Special | 2015年 12月 24日 14:02 JST 関連トピックス: トップニュース 視点:TPPとガバナンス革命の秘められた力=大田弘子氏 http://s3.reutersmedia.net/resources/r/?m=02&d=20151224&t=2&i=1104560970&w=&fh=&fw=63&ll=&pl=&sq=&r=LYNXMPEBBM0Y6 大田弘子政策研究大学院大学教授/元経済財政担当相 {東京 24日} - 環太平洋連携協定(TPP)の大筋合意とコーポレートガバナンス革命の進展は、2015年の特筆すべき成果であり、今後の日本の国際競争力向上に大きく資するものだと、大田弘子・政策研究大学院大学教授(元経済財政担当相)は指摘する。 同氏の見解は以下の通り。 <TPPのドミノ効果、日本企業に千載一遇の商機> 日本経済にとって2015年の「最大の変化」は、環太平洋連携協定(TPP)の大筋合意だ。米国の批准は難航が予想されるが、日本に立ち止まっている暇などない。16年は、近い将来のTPP発効を見越して、規制緩和・撤廃など生産性向上のための構造改革にまい進し、果実を最大限に得る準備を進めなければならない。 TPPの眼目は、世界の国内総生産(GDP)の約4割を占める巨大経済圏(参加12カ国)において、関税撤廃にとどまらず、金融・通信・流通などサービス分野の高度な自由化を行い、さらに政府調達や国有企業、通関手続きの簡素化など広範に共通ルールづくりを行っている点だ。将来、他の2国間自由貿易協定(FTA)や複数国・地域によるメガFTA交渉において、TPPは先進事例として参照されることになるだろう。 日本は現在、TPPの他に、日中韓FTAや東アジア地域包括的経済連携(RCEP)、日欧間の経済連携協定(EPA)など複数のメガFTA交渉に関わっているが、TPPを進めることで自国の利益を反映させやすくなる。例えば、政府調達や国有企業に関するルールづくりでは、旧社会主義国のベトナムがTPPに入っている意味は大きい。将来的に中国を含む自由貿易構想を進めていくうえで、1つの指針を中国側に提示することになる。 また、TPPには参加国のドミノ効果も期待される。すでにインドネシア、タイ、韓国などが参加に向けて前向きな姿勢を示している。特に韓国が入れば、中国の立ち位置も変わってくる。停滞気味の日中韓FTA交渉が動き出す可能性も高まる。日本としては、日中韓FTAがなるべく質の高い協定になるようリードしながら、インドを含む広範なRCEPあるいはアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の高度化と早期実現につなげていくことが必要だ。 こうした流れは、製造業のみならず日本企業全体に新たなチャンスをもたらす。例えば、金融業や流通業だ。報道によれば、マレーシアやベトナムは、TPP発効に合わせて、外資規制を大きく緩和する方針だ。マレーシアでは、外資のコンビニエンスストアへの出資が認められ、外国銀行の支店数や現金自動預け払い機(ATM)設置数に課されている制限が大きく緩和される可能性があるという。 アジアは間接金融が中心で債券市場も発展の途上なので、邦銀も強みを生かせるはずだ。また、高品質で顧客満足度の高いサービスを有する日系流通業の活躍の場も広がるだろう。 <TPPの障害は守りの農業、サービス生産性革命も急務> ただし、このTPPをめぐっては、残念なこともある。関税撤廃をテコに、国内農業を強くするという絶好の機会を逃してしまったことだ。 農業界は、国会決議で聖域と位置づけられた重要5品目(コメ、麦、牛・豚肉、乳製品、サトウキビなど甘味資源作物)のうち、約3割のタリフライン(関税区分の細目)で関税撤廃が決まったことを問題視しているようだが、他の品目に比べればかなり守られた結果となっている。 何より残念なのは、農業の競争力向上につながらないばかりか、農業分野で多くの例外を求めたために、工業品分野で米国の譲歩を引き出せなかったことだ。米国は自動車の輸入関税(2.5%)を25年かけてやっと撤廃するという。米韓の間ではFTAがすでに発効しており、16年には韓国からの輸入車への関税が撤廃される。日本から高級車を多く輸出していることを考えれば、2.5%はけっして僅差ではない。 日本の農業は、少子高齢化が進む国内市場で守りの姿勢を続ける限り、じり貧となるだけだ。むしろTPP発効までの期間を、日本の農業の強みをアジア市場に生かしていく方策を考える猶予期間として捉え、減反廃止・大規模農業化などによる生産性向上にまい進すべきだ。 ところで、生産性向上が日本経済全体のテーマであることは言を俟(ま)たない。中でも大きな課題は、働く人の7割以上が属するサービス産業の労働生産性が他の先進国に比べて非常に低く、結果的に給与水準も低いことだ。サービス産業においてTPPの果実を得るためには、構造改革を進め、サービス産業の底上げを急ぐ必要がある。 その際、重要な視点は、多様な働き方を実現させるための雇用改革だ。サービス産業での働き方は多様であり、かつ企業間での生産性格差が大きいのがサービス産業の特徴だから、成長企業・有望分野へ移動しやすくするような労働市場改革を進めることが肝要だ。転職が不利になったり、派遣などさまざまな働き方のなかで、どれかが著しく不利な待遇になるという状況をなくしていかなければならない。そのための法整備や職業訓練機会の増加が必要だ。 多様な働き方のための法整備には、女性、高齢者、そして社会にこれから出てくる若者の声はもちろん、様々な働き方をしている人たちの意見に耳を傾け、政策に結びつけることが必要だ。現在の雇用問題は従来の労使の枠組みを超えた国民的問題であり、広く国民レベルで労働の在り方について議論を行う政策的プラットフォームを整える必要があるのではないだろうか。 <ガバナンス・コードで日本企業の経営は変わり始めている> 最後にもう1つ、2015年の特筆すべき日本経済の成果を挙げれば、コーポレートガバナンス改革の進展だろう。 日本企業は長年、コーポレートガバナンス分野で遅れていると、特に海外の投資家から厳しく言われてきたが、今年6月にコーポレートガバナンス・コードが導入された。日本企業は良くも悪くも横並びで物事に取り組むので、各社が「コンプライ・オア・エクスプレイン」(遵守せよ、さもなければ説明せよ)のルールに真面目に取り組んだ。 このガバナンス・コードをめぐっては、形を整えただけではないかという批判もあるが、舞台が整えられた意味は決して小さくない。もちろんスタート地点に過ぎないが、この動きは逆戻りしないとみている。 メガFTAの大競争時代を目前に控えて、個々の日本企業が国際的水準に適うガバナンス体制を整えることは、日本経済の競争力底上げの面からも、きわめて重要なことだ。ガバナンス向上は、コンプライアンス意識の改善につながるだけでなく、社外取締役や投資家という外の目を経営に取り入れることで、経営資源を有効活用し、収益力を高めることにつながる。 TPPなどによって広がるビジネスチャンスは、コーポレートガバナンス革命による企業経営の進化や生産性向上があって初めて、大きな果実を生むはずだ。 *本稿は、大田弘子氏へのインタビューをもとに、同氏の個人的見解に基づいて書かれています。 *大田弘子氏は、政策研究大学院大学教授。内閣府規制改革会議議長代理、税制調査会委員などを務める。2006―08年、安倍・福田両内閣で内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)。2014年6月から、みずほフィナンシャルグループ取締役会議長。 *本稿は、ロイター日本語ニュースサイトの特集「2016年の視点」に掲載されたものです。 *このドキュメントにおけるニュース、取引価格、データ及びその他の情報などのコンテンツはあくまでも利用者の個人使用のみのためにコラムニストによって提供されているものであって、商用目的のために提供されているものではありません。このドキュメントの当コンテンツは、投資活動を勧誘又は誘引するものではなく、また当コンテンツを取引又は売買を行う際の意思決定の目的で使用することは適切ではありません。当コンテンツは投資助言となる投資、税金、法律等のいかなる助言も提供せず、また、特定の金融の個別銘柄、金融投資あるいは金融商品に関するいかなる勧告もしません。このドキュメントの使用は、資格のある投資専門家の投資助言に取って代わるものではありません。ロイターはコンテンツの信頼性を確保するよう合理的な努力をしていますが、コラムニストによって提供されたいかなる見解又は意見は当該コラムニスト自身の見解や分析であって、ロイターの見解、分析ではありません。 http://jp.reuters.com/article/view-hiroko-ota-idJPKBN0U11IV20151224?sp=true
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