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メディアは国益に反する報道を控えるべきか?英BBC・ガーディアン紙の矜恃に学ぶ
http://diamond.jp/articles/-/73068
2015年6月11日 上久保誠人 [立命館大学政策科学部准教授] ダイヤモンド・オンライン
安倍晋三政権と報道機関の関係に焦点が当たっている。昨年12月の総選挙公示前、自民党は民放テレビ各局に対して、公平中立な選挙報道を求める要望書を送付した。それは、選挙報道の番組内容について「出演者の発言回数や時間、ゲスト出演者やテーマの選定を公平中立にし、街頭インタビューや資料映像も一方的な意見に偏ることがないこと」を要求したものだった。
自民党が要望書を出すきっかけとなったのは、安倍首相が出演したTV番組での発言だったという。この番組では、「アベノミクスで景気回復の実感を得ているか」について「街の声」を集めたVTRを放送した。しかし、VTRに出た5人中4人が「僕は全然恩恵受けていない」などと否定的なコメントをした。これに対して、安倍首相が「事実6割の企業が賃上げしている。全然声が反映されていませんが、おかしいじゃないですか」「これ、問題だ」などと不満をあらわにした。
だいたい、TVニュースの「街頭インタビュー」というものは、政府批判の声で溢れていたものだ。だが、この「事件」以降、政府批判は極端に減ったような印象がある。また、国会論戦を伝えるニュースでも、野党議員による政府批判の部分が放送されず省略され、安倍首相の答弁ばかり丁寧に放送される傾向が顕著になった。一国の総理による不満の表明は、実に重たいものだということだろうか。
また、自民党「情報通信戦略調査会」が、報道番組で「やらせ」を指摘されたNHKと、ニュース番組でコメンテーターが官邸批判をしたテレビ朝日の両局幹部を呼んで、事情聴取を行った。これについては、細野豪志民主党政調会長が、国会で批判を展開するなど、野党や識者、メディアから、政治的圧力が言論の自由を脅かし、報道を委縮させると懸念が示されている。
この連載では、特定秘密保護法成立時に、『日本のジャーナリズム・国民の戦いが、これで終わりであってはならないだろう。歴史を教訓とするならば、「権力による情報統制がどんなに強まっても、ジャーナリズムは怯まず権力批判を続けなければならない」ということであるはずだ。たとえ、これから何人逮捕者を出すことになろうとも、権力に対して批判を続けよ、ということだ』と論じていた(第72回・6P)。もちろん、安倍政権が、特定秘密保護法を報道機関に行使しているわけではないのだが、この法律ができた後、なんとなく報道機関が萎縮している感じがする。
■「報道機関は国益に反する報道をしないもの」は「内弁慶保守」にしか通じない、世界の非常識だ
近頃、気になることがある。それは保守層を中心に、報道機関は「国益に反する報道をしないもの」という考え方が広がっていることである。ご存じの通り、籾井勝人NHK会長が就任記者会見で「日本の立場を国際放送で明確に発信していく、国際放送とはそういうもの。政府が『右』と言っているのに我々が『左』と言うわけにはいかない。日本政府と懸け離れたものであってはならない」と発言した。要は、公共放送であるNHKは、日本を代表して国益を背負って全世界に放映されているので、公的見解に沿って正しく日本の立場を発信する役割がある、というわけだ。
この保守的な考え方は、筆者とは相容れないが、世の中には多様な考え方があるという意味で、否定はしない。ただ、「報道機関は国益に反する報道をしない、それが世界のスタンダードだ」という考えまでもが、結構広がっているようだ。米国のメディアはロシアや中国に揚げ足を取られるような報道はしない。イギリスのメディアは、たとえタブロイド紙であろうと、フランスが有利になるような報道は控え、逆にフランスも同じように対応している。それが世界の常識だというのだ。
しかし、それは全く世界の報道機関の実態と異なっている、単なる間違いだ。むしろ、世界の常識から完全にかけ離れた、日本国内の「内弁慶保守」にしか通じない非常識であり、看過できないものだ。
■英国のメディア:BBC(1)チャーチル首相に抵抗し、不利な事実も報道し続けた
英国の報道機関を事例として提示する。BBC(英国放送協会)は、国民が支払う受信料で成り立つ公共放送という点で、NHKと類似した報道機関である。だが、権力との関係性は、歴史的に見て全く異なっている。
第二次世界大戦時、日本の報道機関は「ミッドウェー海戦で連合艦隊大勝利!」というような「大本営発表」を流し、国民に真実を伝えない権力の片棒を担いでいた。政府と報道機関は一体化し、国民の戦争熱を煽った。
一方、英国では、ウィンストン・チャーチル首相(当時)がBBCを接収して完全な国家の宣伝機関にしようとしたが、BBCが激しく抵抗したため、実現できなかった。もちろん、BBCには、反ナチズムの宣伝戦の「先兵」の役割を担う部分があったが、同時に英国や同盟国にとって不利なニュースであっても事実は事実として伝え、放送の客観性を守る姿勢を貫いていた。戦時中、BBCのラジオ放送は欧州で幅広く聴かれ、高い支持を得ていたが、それは「事実を客観的に伝える」という姿勢が、信頼を得たからであった。そして、その報道姿勢は結果的に、英国を「宣伝戦」での勝利に導くことになったのだ。
■英国のメディア:BBC(2)イーデン首相の圧力に屈せず、公平な報道を貫いた
1956年、エジプトのナセル大統領がスエズ運河の国有化を宣言し、運河の経営権を奪還しようと英仏連合軍が対抗した「スエズ危機」が起こった。アンソニー・イーデン首相率いる保守党政権は、エジプトに対する軍事行動、英国内のエジプト資産の凍結など経済制裁、スエズ運河利用国による国際会議の開催による圧力と、次々に強硬策を打ち出した。
一方、野党・労働党党首のヒュー・ゲイツケルは、イーデン首相の「スエズ派兵」の方針に猛反対し、議会で首相の即時辞任を求める演説を行った。また、左派の指導者であったアニューリン・ベバンが、トラファルガー広場に出て街頭演説を行うなど、ロンドン市内は騒然となった。BBCは、これら野党の動きをラジオとテレビで克明に報道していった。
イーデン政権は、BBCに対してスエズ派兵反対派の報道を控えるように要請したが、BBCは拒否した。政権は、BBCの予算削減をチラつかせたり、編集権を取り上げると圧力をかけたりしたが、BBCは屈しなかった。結局、スエズ派兵の支持を得られなかったイーデン首相は、翌年退陣した。BBCは、権力からの圧力に屈することなく、「事実を迅速かつ公平に伝える」という報道の大原則を守ったのである。
■英国のメディア:BBC(3)英国軍を「わが軍」と呼ばずサッチャー首相を激怒させた
1982年、「フォークランド紛争」が勃発した、その報道で、BBCは英国の軍隊を「わが軍」と呼ばず、「英国軍」と呼んでいた。これは、「報道の目的は英国軍の志気を鼓舞することではなく、敵・味方関係なく公平に事実を伝えることだ」という考え方に基づいたものだったが、「鉄の女」マーガレット・サッチャー首相を激怒させてしまった。だが、BBCは首相の猛抗議も意に介さず、「『わが軍』と呼んだら、『BBCの軍隊』ということになってしまいますが」と、皮肉たっぷりの返答をした。
フォークランド紛争に関連して、もう1つサッチャー首相の逆鱗に触れたことがある。BBCの討論番組に首相が生出演した際、フォークランド当時、アルゼンチン軍の巡洋艦ベルグラーノ将軍号を撃沈したことについて質問を受けた。それは「戦う意志がなく帰港しようとしているベルグラーノ号を、戦争を継続させるために攻撃させた。それは首相が指示したのではないか」という質問だった。
首相は「ナンセンス」だと否定し、「わが軍にとって脅威だったから攻撃した」と主張した。しかし、質問者はなかなか納得せず、困惑した首相は、司会者に「次の話題に移ってほしい」という表情を見せた。だが、番組プロデューサーは司会者に対して、話題を変えるなと指示して議論を継続した。結局、首相は数百万の視聴者の前で恥をかく羽目に陥ってしまった。
このように、サッチャー元首相は、首相在任時にBBCとさまざまな問題で対立を繰り返し、両者の間には常に緊張関係が続いていた。サッチャー首相は、規制緩和によってBBCに「広告放送」を導入しようとした。アメリカのメディアのように視聴率主義の市場原理に晒すことで、政権に批判的なBBCを改革しようとした。だが、その試みは成功しなかった。
■英国のメディア:BBC(4)イラク戦争「大量破壊兵器」の有無を巡るブレア政権との対決
「イラク戦争」を巡って、トニー・ブレア労働党政権とBBCは、更に決定的な衝突に至った。「ギリガン・ケリー事件」である。
イラク戦争において、米国と英国が国連や多くの国の反対を押し切ってイラクへの先制攻撃に踏み切った理由は、「フセイン政権は大量破壊兵器を45分以内に配備できる状態にあり、差し迫った脅威である」と断定したからであった。ところが、イラクでの戦闘終結後、その「大量破壊兵器」が、イラクのどこからも発見されなかった。
BBCの軍事専門記者であるアンドリュー・ギリガンは、「トゥデイ」というラジオ番組で、「ブレア政権は、この45分という数字が間違いであることを、文書に書くずっと前からたぶん知っていた。45分という文字は情報機関が作った最初の文書草案にはなかったが、首相官邸は文章を魅惑的なものにするようにもっと事実を見つけて付け足すように命じたものだ。この話は政府高官からの情報である」と告発した。
更に、ギリガンは、新聞「メール・オン・サンデー」に投稿し、首相官邸で情報を誇張したのはアレスティア・キャンベル報道担当局長だと名指しした。これに対して、キャンベルがBBCを「うそつき」だとして非難を開始して、ブレア政権とBBCの全面戦争が勃発した。
首相官邸は、BBCに対して謝罪を要求する手紙を洪水のように送り続けた。また、政府はさまざまな記者会見など、ありとあらゆる公式の場でBBCを繰り返し批判し、「うそつき」というイメージを貼り付けようとした。ギリガンの告発には細部に誤りがあり、政権はそこをしつこく突いてきた。だが、ギリガンに事実の情報を与えたイギリス国防省顧問で生物化学兵器の専門家デービッド・ケリー博士が自殺した。これによって、信頼すべき情報源が明らかとなり、ギリガンの記事が大筋で正しかったことが証明された。
この事件によって、BBCのグレッグ・ダイク会長は罷免されたが、一方で、信頼性を失ったブレア政権は崩壊した。ブレア首相はゴードン・ブラウン財務相に首相の座を譲り、政界を引退することとなった。
■英国のメディア:The Guardian スノーデン事件、キャメロン政権による情報ファイル破壊の強硬手段に屈せず
英紙「ガーディアン」による、米英情報機関による個人情報収集の実態のスクープについては、以前この連載で紹介した(第72回・4P)。ガーディアン紙は、米中央情報局(CIA)のエドワード・スノーデン元職員から内部資料の提供をうけ、米国家安全保障局(NSA)と英政府通信本部(GCHQ)による通信傍受の実態を特報したのだ。
スノーデン氏からガーディアン紙が入手して報道した情報は、世界中に衝撃を与えるものであった。例えば、「英国政府が、2009年にロンドンで開かれたG20で各国代表の電話内容を盗聴していたこと、メールやパソコンの使用情報も傍受し分析していたこと」である。これは英国でG8=主要国首脳会議が開催される直前に暴露されたため、ディビッド・キャメロン保守党政権は面目丸つぶれとなった。
また、ガーディアン紙は、スノーデン氏から入手した文書から、米国政府が英国の通信傍受機関「GCHQ」に対して、3年間で少なくとも150億円の資金を秘密裏に提供していたことを暴露した。そして、ガーディアン紙は、米国が資金提供によって、英国の情報収集プログラムを利用し、一方で、英国が米国内でスパイ活動を行い、その情報を米国に提供している可能性を指摘した。
これらの報道に対して、キャメロン首相は強硬手段に出た。英国には、日本の特定情報保護法に相当する「公務秘密法」がある。スパイ防止・スパイ活動、防衛、国際関係、犯罪、政府による通信傍受の情報を秘密の対象とし、公務員などによる漏出に罰則の規定がある法律だ。この法律に基づき、ガーディアン紙の報道を止めようとしたのだ。
英政府高官が、ガーディアン紙のアラン・ラスブリッジャー編集長に面会を求め、情報監視活動に関するすべての資料を廃棄するか、引き渡すよう要求した。編集長はこれを拒否したが、GCHQの専門家2人が来て、「楽しんだだろう」「これ以上記事にする必要はない」と言いながら、関連資料を含むハードディスクを次々と破壊したのである。
だが、ガーディアン紙は屈しなかった。ラスブリッシャー編集長は、文書データのコピーが英国外にもあるとし、「我々は辛抱強くスノーデン文書の報道を続けていく。ロンドンでやらないだけだ」と強調した。また、編集長は、英政府の行為を「デジタル時代を理解しない暴挙」と断じた。また、ガーディアン紙が国際的なジャーナリストのネットワークの中で行動しているとし、今後、英政府の管轄外で暴露記事を発表し続けることが可能だと示唆したのである。
■日本の報道機関は海外報道機関とのネットワークを築き「国益」を超えた「公益」を追求すべき
このように、英国の報道機関は、時に英国政府の考える「国益」に反する報道を行い、政府と激しく対立してきた。その報道姿勢を、階級社会に基づく「反権力」「反体制」だとみなすことはできる(第72回・3P)。だが、それだけではなく、報道機関として「国益」を超えた「公益」を追求しているものとも、いえるのではないだろうか。
例えば「イラク戦争」である。「イラクに大量破壊兵器が存在しなかった」という事実は、当初ブッシュ米大統領もブレア英首相も認めなかった。だが、ギリガン記者とBBCはこの事実を突き止めて、敢然と国際社会に訴えた。それは、両国の政権からすれば、「国益」に反する許し難い行為だっただろう。しかし、BBCの「国益」を超えた「公益」に基づく報道によって、米国民、英国民、そして国際社会が米英政権の嘘を知り、「イラク戦争」に疑問を持つようになり、それを見直すきっかけとなった。
また、「スノーデン事件」についても、米国・英国の狭い「国益」を考えれば、ガーディアン紙の暴露報道は、許し難い犯罪的行為であろう。だが、そもそも論だが、米国や英国が世界中の個人情報を秘密裏に入手していることを正当化するというのは、「大国のエゴ」そのものではないだろうか。ガーディアン紙の報道は、「国益」という名の「大国のエゴ」を、国際的なジャーナリストのネットワークの中で練り上げられた「公益」の信念から、糾弾しようとしたものといえるのではないだろうか。
英国の報道機関の姿勢は、日本の報道機関にとっても参考になると考える。政府は、報道機関を押さえつけ、政府が考える「国益」を守ることを求める。政府とは、常にそういうものである。だが、その時、日本の報道機関は、政府に屈して国内で萎縮していてはいけない。むしろ、海外に目を向けることである。英国の報道機関を参考にすれば、狭い「国益」を超えた「公益」を追求するネットワークを海外のジャーナリズムと構築することに、1つの活路があるように思う。
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