7. 2015年10月22日 08:52:36
: OO6Zlan35k
知らないと損する!医療費の裏ワザと落とし穴 【第103回】 2015年10月22日 早川幸子 [フリーライター] 日本は世界一医療費が高い米国の轍を踏んではならない 前回は、4月にスタートする「患者申出療養(かんじゃもうしでりょうよう)」という新しい医療制度では、患者の経済的負担をほとんど軽減できないことをお伝えした(前回の本コラム参照)。 反対に、この患者申出療養によって混合診療が拡大され、新しい医薬品や治療法が開発されても健康保険に収載されず、長期にわたって高額な治療費を自費で強いられることを患者たちは不安に思っている。 さらに、この10月5日に環太平洋経済連携協定(TPP)が大筋合意したこともあり、これまで日本では歯止めがかけられてきた混合診療が、外圧によって全面解禁されるのではないかといった懸念もあるようだ。
では、この患者申出療養を突破口に、混合診療は全面解禁に向かうのか。今回は、日本の医療政策や財政事情、外圧との関係などから、その可能性を考察してみたい。 部分解禁と全面解禁では 大きく異なる混合診療 患者申出療養は、健康保険が適用された「保険診療」と適用されていない「自由診療」を、一定条件のもとに認めた保険外併用療養費の第3のカテゴリーとして創設された。 当初、規制改革会議が提案したのは、安全性や有効性の検証もなく、患者が希望すれば保険外の治療をなんでも健康保険と併用させるという実質的な混合診療の全面解禁を狙ったものだった。しかし、医療の安全を無視した当初案には各方面から強い反対の声があがり、規制改革会議は修正を余儀なくされることになったのだ。 そして、最終的には、「患者からの申請を基点とする」「申請から実施までの審査期間が原則2〜6週間」「身近な医療機関でも治療を受けられる」といった点を除けば、従来からある先進医療(保険外併用療養費の評価療養)とほぼ同様の運用で落ち着くことになった。 つまり、患者申出療養は、厚生労働省の管理下に置かれ、一定条件のもとで混合診療を部分的に認めたものに過ぎない。また、安全性と有効性が確認されてデータが積みあがれば、将来的な健康保険収載の道も開かれ、「混合診療の全面解禁」には程遠い内容になった。 このように、今回は、患者団体や健康保険組合、日本医師会、厚生労働省などの頑張りによって、混合診療の全面解禁を押しとどめることができた。 だが、もしも混合診療が全面的に解禁されると、国民にとっては不利なことが多くなる。というのも、部分解禁と全面解禁は、保険診療と自由診療を併用できる点では似ているが、両者は全く異質のものだからだ。 混合診療を部分的に認めた先進医療や患者申出療養は、あくまでも健康保険を適用するかどうか評価している段階の治療という位置づけだ。有効性と安全性が認められ、広く一般に普及できると判断されれば、健康保険が適用されて誰でも少ない自己負担で利用できるようになる。 ところが、混合診療が全面解禁されると、「健康保険が使えるのはここまで」と線引きされてしまい、新しい治療法が開発されても健康保険は適用されなくなり、お金のある人しか医療の進歩を享受できなくなってしまうのだ。 先進医療や患者申出療養なら、保険外の費用を全額自己負担するのは健康保険が適用されるまでの期間限定だが、混合診療が全面解禁されると永久に保険外の治療費を全額自己負担することになる。それどころか、健康保険で受けられる治療の範囲はどんどん狭められ、保険外の負担が増える可能性も出てくる。 だからこそ、日本では混合診療は原則禁止の姿勢を貫き、安全性と有効性が確認された医薬品や治療は順次、健康保険に収載して、お金のあるなしにかかわらず、誰もが平等に医療を受けられる体制を作ってきたのだ。 そして、意外に思うかもしれないが、混合診療の原則禁止は医療費の増加を防ぐ大きな役割も果たしている。 混合診療を全面解禁すると 公的な医療費も増大する!? 混合診療を全面解禁すると、保険外の医療費が増加することで、健康保険など公的な医療費は抑制されると考えている人は多いのでないだろうか。 だが、実際には保険外の治療の価格に引っ張られ、公的保障の医療費も上昇することは、医療を市場に任せたアメリカの状況から明らかになっている。 経済協力開発機構(OECD)の「Health Data 2015」によると、2013年のOECD諸国の医療費の対GDP比率は平均で8.9%。これに対して、アメリカは16.4%でダントツ1位となっている。2位のオランダ、スイスが11.1%、3位のスウェーデン、ドイツが11.0%なので、アメリカ1国だけが突出して高い。 注目したいのがその内訳で、民間保険が中心のはずのアメリカで、医療費の半分(7.3%)が公的支出で賄われているという点だ。 2014年1月にオバマケアが導入されたが、これは民間保険への加入を義務付けることで無保険者の減少を目指したもので、日本のような公的な健康保険ではない。多くは勤務先などを通じて民間保険に加入しているが、民間保険に加入できない高齢者や低所得層の医療費は、メディケア、メディケイドという公的制度で面倒をみる仕組みになっている。 アメリカでは市場に任せた結果、医療費が高騰したが、病気の患者を眼の前にして、民間保険の加入者だけに高水準の医療サービスを提供し、公的制度のメディケア、メディケイドの患者には低レベルの医療サービスしか提供しないといった線引きは不可能だ。民間保険の給付に合わせて、メディケア、メディケイドで受けるサービス水準も引き上げられ、公的制度の医療支出も上昇。そして、世界一医療費の高い国になってしまったというわけだ。 もしも日本で混合診療を全面解禁すると、保険外の費用を賄うための民間保険の普及が進むはずだ。そして、その民間保険が医療サービスの利用を誘発させ、公的健康保険、生活保護の医療扶助も増加させることになるだろう。 日本が法治国家である限り、健康保険の加入者や生活保護受給者に、「医療を受けるな」ということは不可能だ。そのため混合診療を全面解禁すると、これまで以上に医療費への財政負担が大きくなってしまうのだ。 それは、日本が長年とってきた低医療費政策に反することになる。そのため、以前は全面解禁に積極的だった財務省が、最近では「混合診療」に触れなくなっている。 財務省の「建議」からも 消えた混合診療全面解禁 今年6月、財政制度審議会が提出した「財政健全化計画等に関する建議」でも、医療制度改革の具体的な項目に「後発医薬品の使用促進」「受診時定額負担・免責制の導入」などはあげられているものの、「混合診療の拡大・解禁」には全く言及していない。混合診療の全面解禁は社会保障政策の致命傷になることを、財務省の役人たちも気がついたのだ。 また、アメリカから日本の医療分野に対する市場開放圧力も、ここ数年、変化している。 アメリカの通商代表部(USTR)が毎年発表する「外国貿易障壁報告書」では、2011年まではサービス障壁のひとつに「医療サービス」があげられ、「株式会社による営利病院経営」など市場開放要求が定番としてあげられていた。 しかし、2012年の報告書からは、医療サービスの項目自体が削除されており、日本の医療サービスに外国資本の参入は要求されなくなっているのだ。そのかわりにボリュームを増してきているのが医療機器や医薬品の算定ルールへの注文で、アメリカの要求はこちらに軸足をずらしている。 このように、国内的な財政事情、外国からの圧力のいずれからも、混合診療の全面解禁が行われる可能性は極めて低い。 だからといって、国民が経済的な不安を抱えずに医療を受けられる制度がいつまでも続くとは限らない。 今後、財務省の建議に記されていた受診時定額負担や免責制が導入されたり、製薬メーカーの言いなりになって医薬品の価格が高止まりしたままになれば、国民皆保険とは名ばかりで、お金がなくて医療にかかることを躊躇する人を増やすことになる。それは、とくに低所得層へのしわ寄せとなって現れるはずだ。 混合診療問題にばかり目を奪われているうちに、国民皆保険の根幹を突き崩すような制度変更が行われてしまったら元も子もない。 「いつでも、どこでも、だれでも」安心して医療を受けられる医療制度を維持していくためには、陰謀論に惑わされず、本当の危機がどこにあるのかを正しく捕らえられる力が必要だ。 http://diamond.jp/articles/-/80355 新制度「患者申出療養」では 患者の経済的負担は軽減されない 早川幸子 [フリーライター] 【第103回】 2015年10月9日 http://diamond.jp/articles/-/79718
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