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かつてのソ連とは次元が全く異なる中国の脅威
集団的自衛権の行使ができなければ日本は守れない
2015.5.26(火) 矢野 義昭
安保法制関連法案を閣議決定、自衛隊活動拡大認める内容
安保法制関連法案に反対し、都内の首相官邸前で抗議集会に参加する人(2015年5月14日)〔AFPBB News〕
安倍晋三政権は今年5月14日、一連の安全保障関連法制を閣議決定した。その後の記者会見において、安倍首相は冒頭、日本を取り巻く厳しい安全保障環境を指摘し、万一に備え、日米同盟を強化する必要があり、そのため「新たな三要件」による「極めて限定的な集団的自衛権を行使できることにした」と述べている。
しかしながら、与党協議での合意は難航し、野党各党、一部国民世論の中には、依然として、米国の戦争に巻き込まれるとの不安などを理由に、反対論も根強く見られる。
なぜ、いま集団的自衛権の行使が必要なのかについては、昨年7月1日の閣議決定でも、述べられているように、「我が国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増している」との「厳しい現実」がある。
この点を、周辺情勢を踏まえつつ、「厳しい現実」を明確にすることなく、法律論に終始していても、その必要性は理解できないであろう。何よりも、日本を取り巻くバランス・オブ・パワーの激変という事実を直視しなければならない。
急激に悪化している日本の安全保障環境: 高まる中国の脅威
上記の安倍首相の記者会見では、中国は名指しされていない。これは首脳会談などでやや緩和の兆しの見える日中関係への配慮があったのかもしれない。しかし、スクランブル回数は10年前に比べて「実に7倍」に急増していることを、具体例として挙げている。
このスクランブル急増の最大原因は、中国機に対する緊急発進の激増にある。平成21(2009)年以前は、ほぼ年間50回以下であったものが、尖閣諸島周辺の日本領海で中国漁船との接触事案が発生した平成22(2010)年以降急増し、平成25(2013)年には、410回に上り、ロシア機を上回っている。
安倍首相訪米時の4月28日の日米共同記者会見では、中国を念頭に置いた両首脳の発言が何度もみられた。オバマ大統領は冒頭、日米安保条約第五条が、「尖閣諸島も含め、すべての日本の統治する地域に適用される」と言明した。
これに応じて、安倍首相は「いかなる紛争も力の行使ではなく、国際法に基づいて平和的に解決されるべきである」と、わが国の原則的立場を強調している。オバマ大統領は、「中国は、東アジアや東南アジアで力を拡大しようとしているが、そのようなやり方は間違っている」と名指しで非難している。
両首脳は会見の最後に、「中国のいかなる一方的な現状変更の試みにも反対する」と念押しをして、締めくくっている。
このように日米の首脳が共に中国を強く意識せざるを得ない背景には、中国の急激な脅威増大という、「厳しい現実」がある。
今年4月7日公表された、米国防総省による米議会への中国軍事力に関する年次報告によれば、核戦力、通常戦力、サイバー、宇宙など、各領域における中国の軍事力の近代化はさらに加速されている。
戦略核戦力について言えば、今から10年前の時点でも、万一米中間で核戦争が起き、双方の都市が大陸間弾道ミサイル(ICBM)の攻撃を受けた場合、中国側が先制奇襲に成功すれば、米側の損害は4000万人に上るのに対し、中国側は都市化率が低く、報復されても2600万人の被害にとどまるとの米側の見積もりがあった。
その後10年間で、中国の戦略核戦力は、多種多数の新型ICBMが配備され、その数が倍増し、GPSが部分運用を開始するなど精度も向上している。
ICBMは、弾頭の複数個別誘導化、ミサイルの移動化、固体燃料化が進んだ。潜水艦から発射される弾道ミサイル(SLBM)の配備も進んでいる。そのため、ミサイルの発見制圧が困難になり残存性が向上し、核弾頭の破壊力も増大している。
ミサイル防衛システムについても、現在ではまだICBMの阻止は技術的に不可能である。
ミサイルで直接命中させるほかに、マイクロウェーブ、レイルガン、レーザーなどの指向性エネルギー兵器を使い、ICBMなどを撃墜する研究開発も進められているが、実戦配備されるのは5年から10年後と予想されている。現在では米中の損害見積もりは、さらに米側に不利になっているとみられる。
さらに、米国は慢性的な財政赤字に悩まされており、今後10年間に1兆ドルに近い国防費削減を余儀なくされるとみられている。他方で、中国は昨年度の実質軍事費を1360億ドルと公表しているが、米国防総省は、計上されていない経費を含めると1650億ドルにのぼるとみている。
経済成長率の鈍化が伝えられているにもかかわらず、中国の軍事費が毎年1割を超える増額をしている趨勢に変化はない。この趨勢が続けば、今後5年程度で米中の実質的な軍事費が逆転する可能性は高い。
かつてのソ連は、最大でも米国のGDPの半分程度の経済規模、米国とほぼ同じ規模の人口に過ぎなかった。ソ連は小麦を米国からの輸入に頼っていた。
しかし米中間では、経済、金融面で米国が中国に依存しており、米国は慢性的な対中貿易赤字を抱え、中国は日本と並び、世界で1、2位を争う多額の米国債を保有している。
この趨勢が続けば、中国は10年後には、米国並みの経済規模で、人口は4倍の軍事大国となっている可能性が高い。少なくとも、その可能性に対し、安全保障上の観点から、今から備えなければならないことは明らかである。
なぜなら、防衛力の整備には、最低でも10年は要するからであり、いま決断し行動しなければ間に合わない段階にきている。
一時グアムなどに後退せざるを得ないと予想される在日米軍
これらの諸要因を考慮すれば、米国にとっても、中国はすでにソ連以上の脅威になっていると言えよう。
米国では、各種の対中戦略策定にあたり、中国との核戦争を回避することと、中国大陸に大規模な地上兵力を派遣しないことを大前提としている。米国には、東アジアの同盟国のために、核戦争や本格的地上戦のリスクを犯し、自らが正面に立って中国と戦う意思はない。
そのことが端的に表れているのが、今回合意された新しい日米防衛協力の指針、ガイドラインである。単に、日本の役割が重要になったというだけではない。日中有事には、米軍は一時、安全なグアム以東に後退することを前提としている。そのため、日本は米軍の反攻まで、独力で戦わねばならなくなった。
その背景には、米中間では、戦略核戦力において、すでに互いに本土間の戦略核戦争はできなくなっているが、それのみではなく、西太平洋における射程5500キロ以下の戦域ミサイル戦力では、中国の一方的な優位になっているという「現実」がある。
米国は、ソ連時代に合意された中距離核戦力全廃条約に基づき、太平洋の攻撃型原潜の核巡航ミサイルを全廃した。それを代替する戦力として、グアムなどに核攻撃能力を持つステルス爆撃機を配備している。しかし、集中配備しているために脆弱である。
中国は、空母を攻撃可能とみられる通常弾頭のDF-21Dという射程1500キロの中距離弾道ミサイルをはじめ、台湾と日本の先島諸島に対し、1200発以上の短距離弾道ミサイルを向けている。
短距離ミサイルの射程は800〜1000キロに伸び、数も毎年40〜50発程度増加しているが、移動式のため、沖縄本島も射程下に入っている可能性が高い。
日本本土に対しては、核弾頭を搭載したDF-21を数十基向けているとみられる。そのほか、米国の空母部隊などの同盟国への来援を遅滞あるいは阻止するため、地上、海上、航空機に搭載された一部はグアムにも届く、長射程の巡航ミサイルも200〜500発が配備され、射程も精度も向上している。
中国は、これらの打撃力を一体として効果的に運用するための、「指揮統制・通信、情報収集、警戒監視、偵察(C4ISR)」機能の向上も重視しており、陸海空から宇宙空間を含めた統合作戦の能力、およびサイバー戦、情報戦などソフトキルの能力も向上している。
島嶼に対する着上陸侵攻能力について、上記の中国の軍事力に関する報告の中では、南沙諸島、金門・馬祖などの小さな島への侵攻能力は、いまでも持っているとみている。しかし、台湾本島などへの大規模侵攻の能力は、海空の優勢が確保できず、補給も続かないため困難とみている。
しかし、海空軍の増強、近代化はミサイルと宇宙に次ぎ重視されて精力的に進められており、台湾海峡やその近海での海空優勢は年々中国有利に傾いている。着上陸作戦能力についても、2年に1隻のペースで大型・中型強襲揚陸艦の建造が進められ、海軍歩兵の増強、近代化が進んでいる。
世界一の造船量を持つ中国は、小型の上陸用舟艇なら、数カ月で数百隻を建造できるであろう。輸送機の大型化も進んでいる。
この趨勢が続けば、2020年代に入れば、台湾本島への侵攻も可能になるのではないかと、米国でも台湾でも危惧されている。特に、台湾は2019年までに兵員数を17万5000人にまで削減する予定になっており、兵力格差は開いている。
台湾の防衛と日本の南西諸島の防衛は一体の関係にあり、南西諸島への脅威も高まっていると言える。
このような中国の軍事力の動向をみれば、米国が、在日米軍など同盟国への前方展開部隊を、中国のミサイルの集中攻撃から守るため、一時安全なグアム、豪州、ハワイなどの後方に分散退避させざるを得ず、同盟国への即時の来援は困難とみるのも、軍事的観点からみれば、止むを得ない合理的判断と言えよう。
脅威が高まっているのは、中国のみではない。安倍首相も、閣議決定後の記者会見で、「厳しい現実」の例として、「北朝鮮の数百の弾道ミサイルは日本の大半を射程に入れている」と述べている。今年5月、韓国国防部は、北朝鮮がSLBMの発射実験を行ったことを発表し、4〜5年程度で完成すると述べている。
ウクライナ問題を契機に、中露が接近姿勢を見せている。今年の対独戦勝70周年の軍事パレードに人民解放軍が初参加し、5月には海軍合同演習が地中海で実施された。中露は、天然ガスの供給、ユーラシア経済同盟と一帯一路構想の相互容認など、経済面でも協力関係を深めている。
今年3月、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ウクライナ危機に際し「核兵器使用の準備を検討した」と発言している。このように、ロシアは核使用の敷居を下げており、GDPの4.7%に上る軍事費を投入し、核戦力など軍備の近代化を強力に進めている。
今後中露の協力関係が進めば、世界的にもアジア・太平洋正面でも、米国とその同盟国の大陸国に対するバランス・オブ・パワーは、大きく不利に傾くことになる。
さらに、「イスラム国(IS)」など、イスラム過激派のテロ問題が深刻化するなど、「新たな脅威」も高まっている。無人機、サイバー攻撃、不法移民、宇宙衛星への攻撃、大規模災害など、国境を越えて浸透する各種の脅威は、一国では対応できず、グローバルな協力が欠かせない。
このような、現在の日本を取り巻く安全保障環境を総合的に踏まえたうえで、今後の日米防衛協力を方向付ける今回のガイドラインの改正はなされている。その延長上で、集団的自衛権の行使容認、日米協力の地理的範囲の廃止といった政策の是非が問われなければならない。
米国の「エアーシーバトル」構想と日米共同グローバル化の必要性
中国のA2/AD(接近阻止・領域拒否)戦略に対抗する戦略として、米国のシンクタンクや米軍は、「エアーシーバトル(ASB)」構想を打ち出している。
その基本的な考え方は、短期の激烈な戦いでの勝利を目指す人民解放軍に対し、当初のミサイルなどの奇襲攻撃から生き残り、一時安全な後方に退避する。
その間、対水上戦、対潜水艦戦など海域作戦での優勢を維持し、敵海軍戦力の撃破を目指すとともに、敵の戦力発揮の中枢であり脆弱な、空港、港湾、指揮通信インフラの中枢などに、遠距離から無人機、ミサイルなどにより精密攻撃を行い、敵戦力を弱体化させる。
そののちに、反攻作戦を行い勝利する。反攻作戦までの間、同盟国の防衛は同盟国自らが主体的に行い、米軍はそれを支援あるいは補完するといった構想である。
このような構想は、まだシンクタンクでの検討段階ではある。しかし、今後の米国防予算削減の趨勢の中でも、資源を集中すれば先端軍事技術の優位は確保できるとみられる。特に日米の力を結集して、共同研究開発に取り組めば、新しい様相の戦いにも勝利し得る軍事力を整備できる可能性はある。
その際に中心となる革新的な装備システムとしては、核抑止力の向上、指向性エネルギー兵器など新ミサイル防衛システム、無人機・衛星などを利用した指揮・統制・「情報収集・警戒監視・偵察(ISR)」システム、人工知能を搭載した陸海空の自律型ロボット、超音速長距離ステルス機などが挙げられるであろう。
また日米の総力を結集するには、防衛装備・技術協力や情報の共有と保全、研究交流などが欠かせない。この点は、新ガイドラインでも「7 日米共同の取り組み」として、協力項目に挙げられている。
日米共同の範囲に地理的制約を設けることは、現実的ではない。ASB構想では、在日米軍も含めた前方展開戦力の後方への一時退避を前提としている。このような対応は、軍事的には、ミサイルなどの集中攻撃から残存するためにとられる分散措置と言える。
また、米軍は、限られた戦力をもって、他正面の脅威にも柔軟にかつ機動的に対処しなければならない。そのため、連携すべき米側の相手部隊などが、平時有事を問わず、必ずしも日本周辺に所在するとは限らない。
米軍が一時分散退避している間も、自衛隊が、世界的に展開している米軍との連携を緊密に維持するためには、指揮統制・通信・ISRシステムなどを、自衛隊側もグローバルに維持しなければならない。
また、奇襲的なミサイル攻撃、民間人を装った特殊部隊の攻撃などはいつ起こるか予測が困難で、奇襲された場合の打撃も大きい。サイバー攻撃などは平時から起きている。このような脅威に対処するには、グローバルな平時からの日米協力関係についても、具体的に規定しておかねばならない。
このような「切れ目のない」日米共同を前提とする、新ガイドラインを実効あるものにするためには、国内法においても、これらの「グレーゾーン」の脅威に対する対応が随時にできる態勢が保障されていなければならない。
「グレーゾーン」対処は、新ガイドラインでも、日本側の役割とされている。そのため、グレーゾーン任務に応じ得る国内法制の整備と、自衛隊はじめ関係機関に対し、必要な権限と人員、装備などの資源配当が欠かせない。
特に、陸海自衛隊には、領域警備権限がないため、「グレーゾーン」の脅威が顕在化した時に、即時の対応ができないという問題を抱えている。
「切れ目のない対応」を可能にするためには、陸海自衛隊に対しても、任務遂行のための武器使用を認めるとともに、領域警備権限を与えるための立法措置が早急に必要である。
またミサイルや特殊部隊などの奇襲攻撃から生き残り戦力を維持するためには、施設の防護、訓練・演習、後方支援、施設の共同使用などについて、平時から緊密に協力関係を維持しておく必要がある。
これらの点については、「4 平時からの協力措置」の一環として、「日本の平和及び安全の切れ目のない確保」のための措置に取り込まれている。
朝鮮半島有事に対応することを狙いとして平成9(1997)年に制定された、これまでのガイドラインでは、「周辺事態への対応」として取り込まれていた、非戦闘員の退避、避難民への対応、捜索・救難、後方支援、施設の使用などについては、「日本の平和及び安全に対して発生する脅威への対処」の中の当該事態に至っていない状況で採る対応として、取り込まれている。
さらに、これまでは集団的自衛権行使に触れる行動として言及されていなかった海洋安全保障、防空およびミサイル防衛、アセットの防護、戦闘捜索・救難などについても協力関係が明示されている。
これらの行動は、ミサイル、特殊部隊などの奇襲に対し、日米が共同して、有効に抑止し対応するために、平時から必要不可欠なものである。集団的自衛権行使に関するケース検討の成果が取り込まれたものと言え、大きな前進と評価できる。
中国などの軍事的脅威に対抗するためだけではなく、国境を越えて浸透するテロ、サイバー、不法移民、無人機など各種の「新しい脅威」に対抗するためにも、グローバルな、宇宙やサイバー空間を含めた、しかも政府全体にわたる平時からの協力が欠かせない。
このような現実的な各種の脅威に対する「切れ目のない」対応の必要性から、日米間の同盟調整メカニズムは平時から常設されることになった。
また、後方支援、施設の使用等については、防衛省のみならず各省庁、地方公共団体などの権限や能力の活用が不可欠である。
「周辺事態」では問題となった、民間の空港・港湾の使用についても、「施設の使用」の中で、「一時的な使用に供する」と明言されている。また、これらに係る広範な問題を調整するための、「政府全体にわたる」同盟調整メカニズムの活用がうたわれている。
沖縄の基地問題も、日本を取り巻く安全保障情勢の悪化という「厳しい現実」の中で、冷静に判断しなければならない。判断を間違えば、日本国、中でも沖縄本島を含めた南西諸島の安全保障が危うくなりかねない。基地を抱える地方自治体の責任も重い。
新ガイドラインで飛躍的に高まった日本の責任と自立防衛の必要性
今回のガイドラインも上に述べたような日米の戦略構想が背景にあって、策定されたものと見るべきであろう。そのことは、「日本に対する武力攻撃が発生した場合」の考え方に表れている。
新ガイドラインの基本的な考え方として、「日本は、日本の国民及び領域の防衛を引き続き主体的に実施し、日本に対する武力攻撃を極力早期に排除するため直ちに行動する。」とある。
これに対し、平成9(1997)年に制定されたこれまでのガイドラインでは、最後の、日本は「直ちに行動する」はなく、代わりに「その際、米国は、日本に対して適切に協力する」となっていた。日本は、有事には、米国の協力なしで「独力で」かつ「直ちに」行動しなければならないことになる。
日米共同作戦における米軍の運用構想も大きく変化している。これまでのガイドラインでは、「自衛隊及び米軍が作戦を共同して実施する場合」には、「双方は、各々の陸・海・空部隊の効果的な統合運用を行う」との文言があったが、この統合運用の文言はなくなった。
また、日本有事の「作戦構想」においても、これまで、「航空侵攻対処作戦」、「海域防衛と海上交通保護作戦」、「対着上陸作戦」に明言されていた、米軍の打撃力行使や地上部隊の「努めて早期の来援」に関する文言はなくなっている。このことは、米国の日本での反攻作戦実施や地上部隊の来援は望めないことを示唆している。
新ガイドラインでも、「米国は、日本に駐留する兵力を含む前方展開部隊を運用し、所要に応じその他のあらゆる地域からの増援兵力を投入する」と記述されているが、戦闘部隊の「展開」や「増援」を直接保障する文言にはなっていない。「増援部隊」は「投入」されても、自衛隊を「増援」するとは限らない。
ASB構想では、同盟国の防衛は当該国の責任とされ、また米地上軍の本格的な増援は予定されていない。以上の条文は、この構想を反映した内容になっている。
すなわち、自衛隊は米軍の来援が、当面望めない状況の中で、国土と国民を一定期間独力で自立的に守らねばならない。では、どの程度の期間、守られねばならないのであろうか。
米国のシンクタンクなどでも、この問題は研究されているが、その一部の見積もり結果によれば、反攻作戦開始までに1か月以上はかかるとされている。
艦艇や航空機の主力を一度安全な数千キロの遠隔地の基地に退避させ、その後海上優勢を奪還し、部隊を再編して本格的な反攻作戦を開始するには、戦史の事例などから判断しても、1か月以上はかかるとみるのは妥当な見方であろう。
その間、日本は単独で日本の全領域と日本国民を守らねばならない。そのためには、まず当初のミサイル、特殊部隊、サイバー、対衛星攻撃などに対して、必要な防衛インフラを防護し、残存できなければならない。
このことを抗堪性と言うが、そのためには、施設などの堅固化、部隊や装備の分散、燃料、弾薬、装備などの地下化、偽目標(デコイ)の配置などの措置を平時からとっておかねばならない。特に南西諸島はその必要性が大きい。
その後も、1か月以上にわたり戦い続ける能力を維持しなければならない。この点で、自衛隊には予備役制度と予備力の不備という重大な問題がある。
予備自衛官制度はあるが、定数は平成26(2014)年3月末現在で、4万7900人しかない。世界各国では通常、国家として責任を負った予備役制度があり、現役と同等からその2倍程度の予備役を保有し、緊急時には速やかに招集し戦力化できる態勢が整えられている。特に、スイス、フィンランドなど人口の少ない国では、有事には国民の総力を挙げて国防にあたる体制ができている。
また各国では通常、物資・施設、エネルギー、産業等の動員態勢もとられている。石油などの備蓄基地は分散して地下化されており、航空攻撃等にも耐えられるようになっている。民間力が最大限に活用できるよう、防衛生産のための予備力の確保や徴用も義務づけられている場合が多い。
しかしわが国ではこれらの予備役制度も動員制度もない。武器・弾薬・ミサイルなどの備蓄にも乏しく、緊急時の防衛生産の増大余地もほとんどない。そのため、今ある自衛力を使いきれば、それ以上戦い続ける能力がない。
一部の国民が緊急時に志願したとしても、訓練には最低でも数か月を要し、未熟のまま戦闘に参加すれば、いたずらに犠牲を増やすだけである。このような現況を前提とする限り、米軍の反攻まで国土と国民を守りとおせるだけの戦力を維持できる可能性は、極めて乏しいと評価せざるを得ない。
この点については、新しいガイドラインにも対策は示されていない。もしこのような生き残り、戦い続けるための態勢を急きょ整備するとすれば、現在の防衛大綱に示された予算規模や自衛官と装備数では、不十分なことは明白である。
早急に大綱を見直し、必要な予算や定数の増加措置をとることが不可欠である。しかし、安倍首相は安全保障法制閣議決定後の記者会見でも、防衛費増額について「この法制によって防衛費自体が増えていく、あるいは減っていくということはない」と述べており、必要な防衛予算増額への意向は示していない。
危険かつ無責任な「歯止め論」
大半の政党とマスコミは、今回の安全保障法制に対し、「歯止めをかける」ことにより平和が守れると主張している。しかし、わが国を取り巻く安全保障環境は、冷戦時代よりもはるかに厳しくなっている。
冷戦時代、自衛隊は長らく、道北、道東の一角を数個師団規模のソ連軍の侵攻に独力で対処することを前提として防衛力を整備し、訓練を重ねてきた。当時、米軍は、有事には数週間以内に20万人に近い地上兵力を日本に増援し、空母の来援を待ち本格的な攻勢作戦を行うことになっていた。
今では、日本有事に本格的な地上兵力を増援するという構想は、米国にはない。中朝の日本を直接攻撃できるミサイル戦力も核戦力も増強されており、米軍は被害を避けるため、日本有事には1カ月以上、空母も含めて後方の安全な地域に退避することになると予想されている。
この「厳しい現実」を直視し、日本国民も各政党も、日本の安全のために必要な措置として、容認できることは容認し、協力すべきことは協力するとの姿勢をとるべきである。
国の安全保障に責任を負わない政党は政党とは言えない。反対のための反対をしている余裕は、いまの日本にはない。
日本を日本人自らの力のみで守らねばならない時代になった。日本独力で1か月以上守るには、奇襲に堪えて残存する能力と戦い続ける能力の整備が待ったなしで必要となっている。
そのためには、他の国と同様に、自衛隊だけが守るのではなく、国民が総力を挙げて自らのために防衛に任ずる態勢を早急に作り上げねばならない。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43850
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