった取り組みを強化するといいだろう。いずれも当局や企業が以前から取り組んできたことだが、地道な対応をさらに徹底させることが、いざというときにモノを言う。 それは、個人レベルでも同じである。地下鉄サリン事件の直後、電車を利用する乗客は、社内や網棚に不審物がないか、非常に神経を尖らせてチェックしていた。平時においても、そうした心がけが必要だ。たとえば、1つの車両に100人の乗客がいるとすれば、監視の目は200個存在することになる。200もの目が周囲に注意すれば、不審物や不審者の早期発見はいくらでも可能ではないか。 もはやセキュリテイは、治安当局だけでは成り立たない。当局、企業、地域の住民らが「セキュリテイ共同体」であるという意識を持ち、互いの安全を意識することによって、自分自身の安全を確保して行くという考え方を、そろそろ日本人一人ひとりが持つべきだろう。 セキュリティに王道はない――。パリ同時多発テロ事件を教訓に、日本人はそのことを肝に銘じるべきである。 http://diamond.jp/articles/-/82309 |