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佐野研二郎氏が2010年に上梓した『今日から始める 思考のダイエット』(マガジンハウス)
佐野研二郎の5年前の著書『思考のダイエット』を読んでみたら…そこには今回のパクリ騒動を予見させる言葉が満載だった!
http://lite-ra.com/2015/09/post-1477.html
2015.09.12. リテラ
9月1日に東京五輪組織委員会がエンブレムの使用中止を発表した後も、いまだ収束する気配のない佐野研二郎氏へのバッシング。
一方で、そのサノケンが2010年に出版した著書『今日から始める 思考のダイエット』(マガジンハウス)がやたら売れているらしい。筆者もコワいもの見たさで、さっそく入手して読んでみた。
と、パラパラとページをめくっていると、ふと目に止まった以下の文章にビックリ! なんと、サノケン、5年前に今回の騒動を引きおこすことを予告していたのである。
〈いま手がけている広告やその商品を、街の人が見たり、手に取ったとき、いったいどんな表情を浮かべるかをシミュレーションすることを怠ってはなりません。例えば、あるビジュアルをつくったら、それを街のビルボードの写真に合成したり、持っているショッピングバッグの写真に合成するだけでもずいぶんリアリティーをもって客観的に確認することができます〉
そう、ショッピングバッグの写真に合成というのは、サントリーのトートバッグを連想せずにはいられないし、街のビルボードの写真に合成というのは、もろ、エンブレムの展開例でやっていたことではないか。
もしや、この本にはサノケンのパクり方テクニックが書かれているのでは…そんな妄想を膨らませた筆者は、本を読み進め始めた。ところが、次に目についたのは、こんな記述。
〈閉じられた空間ばかりにいるのではなく、街に出て、人に会うことも重要です。いま、世の中がどのようなものを求めているのかは、インターネットを検索しているだけでは、見えてきませんし、自分の目で見たり聞いたりした、その実感がなければ、世の中の空気を察知する感受性を見に付けることができません〉
それ、あなたに一番、言って聞かせたい言葉なんですけど……。さっき言ったエンブレムの展開例の写真とか、トートバッグのフランスパンとか、多摩美のポスターの眼鏡とか、きちんと「街へ出て」自分で写真を撮っておけば問題にならなかったはず。それこそ横着して「閉じられた空間」のパソコン上でチャチャッと仕事を終わらせようとしたからこんなことになったのではないか。
同書には他にも、サノケン自身にアドバイスしたい教訓が満載だった。たとえば、クライアントに提出したデザイン案にダメ出しされたときの解決法。サノケンはこう書く。
〈グループインタビューの結果を受けていろいろなネガな要素を微調整するのではなく、バサッと大きく変化させて検証することがとても大事です。微調整は元のデザインを悪くすることが多いのです〉
〈一度考えたアイデアというものには、どうしてもこだわりを持ってしまうものです。考えをリセットしり、別のアイデアを試したりしたほうが効率よく仕事ができるはずなのに、なぜか同じ穴を永遠に掘り続けてしまう……。その穴を掘り続けても、水脈を掘り当てる保証はありません。手応えがなければ、ある程度の時間で見切りをつけて、違う場所の穴を掘っていかなければ、かえって効率が非常に悪くなるということを心得て、諦めることも大切なのです〉
今回のエンブレムに関しては、リエージュ劇場との類似性を指摘された決定案の前に、それとはまた別の原案があり、そこから若干の修整が加えられた過程も報道されている。著書の言葉に沿うならば、原案を使用できなくなった時点で微調整するのではなく、大きく変化させた案を再度出し直すか、もしくは採用を辞退するべきだったと思うのだが……。
だいたい、この本では、「その穴を掘り続けても、水脈を掘り当てる保証はありません」と書いてあるではないか。ところが、今回、サノケン先生は同じ穴を掘り続けて、水脈どころかバッシングが吹き出てくる「ガス管」を掘り当ててしまった。
とまあ、こんな調子で、パクリのテクニック伝授どころか、「それ、お前が言うか」的なもっともらしいアドバイスばかりが目についた『思考のダイエット』だが、しかし、さらに目を凝らして読み進めていくと、やっぱり佐野氏の考え方が「今回の騒動」の原因となっていることもわかってきた。
たとえば、そのひとつが部下とのコミュニケーションの取り方だ。同書にはこんな記述がある。
〈打ち合わせの時も、あまりにも人数が多すぎると、お互いに牽制し合ってしまったり、全員が発言できなかったり、それぞれの力を最大限に発揮できないこともあり、これでは逆効果です。この時、やみくもにスタッフを減らすのではなく、それぞれの役割分担をはっきりさせ、目的を持って作業できるように仕分けをすることが重要です〉
ようするに、部下を打ち合わせには参加させずに、徹底した「役割分担」でひたすら作業させる。しかし、このディスコミュニケーションが招いたのがパクり癖のある部下の放置だったのではないか。
さらに、こんな記述もあった。
〈移動中の新幹線や喫茶店でラフスケッチを描き、その絵を写メールで撮影し、それをスタッフに送り、制作してもらうことがあります。「佐野さん、それはとても乱暴な仕事のやり方ですね」、そう言われてしまうかもしれませんが、実はこの作業もシンプルでわかりやすいデザインをするのに、重要なプロセスなのです。
写メールは解像度が低く、微妙なニュアンスまで伝えられません。けれど、ディティールまで見えなくても、ちゃんと伝わるものになっている必要があります。これは、屋外看板や中吊りなど、遠くからでもちゃんと目立っているかを検証することに近いのです〉
もしも皆さんがサノケンの事務所、MR_DESIGNのデザイナーだったとしたら、カリスマ上司から荒い画質のラフスケッチが送られてきて、それに「すいません。これ意味が分かんないんですけど……」と言い出せるだろうか? 筆者なら無理だ。
ならば、よく分からない部分は既存のデザインで埋め合わせ……となっても不思議ではないだろう。
では、なぜ、サノケンは部下とこのようなコミュニケーションの取り方をするのだろうか? そこには、とにかくスピードを求められる広告業界の仕組みがあるようだ。
たとえば、複数のノベルティグッズを展開するような案件に携わっている場合、そのひとつひとつのデザインの可否についての判断にアートディレクターであるサノケンが時間をかけてしまうと、今度は実際にグッズの制作にかけられる時間がどんどん目減りしていってしまう。瞬時に物事を判断できるスキルはデザインの仕事において大事なことなのだそうだ。
その例として、サノケンはメールに関し、〈60秒以内に返信、30文字制限ルール〉というものを設けていると語っている。彼のメールの速さはこの本の編集者にとっても印象的なものだったようで、こんなエピソードも合わせて綴られていた。
〈まずこの本の企画を頂いたときの仮タイトルは、実は、『佐野の返事はやたらと早い』というものでした。メールの返信を素早くすることは、コミュニケーションの基本であり、あらゆることをスピードアップすることで、仕事はもっとうまくいくという切り口の内容でした〉
確かに、チェックのためのメールなどが素早く返ってくると、その後の仕事が迅速にできるので嬉しい。しかし、サノケンがこういったスピード至上主義の発想を部下であるスタッフにも押し付けていたから、パクり騒動が起きたのではないだろうか?
例のトートバッグの「BEACH」を盗用されたベン・ザリコー氏は「第三者のデザインをトレースした」と釈明するサノケン側に対し、「彼はトレースしたと説明したが、私のデザインと完全に一致している。まるでフォトコピーだ」と主張した。だが、もしも部下にもう少し時間が与えられていたら……。こんな「フォトコピーだ」とまで言われるような仕事はしなかったのではないだろうか?
さらに、今回の騒動を生み出した極めつけの理由と感じたのが、以下の発想だ。
〈こちらの提案から相手の採用までの間には、プレゼンテーションという橋が渡されています。デザイナーに限らず、どんな職業のひとでも、口を鍛える必要があります〉
〈僕は、おおげさ過ぎるくらい自信を持って、プレゼンに臨みます。
担当の方に作ったものを見てもらうとき、「すごく良いのが出来ちゃいましたよ!」と、自信満々に言います。(中略)そして、「じゃじゃーん!」と効果音をつけたり、自分なりの演出を加えながら、プレゼンを始めます。
そうするとみんな「見たい見たい」という空気になるんですよね〉
「週刊文春」(文藝春秋)15年8月27日号によれば、サノケンは広告業界では「クライアントに何を言われてもOKする男」「サノケンのアイデアは単純。(中略)でも、プレゼン上手だから、それが『面白い』となってクライアントに採用される」といわれているらしいが、「口を鍛える必要があります」という文章を読んで、なんだかすべて納得してしまった。
東京五輪エンブレム騒動では、別に原案があったことから、サノケンが発表時にもっともらしく語っていた「コンセプト」が全部後付けだったことがバレてしまったが、このカリスマアートディレクターはまさに、「口」を鍛えることでいろんなことをごまかしてきたのだろう。そのほころびが今回、一気に出てしまったのかもしれない。
しかし、広告業界に詳しい人に聞いてみると、サノケンがこの本で書いていることはけっして特別なことでもないらしい。部下に丸投げで作業をさせ、スピード優先で、プレゼンでクライアントを丸め込む――これらは有名アートディレクター、ひいては業界全体で日常的に行われている仕事のやり方なんだとか。
そう考えると、広告クリエイターのみなさん方にこそ、この本をもう一度読んでもらいたい。そして、自分たちの実力以上にふくらませた幻想と仕事量を「ダイエット」して、サノケンの二の舞にならないようにしていただきたい。
(井川健二)
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