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※日経新聞連載
[迫真]マンション傾斜の衝撃
(1)悪いのはウチだけか
横浜市の傾斜マンション問題への関与について説明した10月20日の記者会見で、落涙した旭化成社長の浅野敏雄(62)。「抑えきれなかったよね」。翌日、社内で努めて明るく振るまう姿があった。杭(くい)打ちデータ改ざんで重大な危機に直面した浅野が思わず涙した訳とは何か。
記者会見で涙ぐむ旭化成の浅野社長
(10月20日、東京都千代田区)
補強費用は全額負担します――。旭化成子会社で2次下請けの旭化成建材によるデータ改ざんを横浜市が明らかにした10月14日夜、旭化成が発表した謝罪リリースに記載した文章だ。原因究明がまだ途上の段階だったにもかかわらず「元請けの三井住友建設から文面を入れるよう強い要請があった」(旭化成幹部)。
元請けに幾重もの下請けが連なる建設業界。重宝されるのは、使いやすく言うことを聞いてくれる下請け業者だ。
傾斜マンションで、三井住友建設が指定した杭が短すぎた可能性があるのに、旭化成建材が交換を申し出ず改ざんに手を染めた背景にこの力関係があると指摘される。問題発覚後の対応でも役回りは変わらなかった。
「ものすごい言い方のノーが来た」。最近まで旭化成が三井住友建設に杭のより詳細な調査を求めてきたが、「販売者と住民の了解を得るべきだ」と突っぱねられた。11月上旬、旭化成の社内は騒然としていた。「三井住友建設から建て替え費の3倍返しで1000億円払えと言われた」。三井住友建設はこの発言を否定するが、現場では激しい言葉が飛び交う。
13日、杭打ちした3040件のうち、同日までに確認できた2376件の11%で改ざんがあったと発表した旭化成。建設業界への信頼を失墜させた責任は重大だが、「悪いのはウチだけじゃない」との思いが渦巻く。浅野は三井住友建設について「協力して誠心誠意、補償に対応する」と述べるが、「じくじたる思いがあったに違いない」(旭化成幹部)。
□ □
「申し合わせ通りやってくれると思ったが裏切られた」。問題発覚から1カ月近く沈黙を守った三井住友建設。11月11日の決算発表記者会見で、副社長の永本芳生(63)はデータ改ざんを見抜けなかった点以外は自分たちに落ち度はないと主張。旭化成建材の非を指摘し続けた。
「うちでも同じことを言うだろうな」。この会見後、準大手ゼネコン(総合建設会社)の幹部は漏らした。ゼネコン業界では問題が発覚した当初、旭化成建材を矢面に立たせる三井住友建設に「工事全体を管理する元請けの責任放棄だ」との批判が出ていた。しかし、データ改ざんは全国に波及。自社の工事でも見つかる可能性が浮上してムードは一変する。
「あれは旭化成建材の固有の問題。下請けとはしっかりやってもらえる前提で契約している」。問題が起きた場合、責任の多くは「しっかりやるべき」下請けにある、という考えだ。
今後は全国各地で補償費を巡る交渉が始まる可能性がある。そのひな型になるのは横浜の傾斜マンションだ。だが、多層構造は責任の所在を見えづらくする。
□ □
10月17日の深夜2時。横浜の傾いたマンションの集会所で、三井不動産レジデンシャル社長の藤林清隆(58)は7時間以上立ち続けていた。水は一滴も飲んでいない。
住民が傾きを指摘したのに「何もしてくれなかった」(管理組合理事)。住民の怒りは頂点に達していた。「1億円払え」。藤林は約30ページの資料をもとに説明を始めたが、罵声に遮られた。
4棟すべて建て替え、新築価格で住戸を買い取る。1戸当たり慰謝料300万円――。10月末、ホテルで改めて開いた住民説明会で藤林は手厚い補償を示した。
これが関係各社の足並みを乱すことになる。200億〜300億円に上る補償費の負担を恐れた各社の責任逃れはヒートアップしていく。1次下請けの日立ハイテクノロジーズは、事実関係を「調査中」と繰り返すばかりだ。
13日、杭打ち大手のジャパンパイルでもデータ流用が発覚。問題がさらに広がってきた。今、当事者たちの最大の関心事が「幕引き」だ。
「どこかで歯止めをかけないと建設業界が大混乱に陥る」との危機感が業界を覆う。不動産会社幹部は「政界の一部に調査拡大を食い止めたいとの声がある」と明かす。全容解明を望む国民感情とかけ離れたところで事態が進む恐れもある。
だが、負うべき責任に真摯に向き合わなければ改ざんは繰り返されるに違いない。
(敬称略)
◇
傾斜マンション問題で、日本の建築への信頼も傾いた。対応に追われる現場を追った。
[日経新聞11月17日朝刊P.2]
(2)不自然な一致
「何これ。データが不自然だ」。旭化成建材が請け負った北海道発注工事の独自調査を進めていた道建設部の1人が声を上げたのは10月27日夕刻だった。釧路市の道営住宅の杭(くい)打ち工事で杭が固い地盤に届いたかを示す電流計の記録に、他のデータを切り貼りしたような跡を発見。2枚の記録用紙を重ね合わせると、波形データはピタリと一致した。
波形データが一致したことを説明する北海道の長浜建築局長(10月28日、札幌市)
横浜市の傾いたマンションのデータ改ざん問題が飛び火した北海道は翌28日深夜に記者会見し、建築局長の長浜光弘(54)は「正直驚きを隠し得ない」と困惑の表情を浮かべた。旭化成建材が過去10年間に手掛けた全国3040件の工事のうち北海道は422件と最も多い。改ざんはその後も道内で続々と判明。知事の高橋はるみ(61)は「対応が後手後手だ」と同社を厳しく批判した。
北海道は11月1日、同社幹部を東京から呼び寄せ、道営住宅の住民説明会を開いた。参加した男性(63)は「本当に安全なのか信じられない」と突然の騒動に疲れた様子だった。
「施主に対して、その態度は何だ」。10月29日夕、愛知県公館1階の大広間で知事の大村秀章(55)の怒声が響き渡った。同県発注の施設でも旭化成建材が杭打ちをしていた。大村と向き合っていた同社社長の前田富弘(60)は「申し訳ありません」とうつむくしかなかった。
横浜の案件でデータを改ざんした同社担当者が関わった工事は全国41件で、このうち愛知県は最多の23件を占めた。旭化成建材がこの事実を公表した10月22日、県建築局の担当者が同社に詳細を問い合わせたが、名古屋支店は「東京本社でないと分からない」、本社は「国土交通省との調整がついていない」。
納得のいく返答が得られないなか、県独自の調査によって県発注施設の工事での同社の関与を突き止めた。「旭化成建材からの情報ではない。対応は全く協力的でない」。建築局長の尾崎智央(58)は翌23日の記者会見で吐き捨てるように語った。
データ改ざん問題に揺れる工事発注者は自治体にとどまらない。清水建設などが元請けとして施工した民間物件でも旭化成建材による改ざんが発覚。さらに、旭化成建材以外の業者でも改ざんが表面化し、「根の深い大変な問題になった」(大村)。建設現場に潜んでいた「パンドラの箱」が開き、不安と不信の連鎖が全国を覆い始めた。
(敬称略)
[日経新聞11月18日朝刊P.2]
(3)工期厳守の呪縛
「数十本の杭(くい)のうち、数本でデータが取れなくてもその他の杭データがある。それを使ってお客様には納得していただいている」。13日、杭打ち大手、ジャパンパイルの社長で業界団体会長も務める黒瀬晃(68)は、データを流用していたことを国土交通省に報告後、その実態について東京都内の本社で赤裸々に語り始めた。
改ざんの連鎖を断ち切れるか(杭打ち工事の現場)
「固い支持層の様子は他のデータから類推できる。再度データを取るため杭を打ち直せば地盤が緩み、かえって危険。私たちはリアルな世界ではきちんとしている」。データ流用をしても工事さえ確実であれば問題ないとも受け取れる発言をしたうえで、当たり前のように続けた。「他の業者もやっているでしょう。問題は広がりますよ」
こんな考え方は、杭打ち業界だけではない。「データをなくした場合、元請けに『何とか格好つけろ』と言われれば、他のデータを貼り付ける」。名古屋市の建設会社の元社長(72)は、元請けのゼネコンがデータの改ざんを黙認していることを示唆する。
ここまで問題が拡大した一因が、不動産会社から元請け、下請けへ伝播(でんぱ)する工期厳守の圧力といわれる。杭の打ち直しに「1カ月かかることもある」といい工期への影響は小さくないからだ。だが、傾斜マンションはデータ軽視が重大な欠陥につながる可能性を浮き彫りにした。
改善への動きも出てきた。「適正な工期での契約を徹底してほしい」。ゼネコン約30社の労働組合を束ねる日本建設産業職員労働組合協議会。議長の田中宏幸(46)は全国を回り、各社の経営層に訴えかけ始めた。
ゼネコンの現場は、土曜出勤も当たり前の厳しい職場だ。時間的な余裕がない中で働いているため、杭の打ち直しなど想定外の事態への対応は難しい。「土曜日を休める産業にしたいんです」という田中は、工期管理を柔軟にすることが、データ改ざんの撲滅に必要と考える。
欧米では工期は延びるものという前提が作り手と買い手にある。工期を確定しマンションを完成前に売る「青田売り」は世界でも珍しい。日本の建設作業員の生産性は世界最高水準といわれるが、多くの問題を封印して工期を厳守し、コスト上昇を抑えた結果なのかもしれない。
下へ下へと圧力をかけて責任を負わせるやり方は限界にきている。押しつぶされてきた現場の担い手たちの良心を取り戻さなければならない。
(敬称略)
[日経新聞11月19日朝刊P.2]
(4) 民間任せにはできない
国土交通事務次官、徳山日出男(58)は10月19日、国交省幹部を前に危機感をあらわにした。「会社任せにはできない。最悪のシナリオを想定すべきだ」。横浜市のマンションが傾いた問題が5日前に表面化し、「うちのマンションは大丈夫か」と販売会社などに問い合わせが殺到していた。
国交省は立ち入り検査などに動いた
同省が横浜市から「マンションが傾いている」と連絡を受けたのは約1カ月前の9月17日。「民間同士の問題で、自治体が対応すれば済む」と静観してきたが、国民に広がる不安を見て、一転、介入にかじを切った。
旭化成建材が過去に手掛けた物件の調査を巡り、期限を設けて報告と情報開示を同社に指示。「情報を出さないといつまでも疑心暗鬼が消えない。不安、不信が増幅するのを防ぐ必要があった」と建設業課長、北村知久(51)は話す。
北海道の道営住宅などでもデータ改ざんが発覚し、問題が個別の物件、特定の担当者にとどまらないことが明らかになると、すぐさま旭化成建材本社を立ち入り検査した。今月4日には早々と再発防止策を検討する有識者委員会を立ち上げた。
迅速な対応で早期の事態収拾を目指す国交省の狙いと裏腹に、問題の裾野は広がり続ける。
13日夕、杭(くい)打ち業界大手のジャパンパイルの役員が霞が関の建設市場整備課長を訪ね、「実は……」と切り出した。データ改ざんは旭化成建材以外にも飛び火。関係する幹部や職員は深夜まで対応に追われ、「半ば予想していたが……」と担当者の1人はため息をついた。
発端となった横浜市のマンションが傾いた正確な原因はいまだ解明されておらず、「記録軽視」の風潮が業界内にまん延していた疑いも強まっている。国交省は実態把握を急ぎ、年内に有識者委の中間報告を受けて再発防止策の方向性を示す考えだ。国交相、石井啓一(57)は「国民の不安払拭に向けて全力で取り組む」と強調する。
ただ、同省の幹部は苦い記憶を思い起こしている。「あの時の二の舞いは避けなければ」。2005年に発覚した耐震偽装問題を受け、同省は建築基準法を改正して建築確認の審査を厳格化した。その結果、住宅着工戸数が低迷して「官製不況」と批判を浴びた。「再発防止策は国民の不安を解消するだけでなく、民間の現場で実現可能なものにする必要がある」
シナリオの結末はまだ見えていない。
(敬称略)
[日経新聞11月20日朝刊P.2]
(5)泣きたいのは住民だ
新横浜プリンスホテル(横浜市港北区)5階の宴会場はピリピリとした空気に包まれていた。「今までの実例から考えると、2年後くらいに建て替えの決議ができればと」。三井不動産レジデンシャル社長、藤林清隆(58)の言葉に、約800人が集まった会場内はどよめいた。「2年って……」
傾いたマンションの建て替えには数年かかる見通しだ(横浜市)
傾いた横浜市都筑区のマンションを販売した同社は10月31日夜、傾いていない棟も含めた全4棟の建て替えを基本方針とする補償案について住民説明会を開いた。建て替えの決議には区分所有者の5分の4以上の賛成が必要。藤林が示した見通しは、待ち受けるハードルの高さを改めて住民に突きつけた。
小学生を含む家族5人で住む50代男性は「一日も早く落ち着いた暮らしに戻りたいのに決議だけで2年とはあまりにも長い」とため息。「社長の発言を聞いて大企業との時間感覚のズレを痛感した」と話す。
同社が住民に配布した資料では、建て替え決議に至った後も着工までの手続きで1〜2年、工事完了までにさらに3年半程度かかるとされている。4棟の住民は約700世帯。早期解決を求める気持ちは同じでも、事情や思惑は様々だ。
幼い息子が乗るベビーカーを押していた30代の主婦は「早く不安を解消してほしい」と建て替えを期待。小学生の子供が2人いる40代の女性は「子供の通学が一番大事」とし、仮住まいを避けられるよう補修での対応を望む。60代の男性は「住民合意まで何年かかるか分からず、補償をもらって出て行くのが現実的」と転居を考えている。
マンションの管理組合は今月10日、各世帯に(1)全棟建て替え(2)一部棟の建て替え(3)杭の補強で終了(4)販売元に売却して転出――の選択肢について意向を尋ねるアンケート用紙を配布した。「決議まで2年」の短縮を目指し、「半年でメドをつけたい」(理事)と意見集約を急ぐ。
住民向けのインターネット上の掲示板では「ガッカリな説明会でした」「住民全体で課題を共有すべきだ」などとやりとりが続く。杭打ちを担当した旭化成建材の親会社、旭化成社長の浅野敏雄(62)が記者会見で涙ぐみながら謝罪した10月20日の夜、掲示板には「泣きたいのは住民ですよね」とメッセージが書き込まれた。
(敬称略)
山本公彦、藤野逸郎、岡部貴典、松尾洋平、安原和枝が担当しました。
[日経新聞11月21日朝刊P.2]
杭打ちデータ改ざん チェック体制検討 不動産協会理事長 建設事業「証明必要か」
不動産協会(東京・千代田)の木村恵司理事長(三菱地所会長)は16日の会見で、杭(くい)工事のデータ改ざんが相次ぎ判明していることに関連し、デベロッパーとして「何らかのチェック体制も検討しなければならない」と述べた。建設会社などを信頼し事業を進めてきたが、今後は「エビデンス(証明)が必要になるかもしれない」としている。
全国の建設現場では杭打ちデータが流用されていたことが明らかになっている。木村理事長は流用が建物の構造的問題に直結するのか「我々にもわからない。因果関係が明確にならないと手が打てない」と強調した。
国土交通省が旭化成建材(東京・千代田)以外の杭打ち業者にも調査対象を広げることを検討していることには「国の動向を注視して対応を考えていきたい」と話すにとどまった。工期の設定や発注金額のあり方が不正の温床という指摘に対し、過去には発注額が安く、短い工期で発注したこともあったかもしれないとの見方を示した。
[日経新聞11月17日朝刊P.11]
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