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2015年05月08日
日本の人口減少を「悪」と見立てて、政治も言論も展開されている傾向がある。ここで言うところの「悪」は、経済上の理由で論じられることが多い。哲学や倫理や民俗文化問題からのアプローチは少ない。たしかに、日本の人口減少は際立っているが、合計特殊出生率は先進国で、フランスだけが2.01人で、人口減少をなんとか食い止めているが、アメリカでも1.89人で減少傾向にある。過度に減少傾向にあるのは、イタリア、ドイツ、シンガポール、日本。韓国が1.19人で最低人数だ。ちなみに日本は1.43人となっている1人の女子は、2.07人の子供を生めば人口の水準が保たれると考えられているわけだから、先進国のジレンマだと受けとめても構わないだろう。
この人口減少は、経済上の理由を除けば、哲学や倫理や民俗文化問題からのアプローチすると、それ程、嘆き悲しむことではない。経済上の理由といっても、日本人が食うや食わずになると云う意味ではなく、国家のGDPが減少すると云う危惧から生まれた「悪」であり、大企業輸出製造業の業績が悪化するだけだ。そんな問題は、既得権益に属する人種の困りごとであって、一般国民の悩みなどではない。人口が減少しても、GDPが横ばいであれば、一人当りのGDPは増えるわけで、分け前が増える可能性すらある。
人口の偏在と云う問題も、豊かな森林と水と土壌を持つ農業国家から、近代産業革命国家に、憑りつかれるように、魘された明治維新以降の馬鹿げた「脱亜入欧」そのものに元凶はある。特に戦後の東西冷戦構造の勃発と朝鮮戦争特需により、農村の次男三男の集団就職と云う社会現象(国策)が農村を疲弊させ、東京、大阪への人口集中を招いたに過ぎない。つまり、日本政府の考えているようなアメリカンな普遍的価値観なんて信じない、文化に根差した「価値観の転換」が起きれば、容易く幸福感は訪れる。
東京一極集中が、高度経済成長時代に世界の工場となり、今現在は世界の市場の役割を終え、只の魅力のない市場飽和の国になっている。ただ、このような観察も、経済的にみてと云う問題であり、経済成長と云うトラウマを取っ払ってしまえば、笑ってしまう程、杞憂なものなのである。大企業輸出製造業の重視の嵐が過ぎ去れば、東京での職も減って行く。だったら、物価の高い東京にしがみつく理由は少なくなる。この現象は、人の東京離れを加速するだろう。経済成長以前の日本の人口分布に戻るわけで、先祖返りのようなもので、この方が、日本の伝統文化は守られる可能性が高い。
日本の伝統文化は守られれば、国民が幸福になるのか、という疑問もあるだろう。しかし、人口分布の分散は、地域の共同体を、限界集落から一変させる可能性を秘めている。経済価値観に毒され、信じ込んでいる人々に「価値観を変えろ」と押しつけても無駄なことだ。人口分布の分散と云う方向性を明確にすれば、自ずとそこに、地域ごとの共同体が生まれ、その共同体の営みの中から、価値観のパラダイムシフトは起きるものである。だいぶ昔のことになるが、首都移転の話は立ち消えになったようだが、どういうわけだろう?疲れたので、何かの機会に調べておこう。
≪ 「人口減少=悪」ではない 次世代に向けて発想を転換せよ
【 日本を代表する歴史人口学者の速水融氏は、「人口が減ることは必ずしも悪いことではない。むしろ、恩恵も多い」と言う。長い視点で見ると、人口減少は社会にどのような影響を及ぼすのだろうか。(まとめ/フリージャーナリスト・室谷明津子)】
■人口減少を歴史から考える
「歴史人口学」を知っていますか?
「歴史人口学」という学問を知っていますか。地域に残る人口史料を分析し、人口の推移や庶民の生活を明らかにする学問です。私は近世を中心に、明治時代以前の人々の膨大な史料を読み込み、人口の増減によって社会がどう変化するかをつぶさに観察してきました。
その立場から言いたいのは、人口が減ること自体は社会の近代化における自然な流れであって、心配する必要はないということです。
むしろ私は、人口減少は日本にとっていいことだとすら思います。大事なのは無理に人口を増やし続けるより、人口減少によって起きる事象の意味を考え、社会の変化に合わせた対策を実行していくことです。詳しく説明していきましょう。
まず、人口減少は日本だけでなく先進国全体で起きています。人口動態を予測するには、合計特殊出生率(TFR)といって、1人の女性が生涯で何人の子どもを産むかという指標を参考にします。 これまでの研究で、TFRが2.07人を切ると、20〜30年以内にその地域の人口が減るということが分かっています。長期的に見れば、どの社会においても近代化が進むにつれて、出生率と死亡率がそれぞれ低くなっていきます。
つまりたくさん産まれ、死んでいく社会から、医療の発達やインフラ整備、栄養状態の向上などによって人間が死なず、産まれる数も少なくなっていく。そのような社会への移行を、「人口転換」と呼んでいます。
世界のTFRの推移を見てみましょう。先進地域全体では、1990年代に早くもTFRは2人を切っています。
現在の世界全域のTFRは2.50 人となっていますが、これはアフリカをはじめとする発展途上地域が押し上げているのであって、先進地域に限って見ると1.68人にまで低下している。欧州の主要国ではTFRが軒並み下がっていて、今後10年以内に全地域において人口減少が進むでしょう。
■男性が強い「マッチョな国」では
子どもを産まない女性が増える
先進国では特に、ドイツ、イタリアのTFRが低いですね。この2ヵ国と日本に共通するのが、もともと父系が強い「マッチョな社会」である点。私は 密かにこの現象を、女性たちの「静かな革命」と呼んでいます。数値を見ていると、男性が優位な社会で我慢を強いられてきた女性たちによる、「もう子どもを産むだけの人生ではない」という意思の表れのように見えるのです。
アジアでも人口減は止まりません。中国は既にTFRが1.6人となり、韓国に至っては1.3人とかなり低い。最も遅いのはインドで、今も2.6人 を保っているので減少が始まるのは他のアジアの国々より後でしょう。南米やオセアニアでも徐々にTFRが低下し、2095〜2100年になるとアフリカ地域だけが唯一TFR2.12人を保ち、他地域は全て2人を切ると予想されています。
日本では明治期に死亡率が下がり始めました。病気の流行や天災によって死亡率が跳ね上がる年もありますが、全体で見れば明治期から徐々に下がっています。そして出生率の低下は大正末年から始まり、戦後のベビーブームを経て本格的になります。終戦直後に4人を超えていたTFRは1950年に3.65 人、70年に2.13人、90年には1.54人、2010年には1.39人と急速に下がります。
かつて日本をはじめとするアジアでは、大勢の子どもや孫に囲まれて暮らすのが幸せという価値観が一般的でした。子どもの死亡率が高く、全員が元気に育つわけではなかったので、結果としてバランスもとれていました。しかし、現在は子どもの死亡率が低く、かつ生活における余暇や娯楽が増え、価値観が多 様になっています。女性が子育てに見出してきた生きがいが、趣味などに分散するのはやむを得ないでしょう。
さらに、女性の社会進出の機会が増えて(それ自体はすばらしいことですが)、出産適齢期がちょうど学問を修めたり社会に出たりする時期と重なるようになりました。つまり、長期的に見て日本社会で出生率が下がるのは自明のことなのです。
冒頭でも申し上げたように、私は人口が減ることはむしろ日本にとっていいことだと考えています。人口密度を比較すると、1平方キロメートルの空間に対して英国は261人、ドイツは229人、国土の広い中国では141人となっています。対する日本は342人と、明らかに人間が密集し過ぎている。せめて欧州並みにゆったりと空間を使える方がいい。私が考える日本の理想的な人口規模は、7000万〜8000万人。終戦直後くらいの人口です。徐々に減っていって、それくらいの規模で安定させるのがいいと思います。
■人口が減少か停滞する時期に文化が花開く
ペスト流行とルネサンスの関係
さらに歴史を振り返ると、文化が成熟し花開くのは、人口が減少または停滞している時期と重なります。
例えば江戸時代には、人口も領土もほぼ一定に推移した状況下で、世界に類を見ない文化の爛熟期を迎えました。また、14世紀にペストが大流行した欧州では、イタリアを中心に大勢の死者が出ましたが、この時期に同国からルネサンスが始まったのは偶然ではないと思います。
人口が激減し、国力が衰えて没落してもおかしくなかったイタリアで、「再生」を表す芸術運動が興り、欧州中に広まったのです。
なぜ人口が減ると文化が発達するのか。思うに、人口が増加する時代にはモノを増産して消費も増え、経済がどんどん拡大していきます。一方、人口減少社会では生産量を増やす必要はなく、人口が減ることで1人当たりの所有物が増えます。
社会が成熟し、人々は余暇を楽しむようになる。経済は停滞しますが、代わりに芸術・文化にお金が回っていくのではないでしょうか。もちろん、人口 減少社会になれば、必ず文化が成熟するというわけではありません。人口減少をきっかけに拡大一辺倒から価値観を転換し、文化を成熟させる方向に社会やお金の回し方を変えていくリーダーが必要です。
■問題視すべきは人口の偏在と減少速度
日本の人口学は人材不足
私は、現在の日本の人口は多過ぎるので減るほうがいいと考えていますが、「減り方」については深刻な問題があると思います。
まず、人口の偏在です。東京や大阪といった大都市への一極集中が進み、まるで打ち捨てられたような地方が増えています。おそらく東京にいると、人口減少といわれてもピンとこないでしょう。大都市では今も高層マンションが建ち、交通網が整備され、近代技術を用いた都市づくりが進められています。
一方で、多くの地方がそうした恩恵に与れず、人口減少によって学校や公共機関といった最低限のインフラさえ、自分たちで賄えなくなくなりつつあります。各地域の中核都市、さらにその下の市町村に人口を呼び戻す政策が急務です。
また、日本はTFRが2を切ってからの低下のスピードが速過ぎます。このカーブが緩やかであれば、政府や自治体は高齢化対策を立てやすいですが、ここまで急だとそれもままならない。この点についても、リスクを十分に意識する必要があります。
そもそも、人口減少が引き起こす問題は今に始まったわけではありません。景気予測などと違い、人口予測は見通しを立てやすく、確実性が高い。少なくとも現状を見れば、20〜30年後の人口構成が分かるのですから、正しく認識して対策を立てることができたはずです。
日本は海外に比べて人口学を扱う大学・研究機関が極めて少なく、その中の一分野である歴史人口学も、日本に持ち込んだのは私が初めてでした。人口の現状分析や効果的な政策など、研究を進めれば成果が上がりやすい学問であるのに、人材が足りません。日本の社会にとって最適な人口規模はどの程度なの か、その規模で安定させるにはどのような政策が必要なのかなど、まだまだ人とお金を投入して研究されるべきテーマがたくさんあります。やみくもに「人口減少=悪」と決めつけるより、客観的な研究に基づく議論が必要でしょう。
*速水融 はやみ・あきら 1929年生まれ。歴史人口学者。1950年慶應義塾大学経済学部卒業。1953年同大学同学部副手に就任。助教授を経て、1967年教授。経済学部長、 大学院経済学研究科委員長などを歴任し、1992年名誉教授。麗澤大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授などを務める。経済学博士、日本学士院 会員。2009年に文化勲章受章。『近世濃尾地方の人口・経済・社会』(創文社)、『歴史人口学で見た日本』(文春新書)など著書多数。 ≫(ダイアモンドONLINE:経済・時事―日本のアジェンダ−「人口減少日本」の処方箋)
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