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DOL特別レポート
2015年5月15日 スティーブン・ナギ [国際基督教大学准教授]
日本は本当に右傾化しているか?
カナダ人国際政治学者はこう考える
――スティーブン・ナギ国際基督教大学准教授
日本は、日本人は、日本の政治家は右傾化しているか? Photo:MeijiShowa.com/Aflo
北東アジア地域では、中国、日本、韓国の関係悪化により、ナショナリズムが沸騰している。多くの国が日本の“右傾化”を非難あるいは警戒しているが、筆者は一貫して、現代日本とナショナリズムに関して、次のような関心を抱いている。
1.日本人は以前よりも国家主義的になっているか?
2.日本の政治家は以前よりも国家主義的になっているか?
3.安倍首相は国家主義的か?また、積極的に国家主義的な外交政策を打ち出しているか?
4.もし日本が国家主義的になりつつあるとして、何が国家主義の成長を促しているのか?また我々は、それを警戒する必要があるか?
この議論は、イエスかノーで答えられるほど単純な問題ではなく、非常に複雑化している。本記事ではこれらの問いに、わかりやすく、かつ、より微妙なニュアンスをも含めた回答を提供したい。
日本人は以前よりも
国家主義的になっているか?
スティーブン・ナギ
1971年カナダ生まれ。2004年早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程(国際関係)修了、2009年同博士課程修了。2007年早稲田大学アジア太平洋研究科のリサーチ・アソシエイト、2009年香港中文大学日本研究学科助教授に就任、2014年より現職。早稲田大学「アジア地域統合のための世界的人材育成拠点」シニアフェロー、香港中文大学香港アジア太平洋研究所国際問題研究センター研究員を兼任。研究テーマは東北アジアの国際関係、日中関係、アジアの地域統合及び地域主義、非伝統的安全保障、人間安全保障、移民及び入国管理政策。
ヘイトスピーチの出現や新大久保の路上で人種的中傷を叫ぶ小グループによる暴力、また日本会議・さくらチャンネル・在特会等の国家主義的言説などは、ある程度ではあるが、日本人が以前よりも国家主義的になっていることを示している。
だが、これら周辺グループが支持する見解は、日本人の主流の価値観ではなく、また意見でもないと言われる。たとえば、アンチ韓国人グループ「在特会」のヘイトスピーチは、侮蔑的な攻撃に加えて、在日韓国人は韓国に帰るべきだと主張している。しかしながら、少数派によるこれらの人種差別的攻撃は、数々の全国的調査にみられる日本人の意見とは、まるで対照的だ。
統計数理研究所が実施した最新の「日本人の国民性調査」によると、日本人は以前より国家主義的にはなっておらず、むしろ、多くの点で以前よりもオープンになっていることがわかる。たとえば、国際結婚の容認率は上昇(1988年の29%から2013年は51%に)している。
一方で憲法改正について朝日新聞と読売新聞の世論調査(2003年から2015年)を見てみると、一貫して「賛成」が増加しているわけではなく、「反対」もまた増減しており、揺れ動いている。最新の世論調査では、読売新聞では「賛成」が51%と過半数を占めたものの、朝日新聞では43%と過半数を割っている。
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NHK、朝日新聞、読売新聞等の調査でも、また内閣府の防衛問題に関する最新の調査でも、日本人は以前よりも国家主義的になってはいない、という結果が出ている。それは、日本の領土を守り、自衛隊の海外派遣を可能にするための憲法改正において顕著だ。
領土を守ることに対しては幅広い支持があるが、自衛隊の海外派遣はほとんど支持されていない。この結果から得られる、より広範なメッセージは、普通の日本人は、防衛のための自衛隊は支持するが、戦闘のために海外へ派兵することや、海外での集団的防衛に従事させることは支持していない、ということを示している。
他の世論調査も、日本の右傾化に関するさらなる情報を与えてくれる。たとえば、言論NPOと中国日報がおこなった「2014世論調査」の結果を見ると、多くの興味深い傾向が出てきていることがわかる。この世論調査によると、2005年以来、領土問題を主張し、日本の歴史認識を批判し、国際法や国際的規範を受け入れることができない中国に対して、日本人は親近感を徐々に失ってきていることがわかる。
中国の行動に対するこの変化には、二つの要因が同居する傾向にある。一つには、いわゆる中国自身の自己主張だ。もう一つは日本人が、日本の価値観や勤勉さ、伝統等から創造されてきた平和的で現代的、民主的なセルフイメージを持つことに対し、中国が隣人として反感を抱く事だ。
後者は実は国際的に見て珍しいことではなく、例えば筆者の母国、カナダ人の一般的なセルフイメージに対し、アメリカ人は必ずしも好感を抱いていない。筆者の見方では、このような隣人に向けられる反感はお互いを識別する方法の一種であり、互いのアイデンティティに対する不安定感を和らげると同様に、固有のアイデンティティを構築する方法でもあるとも言える。
また、日本人が中国に対しネガティブな印象を抱くのは、日本が普遍的人権、国際法と民主主義などの現代的な価値観を信じる国家のひとつであるというルールを、多くの日本人が再認識し、強めてきた結果でもあるともいえるだろう。この過程に内在するのは、日本人が「日本は隣国よりも優れている」と考えていることだ。
これは、今日のメディアや日本社会においてよく見られる主張であり、そのために海外留学への興味が減退したりもしている。日本は中国の台頭を非常に懸念しており、結果として日本人は、何が日本を隣人とは異なる存在としたのかを、自らの内面に求めるようになっているのだ。
また、ナショナリズムとは似て非なるものとして、「日本人であれば安全だ」という認識が増えている(筆者はそれを「安心主義」と呼んでいる)。それはリスクを最小化する方向に日本社会が深く傾斜していることを指し、世界を探索することに無関心であったり、孤立主義的になったりしていることである。日本は、安全で、安定して、心地よい社会を代表する国であるが、日本以外の世界は紛争や困難、苦難が多いという印象を持つ日本人が増加してきているようだ。
結論として、日本人の特性と一体となっている愛国心に基づく、筆者が「民族文化的」と呼ぶものへの回帰を表現する言葉として、やはり“ナショナリズム”は適当ではないと、改めて主張したい。筆者は日本人の不安定感は、バブル以降の日本経済の停滞からと、数々の社会問題に直面していることから生じていると考える。さらに、中国の急速な経済成長と比較した場合に、不安感がより強められるのだ。
日本の政治家は国家主義的か?
この問題については、2014年12月の衆院選の結果が示唆に富んでいる。安倍首相は選挙に勝ったが、国民の関心は経済問題にあり、国家主義やイデオロギーにはなかったと言える。自民党以外の右派はすべて議席を減らし、国家主義的政党は敗退するか、または議席を減らしているからだ。
次世代の党は議席数を19から2までに減らす一方、民主党と公明党はその数を増やし、共産党もかなりの票を得た。自民党は勝利したにもかかわらず、議席は失ったのだ。安倍首相は、憲法の再解釈に取り組むのに右派や国家主義的政党からの支持は期待できなくなり、むしろ公明党の支持を得るために、自らの提案を骨抜きにせざるを得なくなっている。
衆院選の結果自体は多様な解釈が可能だが、こと「政治家は以前より国家主義的になっているか」という問いの答えをその中に求めるならば、ほとんどの国家主義者や右派政党の敗北、自民党の議席減少、リベラル派や左派政党の議席増加に明白に表れている。単純に、国民は安倍首相の経済対策を支持し、国家主義的な政治家を排除したのだ。
安倍首相は国家主義的か?
積極的に国家主義的外交政策に向かっているか?
安倍首相がいわゆる右派、国家主義者であることはほとんど疑う余地がない。彼は、何かと論議を呼ぶ靖国神社に参拝し、神道政治連盟国会議員懇談会や自民党歴史検討委員会、日本の前途と歴史教科書を考える議員の会など、その他様々な国家主義的傾向を持つ会に参画し、日本国憲法9条を書き換えたいと考えている。ただ、これらの国家主義者「資格」は、この質問の後半の、より積極的な国家主義的外交政策とは切り離して考える必要がある。
安倍首相は間違いなく、外交に関しては他の歴代首相よりもアクティブにかかわろうとしていると言える。2012年に第一次内閣で首相の座に就いて以来、彼はこれを実証している。国際関係により深く関わりたいという日本の意欲を強調するために、彼は全ASEAN諸国をはじめ、その他の地域も何度も訪問している。安倍首相はフィリピン、インドネシア、オーストラリア、ベトナムとの間で安全保障と関係強化を進め、日米安保同盟を強化してきた。
自民党政権は、防衛目的の装備、監視、潜水艦、日本領土と島しょ地域に必要とされるモニター用ドローン技術、水陸両用車など、軍事支出を増やしている。ただし彼らには防衛用の範疇を越える武器装備を計画する権限はない。これらの行動は、能動的ではあるが、積極的、攻撃的、または国家主義的行動とは異なる。これらは、現状への投資であり、増大する国際法と多国間主義へのコミットメントを示している。自衛隊の派遣に関する最近の議論においてさえ、日本は第二次世界大戦後の平和主義を堅持することを明言している。
安倍首相の歴史修正主義的性向はさておき、彼は日本を普通の国家にしたい、そしておそらくはイギリスやフランスのような強国にしたいと思っているのだろう。その意味するところは、力を誇示するためではあるが、ただしそれは戦争のための力ではなく、地球規模の問題に対処し貢献する力だと筆者は考える。これは彼だけと言うよりも、むしろ彼と過去30年間の多くの政治指導者たちが、日本をより積極的で協力的な国際的なプレイヤーにしようと努力し続けた結果であり、決して国家主義的というわけではない。
憲法レベルでの彼のアジェンダは、「経済大国でありながら政治小国」から、「経済大国でかつ政治的パートナー」へ、日本をシフトすること。憲法改正は、戦争に行くことではなく、自国の防衛能力を強化し、同盟国との協力関係を強化するものなのだ。この意味では、安倍首相の個人的な国家主義的野心、特に歴史問題をめぐる野心は、日本に深く埋め込まれた平和主義の規範とは相容れない。筆者の視点から見れば、彼のアクティブな外交政策は、周辺地域と世界の現状に対する投資として、最上のものと言えるだろう。
もし日本が国家主義的になりつつあるとしたら、
何がその原因なのか?
繰り返しになるが、ナショナリズムは、現時点では日本を記述するための最良の言葉ではない。それは、中国に対する不安や懸念が、日本人をより内向きにさせていることを示している。その意味するところは、日本人が外の世界を、日本とは正反対で危険で不安定、汚く邪悪、暴力的で汚染され、食べ物も安全ではない等々、と見始めているということなのだ。そして中国や北朝鮮は、これら否定的な世界のシンボルなのである。この意味において、日本は、その独特の感性と、中国と好対照をなす成功により、日本という国を再構築していると言える。これは、日本のすべての成功は日本文化にあった、とするバブル時代と似ている。
我々は日本のナショナリズムを
警戒する必要があるか?
筆者は、特に中国のナショナリズムを懸念するとともに、日本のナショナリズムは大したことのない段階に留まることを願っている。日本には報道の自由があり、法律はクリアで、民主的な選挙による政府があり、あらゆる情報への完全なアクセスが可能だ。慰安婦問題に関して議論するテレビ番組においてさえ、まず「日本が侵略国家であったかどうか」が議論されている。市民社会は、慰安婦に関する展覧会の開催や、憲法9条改正に反対する議論をすること、反原発の促進などの運動を自由に行い、あるいは広島や長崎の記憶を保存することを通じて、戦時中の日本の真実を積極的に維持している。これらの活動にかかわる日本人の膨大さは、右翼団体や日本会議、さくらチャンネルや在特会のような右派の数だけでなく、その多様性をも矮小化するものだ。
筆者が懸念するのは、少数派である右翼の人々が、尖閣諸島や竹島に行くような愚かな行為をすることだ。これは間違いなく、2012年秋に中国で起こった反日暴動よりもはるかに悪い、中国や韓国のすさまじい反撃の引き金となるだろう。日本側では、中国人や韓国人に対する強い反発から、自己破壊的なナショナリズム拡大の種子がまかれるに違いない。
この負のスパイラルを回避するためには、日本人の若者世代に、中国や韓国の良い側面についての良い教育が必要だと、筆者は強く薦める。知識と経験こそが、地域内の相互理解を構築するとともに、ナショナリズムが戦後の日本だけではなく地域全体の社会経済的発展を破壊し、支配することを阻むことができるのである。
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