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(回答先: 国辱的な日本の男女不平等社会の変革は、官公庁が「隗より始めよ」 [橘玲の日々刻々 投稿者 rei 日時 2015 年 6 月 23 日 07:42:17)
「結局、女は邪魔?」男性部下との密会の高すぎる代償
女性活用の流行に乗る企業の行く末
2015年6月23日(火)河合 薫
今回は、ちょっと前から取り上げようと思いながらも、どう書いていいか分からなかったことについて書こうと思う。
テーマは……、男と女の恋愛学……。違う。社内恋愛…。ううん、なんかしっくりこない。恋のとばっちり? ……ああ、ますます違う。まぁ、いい。とりあえず“事件”としてはその手の類いですので、ご一緒に考えていただけたら幸いです。
知人の会社で部長職の女性Aさんが、ある男性社員と一緒にいたところを目撃され降格になった。
「女性は公私混同しがち。仕事の妨げになる」
上司からそう言われ、Aさんだけ異動させられたのだ。
昔から社内結婚をすると、どちらかが異動になるなんてことはあったけれども、大抵の場合、異動させられるのは女性だった。当時は「そういうもの」としてスルーしていたけど、今考えれば、これも何だか分からない慣習だったように思う。
で、知人いわく、
「せっかくの追い風が、逆風になった」のだと。
彼女はそう嘆いていたのだ。
状況を説明しよう。異動になった女性Aさんと知人は同期。2年前に、共に部長に昇進した。どちらのポジションも女性が部長になるのは初めてのことで、「やっと女性の役員候補が誕生した」と周りの男性たちも歓迎していたそうだ。
ところが、である。
「Aさんが同じ部署の後輩Bクンと同棲している」との噂が飛び交った。なんとAさんと同じマンションに住む同僚が(Aさんは同僚が同じマンションに住んでいることは知らなかったらしい)、Aさんと時間差でマンションから出社するBクンを目撃したのだという。
「Aさんは入社したときから、めちゃくちゃ頑張ってきた人。周りの評価も高くて、いずれは女性初の部長になるって、誰もが認めてた。ただ、なんやかんやいってもウチの会社は元々部長のポジションが少ない。恐らく“女性活用”の風がなかったら、彼女も私も昇進できなかったか、部長になったとしても、今ほど重要なポジションには就けなかったと思う」
「ところが、安倍政権の数値目標が追い風になって。新しもの好きの社長は(笑)、『役員候補の女性も育てよう』って、今の部署を任されることになったわけ。なのに、今回の一件が発覚した途端、上層部の空気が明らかに変わった。あからさまに彼女を非難するようなマヌけな人はいないけど、明らかに『だから女は』感がアリアリの空気がまん延しているの」
「その空気が『見える化』したのが、彼女の異動。Aさんは当然納得できずに、異動の理由を上司に聞いた。そしたら、『期待していたのに、残念だ』って言われたらしい。噂が飛び交うまで上司からの評価は、私なんかよりよほど高かったのに。AKBじゃあるまいし、なんで同じ部署の男と付き合ってるってだけで、とやかく言われるのかちっとも納得できない。でも、多分これで私の役員への道も閉ざされたね。私は彼女のように独身ではないし、大学生の娘もいるけど。上層部の差別的態度は、めちゃくちゃ感じるようになったからね」
「でも、ホラ。昔から、『役員になってやる!』って言ってたから、○子は○子で頑張ればいいだけなんじゃないの?」(河合)
「いやぁ〜、難しいと思う。それこそ具体的に、何があったってわけじゃないんだけど、うん。難しい。頑張るけど……。いやあ、やっぱり難しいね」
30代前半に組合活動をしてから、「役員になってやる!」と息巻くようになった知人は、ため息まじりにこう話してくれたのである。
割を食うのは、いつも女性
2010年9月、米ヒューレット・パッカード(HP)の元CEO(最高経営責任者)マーク・ハード氏は、意気揚々とオラクルの共同社長に就任したことが、米国で物議をかもしたことがある。
というのも、そのわずかひと月前、彼は元契約社員の女性との不適切な関係でHPを追い出されたばかり。経費を不正使用し、女性との“甘い時間”に充てていたのだ。
シリコンバレーでは、「オールド・ボーイズ・ネットワーク」(決して明文化されることはなく、マジョリティーである男性メンバーの間で暗黙のうちに築かれ、共有、伝承されている非公式の人間関係)が幅を利かせていて、ハード氏に救いの手を差し伸べたというのがもっぱらの評判だった。
つまり、男性はたとえキャリアを棒に振るような愚行をおかしても、高い地位にある仲間が助けてくれる。一方、女性は中傷の的にされ、二度と開くことのない重たいドアにキャリアが閉ざれるというのである。
米国で実施された調査によれば、男性の上司と部下の女性が恋愛関係に陥った場合、女性の側が不相応に大きなダメージを受けることが多く、女性自身、「その後のキャリアに何らかの障害が発生する」と考えていた。さらに、女性の70%は、「社内恋愛が破綻すれば、部下の女性は上司の男性よりも厳しい制裁を受ける可能性が高い」と答えた。
ちょっとばかり話が飛躍してしまったかもしれないけれど、知人の会社の“事件”も、異動になったのはAさんだけ。おまけに、「残念だ」って。これって何?
まさか、上層部の方たちは、Aさんは恋なんか見向きもしない、120%仕事人間とでも思っていたのだろうか?
もし、これが社外の男性なら、「おお、よかったな!」と祝福してくれるのだろうか?
それとも、「まさか子ども産むとか言い出さないよな?」とセクハラまがいの言葉を浴びせられるのだろうか?
不倫など、周りの社員たちが嫌悪感を抱くような関係に陥ったというなら、まだ分かる。確かに周りの社員たちの、「仕事の妨げ」になるかもしれない。
でも、2人は未婚同士だ。
人を好きになるって、とても素敵なこと。結婚というカタチをとろうがとるまいが、人生を共にする大切なパートナーの存在は大きな支えとなる。そういう人がいるからこそ、仕事でも頑張れると思うのだが……。
何だかなぁ…。逆にこちらが、残念な気持ちになるぞ。
「私、コレで辞めました」
奇しくも、先日、一人の科学者の「職場恋愛」発言が炎上する騒ぎがあった。
「私、コレ(小指)で辞めました」は、禁煙グッズ「禁煙パイポ」のCM(古くてすみません)。
「(職場に)女性がいると困ることが3つある。男が女にホレる。男が女からホレられる。男が批判すると女は泣く」――。
英国の名門大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の名誉教授ティム・ハント氏が、こんなぶっ飛び発言をして辞職に追いやられたのである。
ハント氏は、2001年にノーベル生理学・医学賞を受賞した優秀な英科学者である。そんな彼は自らも若いときに女性研究者と恋に陥り、奪略婚(女性が既婚者だった)した経験を持つ。
この“女性侮辱”と非難された発言は、韓国で開催された科学ジャーナリスト世界会議(6月11日開催)の昼食会で飛び出した。
当人は「ほんのブラックジョークのつもりだった」そうだが、会場にいた約100人の聴衆は、“し〜ん”と静まり返り、石のような硬い表情になり、穏やかだった場の空気が一瞬にして凍りついた。
で、会場の誰かが、ハント氏の発言をツイッターに投稿、拡散されるや否や、
「女性研究者をバカにするな!」
「この人、ビクトリア朝時代に生きているとでも考えているんじゃない?」
「研究活動をする気が失せた」
「会議は欠席する」
などなど怒りや批判の嵐で大炎上。
事態を重く見たUCLは、翌日、ハント氏の辞任を発表。「我が大学は男女の能力を等しく認める大学である」と声明を出すなど、弁明に追われたのである。
そういえば、我が国でも5年前に、岐阜市で開かれたアジア太平洋経済協力(APEC)中小企業大臣会合の女性起業家サミットで、
「日本の女性は家庭で働くことを喜びとしている」
とのうのうと語り、女性たちを怒らせた経済産業大臣政務官(当時)がいたが、これに比べるとちょっとばかりカワいい気がしなくもない。もちろん比較するべきものではない。だが、ロートル上司が飲み屋で酒酔いついでに、ホレる、ホレられる、泣かれる発言をしたなら、「しょ〜がないなぁ〜」と笑い飛ばせる程度のもの。
だが、場所が場所だし、何よりも問題なのは発言の“真意”。博士は「不快感を与えたこと」については謝罪したが、発言内容は断固として撤回する考えはない、と今なお断言しているというのだ。
「研究は対等な立場で仕事をする必要があり、恋愛感情は科学の研究生活に大きな阻害要因になる。研究室は男女別にすべき」――。との、信念に満ちた自論を、ハント博士はお持ちなのだ。
男と女が一緒だと、研究室にとってマイナスになるのだ、と。女がいると研究活動の妨げになると。いい研究をするには、対等じゃなくちゃいけないのに、女がいると色恋沙汰が起こり、「女性は恋する相手から批判されると泣いちゃう」から、男は言いたいことも言えなくなって対等な議論ができない、と。だから、女性は邪魔〜、っと、博士は強く主張しているのである。
この考え方こそ、謝罪するべき問題だと思いますけど、ね。うん。「なめないでよ」と。そう。「なめないでよ!」とつい言いたくなった。
近くにいる相手に好意を抱きやすい
意識の高いバリキャリ女性だろうとなんだろうと、同じ職場の男性を好きになることくらいあるかもしれない。
人を好きになる気持ちほど、コントロール不能で、理性とか正義とかと関係ない感情はないわけで…。好きになっちゃいけないって分かっていても好きになるし、周りから「あんな人やめなよ」と言われたところで、そうそう簡単にやめられるものでもない。
そもそも人間は、同じ職場、同じ部署など物理的距離が近くなるだけで、相手に好意を抱きやすくなる。
例えば、心理学者のリン・カーン・ケーゲルは、「距離が相手に与える影響」を検証するために、1人の女性は男性と50センチの至近距離に。もう1人の女性は2メートル程度離れた所に立って、3人で共通の話をしてもらう実験を行った。
その結果、男性は近くにいる女性の方に、より好感を持つ傾向が認められたのだ。同じ実験を女性1人と男性2人でやった時も、同性3人で実施した時も同じだった。
もちろんこれは、心理実験にすぎない。だが、最初は「?」という印象を抱いた相手でも、近くで過ごすうちに次第に心の距離感が近くなることはあるし、特に相手が、「仕事のできる男性」だと、ぐぐぐ〜っと心が魅き寄せられる。それが恋愛関係に発展するとか、それを望むとか関係なく、だ。
私自身、学生時代は「理想の男性の条件」に、決してランクインすることのなかった「仕事ができる人」という条件が、社会に出た途端、“頭角”を現し、特に自分が仕事ができない若い頃は、仕事ができるというだけで、なぜかかっこよく見えたこともあった。
年齢を重ねプレッシャーに押しつぶされそうな日々を送っていると、ちょっとばかり仕事のできる年下クンに癒されるなんてことも……こちらはいまだ未経験なのでなんとも言えないけど、恐らくある。
とはいえちょっと好きになったくらいで、その人を特別扱いなどしやしない。真剣な恋であればあるほど、仕事とプライベートのけじめをちゃんとつけるものだ。若いときなら、それができずに感情に流されてしまうこともあるかもしれない。
でも、40歳にもなれば話は別。好いたホレたで、態度を変えるほど愚かではない。
私情を持ち込むことが、いかに自分自身にも、いや、それ以上に職場のメンバーたちにも、マイナスになるかくらい分かる。うん。それくらい分かる。男性が感じている以上に女性たちは分かっていて、自分の仕事への責任感とプライドが、感情に鍵をかけてくれるのだ。
そもそも、「対等であるべき」と言うが、男性同士でも対等に扱われないことはあるわけで。男性同士だからといって、必ずしも対等に意見を交わすことができているわけでもない。
上司と部下、ベテランと新人、などなど、組織でのヒエラルキーや年齢が違うだけで、対等に扱ってもらえないことは多い。
新人の企画や意見には、「非現実的」と批判する上司が、中堅社員なら「面白そうだ!」と「ゴー」を出すなんてこともあるし、できる部下の意見は聞いても、一回でも失敗をした部下の話には耳も傾けない上司は山ほどいる。
「対等」かどうかは受け止め方次第
同じポジション、同じ年齢でも、対等とは限らない。
例えば、部下の育成について議論する管理職会議で、営業成績はナンバーワンだけど部下なし管理職の人と、営業成績はさほどでもないけど部下を何人も抱えている人がいるとしよう。
どんなに建設的な意見を、“営業ナンバーワン”が言おうとも、「部下もいないくせに偉そうなこと言うな」と受け止められてしまうことはある。
それが営業力向上に関する会議なら、どんなに戦略的な意見を、“部下持ち”が言おうとも、「大して営業成績あげてないくせに偉そうなことを言うな」と受け止められてしまうことがあるかもしれない。
つまり、「対等」というのは関係性の問題じゃない。受け止め方の問題なのだ。
誰が言おうとも、対等な意見として受け止めることさえできれば、好いたホレたが、「仕事の妨げ」や阻害要因になどなりやしない。
個人的な話をしよう。私は10年ほど前から、ある会議のメンバーの一人として呼ばれているのだが、私以外のメンバーは全員男性である。最初に、会議に参加したときは会場の空気に圧倒された。だって平均年齢は恐らく60歳くらいだし、全員が有名な大学教授や名誉教授の方たちだったのである。
「うわぁ〜、なんで私、こんなとこに呼ばれちゃったのだろう?」と半パニック状態になったし、「私の経歴。誰かほかの方と間違えたんじゃないのかな?」と不安にもなった。
なので、会議が始まっても、私は一言も意見することができなかった。先生たちの議論には、正直「???」ってことはあったが、「私ごときが意見すべきじゃない」と遠慮したのだ。
ところが、前半90分が終わり、会議の後半戦が始まったとき、議長の先生が突然、
「河合先生、どう思われますか? 先生のありのままの言葉で、感じていることをストレートに言ってください」
と振られたのである。
一瞬戸惑ったのだが、「まっ、いっか。生意気なヤツだと思われてもいいや。いつも通りストレートに言っちゃおう」と、先生に促されるままに意見した。
今、思うとその意見はかなり辛辣なものだったし、普通だったら笑い飛ばされてしまいそうな素朴な質問もしたし、恐らく大先生たちは心の中で、「小娘の戯言」くらいにしか思っていなかったに違いない。
ところが、議長の先生は違った。私の意見を真っ正面から受け止めたくれた。
不思議なもので、その先生がほかの大先生の意見と同じように、対等な意見として受け止めてくれたことで、周りの先生たちも、一人、また一人と、私の意見に食いついてくるようになり、“戯言”が建設的な議論へと発展した。
だからといって、大御所の先生方との関係性が対等になるわけじゃない。でも、会議の場では、議長先生のおかげで、今なお、どんな意見であれ、先生方はちゃんと対等に受け止めてくれている。私はその“風”を吹かせてくれた議長先生に深く感謝している。
もし、女性がいることで対等に仕事ができなかったり、科学の研究が大きく阻害されたりするとしたら、それは恋する女性が問題なんじゃない。
その女性の意見を、女性の視線を、女性の考えを、対等に受け止めることをしなかったその人の問題だし、リーダーの問題であり、メンバーたちが対等に受け止めるようにコントロールしなかったマネジメントの問題なのだ。
さて、この“小娘”(というのも図々しい年齢ですね…笑)の意見は、対等に受け止めてもらえたでしょうか、ね?
このコラムについて
河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学
上司と部下が、職場でいい人間関係を築けるかどうか。それは、日常のコミュニケーションにかかっている。このコラムでは、上司の立場、部下の立場をふまえて、真のリーダーとは何かについて考えてみたい。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/200475/061900001/
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