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2015年05月05日
あくまで拙い筆者の記憶だが、日本政府は、沖縄(琉球)を4回は何処かに売り渡すか、裏切っている。「琉球処分」、「第二次大戦沖縄本島決戦」、「沖縄の米国占領承認」、「本土並み返還の密約」、「民意切り捨て辺野古基地建設強行」‥等。よく暴動が起きないものだと思う。そこが、琉球人の好さであり、付け込まれる面なのだろうが、今度の今度は戦い抜いて貰いたい。
昨日の報道ステーションでは、安倍政権の安保法制関連法案提出に対する、“ささやかな抵抗”として、特集「ひめゆり学徒隊と看護婦たちの“戦争”」を放送していた。早い話が、日本の軍隊は、米軍に攻め込まれ、土壇場になった軍人は、強制的に掻き集められた、沖縄師範学校女子部と 沖縄県立第一高等女学校、通称“ひめゆり学園”の学徒たちを「今から自由、どこでも好きな所へ行け」と命じただけだった。そして、彼女らは…。その部分は極めて曖昧に終わらせていた。
今の日本人には、含蓄で物事を解せよと言っても意味がない。だから、今後こう云う事が起きるかもしれませんよ?疑問符付で構わないが、その程度に政権批判する根性は皆無だった。謂わば、アリバイ作りの特集だった印象が強い。ゲストコメンテータの木村草太のコメントが理解出来る奴がどのくらい日本にいると思うのか?彼の論理をぐるぐる巻きにした解説は疲れる。半分、理解できない人もいるだろう。序でに言えば、イケメン低音の魅力と女性陣から騒がれているショーン K(本名: ショーン・マクアードル川上)と云うコメンテータに至っては、日本語能力が不足なので、話は長いは、意味は不明に至っては、話にならない。いっそ竹中平蔵の方がまだマシだ(笑)。
ああ、今夜は沖縄辺野古問題の話をするつもりだったが、時間が少なくなってきた。慌ててまとめるとしよう。以下は、辺野古基金の代表の一人にもなっている故菅原文太氏の奥さんの話だが、「現政権への不服従を示すため」と云う言葉は凄いね。文太も奥さんも哲学を感じながら生きてきた姿が目に浮かぶ。
≪沖縄は、もう少し早く終戦を決断していればあれほどの犠牲を払わずにすんだ。サンフランシスコ講和条約を結んだ後もアメリカの統治下に置かれ別扱いされ。これを差別と言わずに何というのでしょうか。≫(下記文中)だが、“ひめゆり学園”の女生徒たちも、明治神宮外苑競技場で「出陣学徒壮行会」(文部省主催、陸海軍省等の後援)死地に追いやられた若者、おそらく、今後はアメリカンの価値観のために、若者が同じ目に遭う可能性があるのだが、教養も感情も劣化した多くの日本人には、よほど噛み砕いて解説しないと通じない。
昨日の田原の言葉ではないが、朝日は尖がりがなくなり、読売化している。毎日の方が尖がっていると言っていたが、毎日も与党公明とから何か言われたらしく、まろみが出てきた(笑)。残されているのは、地方紙になりつつある。やはり、全国紙マスの付くものは、21世紀には生き残れないと云う事なのだろう。これからは地域紙の時代が来る。逆に言えば、地方のメディアから、地方主権と云う概念が派生的に生まれてくる可能性を感じた分だけ、救いはあるとしておこう。
筆者が良くチェックする地方紙。東京新聞、中日新聞、北海道新聞、沖縄タイムス、琉球新報、岩手日報、秋田魁新報、信濃毎日新聞、京都新聞、大阪日日新聞、中國新聞‥等だが、四国、九州地域には読みたい新聞がないが、筆者が見落としているのだろうか。それにしても、上記新聞社を含めての話だが、社説に辺野古基地を面と向かって取り上げている社説はなかった。沖縄県以外の地方紙は、沖縄米軍基地への言及は避けて通ろうとしているのが見え見えだ。こう云うところには、泣いた子を起したくないと云うか、触らぬ神に祟りなしと云う、日本人らしさが出ている。無論、「総括」出来ない、無責任体質と云う事だ。
≪ 菅原文太さんとは「同志的連帯」 妻が語る辺野古問題
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の辺野古(同県名護市)移設を阻止するため4月に作られた「辺野古基金」に、全国から1億1900万円を超える寄付が 寄せられた。その共同代表の一人が、昨年11月に81歳で亡くなった俳優菅原文太さんの妻、文子(ふみこ)さん(73)。「現政権への不服従を示すため」 に代表を引き受けた思いと、文太さんと平和について語った日々を振り返った。
初めて辺野古に行ったのは約5年前です。以来、菅原と一緒に沖縄に行くたび足を運びました。白い砂浜に突き刺さる鉄条網に強い違和感を持ちました。
昨年11月、菅原は沖縄県知事選で翁長雄志知事の応援演説をし、こう訴えました。
〈政治の役割は二つあります。一つは国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。もう一つは、これが最も大事です。絶対に戦争をしないこと〉
結婚生活47年。菅原とは「同志的連帯」みたいな感じで、仕事を選ぶ時も社会にとって良いことか、ということで選んできました。私が彼から教わっ たのはジャズとボクシングと格闘技の知識くらい(笑)。忙しい彼に代わり、新聞や本を読んで気づいたことを「いまこんな事が問題みたい」と伝えると、彼は 「おお、そうだな」と。そんなふうに2人でやってきました。
県知事選応援は、菅原が自ら願い出たことでした。壇上では、彼が口述し、私が大きな字で書いたメモを持っていました。
〈沖縄の風土も、本土の風土も、海も山も、空気も風も、すべて国家のものではありません。そこに住んでいる人たちのものです。勝手に他国へ売り飛ばさないでくれ〉
沖縄の基地問題は、憲法や人権問題なのです。戦後70年間耐えてきて「もっと我慢しろ」と言う権利が誰にあるのでしょう。税金を払う者として、諸外国との同盟のために国民の生活を軽んじる政治姿勢に信託することは出来ません。
晩年、菅原は、集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をし、安保法制の整備を進める安倍政権の動きを心配していました。「子どものころの雰囲気に 似てきた」と。軍国主義時代に生まれ育ち、死ぬときも軍事国家に向かおうとする国で一生を終えるのか、と先行きを憂えていました。演説でも体験を語っています。
〈私は小学校の頃、戦国少年でした。なんでゲートルを巻いて戦闘帽をかぶって竹やりを持たされたのか。今振り返ると本当に笑止千万です。あの雨の中、大勢の大事な大学生が戦地へ運ばれて、半数が帰って来なかった〉
原発事故が解決していないのに原発を輸出したり、武器輸出三原則を撤廃したり。「日本を取り戻す」とは言うのに、沖縄に対しては冷たいまま。北風政権だと思えてなりません。
私は敗戦の時、3歳でした。小学校の遠足では先生が戦争孤児に弁当を分けていましたね。同級生は「お父さんが戦死した」と話していた。ある日突然、今日のような世界が生まれたわけじゃないんです。 沖縄は、もう少し早く終戦を決断していればあれほどの犠牲を払わずにすんだ。サンフランシスコ講和条約を結んだ後もアメリカの統治下に置かれ別扱いされ。これを差別と言わずに何というのでしょうか。
基金が集まれば、温かい心の「仁」と正しい行いの「義」のある使い道を、みんなで考えていきたいと思います。そろそろ日本全体で米軍基地の移転先について議論を盛り上げる時ではないでしょうか。(聞き手・今村優莉)
■辺野古基金、13日に初総会
辺野古基金は、新基地の建設阻止を目的として、沖縄県議会の与党議員や経済関係者らが中心となり、4月9日に作られた。企業や市民などから県内外 問わず活動資金を募り、米国メディアに意見広告を出すことなどを検討している。今月13日に初総会を開き、基本計画を作る予定。
1日現在、基金の共同代表には、沖縄県内のスーパーなどを展開する金秀グループの呉屋守将会長ら経済人のほか、元外務省主任分析官の佐藤優氏らも就任している。事務局は(098・943・6748)。 ≫(朝日新聞デジタル)
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