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辛坊も松井も安倍も…注意!「百田尚樹の言論の自由」を叫ぶ者こそが言論弾圧を狙っている!
http://lite-ra.com/2015/07/post-1241.html
「百田さんにも言論の自由、表現の自由がある!」
百田尚樹の自民党勉強会での発言をめぐって、タカ派政治家や保守系マスコミ関係者がこんな台詞を声高に叫んでいる。
たとえば、次世代の党・和田政宗参議院議員は、ツイッターで百田をこう擁護した。
〈百田さんの発言を封じようというのは、評論家の自由な言論活動を封じるもので、メディア自らが首を絞めるもの。報道、言論の自由は憲法にもあるとおり守られるべきであり、百田さんの自由な発言を国会審議をはじめ叩くのは言論の自由を奪う危険性のある由々しきことだ〉
同じ次世代の党・前衆議院議員の中丸啓氏はもっと露骨で、こんなツイートをしている。
〈百田氏は言論人。左翼以外には言論の自由はないという典型的なダブスタ。朝日新聞はここぞとばかりに反撃〉
まあ、次世代の党といえば、大嘘ヘイトスピーチをマニフェストに掲げるような典型的なネトウヨ集団で、中丸にいたっては「沖縄で基地反対派がハーフ女児を暴行」なる悪質デマを拡散した張本人。百田とも、「次世代の党を応援する大集会」にメッセージを送ってもらうなど同志的関係にあり、擁護するのは不思議ではない。
だが、維新の党の重鎮である松井一郎大阪府知事も、こう百田を擁護し、メディアを牽制したのだ。
〈ここぞとばかりに復讐だな。朝日と毎日は、百田さんの表現と言論の自由を奪っているのではないか。圧力をかけて〉
さらに、本来なら言論弾圧に危機感を覚えなければならないマスコミ関係者からも百田擁護が飛び出している。
たとえば、ニュースキャスターの辛坊治郎氏は、関西ローカルの朝の情報番組『朝生ワイド す・またん!』(読売テレビ)で、毎日新聞の報道を相手取り、こんな反論をした。
〈発言内容がいいとか悪いとかっていう話ではないんですよ。ただね、毎日新聞が自民党の勉強会でプライベートな人間がやってきて好きなこと言ったということに関して、それを批判するような記事を書くのは、ちょっとね、言論機関としてこれは自殺行為ではないかな、と私は正直思います〉
また、フリーアナウンサーの長谷川豊も自身のブログで、「今回の件、百田氏は悪くない!」と題した記事を掲載。そこでは、沖縄選出の野党国会議員らが百田に抗議声明を出したことに触れて、こう記している。
〈おい、この5人、はっきり言って申し訳ないが、そんなバカなら、国会議員なんてやめろ。税金から毎年3000万円以上ももらってんじゃない〉
〈沖縄の議員が百田氏に「謝罪しろ!撤回しろ!」と言ってるのは全く同じである〉
極めつきは雑誌「WiLL」(ワック)編集長・花田紀凱氏だ。ブログ記事でこう噛み付いた。
〈「言論の自由」と言い、「言論統制」と言うならば百田さんに「言論の自由」はないのか。言い方はややキツかったかもしれないが、百田さんにも沖縄2紙の報道を批判する「言論の自由」はある〉
擁護の内容はいずれもほとんど同じで、百田氏には言論弾圧発言をする自由があり、それを非難するメディア報道や沖縄の声のほうが言論弾圧だというのだ。
まったくため息しか出てこない。こいつらは、本気でこんな屁理屈が通用すると思っているのか。いや、それとも、わかっていてわざと話をスリカエているのか。いずれにしても、ここは、彼らが口にしている「言論の自由」という主張がいかにインチキであるかを暴いておく必要があるだろう。
まず、はっきりさせておかなければならないのは、今回の件で誰も百田の言論の自由を侵害も弾圧もしていないということだ。百田に言論の自由があるのと同じように、メディアにも百田批判をする自由があり、メディアはそれを行使しているだけだ。
この間、百田がいったいメディアに何を言われたというのか。各社の社説を読んでみればいい。「沖縄県民全体に対する明らかな侮辱」(朝日)、「報道の自由に対する挑発、挑戦である」(東京)、「基地負担に苦しむ県民の感情を踏みにじるような暴言」(毎日)「百田氏の批判は、やや行き過ぎと言えるのではないか」(読売)……。
朝日も毎日も百田の具体的発言を普通に批判しているだけで、「百田氏をつぶせ」「言論の機会を与えるな」などとは一言も言っていない。むしろ筆者から見ると、そのトーンは生ぬるいとさえ思えるほどだ。
沖縄選出議員や沖縄の市民にしても同様だ。彼らは百田から「普天間基地が出来た後に住んで騒いでる」といった事実無根の侮辱を受けながら、発言の撤回と謝罪を求めているだけで、百田の言論の機会を奪え、などとはけっして言わない。みんな一応、節度をもって百田を批判し、抗議をしている。
しかし百田はちがう。政権与党の議員たちにはっきりと、沖縄の新聞を「絶対つぶさなあかん」と提言したのだ。これは、沖縄の新聞の論調を批判したとか、事実関係の間違いを指摘したとかいうレベルの話ではない。言論の場所や機会そのものをつぶせ、と言っているのだ。「言論弾圧だ」と批判されて当然だろう。
しかも、こういう言葉を叫んでいるのは、百田だけじゃない。言論の機会や場所をつぶせ!という煽動は今、百田擁護を口にしている右派の言論人、メディアの専売特許となっている。たとえば、朝日の従軍慰安婦問題のとき、彼らが何を言ったか、思い出してほしい。
百田や櫻井よしこ、そして右派メディアやタカ派政治家が一斉に「朝日新聞を潰せ」「廃刊しておわびしろ」と叫び、「売国奴」「万死に値する」などと、戦中の非国民狩りを彷彿とさせるような恫喝の台詞を口にしていた。
また、彼らの言論拠点である花田紀凱の雑誌「WiLL」には、「韓国人を永久に黙らせる」などといった、ジェノサイドを想起させるような見出しまで踊っている。言論弾圧というのは、こういう言葉のことをいうのである。
自分たちがこんな露骨な言論弾圧を煽動しながら、少しでもメディアから批判を受けると、「言論の自由を奪われた」「言論弾圧だ」と騒ぎ出す――。まったく、その被害妄想とご都合主義にはうんざりさせられるが、彼らにはもうひとつ、話をごまかしていることがある。
それは、百田がこの台詞を発言した場所だ。百田がたんに「WiLL」やら「正論」やらの右翼雑誌でこの台詞を叫んだだけであれば、ネトウヨ脳同士で仲良く盛り上がってくれ、という話であって、いちいち、目くじらたてるようなことではない。実際、百田は勉強会の前に、メールマガジン等でも同内容の発言をしていたが、まったく問題になっていない。
しかし、百田がこの台詞を語ったのは、政党交付金を受けているれっきとした公党、しかも政権与党の勉強会なのだ。それも、普通の勉強会ではない。この「文化芸術懇話会」は、産経新聞に掲載された若手議員の談によると、「首相の再選を拒む“邪魔者”の排除が懇話会の役割。いわば首相の応援団」であり、木原稔・党青年局長、萩生田光一・総裁特別補佐ら安倍首相の側近中の側近が中心になって設立。“安倍チルドレン”と呼ばれる直系議員が多数参加していた。
つまり、最高権力者にもっとも近く、これからの日本の政策を大きく左右する可能性のある議員たちに、百田は憲法違反につながるようなアドバイスをしたのだ。厳しく非難されて当然だろう。
それを、辛坊治郎などは「勉強会でプライベートな人間がやってきて好きなこと言った」だけで、批判するのは「自殺行為」だというのだから、開いた口がふさがらない。
そもそも、国会議員は公務員であり、本来、憲法99条で憲法尊重義務を課せられている。今回の百田発言はそれを破れ!と教唆するもので、それはたとえていうなら、警察の勉強会に薬物中毒者が招かれて、覚せい剤を流通させろ、と提案する行為と本質において何の差もない。
もちろん、百田には「覚せい剤を流通させろ」という表現の自由もある。しかし、それが公務員の集まる場所で出た発言なら、そのやりとりを報道し、厳しく非難するのは、ジャーナリズムの責務ではないか。「自殺行為」を行っているのはむしろ、公党の勉強会を「プライベート」といって、権力の暴走をかばっている辛坊のほうだろう。
それにしても、こうやってひとつひとつその擁護発言を検証してみると、「言論の自由が」と百田を擁護しているタカ派政治家や右派言論人、保守系メディアがそもそも、「表現の自由」が何かを理解していないことがよくわかる。
憲法21条に規定された「表現の自由」は国民に対して保障されたものなのだ。国家権力や国会議員は国民に対してその「表現の自由」を保障する立場であり、「表現の自由を制限する」表現の自由はない。ところが、彼らが守ろうとしているのは、むしろ権力と権力におもねる者の言論の自由であり、それをチェックしようというメディアや国民の表現の自由は一顧だにしていない。
いや、それどころか、彼らのほとんどは今、国民の「言論の自由」を制限しようと企んでいる。
彼らの多くが支持している自民党の憲法草案を見ればいい。第21条の1「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由を保障する」という条文の後に、2として、こんな条文が加えられている。
〈2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない〉
これはつまり、右派メディアやタカ派政治家がよく言う「国益を損なう記事」「国益に反している報道」が禁止されうるということだ。しかも、結果ではなく目的に着目した規制であるため、実際に「公益及び公の秩序」を害しなくても、その活動の目的が「公益及び公の秩序」を害すると判断されれば禁止される。おそらく、憲法が自民党草案どおりに改正されたら、日本は中国並みの報道統制国家になってしまうだろう。
国民の「表現の自由」を著しく制限しようとしながら、権力と権力におもねる者の「表現の自由」を声高に叫ぶ。まるで戦前のような発想だが、実は、この思想の代表選手が、安倍晋三なのだ。
昨年11月、『NEWS23』(TBS系)に出演した際、安倍は「街の声」のVTRに「6割の企業が賃上げしている。全然声が反映されてませんが、おかしいじゃないですか。問題だ」などと抗議。これについて、15年3月に衆院予算委員会で批判されると、「私の考えを述べるのは言論の自由」だとして反論したのだ。
ようするに、安倍は近代民主主義国家において、表現の自由が権力者を批判する自由として獲得された歴史のことも、権力者は表現の自由に守られる側でなく、表現の自由を保障する側であることもまったくわかっていないのだ。
しかも、今の自民党は、今回の勉強会での発言を見てもわかるように、まさに安倍と同じネトウヨ的発想の安倍チルドレンに覆われつつある。そして、信じられないことに、メディアや言論人、ネットでも、政権に尻尾をふって、政権批判の自由を否定し、安倍政権の権力者たちの言論の自由を最大限に尊重する動きが大きくなっている。
今、危機に瀕しているのは、憲法9条が守ってきた平和主義だけではない。民主主義の根幹である「表現の自由」が、安倍政権によって奪われようとしているのだ。
(エンジョウトオル)
[リテラ 2015/7/3]
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