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安倍政治の舞台背景が変わり始めた
http://bylines.news.yahoo.co.jp/tanakayoshitsugu/20150519-00045872/
2015年5月19日 20時0分 田中良紹 | ジャーナリスト
先週の「フーテン老人世直し録」に58年前の岸訪米と今回の安倍訪米とを比較するブログを書いた。そして最後に「これからの安倍政治は地雷原に向かう」と書いた。地雷に触れるか触れないかはちょっとした違いで起こる。地雷に触れずに切り抜ける事ができるのか、安倍政権の政治力が試されるのはこれからである。
安倍総理の祖父岸信介の58年前の訪米は、今回の安倍訪米と比べられないくらいの大歓迎であった。岸総理は米議会で演説しただけでなく、ナショナル・プレス・クラブで講演し、大統領とゴルフをし、メジャー・リーグで始球式をした。
歓迎されたのは岸がアメリカにすり寄ったからではない。米軍基地に対する日本国民の反発で基地の存続が危ぶまれていたからである。アメリカは岸を味方に引き入れる必要があった。一方の岸はそこに付け込み差別的な旧安保条約を対等なものに変えようとした。岸の安保改定論には野党も同調していた。
ところが2度の国政選挙で大勝し党内基盤を強めた岸は、警職法改正案を国会に提出したことで躓く。野党が反発し国民の反対運動が盛り上がると、自民党内にも慎重論が出て法案は廃案にされた。自民党内では誰も岸を批判できなかったが、少数の反主流派がそこで元気を回復する。
警職法で失敗した岸は新安保条約の調印式をワシントンで行い、アイゼンハワーを日本に招待する事で人気を回復しようとした。1960年1月の訪米で岸は再びアメリカに大歓迎され、すべてのメディアが岸を称賛、アイゼンハワーの訪日も決まった。秋の自民党総裁選で「岸の再選は間違いなし」と報道された。
しかし岸は再び国会運営で躓く。安保条約の批准を巡り慎重審議を求める野党に自民党の少数が同調すると岸は強硬姿勢を取る。抵抗する野党を力で排除して会期延長を決め、自民党単独で新安保条約を批准した。この強硬姿勢が反対運動を越えた広範な国民の反発を招く。
岸の強硬姿勢はアイゼンハワー訪日のためであると受け取られ、安保条約反対運動が反米闘争の様相を帯び、連日デモ隊が国会を取り囲んだ。アメリカから見れば、日本の反基地感情を抑えるために譲歩した新安保条約によって反米感情が高まるのでは元も子もない。アメリカはすべての責任を岸一人に負わせる事にした。こうして岸はアメリカから見捨てられ退陣せざるを得なくなった。
今回の訪米で安倍総理はアメリカと交渉し、何かを勝ち取ったわけではない。安保法制とTPPの二つの分野でアメリカの思い通りになり、そのことで「日本の安全は守られる」と主張しているだけである。日本が何から守られるかと言えば中国と北朝鮮のようだ。しかしアメリカがそう考えている保証はない。アメリカは中東や南シナ海で日本の自衛隊の協力を得たいとは考えているが、中国と事を構える気などさらさらない。
安倍訪米が終わった直後の5日に米国防総省から日本の自衛隊がオスプレイ17機を購入する話が公表された。何のために日本がオスプレイを購入するかと言えば「尖閣諸島を防衛するため」と日本政府は説明する。しかしオスプレイは長距離輸送用の飛行機で離島防衛に使う兵器ではない。アメリカが日本に買わせた思惑は尖閣とは別のところにある筈だ。
岸がアメリカの弱みに付け込み日本に有利な交渉を行おうとしたのとは逆に、安倍総理は日本にとって必要であるのかどうかも分からないオスプレイを買う事で、アメリカに気に入られようとする。この購入話で安倍訪米が一定程度に歓迎された理由が分かる。
すると11日には米国防総省が横田基地にオスプレイ10機を配備する計画を発表した。これまでオスプレイは沖縄にだけ配備されていたが、それを日本本土にしかも首都東京に配備するところにアメリカらしい意図を感ずる。
とことん刃向ってくる相手には一目置くが、弱い相手には容赦をしないのがアメリカ流である。安倍政権のすり寄り姿勢を見て「平和ボケ」している日本人の目を一気に覚まさせる気になったのだろう。「安倍訪米は高くつく事になる」と私は思った。
そこにハワイのオアフ島で訓練中のオスプレイが墜落し、1人が死亡する事故のニュースが入ってきた。オスプレイが何かなど考えない「平和ボケ」でも事故が起きたとなれば目が覚める。沖縄県や横田基地周辺の自治体がオスプレイ飛行の一時停止や配備中止を政府に要請したが、しかし米軍のやる事に日本政府は口を出せないというのが現実である。こうして安倍訪米がもたらす日米同盟強化の実態に国民は気づいていくのである。
一方、国内では大阪都構想を巡る住民投票で反対が賛成を上回り、橋下大阪市長が政界引退を表明、江田代表も敗北の責任を取って代表を辞任した。これは政治力学に少なからぬ影響を与える。橋下市長は自民、公明、民主、共産の各党を相手に戦ったが、安倍官邸だけは橋下氏を支援した。中でも菅官房長官と橋下氏の間には強い絆があった。
その菅官房長官は佐賀県知事選でも推薦候補が敗れ、また沖縄の普天間移設でも思い通りの展開が出来ずにいる。橋下氏も江田氏も菅官房長官に奨められて政界入りした経緯があり、二人が表舞台にいなくなればそれは菅氏の求心力に影響する。一方で橋下氏を強く批判してきた二階総務会長の力が上向く。第一次安倍政権で安倍総理を退陣に追い込んだ二階氏を安倍総理は特に気を遣って遇しているが、その度合いがさらに強まる事になるだろう。
おそらく安倍総理周辺は二階氏が敵なのか味方なのか判断できずにいる。その手の内など見せない所が政治家の政治家たる由縁だが、安倍総理が二階氏とどのような関係を構築していくかは注目点である。そして内閣支持率の高い安倍政権に自民党は黙してきたが、支持率が少しでも下がるような事になれば状況は大きく変わる。
また安倍総理は公明党との関係にも気を遣わなければならない。これまでは橋下維新を牽制のカードに使えたが、そのカードがなくなれば、公明党の協力が死活的に重要になる。そうなると安保法制の中身にも憲法改正のスケジュールにも影響が出る。
来週から始まる安保法制を巡る国会審議で、慎重審議を求める野党と今国会で成立を図ろうとする安倍政権とがどのような論戦を繰り広げるか、それを見る国民が普天間基地移設やオスプレイの配備と訓練で意識せざるを得なくなった米軍基地問題を、どれほど自身の問題として考えるようになるのか。
60年安保は岸信介の強硬な国会運営が国民の怒りを買い、国民の反対運動が反米闘争に転嫁する事を怖れたアメリカによって岸は退陣させられたが、同じことが今国会で繰り返される事になるのか、ならないのか。来週から始まる通常国会の本番を前に早くも政治の舞台背景は変わり始めているのである。
田中良紹
ジャーナリスト
「1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、日米摩擦、自民党などを取材。89年 米国の政治専門テレビ局C−SPANの配給権を取得し(株)シー・ネットを設立。日本に米国議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年からCS放送で「国会TV」を放送。07年退職し現在はブログを執筆しながら政治塾を主宰」
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