世界を揺さぶる中国の通貨、人民元はここから始まった。北京から高速鉄道で南へ１時間半。河北省石家荘で１９４８年１２月１日、中国共産党がつくった中央銀行、中国人民銀行が人民元の発行を始めた。日中戦争の混沌（こんとん）を抜け出して国民党との内戦を制した毛沢東（マオツォートン）率いる共産党が、北京へ入城すログイン前の続きる前に総本部をおいた西柏坡（シーパイポー）に近い。

　「小灰楼」とよばれる薄いグレーのこぢんまりとしたビルは、中国に攻めこんでいた日本の建設部局が事務所として造った。人民銀が使ったのは北京に移るまでの短いあいだだったが、２００９年からは河北銭幣博物館として保存され、愛国主義教育基地にもなっている。

　人民日報の昔の記事を頼りに初めて訪ねた１０年ほど前は「洗浴中心」と呼ばれる入浴施設らしきものだった。「本当にここ？」。塀越しにのぞいていたら、タオルをぶらさげて出てきたおじさんに「何の用だ？」とどなられた記憶がある。人民解放軍系の組織に管理され、歌劇場だったこともあるときいた。人民元が国際的に注目されるようになり、改修したに違いない。

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　「抗幣」――。博物館で古ぼけた紙幣が目にとまった。ａｎｔｉ　Ｊａｐａｎ　ｃｕｒｒｅｎｃｙと英訳がそえられている。日本語ならば反日通貨か。日中戦争のさなか、共産党の根拠地で発行されたもので、のちの人民元につながっていく。

　輸出力を高めるための通貨切り下げ競争を「通貨戦争」と呼ぶことがある。人民元がうみおとされた歴史はたとえ話ではなく、戦争そのものだ。

　中国では、列強に利権を奪われた清朝末期から、各地に乱立する多くの銀行のほか、欧米の銀行が発行する通貨も使われていた。日本が支配した東北地方の旧満州では、独自にお札を刷った。国民党が政権を握った中華民国時代、英国に助けられて統一通貨「法幣」を実現させたものの、共産党や日本軍などが力をもつ地域ではほかの通貨が使われていた。偽札も乱れとんだ。

　新中国になっても混乱は続く。チベットでもともと使われていた通貨を「非合法」として禁じたのは、５９年。建国から１０年が過ぎていた。チベットの大規模な動乱を人民解放軍が鎮圧した年である。

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　さて、２０世紀初め、新興国だった日本が帝政ロシアとの戦費を調達するため、国債の売りこみに赴いたのは、ロンドン・シティーの金融街だ。当時、香港上海銀行ロンドン支店長だったキャメロン英首相の高祖父もかかわったという。

　そのキャメロン氏と中国の国家主席、習近平（シーチンピン）氏は今秋の会談で、英中「黄金時代」をうたいあげた。それにあわせてシティーでは、人民銀が海外で初めて、人民元建ての手形を発行した。売買には規制がまだ多くのこる「新興通貨」人民元の国際化を支えて、ひともうけしよう。百戦錬磨の金融立国、英国の戦略である。

　欧米からの支持をとりつけて、人民元は近く国際通貨基金の仮想通貨「特別引き出し権（ＳＤＲ）」への採用が決まる。加盟国にお金を融通する仕組みのことで、ドル、ユーロ、ポンド、円で構成される。中国は、このメジャー通貨への仲間入りに国家のメンツをかけてきた。習政権がとなえる「中国の夢」の一角に、人民元もある。

　「＄は米国のドル。●（●はユーロ記号）は欧州のユーロ。では、￥はなんでしょうか」

　通貨の記号を紙芝居のようにめくりながら、前欧州中央銀行総裁のトリシェ氏にきいてみた。昨春、パリで会った時だ。

　「日本の円ですよ」。けげんそうだ。

　Ｙｅｎ（円）とＹｕａｎ（元）。ロンドン、パリ、フランクフルトの空港で、ルクセンブルクの石畳の街角で。中国の銀行の海外展開につれて、「￥」を人民元としてあらわす看板が増えている。そう話すと、「円はすでに国際通貨だが、元は国際化の途上にあります」と返ってきた。同じ土俵で競いあうな、とでも言いたげだ。

　屈辱と銃口と統一と――。「愛国」の物語を背負う人民元が、中国の再興とともに勢力を広げていく。なにを目指すのか。

　そして、同じかしら文字を持つ二つの「￥」は、この先、どんな歴史をつむぐのだろうか。

　（編集委員）

http://www.asahi.com/articles/DA3S12074752.html