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若年向け賃貸住宅 支援を
社会維持基盤に影響
平山洋介 神戸大学教授
若い人たちは、親の家を出て独立し、仕事と収入を安定させ、結婚し家族を持ち……。そうして人生の道筋をつくっていくと考えられている。しかし標準パターンの軌道をたどる若者は減った。増えたのは、親の家にとどまる未婚の世帯内単身者だ。親元からの独立(離家)の遅れは若い世代の目立った特徴となった。
親の家を出て新たな世帯を形成したのは(世帯主25〜34歳)、1994〜98年には101万世帯であったのに対し、2009〜13年には66万世帯に減った。そして、独立したグループでは転居が減り、動かない世帯が増えている。若年世帯(同)のうち転居した世帯の比率は、94〜98年には73%であったのに比べ、09〜13年には48%に下がった(住宅・土地統計調査)。
また、親元を離れたグループでは単身のままの人たちが増加した。国勢調査によれば、25〜34歳人口のうち世帯内単身者、単身者の比率はそれぞれ、90年には24%、12%であったが、10年には33%、16%に上がった。
離家、結婚、出生などの「次の段階」になかなか進まず、「停滞」したままの若者が増えている。その原因の一つは経済の低迷にある。雇用と所得の不安定さは若年層の離家を減らし、結婚・出生を抑制した。もう一つ、大抵見落とされているが、住まいの状況に注目する必要がある。
戦後日本の政府は、持ち家促進の住宅政策を展開した。かつて住宅を購入する多数の世帯に低利融資を供給した住宅金融公庫が07年に廃止された後も、住宅ローン減税などによる持ち家促進が続いた。一方、賃貸住宅に対する政策支援は乏しいままだ。
日本の賃貸住宅政策は、先進諸国の中で異例といえるほど弱い。欧州諸国では、公的賃貸住宅のストックが蓄積され、家賃補助などの公的住宅手当を供給する制度がある。
00年代前半のデータによれば、公的賃貸住宅率と公的住宅手当の受給世帯率は、オランダでは35%と14%、英国では21%と16%、スウェーデンでは18%と20%、フランスでは17%と23%。これに対し、日本では公的賃貸住宅は5%と少なく、公的住宅手当の受給世帯は皆無に近い。
経済低迷と賃貸支援の弱さの組み合わせが、若年層を停滞させるメカニズムを構成した。若者が親元を離れ、単身者として独立するには賃貸住宅が必要になる。結婚して新しい世帯を形成しようとする人たちもまた、最初の住まいとして賃貸物件を探す。持ち家促進に傾き、借家支援が弱い国では賃貸コストが高い。
経済が伸びていた時代の若い世帯は、収入の安定・上昇に支えられ、賃貸市場に加わった。しかし90年代以降、経済は不安定化し、政府の賃貸支援は弱いままだ。離家・結婚に必要な賃貸コストを負担できない若者が増えた。
賃貸市場の動向を知るには、その階層構成の変化をみる必要がある。賃貸ストックには、低家賃の木造アパートから高級マンションまで、多彩なタイプの住宅がある。
東京都内に関して年収・家賃別に借家世帯数の構成をみると、年収構成は低所得側に少しずつ傾いてきたのに対し、家賃構成は高家賃側に劇的にシフトした(図参照)。1カ月の家賃が7万円未満の世帯は、88年には約8割を占めていたが、13年には5割弱にまで減っている。
景気が悪く収入が減ったことから、市場家賃に下方圧力が発生するので、同一住宅の家賃は確かに下がってきた。しかし賃貸ストックの構成が変容し、低家賃住宅が減った点を注視する必要がある。この変化のため、より低所得の若者は親の家にとどめられ、親元から独立する若者の家賃負担はより重くなった。
日本の大都市では、公的賃貸住宅、社宅、木造アパートなどが低家賃ストックを構成していた。公的賃貸住宅は少ないうえに、若者にはほとんど供給されない。これを補ったのは企業の社宅であった。
欧州では「政府」の仕事である低家賃住宅の供給を、日本では「会社」が担うという独特の現象がある。しかし、充実した福利厚生制度は大企業に限られ、景気低迷の影響もあり、社宅供給は急減した。かつては民営借家の市場で低家賃のアパートが供給されていたが、そのストックの多くは老朽化・劣化のために取り壊された。
海外では低家賃住宅の中心は「非市場」住宅である。その割合(10〜11年)をみると、ロンドンでは24%(自治体住宅、住宅協会住宅)、ニューヨークでは38%(公共住宅、家賃規制借家)を占める。これに比べ、東京では11%(公的賃貸住宅、社宅)にすぎない(森記念財団都市整備研究所調べ)。
一方、市場家賃住宅の比率は、ロンドンの25%、ニューヨークの30%に対し、東京では43%と際立って高い。ロンドン、ニューヨークは市場経済を高度に発展させた都市である。これらの「資本主義都市」でさえ、賃貸住宅支援の政策介入を続けてきた点に注目したい。ロンドンでは公的家賃補助の供給も多く、その受給世帯は25%に及ぶ。
若年層の停滞は、彼ら自身の問題であるだけでなく、社会・経済の持続可能性に影響する。少子化は社会維持の基盤を揺るがしている。日本では住宅政策の役割を結婚と出生に関連づける議論は未発達だが、住まいのあり方は結婚・出生を抑制もしくは促進する要因になる。賃貸コストを負担できず、親の家にとどまる若者が増えれば、結婚・出生は減らざるを得ない。
欧州委員会は05年、「欧州人はより多くの子どもを持ちたいと思っている。しかし、住宅確保の困難さを含むあらゆる種類の問題群が彼らの選択の自由を制限する」と指摘した。住宅事情の改善が出生率の回復を支えるという認識を示したものだ。
経済持続の観点から、若者が次の段階に踏み出すことの重要さを知る必要がある。新規世帯をつくる若者は、労働者・消費者として市場経済に新たに参加し、その活力を刺激する。換言すれば、離家の減少は経済縮小の原因になる。
若者の多くは、結婚のために転居し、子どもを持つ前後に住み替える。転居の減少には、結婚・出生の減少が反映している。若者が親の家にとどまって独立せず、独立しても動かないという状況は、経済活力をそぐ一因となった。
社会・経済の持続に向けて、若年層向け賃貸住宅政策を抜本的に拡充する必要がある。低コスト住宅が充実すれば、親元を離れようとする若者が増える。良質の賃貸住宅に簡便に入居できるのであれば、それは家族を持とうとする人たちの背中を押す。
政府が持ち家促進を重視したのは、経済刺激の効果を得るためであった。景気悪化のたびに住宅ローン減税が実施された。しかし収入は増えず、住宅購入はより困難になった。持ち家一辺倒の政策では、経済刺激はもはや得られない。一方、若年層向け賃貸住宅政策を拡大し、彼らの「動き」を支え促すことは、間違いなく新たな経済効果を生む。
離家、結婚、出生に向かうかどうかは、個人が自由に選択すべき問題だ。社会と国家のために家族をつくる必要はない。しかし、次の段階を望む若者が多いのであれば、その条件を整えることは公共政策の課題になる。若い世代の選択の幅を広げるために、「住宅からのアプローチ」がもっと試されてよい。
ポイント
○親元離れ世帯形成は90年代の3分の2に
○欧州に比べて日本の賃貸住宅政策は貧弱
○若者が独立せず動かないと経済活力そぐ
ひらやま・ようすけ 58年生まれ。神戸大学学術博士。専門は住宅政策、都市再生
[日経新聞10月12日朝刊P.15]
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