2. 2015年10月27日 17:49:01
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日本で「痛みを伴う改革」ができない制度的理由 【第117回】 2015年10月27日 上久保誠人 [立命館大学政策科学部准教授] 安保法制が成立した後、安倍晋三政権は予想通り、「経済政策」に集中する方針を打ち出した(第115回〈下〉)。9月24日、首相は「一億総活躍社会」を打ち出した。国民に強くアピールしようとするスローガンは、池田勇人内閣の「国民所得倍増」に似ている。やはり、安倍政権は「60年安保」を徹底的に研究している。祖父・岸信介首相退陣のわずか5ヵ月後に、池田政権が選挙に圧勝した前例に倣って、2016年参院選勝利の戦略を構築しているようだ。 「一億総活躍社会」を具体的にどう実現するかについて、安倍首相は(1)希望を生み出す強い経済、(2)夢を紡ぐ子育て支援、(3)安心につながる社会保障――という「新しい3本の矢」によって、「名目GDP600兆円」「希望出生率1.8の実現」「介護離職ゼロ」を達成するとしている。だが、この新しい経済政策は、達成期限が明示されていない。結局、来年7月の参院選に向けて国民に「期待」を持たせるだけのものと批判されている。 解散権を封印し、5年間財政再建に取り組んだ英国 選挙のたびにバラマキが繰り返される日本 この連載は、日本政治の問題は「選挙から選挙までの間があまりに短期間」であることと指摘してきた(第105回)。選挙と選挙の間が短いと国民が政策の重要性を理解する時間がない。その結果、時の政権はとにかく目先の選挙に勝つことを最優先するようになり、特に財政再建はとりあえず選挙が終わるまで脇に置いて、選挙対策のバラマキを打ち出さねばならなくなる。 一方、この連載では、英国ディビッド・キャメロン政権が財政再建に成功したことを英国民から評価され、総選挙に勝利したことも取り上げた(第106回)。キャメロン政権は2010年の政権発足直後に消費増税、歳出削減を含む財政再建策を打ち出した。厳しすぎる緊縮財政は批判に晒され、キャメロン政権は支持率低迷に悩まされた。だが、首相の解散権を任期いっぱいの5年間封印する「2011年議会期固定法」を制定、不退転の決意を示して緊縮財政を続け、最終的にその成果を国民から評価されて、2015年総選挙に勝利したのである。
日本と英国の違いは、国民が財政再建の意義を理解するのに十分な時間を確保できているかどうかということだ。日本では、国民の理解が広がる前に選挙が来るので、時の政権はとりあえず財政再建を先送りしながら、景気対策を繰り返すことになる。その結果が、際限ない財政赤字の拡大だということだ。 今回は、安倍政権とキャメロン政権が、それぞれ総選挙に勝利した後の経済財政政策を比較したい。キャメロン政権は、再び厳しい緊縮財政策を打ち出した。またもや厳しい反対に晒されているが、キャメロン政権は動じない。次に総選挙がある2020年には、国民の間に理解が広がり、必ず評価されるという信念を持って取り組んでいるようだ。一方、安倍政権は2016年にまた参院選が控えている上、安保法制という難しい政治課題があったために、支持率維持が優先されている。財政再建に本格的に取り組む姿勢は、いまだに見えないままだ。 総選挙勝利後、5年後に国民に評価されるという信念で キャメロン政権は再び緊縮財政策を断行した 2015年5月の総選挙に勝利し、キャメロン政権は続投となった。勝利の要因となった経済財政運営の功績によって留任となったジョージ・オズボーン財務相は、緊縮財政策を継続することを表明した。財務相は総選挙前、2010年に公約した「構造的な財政赤字を自らの任期である5年間で解消する」という目標には着実に向かっているとしつつも、緊縮政策が成功を収めるまで期間延長が不可欠だと、国民に訴えていた。選挙後、その公約を実行に移したということだ。 7月8日、オズボーン財務相は「予算案」を発表し、その中で、2019年度までに社会保障関連の給付金のさまざまな抑制・廃止による福祉予算の削減を行い、年170億ポンドの歳出削減をすることを表明した。また、11月25日に公表予定のスペンディング・レビューで、保健医療と学校、防衛、対外援助を除外した日常的な支出について、各省庁に25-40%削減することを要求し、年間200億ポンド(300億ドル)の歳出削減を行う財政再建策を発表するとも宣言した。 この「予算案」では、単なる歳出削減だけではなく、減税や最低賃金の引き上げによって「より高い賃金、より低い税、より低い給付」を実現しようとする積極的な経済政策も同時に発表された。だが、緊縮策によるダメージを緩和するアピール効果は薄かった。国民の間に「緊縮政策は国民生活を悪化させるものだ」という反対運動が広がっている。予算案が発表された当日も、国会議事堂前で抗議行動が行われた。 野党各党も国民の反対をバックに、緊縮財政反対の姿勢を強めている。最大野党・労働党では、反緊縮財政を掲げるジェレミー・コービンが新しい党首に選出された。コービンは、労働党左派の下院議員で構成される「社会主義キャンペーングループ」のメンバーであり、反核団体の幹部でもあった人物だ。トニー・ブレア、ゴードン・ブラウンのニュー・レイバー政権時代には、造反を繰り返していた。イラク戦争参戦反対など、政権の意向に逆らって下院で政府案に反対票を投じた回数は数知れない。王室廃止まで訴えており、労働党内で異端として扱われていた人物だ。 今回の党首選でも、コービンは当初「泡沫候補」だと考えられていた。しかし、コービンの政治信条を支持しない議員からも「反緊縮財政の代表」として支持が集まってしまい、最終的に党首選に勝利してしまった。 コービンは最大野党の党首になってからも、大規模な公共支出を中心とする大胆な積極財政を主張してキャメロン政権と対立している。財政再建には無責任な姿勢であり、将来の政権担当には全く関心がないようだと、英国メディアから皮肉られている。 しかし、キャメロン政権はこのような批判に対してひるむことはない。緊縮政策は今後も継続されていくだろう。次の選挙までの5年間で成果を出し、国民から必ず評価されるという信念を貫くつもりのようだ。 次の選挙に向けて、「一億総活躍」という 「期待」を振りまくしかない安倍政権 日本では2014年12月に衆院総選挙が行われ、安倍晋三率いる自民党・公明党連立政権が勝利した(第96回)。2012年12月衆院総選挙(第50回)、2013年参院選挙の勝利(第64回)に続く、国政選挙での3連勝で、衆参両院での安定多数を更に固めた。また、2016年7月の参院選まで、1年半の間、国政選挙がない期間を確保することに成功した。 だが、安倍首相は国政選挙3連勝で得た圧倒的な政治的エネルギーを財政再建に使うことができていない。2015年になり、安全保障法制が最重要の政治課題となった。安倍政権は9月に安保法制を国会成立させたが、国会において野党の猛批判を浴び、国会外にも反対デモが広がった(第115回)。この間、安倍政権は国民に痛みを強いることになる財政政策によって、内閣支持率を落とすことはできない状況となってしまったからだ。 安保法制国会審議中の2015年6月、安倍政権は「新たな財政再建計画」をまとめている。しかし、「経済成長頼みの財政再建」と批判されるものとなった。首相は2018年度までを「集中改革期間」と位置づけ、「経済財政諮問会議」において、徹底した歳出抑制策を作成するよう関係閣僚に指示は出した。だが、小泉純一郎政権時の「骨太方針2006」のような「歳出削減の分野別目標」が、今回の財政再建計画には明示されなかった。 「骨太方針2006」では、5年間で「社会保障(1.6兆円の抑制)」「人件費(2.6兆円の削減)」「公共投資(3.9兆〜5.6兆円の削減)」「その他分野(3.3兆〜4.5兆円の削減)」という財政削減目標が掲げられていた。特に、社会保障費の自然増の抑制や、国や地方公務員の定員純減や給与構造改革、人事院勧告の一部実施見送りなどを実行する人件費削減は、政府機関が自ら身を切り、国民にも痛みを強いる厳しいものだったといえる。 一方、安倍政権の経済財政諮問会議の民間委員は、財政再建について「景気が良ければ税収は増える」という楽観的な見解を示すだけだった。安保法制の審議中に、国民に負担増を強いる財政再建を正面から扱うのは難しく、腰が引けた議論しかできなかったということだろう。 前述の通り、9月に安保法制が成立すると安倍首相は「一億総活躍社会」を打ち出した。しかし、「新3本の矢」は実現の可能性が低い無謀な目標であると批判されている。 「名目GDP600兆円」は、年3%以上の成長率を継続して、2020年度に達成されるが、現状の経済成長率は年1%をやっと超える程度でしかない。「希望出生率1.8の実現」については、現在の出生率が1.42人であり、晩婚化、生涯独身率、出産年齢の高齢化を考えた場合、これを1.8まで引き上げるのは非現実的と言わざるを得ない。「介護離職者」に至っては、2015年になって急増しているのが現状だ。結局、「新3本の矢」も、これまでのアベノミクス同様、単に国民に「期待」を持たせるだけのものだと断ぜざるを得ないのではないだろうか。 そして、各省庁が早くも「一億総活躍」の予算獲得に向けて動き始めているようだ。厚生労働省、経済産業省や文部科学省は、省内に一億総活躍社会を推進する政策会議を立ち上げ、既に具体案作りに着手すると同時に、省庁間の主導権争いが始まっている。 結局、従来の政策を「一億総活躍社会」の看板を掲げて打ち出し直すことで、新たな財源を確保して省益拡大につなげようという、いつもの省庁間の縄張り争いになるのだろう。そして、その予算を狙った族議員やさまざまな業界が予算獲得を目指して跋扈し始める。来年度予算案編成、そしてその先にある来年7月の参院選まで、永田町・霞が関周辺は、また賑やかになりそうだ。 次の選挙で何を国民に問うのか: 「期待」を問う日本と、「成果」を問う英国 今回、日本の安倍政権と英国のキャメロン政権の、それぞれの総選挙勝利後の経済財政政策を比較してみた。ここで明らかになったことは、政権が、「次の選挙で国民になにを問うのか」の違いではないだろうか。 日本では、これから行われる政策に対する「期待」を、国民に問うている。繰り返すが、日本では選挙と選挙の間が短いため、国民がそれまでの政権の政策内容を理解し、評価する十分な時間がない。そのため、政権も野党も、まずは財政再建など国民に痛みを強いるが重要な政策を隠して、世論の動向を見ながら小出しにしていく。しかし、すぐに次の選挙が来るので、結局その争点化を避けて、先送りされることになってしまう。その一方で、景気対策のようなわかりやすく、国民の「期待」に訴える政策が並べられていくことになる。 英国では、選挙は政権の5年間の「成果」を評価するために行われている。政権は選挙が終わると、緊縮財政など国民に痛みを強いる政策を先に、ぜんぶ包み隠さず国民の前に出し、即座に実行に移す。その評価を受ける選挙は5年後なので、短期的に支持率が下がっても気にしない。政権任期の5年の間に成果が出て、必ず国民に理解が広がると信じて、粘り強く政策の意義を説き、政策を推進していくのである。 日本においても、政治家が正直に、痛みを伴う不人気な政策を国民の前に提示できるようになる必要があるだろう。それには、国民が落ち着いて政策の内容を理解し、その成果を評価するのに十分な時間が確保されなければならない。そのためには、やはり次から次へと国政選挙がやってくる現行制度を、少しでもできるところから改善していかなければならない。先進国最悪の財政赤字は、政治家だけが悪いわけでも、国民だけが悪いわけでもない。制度上の問題を抜本的なところから解決しなければならない。 http://diamond.jp/articles/-/80592 |