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2015年06月22日
偉そうに積極的平和外交とか、特定秘密保護法、集団的自衛権、異次元金融緩和とか、殆ど有効性が証明できないシンボリックな政治と云うのか、アジテーションが安倍と云うアジテーターに煽られて、世間に流布している。正直、何ひとつ真っ当な成果は上がっていない。それどころか、この日本を根っこから完全に壊してしまいそうな首相が、権限の殆どを掌握してしまったのだから、合法的であるが、見えない暴力による権力の集中が現実になされてしまっている。
たかが一内閣に、否、コロコロ代わる首相如きに、憲法を歪曲する権限があるなんて、聞いたことも、考えた記憶もない。しかし、全権委任が通用する国が具現化している。現に、目の前で起きているのだから、現実だろう。“何なのだ、これは?”そう思うのだが後の祭りだ。最近の政治家は、戦争を知らないどころか、戦争の功罪すら充分理解されていないかもようにも思う。おざなりの「戦争は悲惨だ」というフレーズは知っていても、その実体験もなければ、その後遺症に悩んでいた焼け跡世代、団塊世代の記憶以上に、戦争を知らない。安倍も菅も記憶もない筈だ。橋下も、岡田も、百田の戦争小説だけ読んでいる錯覚を憶える。
日米安保さえ守っていれば、暫くは大丈夫だろう。安倍だって、本気で戦争を好んでいるわけではなく、アメリカに縋っていれば何とかなる、そんな安易な「神話」に自らを委ねているだけの男に過ぎない。丁度、世界一厳しい原発安全基準だと、平気で公言できる人間なのだから、推して知るべしだ。しかし、権力と云うものは、誰も呼びもしないのに、鵜の目鷹の目な連中が押し掛け、周りを取り囲む。もうこうなると、周囲の勘違いの圧力には逆らえず、「間違っていました、ごめんなさい」と云う事も不可能な時点に到達している。
政党が、正当としての意志を持つわけではなく、時の内閣総理大臣になった人間が、能力の如何を問わず、権力者になる。そして、その権力を利用する形で、彼の取り巻きが、すべてを差配してゆく。ここまで来ると、野党までが、米安保マフィアの御託宣に縋ろうと、その布石を打ちはじめる。ここ数日では、徴兵制の議論までしても良いんじゃないか、そんなことを言い出す馬鹿まで出てくる。村上誠一郎ではないが、いくら日米安保条約があるからと云って、安全保障と防衛をごっちゃにしたまま、国会が動いているのは、世も末の感がある。
民主党の枝野や細野が徴兵制に関して発言し始めたのは、おそらく、次期国政選挙を意識しながら、安倍自民党を脅すと同時に、若い世代の有権者に訴えると云うよりも、脅しつけているように聞こえてくる。誠実さとか、徳のない政治家の言葉は、「神の見えざる手」には、永遠になれない。本質論を語る人々のいない国では、その土壌で選ばれる政治家に、誠や徳を望むのは、ないもの強請りと云うことだ。今夜は最後に、特に防衛に関して、誠実を貫く為に、かなりリスキーな形で、反官邸の立場を貫く、柳澤協二氏について書いている、魚住昭氏のコラムを引用しておく。
≪ 権力を裏切った男の覚悟 〜イラクを体験した元防衛官僚はなぜ安保法制に反対するのか〜
■「あれ以上のことをやれば必ず戦死者が出る」
元内閣官房副長官補の柳澤協二さんは注目すべき人である。 彼は官邸で自衛隊のイラク派遣の実務責任者を務めた元防衛官僚だ。3月21日付の朝日新聞で〈航空自衛隊は輸送任務でバグダッド空港まで行きました〉と振り返りながら安保法制の問題点をこう指摘していた。
〈(新法では)そこから先の戦闘部隊がいる場所まで輸送できるようになる。それは非常に緊急性の高い輸送です。政府案は戦闘が起きたら輸送を中断する仕組みになっていますが、戦闘を行っている部隊の指揮下に入ることになれば、輸送を中断するわけにはいかないでしょう〉
〈自衛隊派遣の前提だった「非戦闘地域」という概念は(略)自衛隊を 戦闘部隊の指揮下に入れず、直接の戦闘に巻き込ませないという意味があった。この概念を廃止して活動範囲を広げれば、今までより確実にリスクは高まります。イラクでは何とか戦死者を出さずに済みましたが、あれ以上のことをやれば必ず戦死者が出ると思います〉
安保政策の裏も表も知り尽くした人の言葉だから説得力がある。
共産党の志位和夫委員長はこの発言をもとに5月末の衆院安保特別委で「自衛隊員に戦死者が出るのは避けがたいのではないか」と安倍首相を追及した。
これに対し首相は「柳澤さんは重大な間違いを犯している。自衛隊が輸送して届ける先の部隊の指揮下に入ることはない。柳澤さんは何でこんな初歩的なことをわからず、べらべらしゃべっているのか」と不快感をむき出しにして反論した。
私は軍事の素人だから指揮権のことはよくわからない。が、〈あれ以上のことをやれば必ず戦死者が出る〉という柳澤発言に疑問を差し挟む余地はない。
サマワの宿営地周辺にはたびたび砲弾が撃ち込まれた。空自の輸送機も携帯ミサイルに狙われていることを示す赤ランプが点灯し、警報が鳴る事態が頻発した。「非戦闘地域」ですら戦場に限りなく近かった。戦死者がなかったのは僥倖だった。
■柳澤さんの覚悟の理由
柳澤さんはそうした実情を熟知しているからこそ安保法制の危険性を訴えている。 ・彼はいまの安倍政権にとって最も目障りな存在と言っていいだろう。
私の勝手な感想を言わせてもらうなら、柳澤さんは危ない橋を渡っている。権力は裏切り者を許さない。どこに落とし穴があるかわからない。それは十分承知のはずだ。にもかかわらず彼が腹を括った理由は何か?
その答えは彼の著書に記されていた。〈三九年にわたる防衛官僚としての人生の集大成〉となった「イラク」体験である。
9・11同時多発テロの翌年夏、柳澤さんは防衛庁(当時)官房長から防衛研究所の所長に転出した。米国がイラク戦争へと向かうなか、彼の問題意識はブッシュ大統領の「先制攻撃」論をいかに正当化することができるかだったそうだ。
当時の柳澤さんはイラクによる大量破壊兵器の「隠蔽」を確信していた。そのうえ米国の圧倒的な軍事力を見せつけることが〈大量破壊兵器の拡散問題を事実上解決する〉と期待していたのだという。
防衛研内部には反対論もあった。主任研究官は(1)米国が軍事力で勝利すれば、目標とされる国はかえって核兵器を持とうとして世界が不安定化する(2)米国の力を背景に維持されている国際システムの信頼性が低下する、などの理由で異を唱えた。
結果、主任研究官が懸念した通りになった。「先制攻撃」の最大根拠だった大量破壊兵器も存在しなかった。
'04年4月、柳澤さんは内閣官房副長官補に任命された。すでにイラクでは自衛隊の部隊がサマワで復興支援活動を本格化させていた。同年11月、ロケット砲弾が宿営地のコンテナを貫通した。イラク全土の治安は最悪の時期を迎えていた。
柳澤さんが最も悩んだのは犠牲者の問題だ。自衛隊は〈日本が国家として達成しなければならない目標〉を持たず、米国との「お付き合い」で派遣されていた。そのために隊員が犠牲になるわけにいかない。
もし戦死者が出たら、首相に進言する立場の自分も道義的責任を免れない。'08年末、自衛隊員の撤収が完了するまでの4年半は、柳澤さんにとって緊張と不安の連続だったらしい。
幸運にも自衛隊は一人の戦死者も出さず、一発の銃弾も撃たずに済んだけれど、〈イラクへの自衛隊派遣は、自衛隊と日本社会、憲法解釈の限界であるとともに、人間として私自身が受け入れられる限界でもありました〉と真情を吐露している。
■安倍政権は何をしたいのかわからない
自衛隊員は命令を受ければ黙って任務を遂行する。
しかし彼らには家族もある。命令を下す者には「本当に必要なことか」という悩みやためらいがあってしかるべきだが〈今の政府では「血を流すことが必要だ」と、自ら血を流す立場にない人間が軽々に主張しており、元防衛官僚として、そのことに怒りを禁じ〉得ないと柳澤さんは言う。
さらに問題なのは、安倍政権が何をしたいのか意味不明なことだ。今回の集団的自衛権の話は日本から持ち出していて、米国から日本に何を求めるのかという具体的な話がない。首相個人の願望だけが先走りする。
政府が挙げる集団的自衛権行使の事例も矛盾だらけだ。首相が会見で説明した邦人避難民を乗せた米艦の防護も、避難民は自衛隊機が救出することになっているのであり得ない。万一あっても邦人を守るのだから個別的自衛権で対処できる。
そもそも集団的自衛権とは、自国が攻撃されていない場合に他国を守るための根拠だから〈これを行使しなければ日本を守れないという「具体例」を考えだすこと自体に無理がある〉と柳澤さんは喝破している。 根本的な矛盾を抱えたまま数の力で作られた政策はやがて破綻する。民意を否定する政権は民意によって否定される。柳澤さんはそれを信じて政権批判をつづけるという。〈自衛隊が実際の戦場で最初の弾を撃つまで、我々に残された時間はあるのですから〉と呟きながら。
*参考:いずれも柳澤協二著『検証 官邸のイラク戦争―元防衛官僚による批判と自省』、『亡国の安保政策―安倍政権と「積極的平和主義」の罠』(ともに岩波書店刊)、『亡国の集団的自衛権』(集英社新書) ≫(現代ビジネス:魚住昭の誌上デモ「わき道をゆく」連載第130回—『週刊現代』2015年6月20日号より)
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