4. 2015年11月25日 10:17:06
: OO6Zlan35k
【第59回】 2015年11月25日 田岡俊次 [軍事ジャーナリスト] IS殲滅には地上戦が不可欠 日本は報復の標的となりそうか? パリでの同時多発テロ事件にフランス人は報復の雄叫びをあげ、フランスの空母、ロシアの戦略爆撃機もIS(自称・イスラム国)攻撃に加わった。だがアメリカなどが1年以上爆撃を続けてもISは倒れない。ゲリラ討伐には地上戦が不可欠だ。従来米国と西欧諸国はシリアのアサド政権打倒を目指し、反政府勢力を支援してきたが、いまやその主力はISとアルカイダに属する「ヌスラ戦線」となり、「テロとの戦い」にはシリア政府軍との協力が必要となっている。シリア内戦による難民流入に悩む欧州諸国は内戦の早期終結のため、当面アサド政権の存続を認める方に傾き、親シリアのロシアの発言力が高まって、アメリカはジレンマに陥っている。「武器を取れ市民達よ、戦列を組め、進め、進め、敵の血が野に満つるまで」――フランス国歌「ラ・マルセィエーズ」はフランス革命時の軍歌だっただけに酷く血生臭い。 パリ同時多発テロを受けて、オランド仏大統領は「IS全滅」を掲げた Photo: Abaca/Aflo 「国歌としてふさわしくない。歌詞を変えるべきだ」との識者からの提言は、これが国歌に採用された1795年以来何度も出たが、フランス国民の一見文弱に見えて実は勇猛な国民性(例えば第1次世界大戦では人口3960万人のうち、死者136万人、負傷者427万人を出しつつ敢闘、ドイツを倒した)に支持されて、そのまま歌い継がれてきた。
11月13日、死者129人以上、負傷者約350人(うち重態約100人)が出たパリでのテロ事件の直後から、サッカー場、各地の広場、そして議会でも全員が大合唱したこの歌はまさに怒り狂うフランス人の雄叫びに聞こえた。 これに応えてオランド大統領は議会で「戦争行為だ、容赦なき攻撃を加える」と演説し、ヴァルス首相はIS(自称「イスラム国」)の「全滅を目指す」とテレビで述べた。 だがISに対し決定的な打撃を与えるのは容易ではない。9人と見られる実行犯のうち現場で6人が自爆、1人が射殺され、18日の拠点への警官隊の突入で首謀者ら3人を射殺、9人を逮捕したから、刑事事件としては幇助犯の追及を除き、ほぼ解決したとも言えようが、これは個々の犯人だけでなく、犯行声明を出したISとの“戦争”であり、次にもテロが起こる危険があるから、フランス政府としてはISに対する軍事行動による報復と全滅を目標とせざるをえない。 空爆を継続するだけでは ISを殲滅するのは難しい フランス空軍は米国の要請を受けて昨年9月19日からイラク領内のIS拠点の航空攻撃に参加し、今年9月27日からはシリア領内での攻撃にも加わっていたが、出撃機数は1度に6機程度で形ばかりの参加だった。当時仏空軍はアラブ首長国連邦のアブダビに戦闘機「ラファール」9機を置いていた。 今回のテロ事件後の11月15日、仏空軍は米空軍が駐屯しているヨルダンの基地から戦闘機10機を出撃させ、ISの“首都”ラッカに爆弾20発を投下、「2目標を破壊」と発表した。これまで米軍、ロシア軍などが何度もラッカを叩いても決定的効果はなかったから、10機で20発程度では大打撃を与えられそうにはない。 米空軍はアブダビ、カタール、ヨルダンにF15E、F16Cなど戦闘機40機余、B1B爆撃機6機を配備し、アラビア海の第5艦隊、地中海の第6艦隊が原子力空母各1隻を展開し、IS攻撃を行ってきた。 だが出撃した戦闘機などが攻撃目標を発見できず、爆弾、空対地ミサイルなどを付けたまま基地に戻ることが多いようだ。パキスタン北西部やアフガニスタン、イラクなどで、結婚式の群集をゲリラの集団と誤認して爆撃したり「国境なき医師団」の病院をゲリラの拠点と信じて攻撃したなど、民間人誤爆の例が少なくないため、パイロットは確実に敵と分かった目標を攻撃するよう命じられている。だが空からIS兵か一般人かを見分けるのは不可能に近く、爆弾を投下できずに戻ることになりがちだ。 地上基地の戦闘機などは爆弾、ミサイルを付けたまま着陸できるが、空母の艦載機は着艦に失敗して飛行甲板に激突、炎上した場合、爆弾などを付けていれば空母が大損害を受けかねない。このため着艦前に残っている爆弾やミサイルを全て海中に投棄する規則になっている。昔とちがい爆弾もレザーやGPSなどによる誘導装置が付いた「スマート爆弾」だから1発約300万円もするし、空対地ミサイルなら値段はその10倍にもなるから、出撃ごとに余った爆弾、ミサイルを海に捨てられては海軍当局もたまらない。 今後フランス空軍はシリア周辺での配備機数を増やしたいところだが、戦闘機、攻撃機の総数は約210機、航空自衛隊の350機より少ないから大規模な展開は困難だ。唯一の空母(原子力推進)の「シャルル・ドゴール」(43000t)もシリア沖の地中海に派遣され、11月23日から攻撃に加わったが搭載する戦闘機、攻撃機は26機で米空母(93000t級)の約半数だ。 ロシアは9月30日シリアのIS拠点などの攻撃を始めた際には戦闘機、攻撃機30余機をシリアに派遣していたが、10月31日にエジプトのシナイ半島上空で224人が乗ったロシア旅客機が爆発して墜落したのはISの犯行、と11月16日に断定し、ロシア本国からTu160など戦略爆撃機23機を出動させ、地中海の潜水艦などから巡航ミサイル34発による攻撃を行った。ロシアは今後も多数の爆撃機を本国の基地から出して攻撃を続ける構えだ。 ロシア政府は当初この墜落がテロによることを認めたがらなかったが、多分これは国内で「シリア爆撃をしたから報復を受けた」と批判されるのを警戒したためで、パリでのテロ事件でISの凶悪さが証明され、安心して姿勢を変えたと考えられる。 だが、航空攻撃が効果をあげ、誤爆を防ぐためには目標の選定が不可欠だ。米国は昨年9月23日からシリアのIS拠点を爆撃したが、地上部隊は派遣しない方針だった。だが、今年10月30日に特殊部隊約50人を潜入させる決定をした。攻撃目標を発見するにはそれが不可欠だったからだ。だが一度それを始めると、隊員の安全確保や偵察の徹底のため、徐々に投入兵力が増えることになりがちだ。 ロシアは地上軍を派兵できても 米国が行えば国際法違反 イラクでは米国は昨年6月からISの進出に対抗するため軍事顧問団約300人を送ったが、いまでは約3000人に拡大した。また爆撃だけではゲリラを討伐できないのはほぼ自明のことだ。トルコ国境に近いクルド人の町・コバニの大部分が昨年9月にISに占拠された際に米空軍などが連日猛爆撃を加えたがISは退去せず、イラク北部のクルド自治区からクルド兵をトルコ経由で投入し、今年1月に奪回した。元の人口4万人余のコバニでも4ヵ月を要したのだから、ISが“首都”としているシリア北部のラッカ(内戦前の人口22万人)の奪還を目指せば激しい地上戦になりそうだ。 シリア政府は米軍などによるISへの航空攻撃は内心歓迎だから黙認しているが、「アサド政権打倒」を公言してきた米国などの地上部隊がシリア政府に無断で同国領内で行動するのは明白な国際法違反だ。 一方ロシアはアサド政権を支持してきたから、地上部隊の派遣はシリア政府の了解を得やすい。フランスが本気で「IS全滅」を目指すなら、まずアサド政権と和解し、シリア政府軍(陸軍11万人など総兵力18万人)、ロシア軍と協力して、シリアの2大反政府勢力であるIS(イラク領内を含め兵力推定3万人)と、アルカイダに属する「ヌスラ戦線」(それに同調する雑多な武装勢力を含め1.2万人)を主体とする「ファトフ軍」を相手に地上戦(主として市街戦)を行い、内乱の鎮定を目指すしかあるまい。 内戦が終結すれば難民の流出は止まり、その後各国が復興を助ければ、国内に逃れた難民400万人と国内の避難者760万人も帰郷できる。だがもしアサド政権が倒れれば、次にはいまも互いに対立抗争を続けているISとヌスラ戦線がシリアの支配権を争って第2の内戦になる公算が大だ。ISかヌスラ戦線のいずれが勝っても難民は安心して帰れず、シリアは混乱を続けてテロ集団の本拠となりそうだ。 だからロシアだけでなく、米、英、独などもシリア停戦のために、少なくとも当面アサド政権の存続を容認する方向に傾いている。その中でシリアの旧宗主国であるフランスは利権回復の思惑もあってか「アサド退陣」を強硬に主張してきた。だが今回のテロ事件後の16日、オランド仏大統領は議会で「フランスはシリア問題でアサド大統領抜きの平和的解決を目指すが、シリアにおける眼前の敵はISだ」と優先順位を変えた。 14日ウィーンでの関係17ヵ国の外相級会合ではロシアの和平案を土台として「年内にアサド政権と反体制派の協議を国連主催で行う、6ヵ月以内にアサド政権と反体制派が参加する移行政権を発足させる、18ヵ月以内に国連監視下で選挙を実施し新政権を作る」ことで合意した。 反政府組織の主力であるISとヌスラ戦線は「テロ組織」として排除することも決めているから、シリア政府を相手に弱小の雑多な反政府勢力が交渉すれば政府側が優位に立つのは明らかだ。一方、米国が支援する「穏健反体制勢力」と称するものの多くはヌスラ戦線と共闘していて、アルカイダとつながっていると見られ、当事国のシリアが参加せず、他国の外相たちが決めた和平へのプロセスが順調に実現するか否か怪しげだ。 米国はアサド打倒のカギを 宗派対立と読み間違えた 停戦が実現せず、もしロシアと、それがいま「同盟国」と呼ぶフランスがシリアに地上部隊を派遣し、シリア軍への武器、弾薬、車輛などの援助も増大させて、ISなど反政府軍の拠点を次々に制圧、奪回して行けば米国は窮地に立つ。航空攻撃を続けるだけでは米軍はISを弱らせて、地上部隊の進撃を助けた脇役にすぎず、シリア問題解決の主役は露、仏、シリア軍になり、米国は中東での指導権を奪われる形になりかねない。 だが米軍の地上部隊を大挙シリアに投入することに対しては、直接ISのテロの被害者となったフランス、ロシアと違い、米国では反対が76%もあるし、派兵の前にシリア政府の同意を得て、シリア軍と連携して戦う必要がある。これまで「アサドは自国民20万人以上を殺した暴虐な独裁者」と宣伝してきた手前、米国がアサド政権と完全に和解し、その味方となってテロ集団と戦うのは政治的に困難だろう。 アメリカの失敗のそもそもの原因は「アサド家の属するアラウィ派は人口の12%で、74%を占めるスンニ派は抑圧され不満が高まっている。騒乱が起こればスンニ派将兵が大半を占める軍は離反し、アサド政権はすぐ倒れる」との亡命シリア人らの説を信じたことだろう。 実際にはシリア軍から離反して「自由シリア軍」に加わったのは、総兵力約30万人中、ピーク時で2万人程にとどまり、スンニ派の将兵が多い軍の中核部隊は政府に忠誠を保った。混乱による兵の脱走や徴兵逃れからシリア軍の総兵力は18万人程に減ったが、再編成で陣容を整え2013年から反攻に出て、最重要な西部の都市を次々と奪回した。一方、イスラエルを支持している米国が背後にいることが明らかな自由シリア軍にはシリア国民の支持は乏しく、士気は振るわず、いまではほぼ消滅状態になっている。 アサド政権の基盤はアラウィ派ではなく、世俗(非宗教)的で近代化を志向し、社会主義的傾向を持つバース党であり、軍の幹部の多くは党員だったから、宗派を問わず政府側に付くのは自然だった。 「アサドは自国民20万人以上を殺した」というのも少し考えれば変だと分かるプロパガンダだ。「自由シリア軍」が反乱を起こし、内戦になり、他国が反徒を支援して長期化したから多数の死者や難民が出た。内乱が起こればそれを鎮圧し治安と国の統一を回復するのは政府の責任だ。南北戦争では62万人の死者が出たし、西南戦争では1.3万人が死亡したが、リンカーンや明治天皇が自国民を殺害した、とは言えないだろう。 内戦による混乱と自由シリア軍の弱体化に乗じ、アルカイダに属するヌスラ戦線と、人質を取って金を要求するなどの凶悪さからアルカイダにも破門されたISが反政府勢力の主体となったが、ISは「反アルカイダ」で、かつ「反体制派」だから、米国は一時それを支援したが、2014年前半にイラクでISが急速に勢力圏を拡大したため、米国と敵対することになった。 自由シリア軍はあてにならないため、米国は「新シリア軍」の編成を計画、2016年5月までに5400人の反政府軍を作ろうとしたが、応募したのは100人余で、トルコで訓練した約120人もシリアに戻すと逃亡したり、ヌスラ戦線に投降して武器、車輛を渡すありさまで、米国もその計画はあきらめた。 米国はいま「穏健な反体制勢力」を支援している、と言うが、その多くはヌスラ戦線と共闘する雑多な徒党だ。「ロシアはIS以外の反政府勢力も航空攻撃をしている」と米国は非難するが、これは「アルカイダを攻撃するのはけしからん」と言うも同然で支離滅裂「テロとの戦いはどうなったのか」とあきれる外ない。そもそも内乱の際、政府側の反乱鎮圧を助けるのは合法だが、反徒を支援するのは「間接侵略」なのだ。 「新幹線」は日本が抱える 極めて脆弱なテロ標的 これらの情勢から考えると米国が地上部隊をシリアに出し、IS討伐をする可能性は低く、日本がそれに協力を求められることも考えにくい。ただ、シリアのテロ集団が駆逐され、残党が世界各地に拡散して報復活動をする場合、何らかの形で日本も対処への協力をすることは無いとも断定できない。 その場合には、日本には新幹線というテロに対し極めて脆弱な目標があることを十分に計算に入れて判断することが必要となる。航空便なら出発地の空港で手荷物などの検査を厳重に行うことでテロを相当阻止できるが、新幹線は停車駅が多く、便数、乗客数もケタ違いに多いから手荷物検査は行いにくい。テロリストが爆薬を詰めたスーツケースを持ち込み、次の駅で降りれば自爆の必要もない。爆発でもし脱線すれば反対方向の列車と衝突し被害が倍増することも起こりうる。 これに対する有効な策が見当たらない以上、日本が恨みを受けず、狙われないようにすることも重要なテロ対策、と考えざるをえない。 http://diamond.jp/articles/-/82152 |