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戦後70年に思う 安倍談話で憎悪の連鎖断ち切れ 埼玉大学名誉教授・長谷川三千子
http://www.sankei.com/politics/news/150820/plt1508200004-n1.html
ふーん、「未来志向」ねえ…。 どうやら今年出される戦後70年談話は未来志向の談話となるらしい、といった報道を見るたびに、私はちょっぴり首をかしげていました。「未来志向」という言葉は、なにか難しい問題があるとき、それを正面から論じるのを避けてうやむやにするために使われることの多い言葉です。そんな「未来志向談話」はごめんだなあ、というのが私の懸念でした。
しかし、いざ実際に戦後70年談話が出てみると、その懸念は消え去りました。これは何かをうやむやにするための未来志向ではなく、むしろ目を見開いて真正面から問題に取り組むことを要求する未来志向だということがはっきりと示されていたからです。
≪正確に描き出した戦争への道≫
「歴史の教訓に学び、未来を望」む、というのは20年前の村山談話にも語られた、或(あ)る意味で当然の心得ですが、ここで大切なのは、「歴史の教訓」を正しく引き出すには歴史を正確に振り返らなければならない、ということです。 その点に関しては、ただ単に、わが国が「国策を誤り、戦争への道を歩ん」だとしか述べていない村山談話は、ややお粗末であったと言わざるをえない。
これに対して、今回の安倍談話は同じく「歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければ」ならないと語った上で、その「戦争への道」をきわめて正確に描き出しています。わが国が国際社会に参入した19世紀以来の世界の歴史の流れはどうであったか。その中で日本はいかなる課題に直面したのか。それをしっかりと見つめた上で、日本が「挑戦者」としての立場を「力の行使」によって切り開いていこうとしたところに「誤り」を見いだしています。
この反省は十分に納得のゆくものと言えますし、またそこから導き出される「歴史の教訓」、ことに「力の行使」による現状変更への戒めは、わが国のみならず世界中の人々に役立つ「未来への知恵」にほかなりません。その意味で、今回の談話は村山談話をさらに充実、発展させたものであると言うことができるでしょう。
≪長文に込められた「愛語」≫
しかし、ここには更に重要な、まったく新しいメッセージが語られています−「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」
この言葉にとまどった人も多かったことでしょう。なにもわれわれは好んで謝罪し続けているわけではない。繰り返し謝罪を要求し続けてくる隣人たちをどうすればよいというのか…。
しかもこの談話はすぐに続けて「私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければ」ならないとも語っています。隣人たちの謝罪要求を「時効だ!」と突っぱねるようなことが推奨されていないのは明らかです。いったいこの難問をどうしたらよいのか。
そう戸惑った末にふと思い至ったのは、この異例の長さの談話の全体−この談話の姿勢そのもの−こそが、その答えなのではないか、ということでした。
修証義」というお経のなかに「愛語」という言葉があります。要するに、すべての人間に対する慈愛の心から発せられる言葉であって、はじめて人の心に届く、ということなのですが、今回の談話を評するのに「愛語」ほどふさわしい言葉はない。
≪平和妨げる謝罪という言葉≫
この談話では、通りいっぺんの「お詫(わ)び」ではなく、一つ一つの国、さまざまの境遇の中での一人一人の苦しみを追体験し、そこに「寄り添う」ようにして過去が想起されています。また、従来の首相談話と比べて、懇切をきわめた形で「感謝」の念が強調されているのも特色です。こうした「愛語」を語るには、確かにこれまでの首相談話の3倍近い長さが必要だったのです。
はなはだ陳腐な言い方になりますが、心の平和のないところに真の平和はありえない。そして「愛語」なしには心の平和はもたらされえないのです。
そのような見地からすると「謝罪」という言葉は、いまだにトゲトゲしい闘争の影を背負った言葉です。それはまさに、敗者に「ウォー・ギルト」を背負わせた第一次大戦以来の、断罪と憎悪の連鎖を引きずっている。「謝罪」が「謝罪」である限り、それをする側も、それを受ける側も、本当の心の平和からは遠いところに居つづけることになる。謝罪が平和を生むどころか、謝罪が真の平和の妨げになってしまうのです。
そう考えると、真の平和のためには「謝罪」の精神風土を脱する必要があり、さらにそのためにはわれわれ一人一人が「愛語」を実践していかなければならない、ということになります。今回の安倍談話は、そうした途方もなく大きな宿題をわれわれにつきつける「未来志向」の談話なのです。(はせがわ みちこ)
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