31. 2015年7月13日 22:50:08
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「花燃ゆ」、吉田松陰の松下村塾。 安倍の肝煎りで世界遺産になったようだ。 吉田松陰の尊王攘夷思想、そしてその思想の志士により明治維新が成立。 でも、思想じゃないないんだ、カネなんだと歴史は教えない。長州の尊皇? 「禁門の変」で「孝明天皇」から朝敵とされた。 匿っていた 明治天皇の叔父「中山忠光」が暗殺(絞殺)された。 長州の攘夷? 攘夷決行として米商船を砲撃した。 その報復として砲撃を 受ける。 講和は、宍戸刑馬(高杉晋作)を相手に、伊藤俊輔(博文)・志道聞多 (井上馨)が英国艦船で長州に戻り仲介した。 その後は教育の通り開国である。 (二人は、横浜ジャーディン・マセソン商会を通じて英国へ密留学していた) 薩摩も「生麦事件」の報復攻撃を受けた。 薩長の賠償は英国も他国も幕府に 要求した。 英国外交は、薩長を手なずけ、裏で糸を引き、明治初めの政府に 影響を及ぼしたといえる。 英外交官アーネスト・サトウは高杉晋作・久坂玄瑞 らの「御楯組」「英国公使館焼き討ち事件」の犯人が、政府高官の伊藤・井上 であったことを記している。 クロフネ来航、米国もとなりそうである。 米国は 「南北戦争」が起きており、日本への影響は無理、条約にある日本と西欧の 仲裁もできない。 その戦争後の廃棄余剰武器が日本に流入したといわれる。 カネはどこから出たのか? 長州藩内で「回天義挙」とする高杉晋作による クーデーターから、奇兵隊軍監であった山縣狂介(有朋)が合流して軍事力に より藩の実権を握った。 藩も藩士も借金の返済方法で抗争中、その上朝敵と
なり幕府軍がやってくる。 債務超過で軍事費増額はありえない。 しかし、 長州は「撫育方」という特別会計を持っていた。 薩摩も債務超過であったが、 250年返済によって返済を減額させ、密貿易とニセ金もといわれる。 吉田松陰を祀り上げる理由は、「安政の大獄」で思想を残して斬首されたから 死人に口なし、塾生生き残りの元勲を忖度して教育をやった成果が今も伝わる。 山縣有朋と「山城屋事件」、井上馨と「尾去沢銅山事件」、木戸孝允(桂小五郎) は「小野組」事件というのがある。 「金にうるさい長州人」といわれたようである。
志士としての高杉晋作と奇兵隊。 左翼史観は平等主義の始まりのようにいう。 奇兵隊は正規兵(藩士)ではない隊士兵士を意味しており、初期の志願者は 「赤根武人」を慕った若者たちだといわれる。 奇兵隊諸隊の隊士は、家督を 継げない二男三男(長男の厄介者となるか、奉公人になる)が多かったという。 高杉(上級藩士)は、赤根を汚い言葉で平民と罵っており、自らを先祖代々の 毛利家臣と言い、藩士の「前原一誠」とは、藩士同志の悩み話が残されている。 志士のヒーローとしては、坂本龍馬のカネ。 「いろは丸沈没事件」の賠償金が 暗殺説で闇の中である。 紀州藩を恫喝詐欺し七万両(1両5万円で35億円) をせしめた。 しかし、史実によると支払の8日後、「近江屋事件」で死亡する。
色々な説があって、衝突も偽装(積み荷の銃は最近の調査でなかったと判明)。 いろは丸の所有の大洲藩に四万両が支払われた(船の購入代金は1万両)や 海援隊で交渉にあたった者は五十両を手にしたなどがある。 交渉に関わった 歴史に残る人物を挙げると「後藤象二郎」「岩崎弥太郎」が土佐。 「五代才助 (友厚)」が薩摩、薩摩は「亀山社中」(後に海援隊)に資金、囲っていた。 (五代はグラバーに匿われていたことがあり、英国密航・密留学の一人) 大洲藩は、いろは丸購入で自殺者を出し、賠償金の受領はないともされる。 賠償金は、薩摩や土佐の武器代金となったのか、歴史に残る人物が山分け、 一人占めにしたか。 政治色がある殺人を暗殺と呼ぶ。 近江屋で仲間内の 分配でもめた斬り合い説もある。 またこの 後に「天満屋事件」が起きる。 (狙いはカネの行先か。受ける窓口は、岩崎弥太郎。 利益を享受したのは?) 通説は今井信郎の証言により、京都見廻組・佐々木只三郎(会津藩)とされる。 坂本龍馬も吉田松陰も若くして死んだ。 志士伝説にもってこいの人物である。 お国自慢で英雄の素晴らしさを宣伝し観光に活かすことに反対する気はない。 しかし、負の面も含めてが歴史である。 安倍内閣は負の歴史を明治政府に 倣って教えない。 そんな歴史教育を進めそうである。 龍馬ファンに申し訳ないので、【竜】馬と【龍】馬。 竜馬は小説で活躍。 名前も当時の仕来たりでは坂本直柔(なおなり)とするのが正確だと思う。
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