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普天間飛行場の辺野古移設に反対する沖縄県民大会。観客席とグラウンドを埋め尽くした人々が、表に「辺野古新基地NO」、裏に「屈しない」と書かれたパネルを高く、何度も掲げた/ 5月17日、那覇市の沖縄セルラースタジアム那覇(撮影/石川竜一)
翁長沖縄県知事が人々を熱狂させるワケ 安倍政権が“カリスマ”を生み出した〈AERA〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150525-00000011-sasahi-pol
AERA 2015年6月1日号
3万人が琉球語の「檄」に酔いしれた。沖縄の人々を熱狂させる「翁長雄志」という英雄を生み出したのは、沖縄に冷淡な安倍政権である。(編集部・野嶋剛)
那覇と東京との距離は、さらに、広がっていた。
1カ月半ぶりに訪れた沖縄は、ちょうど「本土復帰の日」の5月15日を迎えていた。
沖縄県庁のロビーに立つと、正面に飾られた21人の肖像に衝撃を受けた。初代琉球国王から、米軍占領下の琉球政府行政主席、それに歴代知事。最後の一人はもちろん、米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐり、安倍政権と“取っ組み合い”のけんかを続けている翁長雄志(おながたけし)知事である。
この肖像の展示は「うぐい(肖像)プロジェクト」と呼ばれ、県庁や県立博物館・美術館など、数カ所を巡回する。「沖縄」の権力史ではなく、500年以上におよぶ「琉球」の権力史を明らかにするものだ。民間団体の事業だが、県も全面的に協力。琉球史は、日本への併合、米軍統治、本土復帰を経ても途絶えておらず、自分はその系譜の中にある──そんな翁長知事の「自意識」が込められているように、私には思えた。
17日の反辺野古移設の県民大会は、30度を超える暑さのなか、異様な興奮に包まれた。事実上の「東京」への宣戦布告であることは誰の目にも明らかだった。
準備期間は1カ月。3万人収容の「沖縄セルラースタジアム那覇」が埋まるかどうか、不安説も流れた。ところが、ふたを開けてみると、中に入れない人が出るほどの盛況で、3万5千人(主催者発表)が集まった。
「4万人、5万人としてもよかったのですが、過去の沖縄での集会に対し、右派から『数字が水増しされている』と批判されたこともあり、今回は3万5千人と慎重な数字にしました」
大会主催者の幹部は、うれしそうに語った。
●辺野古基金にひと月で2億円
会場の空気が2度、ぐらぐら震えるのを感じた。
最初は4月に始めた「辺野古基金」の募金が2億円を突破したと報告されたとき。目標は3億5千万円。「7割が本土からの資金です」とのアナウンスに、会場はさらに沸いた。映画監督の宮崎駿さんらと共に基金の共同代表を務めるジャーナリストの鳥越俊太郎さんは壇上で「100億にしよう」と力を込めた。
トリを務めた翁長氏は、いきなり「島言葉(しまくとぅば)」と呼ばれる琉球語で語り出した。最近、沖縄県の集会では、琉球語が使われる頻度が目に見えて増している。
世界の民族分離・独立運動で、ある集団が従来の母集団との「違い」をアピールする際に用いられるのは、「言語と歴史」の独自性である。そんなことが、冒頭の肖像画と琉球語のあいさつから、頭に浮かんだ。
翁長氏は最後に安倍晋三首相を名指ししながら、再び琉球語で声を張り上げた。
「ウチナーンチュ、ウシェーティナイビランドー(沖縄の人をないがしろにしてはいけません)」
スタンドの人々の目がパッと見開かれ、さざ波が広がるように全員が立ち上がり、指笛と拍手が1分ほど鳴り響いた。
いささか大げさとのそしりを覚悟して言えば、「新しい琉球の王が誕生した瞬間ではないか」と感じられた。
リゾートやホテルを経営する「かりゆしグループ」のオーナーで、翁長氏を最側近として熱心に支援する平良朝敬(たいらちょうけい)氏は言う。
「あの一言を聞いた瞬間、『そうだー』と心に響きました。私が事前に見た原稿にはなかった言葉です。知事の心の中から、自然にあふれ出たのでしょう。安倍首相が米議会でカンペを読んだのとは違います。『粛々と進める』とか、『抑止力の維持』『普天間の危険性除去』とか、東京が語る冷たい言葉に対して、『バカにするな』という沖縄の気持ちを代弁してくれた」
●うなだれる議員 現代の琉球処分
翁長氏を知事就任からわずか半年でカリスマに仕立てたのは、逆説的に言えば日本政府であり、安倍・自民党政権であることは、疑いようのない事実だ。
翁長氏はもともと、自民党の典型的な保守政治家で、那覇市長を4期務めた。那覇の繁華街・松山のバーのママは笑う。
「翁長さん、飲みに来るたび、おれは知事には絶対ならない、市長のまま政治家を終えるんだって熱く語っていたわよ」
そんな翁長氏を、容認から反対へ、市長から知事へと本気で向かわせたのは、一昨年11月、沖縄県選出の自民党国会議員5人全員が、党中央から辺野古反対を捨てるよう説得され、うなだれながら当時の石破茂幹事長と一緒に会見に臨んだ姿だったといわれている。
「あれは現代の琉球処分ですよ。力で抑えつける東京の姿勢が分かって、沖縄全体に火がついたのです」(前出の平良さん)
琉球処分とは、明治政府が武力を背景に琉球国王を廃し、強制的に日本国に統合して沖縄県を誕生させたことを指す。
翁長氏を見ていると、1995年の米兵による少女暴行事件で、日米両政府を相手に立ち回った革新県政の大田昌秀元知事と、どうしてもダブってしまう。しかし、県民大会に大田氏の姿はなかった。
大田氏に会うと、意外にも翁長評は辛口ばかりだった。
「オール沖縄と言うが、容認の市町村長がいます。まだまだオール沖縄ではありません」
翁長氏の父親は、大田氏の政敵だとされる。大田県政時代に県議だった翁長氏は、議会質問でさんざん大田氏を苦しめた「過去」もあるらしく、2人は共闘関係にはならないようだ。ただ、大田氏も、辺野古反対の方向性は支持している。
●全国の世論も移設反対が多数
県民大会の成功により、沖縄は「辺野古阻止」で固くまとまった。次は、どんな戦略で日本政府に立ち向かうのか。
沖縄を前回訪れたときは、いささか暗いムードが漂っているように感じた。県による埋め立て中止指示が国の「指示効力停止」の決定によって阻止され、むなしく空振りに終わったからだ。ところが、今回はムードが一転して明るくなっている。
いま翁長氏を喜ばせているのは、大手メディアの最新の世論調査結果だ。朝日、毎日、日経などの各紙で、辺野古移設反対への支持が、不支持を軒並み上回った。翁長氏サイドは「平均10%、沖縄支持が上がった」と分析している。翁長氏は、安倍首相、菅義偉官房長官、中谷元・防衛相との会談で、「銃剣とブルドーザー」「菅氏とキャラウェイ米高等弁務官の姿が重なる」など、メッセージ性の強い発言を繰り返した。翁長氏サイドは、そのことが世論を喚起させたとみている。
当面の戦略は「情報戦」を仕掛け、沖縄に対する、さらなる世論の共感を勝ち取ることだ。翁長氏は5月20日、東京都内の日本記者クラブと日本外国特派員協会で相次ぎ会見。日本メディアからの単独取材は断っているが、ニューヨーク・タイムズなどの国際メディアの個別取材では、「辺野古の新基地は絶対につくらせない」と発信した。
それにしても、政府と沖縄との間で一切、建設的な対話が行われる兆しが見えない。
沖縄の誰もが口にするのは、「昔の自民党は違った」。実際、いまの自民党中央は、現在の翁長体制にほとんどパイプを持っていない。1990年代までは、橋本龍太郎、小渕恵三、野中広務、梶山静六、鈴木宗男などの「沖縄族」たちが、良くも悪くも県政界と深く付き合っていた。こうした顔ぶれは、いずれも派閥でいえば「経世会」に所属していた政治家。いま絶頂にある安倍首相らの「清和会」は、沖縄との縁が深くはない。
前出の大田氏は振り返る。
「昔、官房長官だった梶山さんと一緒に、沖縄のホテルの地下のバーで、いろいろ沖縄の振興策を話し合ったものです。橋本さんともさんざんやり合ったが、ホットラインでいつでも話し合えた。彼らは安倍首相のように押し付けがましいことは、一つも言わなかった」
安倍政権が「切り札」と考えている沖縄懐柔策の一つに、「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」の誘致や、カジノ建設があるとささやかれている。だが、そうした“アメ”が、どこまで通用するのだろうか。
革新勢力を翁長支持に集結させた立役者の一人で、辺野古のある名護市選出の県議、玉城(たまき)義和さんは、こう話す。
「沖縄の本気度を、安倍さん、菅さんは見誤っています。過去の沖縄は保守が安保賛成、革新が基地反対で割れていましたが、『基地の整理縮小』の一点で保革が折り合いをつけた。これは崩せません。沖縄の状況は、復帰後最大の住民運動の高揚期に入っています。東京は事態の深刻さを認識できていない」
●厳しい対米交渉 駐日大使もダメ
沖縄は、米国とも向き合わなくてはならない。翁長氏は27日から20人以上を引き連れて訪米し、沖縄の民意を説明する方針だ。しかし、日程が近づくにつれて、悲観的な見方が強まっている。先の日米首脳会談では、安倍首相とオバマ大統領が「辺野古移設が唯一の解決策」と確認したばかり。翁長氏が米国で冷淡に扱われる可能性は高い。
米国に基地問題と女性の人権問題を訴えてきた沖縄社会大衆党の参議院議員、糸数(いとかず)慶子さんも、翁長訪米に合わせてワシントンに滞在するが、状況の厳しさは感じている。昨年6月に沖縄を訪問したキャロライン・ケネディ駐日米大使とのやり取りを振り返って、こう話す。
「何度も面会を依頼しても会えなかったので、このときは半ば強引に近づいて名刺を渡しました。ところが、基地の話を始めたとたん、『大変お美しいですね』と関係ない話ではぐらかされてしまいました」
会いたいと頼んでも、大使はイエスともノーとも言わず、笑顔で車に乗り込んだという。
名護市辺野古の海兵隊キャンプ・シュワブ周辺の空気は、すさんでいた。反対グループによる24時間態勢の座り込みは、300日を数える。道ゆく車に反対への賛同を呼びかける人々。そこに沖縄に本拠を置く右翼団体の街宣車が近づいた。付近に待機していた私服警官たちが飛び出してブロックし、Uターンさせた。「反日行動はやめろ」「翁長は売国奴」。拡声機の声が響く。
名護市在住の芥川賞作家、目取真(めどるま)俊さんは連日、カヌーで辺野古沿岸の工事水域にこぎ出し、抗議行動に参加している。目取真さんによると、海上保安庁の対応は厳しくなる一方で、
「ライフジャケットの襟をつかんで海に頭を突っ込んだり、カヌーをわざと転覆させたりと、荒っぽい取り締まりが続いて、けが人も増えています」
沖縄側は「まずは中断して、話し合いを」と求める。しかし、話し合いは「工事中止のため」だと分かっている安倍政権は、夏までに本体着工を行うとの考えを崩していない。
●本土と沖縄の分厚い「心」の壁
沖縄戦が事実上終結した「慰霊の日」の6月23日や、埋め立て承認の取り消しを視野に入れた第三者検証委員会の最終報告が出る7月に向けて、今後も沖縄はボルテージを上げていくだろう。着工へ突き進んで、沖縄をさらに過激な道へ追い込んでいいのか、と危惧する人は、永田町や霞が関でも少なくはない。
翁長氏は、20日の日本記者クラブでの会見冒頭、琉球語と日本語の両方を使い、虐げられた沖縄の歴史を読み上げた。この日、おそらく翁長知事にとって、最も気持ちを込めたメッセージであったに違いなかった。
会見後、在京テレビ局の記者が、撮影スタッフと交わす会話が聞こえた。
「あの最初の変なよくわからない現地語は、知事の趣味の部分だから、全カットな」
翁長氏が突破すべき壁は、いくつもある。だが、そのなかでも最も難しいのは、本土と沖縄との間に横たわる、分厚い「心」の壁に違いない。
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