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安保法案が目覚めさせた「憲法の理念」〜デモ取材歴40年の私が、この夏、国会前で目撃した「初めて」の事態
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/45212
2015年09月20日(日) 魚住昭 週刊現代 :現代ビジネス
いま、憲法を闘い取ろうとする奔流に
■国会議事堂前の異常事態
国会議事堂前に据えつけられたスピーカーから切羽詰まった男性の声がいきなり響いた。
「実行委員会からのお願いです。絶対に前の人を押さないでください! ゆっくり移動してください。私たちは最後まで非暴力を貫きます! ここでけが人を出したら台無しになります!」
8月30日午後1時40分ごろの国会正門前。実行委は同じ言葉を何度も繰り返した。その切迫感が急激に募っていく。集会開始まで20分もあるのに異常事態が起きているらしい。
でも、私がいた北庭(正門はす向かいの憲政記念館の敷地)の塀際は人が密集していて外の正門前の様子が見えない。上空の報道ヘリが高度を下げ、地上に近づいてきたのでスピーカーの音声もよく聞き取れない。
何が起きたのか確かめなければならぬ。人混みをかきわけ北庭の門から外に出たら、目を瞠るような光景が広がっていた。
15分ほど前まで空白だった正門前の車道(幅50m)が人波でびっしり埋まっている。警察の規制線が決壊し、歩道に押し込められていた人々が一斉に車道にあふれ出たのである。
国会前の決壊自体は3年前の反原発デモでもあった。ただ、あのときは自然に潮が満ちて堤防を越えるような感じだったが、今回は突然で、津波のような勢いだ。実行委の必死の制止がなかったら、人の波は国会正門に直接ぶつかっていただろう。
解放区と化した車道で旧知の女性作家と出くわした。彼女はニコニコしながら「あれ!」と正門の方を指さした。見ると、デモの前列近くで白と黒の風船が巨大な横断幕を空中に吊り上げている。そこに書かれた言葉は「安倍やめろ!」だった。
私は車道を正門と逆の皇居の方へ下った。デモの全体を見渡したかったからだ。途中の歩道で創価学会の三色旗を掲げる男性が「私たちは子供のころから憲法9条と平和の僕(しもべ)になれと教えられてきました。いまの公明党は安倍政権の僕です。到底看過できません」と訴えていた。
彼の気持ちは痛いほどわかる。いま一番辛い思いをしているのは党の方針と、学会の平和主義の理念の板挟みになっている彼らだろう。気の毒だが頑張って声を上げてもらうしかない。
■こんなに大きなデモは見たことがない
車道をさらに下ると、桜田門周辺の内堀通りや六本木通りが見えてきた。どの歩道もデモ参加者で混雑している。この分だと日比谷公園まで広がっているにちがいない。こんなに大きなデモを私は見たことがない。
総勢15万人ぐらいかと思ったら、主催者発表は12万人だった。主催者発表は水増しされるのがふつうだが、今回は逆に控えめだ。これもデモ取材歴40年で初めての経験だった。
午後2時すぎ、正門前に戻った。民主党の岡田克也代表の演説が始まっていた。ひと月前に同じ場所で聞いた彼の演説に比べると、必死さがひしひしと伝わる。彼は最後にこう宣言した。
「多数の国民が危機感を持って怒っていることを安倍政権に分からせなければいけない。10年、20年たって『あの時あなたたちは何をしていたのか』と言われないよう徹底的に頑張る!」
私はテレビなどで岡田代表のスピーチを幾度となく聞いてきたが、こんなに胸に届く言葉は初めてだ。失礼ながら、彼はようやく民意を体現する政治家に脱皮しつつあるのではないか。
■眠っていた「憲法の理念」が一気に目覚めた
スピーチエリアには政治家や著名人が次々と立った。なかでも一際注目をあびたのは音楽家の坂本龍一さんだった。中咽頭がんを患って8月初めに仕事に復帰したばかりである。
坂本さんは、反安保法案の気運が盛り上がる前、日本の現状にかなり絶望していたのだがと前置きして、こう語りだした。
「SEALDsの若者たちや女性たちが発言してくれているのを見て日本にもまだ希望があるかなと思っているところです。崖っぷちになって初めて私たち日本人の中に憲法の精神、9条の精神がここまで根づいているということを皆さんがはっきり示してくれて勇気づけられています。ありがとうございます」
さすが「教授」。ことの本質を捉えている。この夏に起きたこと、それは日本人の心の底に眠っていた憲法の理念が一気に目覚めたということだ。劇的な変化だ。憲法学者の叛乱も、SEALDs現象もその表れである。坂本さんはつづけた。
「ここに来て民主主義を取り戻す、憲法の精神を取り戻すということは、まさに憲法を自分たちで血肉化すること。とても大事な時期だと思う。もしかしたら憲法は自分たちで命を賭けて闘い取ったものではなかったかもしれないけど、いままさにそれをやろうとしている」
私は思想家の柄谷行人さんの言葉を思い出した。彼は8月15日付朝日新聞に載った岩波書店の全面広告で戦後68年間も憲法9条が支持されてきた理由をこう語っていた。
〈それは、戦後の日本人には、戦争を忌避する精神が深く根付いたからです。それは「無意識」のものです。集団的無意識ですね。これは意識的なものではないから、論理的な説得によっても、宣伝・煽動によっても変えることができない。そして、これは、社会状況が変わっても世代が変わっても残る〉
実は柄谷さんはずいぶん前から同じことを語っていた。私はそれを半信半疑で受け止めていたのだが、反安保運動の高揚を目の当たりにして柄谷さんの指摘の正しさを思い知った。
9条を変えることはできない。〈変えようとする政権や政党のほうが壊滅します〉と柄谷さんは語っていた。きっとその通りになるだろう。安倍政権はいずれ潰れる。来夏の参院選後と目されていた憲法改正の発議もできなくなるだろう。一人ひとりは微力でも皆が声を上げることで、私たちは未来を変える確かな力を手に入れたのだと思う。
小雨の降る正門前では集会解散後もSEALDsのコールが延々とつづいた。「民主主義って何だ!」「立憲主義って何だ!」「誰も殺すな!」……
*参考:東京新聞8月31日朝刊
『週刊現代』2015年9月19日号より
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