2. 2015年9月11日 00:40:47
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マイナンバーは自虐の番号2015年9月11日(金)小田嶋 隆 財務省がまとめた「軽減税率」案の内容が明らかになった。 新聞の記事を読んで、ちょっと茫然としている。 あまりにもバカげて見えるからだ。
もし財務省が、本気でこのプランを実行するつもりでいるのだとしたら、彼らの現実感覚は、かなり致命的にズレていると申し上げなければならない。 あるいは、一連の記事は、いわゆる「観測気球」であるのかもしれない。というよりも、今回の「案」は、消費税率についての実際の運用を、財務省が想定している最終的な落としどころに落着させるための、とりあえずのブラフなのかもしれない。つまりこれは「見せ金」なのだ。いくらなんでも、まさかこのまま実行するつもりのガチな計画ではないはずだ、と、そういうふうに解釈しないとこちらの理解が追いつかない。 念の為に、「財務省案」の概要を説明しておく。 軽減税率の対象となる品目は、基本的に、外食サービスを含む「酒類を除くすべての飲料と食料品」ということになっている。ここまでは良い。問題は、税率を軽減する方法だ。 財務省によれば、消費者はいったん10%の消費税をそのまま支払い、その後、対象品目について個々の消費者が1年分の還付分を申告することで、増税分の2%の還付を受け取る設定だ。 あらかじめ特定の品目について税率をカットした値段をつける方法はとらないわけだ。 還付金額のカウントには、2016年の1月から運用が始まるマイナンバー制度で交付される「個人番号カード」を利用する。 具体的には、「マイナンバーカード」(仮称)を、店舗のレジに置かれた読み取り機にかざすことで、対象品目についての「軽減ポイント」が蓄積される。 還付の金額は、富裕層に過大な恩恵が及ばないようにするため、年間4000円程度におさえる。 どこから突っ込んだら良いのやら見当がつかない。 とりあえず、消費者が負担する労力と、そのことから得られる利得について考えてみよう。 われわれはまず、「マイナンバーカードj(仮)」を常に持ち歩かねばならない。で、飲食や買い物で会計をする度に、そのマイナンバーカードの提示を求められる。これは、面倒を嫌うタイプの客にとって、大きなストレスになるはずだ。 私自身の話をすれば、私は、飲食店やコンビニで使えるポイントカードを持っていない。やむを得ないなりゆきで、ポイント対象となるカードを何枚か(もしかしたら10枚ほど)作ったことはあるが、持ち歩くことはしていない。どこに保管してあるのかも、もはや把握していない。 なので、たとえばレジの人間が 「××ポイントカードはお持ちですか?」 という質問を浴びせてくる度に微妙にイライラする。で、相手が 「ティ……」 の音を発音したタイミングで、最後まで言わせずに 「持ってません!」 と、返事をカブせることにしている。 おとなげない対応である旨は自覚している。 でも、仕方がないのだ。 外出にあたって、私は、ウォークマンのイヤホンを装着していることが多くて、だから、レジの人間に話しかけられることは大変な負担なのだ。 もちろん、レジ係にしてみれば、耳にイヤホンを突っ込んだおっさんの相手をすることは、わりあいに大きな負担なのかもしれないし、その客が、こっちの質問をろくに聞こうともせずに 「持ってません!」 と切り口上で言い放つのを聞かねばならない経験は、神経のすり減る試練なのだとも思う。 が、悪いのは私ではない。 レジ係のおばさんが間違っているのでもない。 すべての責任は、すべての顧客に対して同じ質問を繰り返すことを、レジ係に強要しているコンビニチェーンのフランチャイジーの強欲に帰されなければならない。 日本の小売業の現場には、ずいぶん前から 「スマイル0円」 という呪いがかかっている。 これは、ちょっと聞くと、世界に冠たる我が国のホスピタリティーを象徴する、うるわしい覚悟であるかのように聞こえる。 が、実際のところ、この決まり文句は、レジに立つ人間に、甲子園球児の全力疾走義務に似た無限のサービス競争を強いる、呪いを帯びた呪文なのだ。 「スマイル0円」は、接客を担当する労働者の主たる業務である顧客へのホスピタリティあふれるサービスが、無償労働である旨をあらかじめ宣言している。ということは、このスローガンは、接客業の人間にとっては、労働強化ワード以外のナニモノでもないのである。 しかも、当然といえば当然であり、意外といえば意外でもあるのだが、売り手が苦しんでいるからといって、その分だけ客が楽になるわけではない。 実際、レジ業務の煩雑化は、売り手と買い手の双方を疲弊させている。 レジが扱うプリペイドカードやポイントカードの種類と枚数が増えれば増えるだけ、レジ周りの装備は複雑化し、業務は煩雑になる。客の側も、複数のカードを持ち歩き、場面ごとに使い分ける手間とともに、それらについての紛失や盗難のリスクを負わねばならない。 このうえ、駄菓子屋の店先や屋台の狭いレジに新しいカード読み取り機と、新しいカード所持問答と、新たなカード提示ミッションとカード紛失リスクが追加されることで、いったい誰が得をするというのだろうか。 少なくとも、客は得をしない。 売り手も、忙しくなるだけだ。 このシステムから利得を得るのは、おそらく、マイナンバーカード読み取り機の製造メーカーならびにその販売業者と、データの蓄積ならびに管理センターに天下るであろう財務省の役人だけだ。それ以外の人間には何のメリットもない。 読売新聞が報じているところによれば、財務省は、今回の事業の発足に先立って『買い物記録を集約するデータセンターの新設などインフラ(社会基盤)整備に約3000億円を投じる』ことを想定している(ソースはこちら)。 単純に考えれば、約1億2000万人の日本人に1人あたり最大4000円を還付するために、3000億円を投資するわけだが、還付を申請しない(オレはしないよ)国民が少なからずいるであろうことを考えれば、還付金の総額は、たぶん3000億円を下回る。 ということは、この財務相のプランは、うまくいっても3000億円を還付するために3000億円の予算を費消するお話、ということになる。 なんというバカな寓話だろうか。 記事を読むと、読み取り機の設置以外に、「軽減ポイント蓄積センター」(仮称)なる役所だか施設だかが新設される運びになっている。実際に制度が動き出せば、これ以外にも様々な経費がかかる。と、当然のことながら、このシステムが動き出した後、継続して使われる予算は到底3000億円では済まないことだろう。 こんなことなら、はじめから、制度構築のためにかかる予算を、そのまま国民に分配した方が話が早いじゃないか、と、そう思うのは私だけではなかろう。 システムとしてペイしていないだけではない。 個々の消費者の立場からしても、この軽減税率はまるでペイしない。 1年間食料品を買う度に毎回レジでマイナンバーカードを提示し続けて、おまけに期末には自力で書類を書いて還付申告にでかける手間をかけて、それで支給される金額の上限が4000円なのだとすると、そのアルバイトは、時給に換算して、いくらになるのだろう。とてもではないが、私は従事する気持ちにはなれない。 この件について、麻生太郎財務大臣は 「カードを持ちたくなければ持って行かないでいい。その代わり、その分の減税はないだけだ」 と説明している。 なるほど。麻生さんらしい言葉だ。 この発言に対して 「不遜だ」 「ばかにしている」 「国民を物乞い扱いにするのか」 という声が上がっているようだが、私は、麻生さんの解説は的確だと思っている。 事実として、われわれは、地面にばら撒かれた米粒を拾い集めるみたいにして還付金をかき集めなければならない。この点は誰の目にもはっきりしている。四つん這いになるのがイヤなら、還付金なんか期待するな、と、これは、はじめからそういう話なのだ。麻生さんの説明は、粗雑ではあるかもしれないが、制度の要約として的確だ。私は評価する。悪いのは麻生さんではない。制度そのものだ。 麻生大臣がこの発言に先立って漏らした 「軽減税率はめんどうくさい」 というコメントも、まったく正しい。私は、この発言も支持する。 なぜなら、軽減税率は、麻生さんのおっしゃるとおり、実にめんどうくさい措置だからだ。というよりも、消費税の利点である徴税のシンプルさと課税の公平さを台無しにしている意味で、軽減税率は、そもそも筋が悪いのだ。 2017年の4月に、消費税の税率が10%に引き上げられることについては、かねてから賛否がある。 景気回復を重要視する人々は、税率の引き上げそのものに反対している。 昨年(2014年)の4月に、税率が5%から8%に引き上げられて以来、回復基調にあった景気が、停滞に転じていることを軽視するべきではない。もしこのまま、既定方針にこだわってさらに税率を引き上げたら、日本の経済は不況に逆戻りしてしまう。そうなれば、経済のあらゆる面に悪影響が出ることはもちろん、税収そのものも大幅に目減りすることになる。そうなってしまっては本末転倒ではないか、というのが、彼らの主張の骨子だ。 一方、財政の健全化を重視する人々は、17年4月の税率アップを、ずっとそのつもりで織り込まれている決して譲ることのできない一線であると考えており、ここで安易な妥協をすると、日本の財政は後戻りのできない借金体質に陥ってしまう旨を繰り返し主張している。 いずれの主張が正しいのかは、私には判断がつかない。 ただ、双方の顔を立てているかのように見える軽減税率という解決策の方向が、最悪の一手であることだけは、なんとなくわかる。 なんとなれば、軽減税率は、景気の悪化を止められないばかりでなく、財政の悪化を防ぐこともできないはずだからだ。 おまけに、それは、不要な会計業務を増やし、不要な税務書類を増やし、不必要な役所を新設させ、不要なカード読み取り機の生産と不要なカード犯罪誘発機会をもたらし、国民の生活をいたずらに煩雑化する ひとつも良い点がない。 景気への悪影響が心配なら、税率アップの時期を延期すれば良いし、財政が心配なら果然と税率を上げれば良い。いずれの道を取る決断もつけられずに、現金を泥道にぶちまけてそれを国民に拾わせるみたいな挙に出ることは、どっちにしても最悪だと思う。 財務省案での還付方法は、たぶん、マイナンバーカードのスタートを邪魔することにもなるだろう。 ここで、マイナンバー制度そのものについて、立ち入った議論をするつもりはない。 賛否両論が渦巻きすぎていて、短い残り行数では、とても整理がつかないからだ。 ただ、彼の制度がもたらすであろうとされている「メリット」が、「事務の簡略化」である点は、はっきりしている。 この点については、ほとんど異論はないはずだ。 その事務の簡略化という、マイナンバー制度のメリットを、財務省が持ちだした還付制度は台無しにしかねない。私はそう思っている。 というのも、マイナンバー提示による税還付ポイントのカウントは、レジ業務に余計な手間と手順を持ちこみ、税務処理に新しい項目を増やし、マイナンバーの尻尾に余計なデータをまとわりつかせることになるわけで、マイナンバー制度の目的である、各種業務の簡略化にモロな形で逆行しているからだ。 のみならず、軽減税率ポイントのレジ配布設定は、マイナンバーカードの所持を一般化させることを通じて、カードの紛失リスクと、データ漏えいリスクと、詐欺被害リスクを野放図に拡大することになるはずだ。 カードというのは、どんなものであれ、紛失するように設計されているものだ。 持って歩いて邪魔にならないということは、置き忘れても思い出しにくいということであり、掏られて気付きにくく、落として音がしにくく、投げてよく飛ぶということでもある。そんなものが紛失しない道理はないのである。 財務省は、還付金をエサに、マイナンバーカードの普及を促進しようとしているのだと思う。あるいは、高速道路のETC割引料金でドライバーを誘引することで、ETCカード&車載器の普及を果たした成功体験が、こういうプランの案出につながっているということなのかもしれない。 ETC割引料金は、たしかに魅力的な誘引材料だった。 私自身、国交省に足元を見られている不快さは感じたものの、ETCカード&車載器のもたらす利便性と経済的メリットに抵抗しきれず、結局、車載器を搭載することになった。 ただ、ETCカードのケースと、このたびのマイナンバーカードのケースは、似ているようでいて、微妙に違っている。 ETCカードは、若干の初期投資を要したとはいえ、結果として、高速道路の料金所渋滞を大幅に軽減する意味でメリットの方が大きい改革だった。ドライバーにとっても小銭を出す手間や、料金所でいちいち停止する面倒くささを解消してくれた意味は大きい。 その点、マイナンバーカードは、少なくとも軽減税率を蓄積するポイントカードとして使う用途について言うなら、明らかに手間を増やしている。 さいごに、以下は私の邪推にすぎないとも思うのだが、せっかくなので書いておく。 思うに、財務省の上の方の人たちの本当の狙いは、マイナンバーカードに個人の買い物のデータを記録させるところにあるのかもしれない。そうでなくても、彼らは、納税や預金の基礎データのみならず、交友関係や宗教思想に関連するあらゆるエビデンスをマイナンバーにヒモ付けることを目論んでいるわけで、最終的に、お国の上の方の人たちは、全国民のビッグデータを一元管理する夢を見ているのかもしれないということだ。 だとすると、これは、一大事だ。 ここで重要なのは、現金が匿名性を持っているということだ。 現金は、「誰が」「どこで」「何を」「いくらで」買ったのかを、取り引きが終わった瞬間に消し去ってしまう。だからこそ、われわれは、現金の匿名性に乗っかって経済活動の自由を謳歌している。これはとても大切なことだ。 経済の自由は、必ずしも犯罪や後ろ暗い使途を意味するわけではない。 が、自由は、すべての活動を含んでいる。 説明しにくいのだが、とにかく、カード決済なりクリック決済なりで、追跡可能な形の買い物をした瞬間に、われわれの経済活動の自由は、半分ぐらい「敵」の手に渡っている。 たとえば、amazonで何かを買うと、後々、かなりの期間、 「あなたにおすすめの◯◯」 という、こっちの足元を見たメールやポップアップ広告やアフィリエイトに悩まされることになる。amazonの中に棲んでいる人工知能は、私が何を買ったのかをすべて記憶している。何を買おうとしてあきらめたのかも、もちろん記憶している。で、彼らは、そうしたデータを通じて、私がどんなものを欲しがる男で、どういう種類の持ちかけ方にヨワくて、どの程度のブツに手が出る経済力を持っているのかについても、驚くほど正確な予断を抱いている。 これらのことを通じて私たちが学ぶべきなのは、ものを買うということが、同時に誰かに弱みを握られることを意味しているということだ。つまり、現金以外の方法で何かを買うことは、誰かに自分の心臓をわしづかみにされることに近い出来事なのである。 しかも、資本主義社会の中でわれわれが生きることは、「お金を使う」ということとほぼ同義だ。ということは、経済活動の自由が失われた瞬間に、われわれの自由のうちのかなりの部分は死ぬ。 人に言えない何かを買う時、誰にも言えない店で他人に明かせない関係の誰かと会う時、決済は必ず現金で処理されなければならない。なぜなら、カードであれ小切手であれ名前にヒモ付けられたカネを使うことは、そのカネを使った状況についてのあらゆる周辺情報を追跡可能な形で、全世界に向けて公開する準備を整えてしまったことを意味しているからだ。 4000円のために何を売り渡すことになるのかを考えれば、答えは、すでに出ている。 私は、軽減税率の還付を辞退する所存だ。 事態をはっきりさせるために、財務省宛てに 「要らねえよばか」 というメールを送ることにしよう。 麻生さんが返事を書いてくれる良いのだが。 (文・イラスト/小田嶋 隆) マイナンバーレジ普及前にぜひご購入下さい。 あ、ネット通販でも、いいんじゃないかな…。 長らくお待たせしました。当「ア・ピース・オブ・警句」出典の5冊目の単行本『超・反知性主義入門』が9月11日に弊社から発売となります。今回は連載担当編集のYが初めて書籍編集も担当させていただき「いつもオダジマさんが言っていること」を、5つの指向に分類してみました。「生贄指向」「絆指向」「本音指向」「非情指向」「功利指向」です。「オダジマこそ、日本に珍しいホンモノの反知性主義者だ」と喝破した『反知性主義』著者にして国際基督教大学副学長の、森本あんり先生とオダジマさんとの、2万字の対談も収録。日本に漂う変な空気に辟易としている方に、「反知性主義」というバズワードの原典やわが国での使われ方を(ニヤリとしながら)知りたい方に、そして、オダジマさんの文章が好きな方に、縦書き化に伴う再編集をガリガリ行って、「本」らしい読み味でお送りいたします。ぜひ、お手にとってご感想をお聞かせください(Y)。 このコラムについて 小田嶋隆の「ア・ピース・オブ・警句」 〜世間に転がる意味不明
「ピース・オブ・ケイク(a piece of cake)」は、英語のイディオムで、「ケーキの一片」、転じて「たやすいこと」「取るに足らない出来事」「チョロい仕事」ぐらいを意味している(らしい)。当欄は、世間に転がっている言葉を拾い上げて、かぶりつく試みだ。ケーキを食べるみたいに無思慮に、だ。で、咀嚼嚥下消化排泄のうえ栄養になれば上出来、食中毒で倒れるのも、まあ人生の勉強、と、基本的には前のめりの姿勢で臨む所存です。よろしくお願いします。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/091000010
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