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「消えた年金」時代から“監視”し続けている(C)日刊ゲンダイ
ジャーナリスト岩瀬達哉氏が語る「漏れた年金」問題の深層
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/161816
2015年7月20日 日刊ゲンダイ
5000万件の「消えた年金」問題で社保庁が解体され、2010年1月に日本年金機構が発足。たった5年半でなぜ、125万件の個人情報が流出する「漏れた年金」問題が起きたのか。ズサンな組織の実態を、「消えた年金」時代から“監視”し続けているジャーナリストに聞いた。
――旧社保庁と実態は変わっていない。漏れた年金問題でそう感じた国民も多いと思います。
その通りで、5年半前と組織の体質は本質的に変わっていません。当時、世間の猛バッシングを受け、しばらくは猫をかぶっていましたが、巻き返しの機会をうかがってきた。本来の業務は二の次、三の次だから、漏れた年金問題が起きるわけです。
――「消えた年金」であれだけ国民に迷惑をかけたのに、驚きでした。根本の問題はどこにあるのでしょう?
年金機構が発足するまでの間、私は内閣官房の「年金業務・組織再生会議」や、厚労省の「日本年金機構設立委員会」の委員として、約2年にわたって社保庁改革の議論に加わりました。ポイントになったのが組合の不当な組織支配です。当時は、組合の委員長が長官より威張っていた。だから組織の実態が把握できず、消えた年金問題も隠蔽され続けてきた。組合による不当な支配をなくすのが一番の課題だったのです。
■ルールを骨抜きにする組合組織
――組合は今も組織を支配しているのですか?
社保庁は厚労省キャリアと、本庁採用の幹部、地方採用の幹部がそれぞれ“王国”をつくる「3層構造」で、厚労省出身の長官は神輿に乗っているだけ。本庁採用と地方採用の幹部連中が好き勝手やっていました。全国組織なのに地方転勤がなく、東京採用だったら、東京勤務のまま。そこで組合に入り、幹部になって組織を牛耳っていく。組合支配が強いから、上からの指示が握り潰されたり、はね返されていたのです。そうした弊害をなくすため、衣替えした年金機構では、「全国異動」をしないと幹部に登用しないというルールを決めた。ところが、定義を曖昧にしていたのがまずかった。
――というと?
たとえば勤務地が東京から神奈川に異動し、電車通勤が可能なケースも、全国異動扱いにするなどルールを骨抜きにしていたんです。管理職の全国異動は現在68%と公表されていますが、実態は49%。転居の伴わない隣の県への異動が2割ほどありました。私は現在、厚労省の社会保障審議会で日本年金機構評価部会の委員をしていますが、この49%という数字も、部会で1年間せっついて、ようやく出してきたんです。
――1年もかかったんですか。
年金機構は業務企画や経営企画に必要なデータをあえて作らない。数字を出すとあれこれ分析され、問題点を指摘され、合理化が進むでしょ。それを嫌がるんです。せっつかれて一から調べるので、数字を出すだけでもかなりの時間がかかる。その間、他の業務はおろそかになりがちです。そういう体質は社保庁時代からまるで変わっていない。
――国民の大事な年金を扱っているという意識が薄く、ガバナンスも利いていない。
問題は他にいくつも起きていて、例えば兵庫では昨年、年金の請求書が百数十枚も行方不明になった。内部告発で分かったんですが、職員が処理できなくなって捨てていたという話です。年金機構は「どこかに落ちた可能性大」と説明していました。京都でも昨年、似たような問題が起きています。事務ミスが発覚するとミスをした本人と上司の両方が処分されるので、互いにかばい合い、上司と部下で情報を握り潰そうとする。だから、なかなか事実が出てこない。
――国民はそっちのけのままだと?
そういう組織なんですよ。社保庁から年金機構に変わる際、職員の有給休暇や手当を削ったんですが、それを今、復活させろと言ってきている。他の独立行政法人と比べて待遇が低いから、尊厳を持って働けないというんです。年金機構はコンプライアンスとガバナンスについては、上から4番目のC評価、3年連続で実質最低評価です。B評価まで上げてから要求するならまだしも、やるべきことは先送りか棚上げが、年金機構の現実です。
■やるべきことは先送りか棚上げ
――そうしたどうしようもない組織で今回、年金情報が漏れた。誰に責任を取ってもらうべきなんでしょうか。年金機構トップの水島藤一郎理事長の責任は免れませんが、それで済むとは思えません。
実務のトップである薄井康紀副理事長の責任は重い。年金機構は膨大な国民の個人情報を扱っているという緊張感があれば、問題は未然に防げたはずです。5月8日に内閣サイバーセキュリティセンターから通報があった最初の段階で、「サイバー攻撃かもしれない」という危機感を持ち、厚労省に支援を求めるなどの対策を打てたはずです。ところが、薄井副理事長は部下に丸投げし、部下はシステム管理会社にパソコンをチェックさせた程度で、本来取るべき十分な防御策を取っていなかった。最初の攻撃から3週間後に、警視庁から年金個人情報が漏れていると指摘を受けるまで、情報の流出にすら気づいていなかった。薄井副理事長は的確な判断も、指示もできなかったわけです。薄井さんは60歳で定年でしたが、副理事長の公募に応募、事実上の定年延長をやった。厚労省キャリアOBで年金業務に熟知し、年収約1400万円ももらっておきながら、怠慢でしょう。
――結局、民間の水島理事長に全責任を押し付けて、組織温存を図ろうとしている?
あくまで私の想像ですが、今回の漏れた年金問題を喜んでいる幹部もいると思いますよ。水島理事長はいずれ引責辞任するでしょう。水島さんは2代目理事長に就任して2年半で、ようやく組織の実態が掴めてきた。これから本腰を入れて改革をやるぞ、という矢先に問題が起きた。新しい理事長になれば、また一からのスタート。これでしばらく自分たちの天下だと思っている幹部もいるんじゃないですか。
■「潰せ」という議論が出てくる
――年金機構になって改善された点はないんですか?
窓口業務はだいぶ良くなりましたよ。窓口はほとんどが非正規職員で、正規登用の道もあるから一生懸命やる。非正規の方が、正規より年金の知識があるといわれるほどです。自分たちは汗をかかず、面倒なことは非正規に押しつけています。先日、民間業者に国民年金保険料の未納者宅を訪問させるというので議論になりましたが、そんなの職員がやればいいことでしょう。政府から年金保険料の納付率を上げろという指示があるからですが、民間業者にやらせるため、すでに245億円も支出している。全額、保険料から支出するわけですよ。
――コスト感覚ゼロですね。
督促を受けている人の情報も民間業者に渡すっていうんです。外部に情報が漏れたらどうするんだって話ですよ。民間業者に保険料を徴収させ、払えないと言った人たちには免除手続きをするとも言っていますが、保険料を納めてもらうのが主なのに、おかしい。年金額は減るけど、年金権は確保できるからお客さんのためになるといいますが、免除手続きを取った人は納付義務者から外れることになっている。つまり、納付率を計算する際、分母となる納付義務者の数を減らすことができ、分子となる納付者の数が変わらなくとも納付率はアップする、という寸法です。
――それでなくとも、07年には社保庁職員や自治体職員による億単位の年金保険料横領問題が発覚しました。
保険料を徴収して回ると、必ずネコババ事件が起きる。過去にあれだけ問題になり、当時の舛添要一厚労相が怒って職員には直接現金を扱わせなくなったのに、それを民間業者にやらせるという感覚が理解できません。その上、ネコババ対策も考えていないという。
――年金機構は変われるのでしょうか?
1、2カ月ほどで漏れた年金問題の検証委員会のリポートが出ますが、国民監視の下、再発防止策を年金機構にきちんとやらせなければならない。業務の精度を上げて、ミスを減らし、国民のために奉仕するという意識改革もしなければならない。しかし、それでも変われなかったら、年金機構を潰すという議論が出てきてもおかしくない。国税庁を「歳入庁」にして、年金保険料の徴収と年金給付もやってもらおうという話になるかもしれませんよ。
▼いわせ・たつや 1955年、和歌山県生まれ。編集プロダクションを経て83年からフリーに。04年に「年金大崩壊」で講談社ノンフィクション賞受賞。
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