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官邸もその意を汲まざるをえない実力者、二階俊博〔PHOTO〕gettyimages
【スクープ!】安倍総理がもっとも恐れる男 自民党総務会長・二階俊博、その「黒い人脈」
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/44610
2015年08月17日(月) 週刊現代 :現代ビジネス
森功(ノンフィクション作家)
3000人を引き連れて訪中するなど、このところその力を見せつける場面の多い二階自民党総務会長。「最後の派閥の領袖」といわれる政界の実力者を、裏で支えていた男はどんな人物だったのか?
■「お世話になりました」
その通夜は昨年10月19日、関西国際空港から車で30分足らずの大阪・泉南市の斎場「シティホール泉南」で執り行われた。
「二階俊博先生です」
200人ほどの弔問者に向け、アナウンスが流れると、本人が弔辞を述べ始めた。
「辻野君とは非常にいい関係だったし、お世話になりました。本当にいい男だった」
野辺送りされた人物は、辻野産業社長の辻野源治という。大阪や和歌山の政界関係者で知らぬ者がないほどの有名人である。
自民党総務会長の二階俊博は、とりわけ辻野と親しい。多忙を極める党三役の身で、4日前に急逝した辻野の夜伽に駆けつけたのも、そのためだ。
参列者たちも、その弔問を当然のことと受け止め、驚きはない。喪主を務める息子の匡隆に目線を送って焼香を済ませ、しばらく故人に思いを馳せた二階は、20分ほどで葬儀場をあとにした。
「二階先生は翌日の葬儀には姿を見せませんでしたけど、12年ほど前に亡くなった辻野社長の奥さんのときは、通夜だけでなく葬儀にも出てたはずや。それぐらい仲が良かったですよ」
そう話すのは、かつて辻野産業で働いていた橋本忠夫(67歳)である。
「俺も辻野の社長とは、もう40年近い付き合いですねん。初めの出会いは俺がまだ極道しとったときやから、昭和53年('78年)頃。ちょうど佐々木組に入った頃でした。親父(組長)と辻野の社長が不動産の取引をしていて、『ええ土地あるで』と親父が声をかけると、辻野の社長が『よっしゃ』と二つ返事で買うてましたな。
辻野のおっさんはごっつう金持ってたから、気前がよかった。親父が入院したとき、辻野に『5億くらい何とかならんか』と頼んだら、すぐに現金を持ってきよった。それで、俺が不動産の関係資料やらを届けたりしてたんで、親しゅうなったんです」
佐々木組とは、山口組5代目組長だった渡邉芳則時代の直系2次団体だ。橋本は佐々木組5代目組長の土橋皓二のとき、その世界へ入った。ある恐喝容疑で服役した後、橋本の就職した先が、不動産会社「辻野産業」だったのである。
■地検特捜部も動いた
「刑務所で堅気になる、と脱退届を出し、出所してすぐに辻野へ電話をしたわけや。そしたら『堅気になったなら、わしんとこへ来い』言うてくれた。それから働き始めたんですわ」
関西政界でその名を轟かせてきた辻野源治は、かつて地元農協「JA泉南市」の理事を務めた時期がある。農協から37億円の融資を引き出し、和歌山県内のゴルフ場開発につぎ込んだ。
結果、融資の大半が焦げ付き、JA泉南市は破綻。と同時に、辻野が土地取引を巡って和歌山市議に賄賂を贈っていた事実まで発覚する。辻野は'98年、農協に対する背任と贈賄容疑で大阪地検特捜部に逮捕された。
もっとも、数十億円の不正融資という大事件にもかかわらず、'04年12月の一審判決では執行猶予がつき、本人は息を吹き返した。
そんな辻野源治は二階の有力後援者として知られ、二人の関係は幾度となく取り沙汰されてきた。
最近では、特許庁の「基幹システム再構築プロジェクト」の入札問題も、話題になった。特許庁が260億円の予算をかけ、インターネットによる特許の出願システムづくりを外部に発注。'06年11月に落札した東芝グループの東芝ソリューションに対し、入札の2ヵ月前に機密情報が漏れ、そこに二階の政策秘書がかかわった疑惑が浮上する。その東芝ソリューションの下請けとして、辻野の関連会社「ザクロス」が事業を受注していたものだから、騒ぎが大きくなったのである。
ザクロスは辻野の息子の匡隆が社長を務めていたが、事実上の経営は父親の源治だ。二階は特許庁を所管する経済産業大臣を務めてきただけに、東京地検特捜部も関心を示した。が、真相は藪の中だ。
いったい辻野源治とは、どんな人物なのか。40年来、行動をともにしてきた橋本に尋ねた。
「本人から聞いたところでは、辻野社長は20歳そこそこの若い時分から、長いこと金丸(信)先生の書生をしていたそうや。住み込みだったから、その時期に自民党の国会議員とぎょうさん知り合うたみたいですねん。田中(角栄)派の小沢一郎や羽田孜、中西啓介(故人)……。辻野の社長は軽井沢に別荘を持っていたので、そこを使う議員もいたらしい。俺も軽井沢に行ったことあるけど、泉南の家には軽井沢での政治家の写真がいっぱい飾ってあった」
そこにはなぜか和歌山選出の二階や中西とのツーショット写真だけはなかったが、最も親密なのは間違いないという。
「辻野のおっさんと二階先生や中西先生は、深い、深い、切っても切れへん関係や。中西先生でいえば、息子の出来が悪うて、覚醒剤(覚せい剤取締法違反容疑)でパクられましたやろ。代議士の小せがれなんで不良が近づいてきて、クスリを覚えたんとちゃうやろか。で、パクられた時、中西先生から辻野社長に電話がかかってきた。辻野もクスリのことはよう知っとるので、それ以上、息子がはまらんよう知り合いのところに預けた。辻野は、政治家からヤクザ、役人や大企業の社長までいろんな人間を知っていますから」
橋本は辻野の運転手をしていただけあって、かなり細かいところまで辻野の行動を熟知している。
「二階先生が和歌山入りする時には、いっしょに何べんも関空へ迎えに行ったものです。東京から辻野のおっさんの携帯に、何時に関空に着くさかい迎えに来てくれ、て直接電話があるんです。俺は口が堅いからね。それで、空港まで行って、俺が運転している車の後ろに二人が乗ってホテルまで送り届ける。必ず本人が迎えに行っていました」
辻野は暴力団関係者たちとは大っぴらに付き合っていたが、二階との交友については意外に慎重だったという。
「選挙のときもそうや。会社を従業員に任せ、仕事そっちのけで我が(自ら)が運転手を連れて選挙の応援に走り回る。俺が運転でけへんときは、耳が不自由な社員に運転させとった。選挙は息子の匡隆と二人で応援しとった。息子には二階先生の事務所のある新宮あたりを回らせ、我がは御坊とか和歌山、有田。親子で手分けして選挙区を駆けずり回っていました」
そこまでするのは、やはり見返りを期待してのことだろうが、橋本はこう話す。
「そうやって一生懸命応援して、なんかあったら二階先生へ相談しとったんや。政治家も、ただでは動かんから、それなりのことはしとるやろ。だけど、辻野のおっさんは神経質で『いくら使うたんや』て聞いても、しゃべらへんかった」
■「情報」でメシを喰う
不動産業を営む辻野産業の辻野は、具体的に何をしようとしていたのか。そこについて、聞いた。
「あの人は政治家をよう知っとるさかい、県庁に行ったら、たとえば道路計画の情報が一番先に入る。それで地図を見て、『ここと、ここを押さえたらええなあ』と計画地の周辺を買うわけや。その一つが京都、奈良、和歌山を走っている京奈和線いう高速道路の延長計画や。京奈和線を西へ延長して、大阪・和歌山間の阪和線につなぐ計画が持ちあがった。で、辻野がそのあたりの岩出の山を買うたわけや」
登記簿によれば、辻野が岩出市の山林を買ったのは、バブル末期の'90年2月のこと。その後、土地を担保に、大阪のノンバンクから31億円の融資枠で資金調達しているようだ。何の変哲もない単なる山林である。
「辻野のおっさんは、岩出の山を国に買い取らせるつもりやったんです。その狙い通り、国交省の役人が『山を通らしてください』て訪ねてきよった。京奈和道路は、辻野の山を通らんと阪和道路へつなげへんからね。ならトンネル掘って近くに道の駅でもつくればええやないか、という計画まで提案してたんや」
つまり道路計画をネタに山林で一儲けしようとしたのである。だが、結果的にうまくいかなかったと橋本が打ち明ける。
「買い取る、買い取らんで揉めている最中に、辻野のおっさんがパクられてしもたんや。自宅まわりの6000坪を売ろうとしたんやけど、地元のパチンコ屋と大手のマルハンの両方に声をかけて、詐欺みたいな話になってもた。パチンコ屋に8000万円借りて倉庫を担保にとられていたのに、それを勝手に壊して、更地にしてマルハンに土地を売った。で、そのパチンコ屋に詐欺で訴えられたんです」
それが5年前の'10年頃のことだ。
「おっさんがパクられてるあいだ、国交省の役人が『京奈和線のために岩出の山を貸してくれ』言うてきた。最初は年1200万円でどうや、言うのが、1000万円とか、だんだん下げてきよる。俺と辻野産業の社員が対応したけど、話にならへんから放っといた。で、辻野が(拘置所から)出てきて、いくらかで話がついたんやと思うで」
京奈和道路は目下、延伸工事の最中であり、今年9月、岩出まで開通する。この先さらに西に延伸され、阪和道路につながる予定だ。国交省と県の共同事業である。
■パーティに5000万円
また辻野は二階の地元由良町でゴルフ場「シーサイド由良カントリークラブ」建設を計画。前述したJA泉南市の37億円の融資をつぎ込んだ。'89年の計画時の設立発起人が金丸信。二階本人が、地元の有力者に宛て、協力要請する挨拶文を寄せている。
〈辻野源治氏のシーサイド由良カントリークラブ開発計画に今後も一層協力して参りたいと存じますが貴台のご協力を賜はりますよう私共からも心からお願い申し上げる次第であります〉
橋本が言う。
「由良の山は、辻野の親戚も土地を持っていて、そこを売る、売らんで揉めてもうて、ゴルフ場はできなんだんですが、辻野のおっさんは岩出の山と由良のゴルフ場用地を担保にして、西松建設からけっこうな金を引っ張ったんや。60億円借りた、と辻野のおっさんが話しとった。西松建設の前の(国沢幹雄)社長は二階先生のブレーンですから、辻野もよう知っとる。辻野は二階先生のパーティを取り仕切っていたから、そこで西松の前の社長とは何度も会うとる。西松から金を借りたままやから、辻野は損してへんはずや」
実際、西松建設前社長の国沢と二階の関係は知られたところでもある。登記簿で確認すると、金額こそ60億円ではなく、5億円の融資枠だが、西松建設は'05年3月、この土地に対し、担保設定をしている。
「二階先生の政治資金パーティをやる言うんで、私も'08年、辻野さんに5000万円用立てました」
という地元業者もいる。
二階、辻野、西松の三角関係はかなり生臭い。橋本はこうも話した。
「(前出の)東芝ソリューションの事件では、俺が会社におるときに、東京地検のガサ(家宅捜索)が入ったんや。息子の匡隆といっしょに東芝関係のコンピュータの仕事をやろうとした人間がおった。もともとそいつが東芝を脅して事件が発覚したんや。ほれで、捕まって辻野産業に八つ当たりみたいな捜査が入り、親子が、大阪地検に呼ばれて朝から晩まで取り調べられた。1週間、毎日俺が地検に送り迎えしてたから、よう覚えとるで」
東京地検特捜部が大阪地検に分室を設置し、事情聴取にあたったという。何を調べていたのか。
「二階先生が何をしたのか、何を言っていたのか、ああじゃ、こうじゃ、聞かれたらしい。けど、二人とも一切しゃべらんから、証拠も何も出てきいへん。ほれで、起訴されんと終わりや。二階先生にしてみたら、そんなこともあったから、通夜には行かなあかんやろな」
二階事務所に辻野との関係を尋ねたが、明確な回答はなかった。
「週刊現代」2015年8月15日・22日合併号より
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