2. 2015年8月12日 22:59:53
: jXbiWWJBCA
分権化による混乱が懸念される防衛省 「防衛省設置法」改正の本当の問題点とは? 2015.8.12(水) 部谷 直亮 2015年5月に沖縄を訪れ、那覇基地を視察した中谷防衛大臣(写真:防衛省、資料写真) 6月10日、参議院本会議で「防衛省設置法」改正案が成立しました。この法案については極端な評価がマスメディアや国会で入り乱れました。曰く、「文官統制の廃止」「文民統制が損なわれる」「自衛隊員と防衛官僚の地位の平等化」等・・・。(参考) 「『文官統制』を全廃 改正防衛省設置法が成立」(共同通信) 「背広・制服対等を明確化 防衛省設置法改正案成立」(産経ニュース) 「制服組、背広組と対等に 野党『文民統制、危うく』 改正防衛省設置法成立」(朝日新聞) しかし、本当の問題は、防衛省の意思決定における分権化がより進むことで、政策決定の混乱が起きかねないことなのです。決して、防衛官僚による自衛官の支配が終了するであるとか、自衛官が防衛官僚を支配するというような、短絡的かつ極端な問題ではないのです。 「12条」と「8条」の改正点とは 今回の法改正で、特に注目すべき第1の点は、これまでの防衛省内局(防衛官僚)の優位性を担保してきたとされる「第12条」について大きな変更が行われたことです。 旧来の条文では、「官房長及び局長は、次の事項について防衛大臣を補佐する」とされ、内局の防衛官僚が防衛大臣の第1の補佐と「形式上」されてきました。 ここにおける「次の事項」とは、「自衛隊の方針・計画に対する防衛大臣の指示及び承認」「防衛大臣の自衛隊に対する監督」を意味しています。つまり、防衛省内局(以下、「内局」)」が防衛大臣の第1の補佐、すなわち、時には大臣の代理として文民統制を行使するということです。これが、かつては「文官優位」、近年では「文官統制」と言われる由縁でありました。 今回の改正では、この部分が、「官房長及び局長並びに防衛装備庁長官は、自衛隊の各幕僚長が行う、隊務に関する最高の専門的助言者としての補佐と相まって、任務の達成のため防衛大臣を補佐するものとする」とされました。 ここで重要なのは、「自衛隊の各幕僚長が行う、隊務に関する最高の専門的助言者としての補佐と相まって」の部分です。これが意味するのは、内局が第1の補佐ではなくなり、自衛隊員と同列の立場となったことです。 なぜならば、すでに見てきたように、これまでは、「防衛大臣→防衛官僚→自衛官」という構造だったのが、今回の改正で「相まって」とあるように「防衛大臣→自衛官、防衛官僚」となったからです。 第2の注目すべき改正は、新たに内局の任務として「第8条」に「防衛省の所掌事務に関する各部局及び機関の施策の統一を図るために必要となる総合調整に関すること」が追加されたことです。 これは防衛省側の説明によれば、内局の総合調整機能の明確化を目指したものであるとされますが、実際には、先述の第12条改正による内局の地位低下に対する代替措置と見做すべきでしょう。事実、防衛省側の説明でも、内局の役割を大臣補佐に限定するのではなく、防衛省全体の業務の調整機能を付与するとしています。 「内局支配の構図が撤廃された」は本当か? さて、こうした改正をどのように評価すべきなのでしょうか。 ある論者は、今回の改正について、内局の権限が半分以下となり、軍事力の運用については制服組の下位に位置づけられたのではないかと懸念します。 他方で、自衛隊OBの中には、第12条は、「文民統制」ならぬ「文官統制」の悪しき根拠となっていたのであり、今回の改正はこうした不平等な構図を撤廃するものだと肯定的に評価し、初めてわが国の防衛体制において健全な文民統制が実行されるのだ、と激賞しています。 ですが、これらの主張は実はコインの裏表でしかありません。つまり、内局が自衛隊と防衛大臣の中間に位置しており、今回の改正でそうした構図が撤廃されたという点では同じであり、どのような影響が発生するかについての見解が違うだけなのです。 そもそも、両者が主張する「内局支配の構図が撤廃された」というのは本当なのでしょうか。結論から言えば、かつてはともかく、近年では明らかに間違いでしょう。 実際、第12条自体が空文化していたとの指摘もあります。そもそも、実際の業務において、第12条をじっくり読むことはありませんし、実際の防衛省内の勤務でも防衛官僚と自衛官が両輪として仕事を行っており、既に形骸化していたと言うべきでしょう。 その意味で、第12条改正で文民統制が大きく損なわれる、もしくは真の文民統制が実現するという見解は、実際の組織マネジメントを軽視した見方であり、疑問を覚えます。 では、第12条改正による本当の意味とは何なのでしょうか。 防衛省設置法改正が本当に意味するもの 本当に注目するべきは、第12条改正によって、内局の各自衛隊への介入権が法律上喪失することです。つまり、これまでの規定では、内局が各自衛隊への方針・計画に介入できるとしていましたが、今回の改正でそれが削除された上に、総合調整業務が付与されたことです。 これは組織マネジメント上の困難を起こす可能性が高いでしょう。各自衛隊に介入する権限なしに総合調整を実施するのは不可能だからです。企業で言えば、各事業部門の計画に介入する権限なしに、経営の全体調整を「説得」のみで行うようなものです。 そして、防衛省内部の意思決定が、さらに分権化されることも懸念されます。これまで内局の力は、各自衛隊よりも若干上でしたが、基本的には各組織の力が拮抗しているので物事が決まりにくく、全体最適よりも部分最適が優先される傾向にありました。 事実、この点は防衛省も「防衛省改革の方向性(2013年8月)」等で、「陸海空自衛隊ごとの個別最適による装備品の調達が行われている」と認めているところです。 本来ならば、統幕なり内局等の集権化が必要とされるところですが、今回の改正は単に内局の地位を低下させるだけなので、より分権化が促進され、陸海空自衛隊の予算等における対立が加速し、より政策決定が困難化する恐れがあります。 特に予算編成過程では相当な困難が発生するのではないでしょうか。統合幕僚監部は部隊運用が基本任務である以上、内局が担ってきた予算や政策上の全体最適を担えません。無論、今回の防衛省設置法改正では、防衛装備庁が新設され、各幕僚監部の装備部門が集約されます。 しかし、その所属する自衛官の防衛装備庁における所属は一時的であり、最終的には各自衛隊に戻ることを考えれば、自らの人生に鑑みて、出身母体の利益を優先しがちになってしまうのは当然のことです。 今後、内局が担ってきた全体最適の「視点」を誰がどのように担うのか、そして、大臣等の政治指導者をどのように補佐(特に政治的な知見において)するのかを考えるべきではないでしょうか。 「運用企画局」の廃止で何が起きるのか また、第2の問題点として、内局の士気低下も懸念されます。防衛政策は日本版NSC(国家安全保障会議 :National Security Council)が実施し、部隊運用では自衛隊の自立性が高まれば、内局に残るのは官房機能だけです。こうした傾向が今回の改正でより強まることになります。平たく言えば、国会答弁と装備品調達が主な業務となってしまいます。これでは内局官僚の士気を高めようがないでしょう。その意味でも、組織マネジメント上の懸念があります。 第3の問題は、12条改正による内局の各自衛隊への介入権喪失により、部隊運用を担ってきた「運用企画局」が廃止され、自衛隊の統合幕僚監部に統合されるとされていることです。これにより、命令起案権が完全に統幕に移行する恐れがあります。果たしてそれでよいのでしょうか。 「戦争は政治の延長」です。決して「戦争は軍事の延長」ではありません。特に最近の作戦環境は、ますます政治的合理性が軍事的合理性に優先されるべき状況となっています。例えば、尖閣諸島周辺で緊張が高まった際に、過早な部隊展開を行えば、こちら側の準備が整わない段階で、中国側の先制攻撃を招きかねません。 実際、自衛官は内外のシミュレーション等において、どうしても部隊展開を早めようとする傾向があります。また、自衛隊OBの主張からもそうしたものが多く見受けられます。これは軍人として当然ですが、政治的には正しくない場合も時としてあるのです。その意味で、部隊運用における自衛隊の自立性を高めることは、かえって戦略的・軍事的な失敗を招きかねません。 運用企画局を単に廃止し統合幕僚監部に権限を移管するのでは、軍事的合理性を過度に重視した部隊運用が実施されかねないことになります。いま必要とされているのは、部隊運用の際に政治的な知見を提供し、大臣などを補佐する体制なのです。 本当の問題は組織マネジメントの弱体化 これまで見てきたように、今回の防衛省設置法改正の問題点は、「文民統制」の根本を揺るがすものではありません。むしろ、分権化によって組織マネジメントを弱体化させかねないという意味で問題なのです。 もはや「事務官vs自衛官」のような古い構図ではなく新しい構図を描くべきなのです。すなわち、どのようにすれば防衛省自衛隊の組織マネジメントが向上し、部分最適ではなく全体最適が優先され、部隊運用において過度の軍事的合理性が重視されるようなことを防げるかということです。 その意味では、防衛省内部の集権化と内局の権限強化(例えば、内局の各局次長に制服組の将官クラスを任命するような施策)こそが、今回の防衛省設置法改正で必要だったのではないでしょうか。 文民統制の形式的な確保をめぐる神学論争ではなく、そうした実務的な文民統制、換言すれば効率的かつ効果的な防衛政策のための実務的な議論こそを行うべきではないでしょうか。 (※)法律の文章は引用するにあたって分かりやすく改変しています。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/44499
|