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[創論]脱時間給は能力を引き出すか
政策研究大学院大学教授 大田弘子氏
伊藤忠商事前会長 丹羽宇一郎氏
政府が働き方改革を進めている。年収1075万円以上の高度専門職を対象に、時間ではなく成果で給与を決める「脱時間給制度」(ホワイトカラー・エグゼンプション)を創設するのが改革の柱だ。働く人の能力を最大限に引き出す起爆剤になるのか。大田弘子・政策研究大学院大学教授と丹羽宇一郎・伊藤忠商事前会長がこれからの働き方を語った。(文中敬称略)
大田氏・働き方の改革、一歩前進
丹羽氏・悪用する経営者もいる
――厚生労働省が1日8時間・週40時間の労働時間規制の適用を除外する脱時間給制度の創設を打ち出しました。「高度プロフェッショナル制度」と名付け、年収1075万円以上の金融ディーラーなど専門職を対象にする考えです。この働き方をどう評価しますか。
大田 一歩前進だと評価している。時間換算で成果を測れない仕事、言い換えれば、一律の労働時間管理になじまない仕事が非常に増えているからだ。ホワイトカラーは仕事の進め方や時間、仕事をする場所を一律には決められない。長く働ければ手取りの賃金が増えますよ、というのがそぐわない仕事が増えている。「脱時間給」は(制度の中身を言い表していて)良い名前だ。
丹羽 経営者の論理だ。年収1075万円以上という数値で区切るのは、話の仕方としておかしい。働いている人をきめ細かに評価できるような制度を設計することが大切なのに、一律で数値管理しようとしている。労働者の立場は弱く、様々な評価をする必要がある。
――企業に休日の取得を義務付けるなど長時間労働にならないような歯止め策も設けています。必ずしも経営者の論理とは言えないのでは。
丹羽 経営者は「(年収)一千何百万円はこうする」という人事管理が一番楽だ。労働者側からすると、公平に見えて不公平。こういう労働制度そのものを変えないといけない。(脱時間給は)職種や年収基準で対象者を区切り、この仕事をやり遂げれば高い評価をするという制度だ。残業をいくらやろうと知ったことではない。となると悪用する経営者がいる。私は悪用しちゃいかんと言っている。
大田 脱時間給の議論になると、すぐ「残業代ゼロ」の話にすり替わってしまう。大事なことは、時間換算で成果を測れないという話だ。労働時間規制の適用除外が必要だという話と、長時間労働の防止はセットでなければいけない。今回の制度はセットで議論している。
丹羽 一番良いのは残業を全部禁止すること。禁止すれば(経営者は)人間を増やして仕事が回るようにする。あるいは、ITなど機械に代替させることだ。
――経営者は都合良く制度を使う恐れがあると。
丹羽 ある。仕事を任された本人は、仕事をできるまでやるために、(非常に長時間働く)不法労働行為みたいになってしまうかもしれない。経営者は過重な要求をするかもしれない。(際限なく働くことになるのを防ぐために)監視委員会なり、相談機関なりを置くべきだ。上司だけに人事管理を任せてはいけない。
大田 健康を守るために労働時間の上限と休日取得を明確に決めたうえで、働き方に裁量を与えるやり方が合う仕事が増えている。脱時間給はホワイトカラー全員に適用するわけではなく、自分で仕事の進め方を決められる立場の人に限定している。監視はあっていい。どういう監視や規制が必要かという議論は始まったところだ。年収や職種を絞ったところからやるが、(対象拡大を)継続して議論する必要がある。
――労働組合は年収基準が下がり、対象職種が広がることに反対しています。
大田 きちんとした歯止めがないと駄目だ。労働時間の上限規制や対象者を労使で協議して決めるべきだ。まず安定した労使関係がある会社から始めればいい。日本は一律の規制はあっても、実態を監督するところが弱い。基準を変える時は規制を強くしなければならない。あるべき姿は労使がきちんと決める。一方で、事後の規制をしっかりやって長時間労働に歯止めをかける。「名ばかり管理職」の問題のように、(経営者の)ご都合主義ではいけない。働く時間、休日、労働時間規制の3つを一体で議論する必要がある。
丹羽 (導入するなら)2年くらいやってみて、しっかりチェックしたらいい。やっぱりうまくいかない、修正しようということになるかもしれない。一歩前進しただけで、ずるずる下がってくるかもしれない。一歩前進の前提は、チェックをしっかりやって再調整することだ。
丹羽氏・賃上げ、政府が口出すな
大田氏・雇用、労使というより国民の問題
――安倍晋三首相は労働分野を岩盤規制と位置づけ、脱時間給の創設に強い意欲を示しました。賃上げも主導するなど働き方改革に熱心です。
丹羽 およそ政府が『こうやりなさい』と言うのは要らんお世話や。私が経営者だったら言う。自分の会社の労働者をどう評価するか、賃金を上げるのか、上げないのか。要らんお世話です。(経済界に)任せなきゃ駄目ですよ。経済界もだらしない。
大田 長い間、円高、デフレの中で雇用は縮小してきた。(賃上げ方針を決めた)政労使会議は雰囲気づくりとしてあっていい。雇用の問題は労使というより、国民の問題だ。労働組合がない企業で働いている人も多い。働き方は多様になっているのに、制度が追いついていない。政労使会議では賃金だけでなく、新しい日本型雇用システムを議論してほしい。
――丹羽氏は「残業しても賃金が変わらない脱時間給では、後輩に手取り足取り指導するよりも自分で仕事をやってしまう人が増える」と指摘しています。技能やノウハウといった暗黙知の継承が難しくなるという丹羽氏の持論に大田氏はどう反論しますか。
大田 脱時間給制度と技能・ノウハウの伝承は別の問題だ。ノウハウを伝えることをどう評価するかは企業次第。脱時間給を導入したから伝承されないということではない。仕事が終わった後で飲みに行って暗黙知を伝えるという仕組みは変わってきている。やみくもに長い時間一緒にいて「仕事ってこんなもんだ」と説く時代ではない。
――反論はありますか。
丹羽 居酒屋で愚痴をこぼしたり、暗黙知を伝えたりすることは必要なことだ。そういう中で先輩から話を聞ける。私は部下を怒った時は、数日の間に呼び出して説明していた。会社から費用を出してやってもいいくらいだ。暗黙知の継承の時間をとることは絶対必要だと思う。
大田 企業は効率化のなかで人を減らしてきた。デフレと円高の悪循環のなかで若い人を採用してこなかったので、暗黙知を伝える余裕がないのは事実だ。だがそれは脱時間給とは関係ない。企業は問題意識は持っており、非正規社員を正社員にしたり、短時間勤務の人でもきっちりと技能を習得させたりという方向になっている。
丹羽 非正規社員に企業はきっちりした教育をしない。私は非正規社員を全廃しろと言っている。過去30年で正社員の数はほとんど同じだが、安い賃金で働く非正規社員は2000万人を超え、全体の4割近くになった。中小企業は非正規が多く、事業を継承できずに困っている。
大田 非正規そのものが問題ではない。正規との格差があまりにも大きくて、いったん非正規になると正規になる道がなくなってしまうのが問題だ。職業訓練を受ける機会もない。大事なのは、どの働き方を選んでも不当に不利にならないようにするということだ。非正規をなくせばいいということでもない。
丹羽 なんで非正規にするのか。給料が安いからか。
大田 そうではない。短時間だけ働きたいという人がいるからだ。派遣を望む人もいる。そうした働き方は私はあっていいと思う。
――議論を聞いていると、丹羽氏は日本型雇用を支持しているように聞こえます。正社員で終身雇用という働き方がよいとお考えですか。
丹羽 必ずしもそうではない。労働者が働きやすい環境をつくるということに尽きる。正社員と非正規社員の差はどんどん広がっている。雇用の安定、報酬の安定を考えれば、正社員が普通であるべきだ。90%くらいを正社員にすべきだ。
大田 丹羽さんが言っていることと、問題の認識は一緒だ。新卒の時に正社員の職がなかった人はずっと非正規。女性は子育てのために会社を辞めると正社員の職がない。高齢者は働きたくても職がない。転職すると不利になる。しかし日本型雇用は持たなくなっている。「正社員だけが良い働き方」と言っていると、ひずみが出てくる。日本型雇用は中にいる正社員は守られるが、外の人にはとても冷たい仕組みだ。時代にあった日本型雇用を探すことが大事だ。
おおた・ひろこ 第1次安倍政権で経済財政相。第2次政権でも規制改革会議の議長代理として労働改革をけん引。61歳。
にわ・ういちろう 伊藤忠商事の社長、会長を歴任後、民間出身で初の中国大使に。歯に衣(きぬ)着せぬ発言が持ち味。76歳。
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〈聞き手から〉時代にあった仕組み必要
脱時間給制度の両氏の評価は分かれた。一人ひとりの職務範囲が不明確だと、丹羽氏が指摘するように悪用する経営者が出てもおかしくない。ただアイデア勝負のホワイトカラー主体になった今の日本には、長く働いた人ほど賃金が増えるルールがなじまなくなってきたのも確かだ。社員の職務を明確にする取り組みを進めるなど、工夫しながら前に進めるしかない。
非正規雇用への問題認識は両氏に共通したが、処方箋は異なる。丹羽氏は正社員化を進めて人材力を高めるよう説く。大田氏は多様な働き方を認めた上で、教育訓練や社会保障に差がつかない仕組みを求めた。
日本の働き方が変わりつつあるのに、工場労働者を念頭に終戦直後に作られた労働時間規制の根幹は変わっていない。脱時間給は育児で短時間しか働けない人の処遇改善につながる可能性も秘める。時代にあった働き方と人材育成の再構築が必要なことは確かだ。
(経済部 藤川衛)
[日経新聞3月22日朝刊P.11]
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