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日本は独立国か?「脱却」と「従属」二人いる安倍晋三
http://diamond.jp/articles/-/71102
2015年5月7日 山田厚史の「世界かわら版」 [デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員] ダイヤモンド・オンライン
歓迎晩餐会も共同記者会見もなかった前回の「冷遇」と打って変わり、今回の訪米は「歓待」で、米議会で演説までさせてもらった。安倍首相は意気揚々と帰国。首脳会談の「成果」を囃すメディアは少なくない。
だが「アメリカに喜んでもらう」ことが対米外交なのか。歓待と引き換えに日本は自衛隊を米軍の助っ人として差し出した。世界秩序を武力で維持しようという米国に戦力を提供し、付き従うことが日本の国益なのだろうか。
「日本を取り戻す」「戦後レジームからの脱却」と勇ましげな言葉を使う安倍首相が、オバマ大統領の前では「希望の同盟」「不動の同盟」と歯の浮くよう言葉ですり寄る。どうも安倍晋三は二人いるように見えてならない。
■戦後「脱却」と対米「従属」 二重人格の安倍政権
右派の論客で漫画家の小林よしのりは、首相の議会演説を「愚劣でバカバカしい」と批判し、次のように述べていた。
「過去の日本を『悪』とする『東京裁判史観』に嵌ってしまっていて、今後もアメリカを宗主国として、アメリカが起こす侵略戦争にはすべてついてゆくと宣言したようなものである」
憲法改正草案を掲げ右派バネを効かせて自民党総裁に復帰した安倍晋三に、右翼が期待したのは、第二次世界大戦の戦争責任を日本に課した「東京裁判史観」の否定だった。
列強の利害が衝突した大戦の責任を敗戦国だけに負わすのは不当、という主張である。
アメリカ主導で進んだ東京裁判は日本を始め世界で受け入れられた。日本の戦後復興はこの反省から始まった。
歴史は常に見直されるものだが、東京裁判の在り方に異議を申し立て、「日本だけが悪いわけではない」という歴史修正を試みようという勢力が日本に増えている。東京裁判を受け入れることは「自虐史観」だと主張する。
安倍首相の「戦後レジームからの脱却」は何をしたいのだろうか。先の大戦を「侵略」と認めたがらず「謝罪」を嫌う。そんな態度から、政治家安倍晋三は東京裁判史観からの脱却を目指している、と見る人は少なくない。
その安倍が、アメリカではオバマ大統領に尻尾を振り、「日本にとってアメリカとの出会いは、すなわち民主主義との遭遇でした」などと演説する姿は、戦後体制から本気で脱却を考える人たちには「醜悪」でしかないだろう。
「脱却」を叫びながら、行動は「従属」。ジキル博士とハイド氏のような「二重人格」こそ安倍政権の特質だ。
政治家安倍晋三の「思い」と、首相安倍晋三としての「制約」。誰に支えられ、誰が動かしているか、政権構造のひずみから生ずる矛盾ともいえる。
■「冷遇」から「歓待」へ―― 一段と強固になった戦後レジーム
象徴的な出来事は2013年4月の靖国神社参拝だ。周囲の慎重論を押し切って安倍は抜き打ち的に参拝した。支持者に信念を示した行為は中国や韓国を刺激し、米国国務省まで「失望した」という声明を発表した。
安倍が個人の信条に従い行動すれば、近隣諸国との関係は悪化し、米国もいら立ちを増す。厄介な政治家が日本の首相になったわけだが、その一方で中国や韓国に妥協しない姿勢が右翼バネを刺激し安倍政治を支えている。
前回の訪米でオバマが示した「冷遇」は「政治姿勢を改めろ」というアメリカからのメッセージだった。
オバマは安倍という個性が中国との関係を険悪化させることを警戒した。アメリカはアジアへの関与を強めるが、中国と戦う気はない。日本が反中感情を高め中国と小競り合いを起こし米国まで巻き込まれることを心配している。その芽を摘むことが対日政策の課題だ。だから安倍に自重を促す。
外務省は「アメリカの支援を取り付けるには中国・韓国との関係改善が必要だ」と助言した。尖閣で中国と対峙する日本にとって米軍の後ろ盾は欠かせない。尖閣が安保条約の対象区域だとオバマに明言してもらうことは中国との軍事バランスから必要だ。
米国に逆らって長持ちした政権は日本にない。それも戦後レジームでもある。
前回の失敗に懲りた安倍は、アメリカに従う道を選んだ。訪米のお膳立てを託されたのは元外務次官の谷内正太郎内閣官房参事官である。谷内は「歓待」を得るためにアメリカ側の要望を聞きに歩いた。その成果が、前回してもらえなかった晩餐会であり、共同記者会見であり、上院下院合同の議会演説だった。
外務官僚に下工作を任せた段階で、米国主導はほぼ決まった。外務省は、アメリカに付き従うことで良好な日米関係を築くことに努めてきた役所である。
アメリカの核の傘に入り、米国外交に寄り添ってきたのが日本の外交だ。アメリカに物申すより、その意向を日本に伝えることが仕事で、要求にどう応えるかが対米外交。戦後レジームからの脱却と最も距離の遠い役所が外務省である。
安倍訪米は、対アメリカで戦後体制は微動だに揺らいでいないことを印象付けた。対米従属が一段と進んだことは誰の目にも明らかだった。
■ガイドラインの本末転倒 これで独立国といえるのか
国内に目を転ずると状況は大違いだ。日本の戦後体制の象徴である日本国憲法は空洞化が一段と進んだ。際立ったのが「国権の最高機関」である国会の有名無実化だ。
首相が「貢物」のように差し出した日米防衛協力の指針(ガイドライン)は、自衛隊を米軍の補助部隊にし、活動範囲を世界に広げる。自衛隊とは、その名が示すように日本国を自衛する部隊のはずだった。
アメリカは湾岸戦争やイラク進攻で、自衛隊の派遣を要請していた。日本は「憲法の制約がある」として戦闘に関わることに慎重だったが、新ガイドラインで、その制約がなくなった。
自衛隊を他国と同じように世界で武力行使できる軍隊にすることは安倍の宿願だった。大幅な軍事予算削減が避けられない米国にとって自衛隊を使えることは好都合である。
「戦争には加わらない国」だった日本が「戦争に参加できる国」になる。国家の在り方が大転換する約束を、国内で説明も議論もせず、アメリカの大統領に約束し、議会で演説する。これで独立国なのだろうか。
国民主権は、国民が選んだ国会を通じて実現すると憲法に明記されている。日米ガイドラインの中身も、裏付けとなる安保法制も国会には説明さえない。
本来なら衆議院・参議院の議長が抗議する場面ではないか。首相は大統領に「夏までに国会を通す」とまで約束した。与党が多数を占める国会だから結論は見えている、といわんばかりの国会軽視である。
国の針路を左右する大きな決定は民の代表が集まる国会で話し合い、それから他国に説明するのが民主主義の手順だ。
しかもガイドラインは日米安保条約を超えた内容になっている。条約では日米が協力する地域を「日本及びその周辺」すなわち「極東」に限定していた。ガイドラインは、この制約を取り払い世界で協力できるようにした。本来は安保条約の改定が必要な課題である。
条約違反にとどまらない。憲法は日本が戦争に参加することを認めていない。現場での運用基準でしかないガイドラインが条約を乗り越え、憲法の精神まで有名無実化している。
■有名無実化する憲法・国会 米議会スピーチを囃している場合か
3日は憲法記念日だった。1947年に公布された日本国憲法は三大原則を謳った。
(1)戦争放棄、(2)国民主権、(3)基本的人権の尊重である。戦争という悪夢を経て人類が到達した最も新しい思想を具体化した条文が刻まれている。それが今、戦争放棄の誓いは後退し、国会形骸化で国民主権は危うくなった。基本的人権も柱の一つである「表現の自由」が脅かされている。
そうした中で「戦争に参加する国」への既成事実が着々と進められている。連休明けの国会に「出がらしの茶」のようになった安保法制の改正案が提出される。国民の声を聴く、という姿勢は感じられない。国の針路は自民党と公明党の与党協議で事実上決め、アメリカに報告してお墨付きをいただき、決まったも同然の雰囲気を作り、国会は手順を踏むだけ。「夏まで」に数の論理で法案を成立させる段取りである。
満州事変から太平洋戦争に至る15年戦争は軍部の謀略で既成事実が積み重ねられ、引くに引けないまま、大戦へとなだれ込んだ。
権力の暴走に歯止めを掛けるのは国会とメディアの役割だろう。その両者が弱体化している。しかも国会議員も報道機関も国民から不信の目で見られるようになった。「国会なんてダメさ」「マスコミはウソばかり」といった風潮に付け込んで、権力者は主権在民を形骸化し、批判の爪を剥ごうとしている。
アメリカで首相が歓待され、米議会で英語のスピーチをさせてもらったことを喜んでいられる状況なのか。
積極的平和主義、国際平和支援、新事態など、ことさら平穏を装う言葉が連発され、何のことヵ国民の理解が追い付かない状況の中で、日本は急テンポに国柄を変えようとしている。
「戦後レジームからの脱却」とは、平和憲法を破壊し、戦争に参加できる体制を作ることだったのか。
国際紛争を武力で解決することを禁止する憲法がありながら、アメリカの戦争に協力する国。このままでは戦闘地域に自衛隊が派遣される日が遠からずやってくる。
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