30. 2015年3月04日 09:19:25
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なぜ「国」を自称するのか凄まじい内戦に陥ったシリアで、「イラクとシャームのイスラム国」(ISIS)という聞き慣れない名称の武装組織が出てきたのは、2013年4月のことでした。当時、シリアではすでにイスラム過激派のグループがいくつもあり、特に北部と東部で勢力を伸ばしてきていましたが、ISISはそうしたグループを吸収し、瞬く間に大きな勢力に成長しました。 ISISは元々は、隣国イラクのアルカイダ系イスラム過激派組織「イラク・イスラム国」(ISI)という組織でした。2003年のイラク戦争後に、駐留米軍に怒涛のテロ攻撃を行っていた過激派を母体とした組織です。 「イラクとシャームのイスラム国」は本国イラクではさほど影響力はありませんでしたが、シリアの内戦に戦闘員を派遣して拠点を築くと同時に、現地の様々なイスラム過激派勢力を配下に加え、強力なネットワークを築いていきました。特に、世界各地からアサド政権との闘いにやって来ていたイスラム系外国人義勇兵たちと深く結びついています。 やがてシリアの北部・東部に広い支配地域を確保した上で、2013年春に名称を変更し、イラクとシリアの両国にまたがる「国」を自称するようになりました。ちなみに、「シャーム」というのは、シリアと周辺地域の昔からの呼称です。 彼らが「国」を自称するのは、真のイスラム法に則った世界唯一のイスラム国家だと、自分たちをみなしているからです。近代国家はそれぞれ自らの国土を規定した領域国民国家ですが、彼らはイスラム社会は既存の国境など超越して統一すべきものと考えており、領域国民国家の概念を認めていません。現在の中東アラブ国家は、かつて西欧列強が分割して決めたものにすぎないとの考えです。 彼らの「国」などただの自称であり、国際社会ではもちろん相手にされていません。つまり、彼らは「イラクとシャームのイスラム国」という固有名詞の単なるイスラム過激派組織です。ただし、その戦力は、シリア内戦を機にイスラム過激派組織としては過去に例をみないほどに強化されていました。 こうしてシリアで力をつけた「イラクとシャームのイスラム国」ですが、その勢いに乗って、今度はイラクでも活動を活発化させます。2014年1月にイラク西部のシリアとの国境地帯から首都バグダッド西方に位置するアンバル県などでイラク政府軍を撃ち破ると、2014年6月にはイラク北部にある第2の都市・モスルを制圧。さらにバグダッド近郊にまで迫りました。 この背景には、イラクのシーア派政権がスンニ派住民を厳しく弾圧したため、スンニ派の住人や部族に反イラク政府の機運が高まっていたことがあります。「イラクとシャームのイスラム国」は、イラクの激しい宗派対立を利用したとも言えます。 この2014年6月の蜂起で、「イラクとシャームのイスラム国」は支配地を一気に広げるとともに、戦力をさらに大幅に強化することに成功します。イラク政府軍の主要基地をいくつも制圧したことで、戦車や装甲車、野砲など大量の近代兵器を入手したのです。この武器の質と量は、ちょっとした小国に匹敵するレベルでした。 シリアで獲得した戦闘員と、イラクで獲得した大量の武器を背景に、両国に大きく支配地域を確保した彼らは、組織名を再び変更します。「イラクとシャームのイスラム国」から「イラクとシャーム」を削除し、単に「イスラム国」(IS)としたのです。これは、自らの「国」をイラクとシリアに限定せず、もっと広くイスラム国家を建設するという彼らの意思の表明と言えます。 特徴は徹底した残虐性 イスラム国の特徴は、その徹底した残虐性にあります。自分たちは神の意思に基づいて行動しているとの意識から、異教徒あるいは自分たちが異端とみなしていた人々に対して、自分たちは生殺与奪の権を握っていると考えているのです。 そのため、敵対勢力の捕虜の大量銃殺、あるいは支配地域での一般市民の斬首処刑などを簡単にやってのけます。時に処刑した人物を街中で晒し首にし、それを誇示するように画像を撮ってネット配信したりします。 また、特定の宗派や部族を大規模に殺害したり、女性を性奴隷として扱い、本当に奴隷として売り飛ばしたりもしています。外国人戦闘員が半分を占めるイスラム国のこうした行状に、現地の人たちは恐怖しています。逆らえば簡単に殺されるからです。 筆者のシリア人の知人の多くはイスラム教徒ですが、アサド独裁政権の暴虐に激しい憎悪を示すと同時に、イスラム国への恐怖心を強く持っています。彼らから見たイスラム国は、正統なイスラムから逸脱した武装カルト教団に他なりません。 自分たち以外の外の世界を敵視するイスラム国は、内外のメディアをほとんど受け入れず、その実態は謎に包まれています。ただ、かつてない戦力を手に入れた独善的・教条的・排他的・暴力的なカルト集団が、シリアとイラクの両国に広大な支配地を持ってしまったことは事実です。 イスラム国は現在、周囲の全ての勢力と激しく戦っています。イラク政府軍、イラクのクルド人部隊、シリアの独裁政権軍、シリアの反政府軍の諸勢力、シリアのクルド人部隊と熾烈な支配地の取り合いを続けており、さらに今は米軍を中心とする有志連合の空爆も受けています。 こうした包囲網にもかかわらず、イスラム国はさらに支配地を拡大しようと、全方位的に活発に攻撃を仕掛けています。ただ、米軍などの介入もあり、実際にはこれ以上、支配地を広げることは軍事的に難しいでしょう。 イスラム国は、いわばシリアの内戦とイラクの混乱に乗じてたまたま広大な支配地をと強力な戦力を手に入れましたが、その活動は両国内の一部地域に限定されています。イスラム国の進撃も、このあたりが限界と言えます。 それでも、これだけ成長したイスラム国を、撃退し、根絶させることは非常に困難です。イスラム国は今後も、両国でそれなりの勢力を保持し続け、多くの人々を殺害していくでしょう。 イスラム国の存在は、今や世界のテロ問題にもなっていますが、それよりむしろシリアとイラクの国内問題です。そこは敵味方が入り組んだ非常に複雑な事情があります。 現在の国際法では、外国での軍事活動が認められているのは、当該国の正統な政府から要請・許可があった場合、自国か同盟国が攻撃を受けた場合の自衛権の発動、もしくは国連安保理で武力行使決議が採択された場合、の3つしかありません。 イラクの場合は、イラク政府からの要請があったため、そこはクリアでした。アメリカは2国間の正当な合意に基づいて軍事行動を起こしたということになります。 しかし、シリアは事情が違います。シリアは実際には国土が政府側と反政府側に二分されている状態ですが、いまだにアサド政権が首都ダマスカスの行政機能を掌握していますし、国連でもアサド政権側が主権を代表しています。国際的にはアサド政権がシリアの正統政権ということになるわけですが、アメリカが退陣を要求しているアサド政権が、米軍の空爆を認めるわけがありません。 また、アサド政権もイスラム国も、アメリカや同盟国を攻撃しているわけではありませんから、自衛権を発動することはできません。イラクと軍事同盟を結び、自衛権を持ち出すことも理論上は可能かもしれませんが、攻撃対象が正規の国家でなく、公式には非合法の過激派組織ですから、形式上はいわば犯罪対策のようなものであり、自衛権行使にはやはりそぐいません。 国連安保理決議も、常任理事国のロシアが拒否権で必ずストップをかけますから、それも実現不可能ということになります。したがって、アメリカがシリアで軍事介入に踏み切るなら、国際法的にはグレーなまま、国際社会の慣習を無視して実施するしかありません。 それにオバマ政権にとって、より重要なのはアメリカ世論の動向です。軍事行動にアレルギーが強いアメリカ世論において、どのような意見が主流になっていくかで大統領の選択は大きく左右されるからです。 ところが、そんな時に、アメリカ世論が大きく反応する事件が起こりました。イスラム国が、イラクでの空爆に対する報復として、2014年8月19日と9月2日に、人質としていた米国人ジャーナリスト2人の斬首処刑画像を相次いで公開したのです。 それが大きく報じられると、それまでイラクやシリアの情勢にあまり関心のなかったアメリカ国民の間に、「イスラム国許すまじ」という世論が大きくなります。オバマ大統領としても、イスラム国をこのまま放置することは、国内政治的にも難しいことになってきたのです。 こうしてオバマ大統領は、ついにシリアでの空爆実施を決断しました。名分としては、ジャーナリストの処刑を「米国人へのテロ攻撃」と見なし、「自衛権の行使」ということにされました。 ただし、この理屈にはやはり無理がありますから、NATO諸国をはじめとした同盟国にも、シリア空爆に参加する声は上がりませんでした。フランスなどでは、イスラム国を攻撃することはアサド政権を利するだけだという批判もありました。イスラム国討伐よりもアサド政権転覆を重視するトルコも、アメリカに協力的ではありませんでした。 欧州の主要国はその後、続々とイラクでの空爆やその後方支援には参加の意向を表明しましたが、シリアでの空爆にはやはり及び腰でした。アメリカはそこでアラブ諸国と協議し、サウジアラビア、カタール、UAE、バーレーン、ヨルダンの5カ国との有志連合という形で、2014年9月23日、シリア空爆を開始しました。 それ以降、有志連合はシリア北部と東部で、広い範囲にわたって空爆を続けています。イスラム国だけでなく、「ホラサン」という組織も標的とされています。ホラサンはアルカイダ系の組織で、主にアフガニスタンやパキスタン出身の過激派がシリアに入って作ったグループです(ちなみに、ホラサンはイスラム草創期の逸話に登場するイラン東部の地名)。 彼らの目的は、シリアに集まっている外国人義勇兵を中心に仲間を募り、対米テロ作戦を進めることです。これまでほとんど表だった活動をしていない組織ですが、アメリカ情報当局はアメリカへの潜在的脅威として、イスラム国とともに非常に重視しています。 ホラサンは、自らアルカイダに忠誠を誓っているヌスラ戦線と連携しています。そのため、ホラサンに近いとみられるヌスラ戦線の一部も、米軍は空爆の標的にしています。 アルカイダ系組織「ホラサン」、シリア空爆で一躍注目の的に http://www.afpbb.com/articles/-/3026845 アメリカの介入を恐れるアサド政権 米軍のシリア空爆に最も神経を尖らせているのは、他ならぬアサド政権です。ロシアが国連安保理をブロックしてくれているおかげで、アサド政権は国際社会の介入を回避しつつ、自国民の犠牲を無視して市街地を自由に空爆し、反政府軍との戦闘を進めることができているのですが、米軍が関与してくれば、そんな自分たちの戦術に大きく支障が出てくる可能性があるからです。 アメリカはあくまでイスラム国討伐に限定した空爆としていますが、アメリカはかねてからアサド政権の退陣を要求してきており、状況次第ではその攻撃対象がアサド政権まで拡大されてもおかしくはありません。少なくともアサド政権側はそれを最も警戒していますから、どんな形であれ米軍が出てくることは困るわけです。また、アサド政権としては、自分たちの主権の尊重は絶対に譲れないという名分もあります。 しかし、アサド政権にとっては、アメリカと軍事的に対立することが最も怖いことでもあるので、米軍の空爆が間近に迫ってきた時点で、自らの主導の下でアメリカと協調すること自体は容認する方針を示します。例えば2014年8月25日には、ワリード・ムアッツムリ外相が、対テロ戦での「国際社会との協力」を提案しましたが、その際、あくまでアサド政権による主権を侵害しないように事前の調整を求めています。 もっとも、アメリカ側はそれを拒否し、一貫して「アサド政権と協力するつもりはない」との姿勢を崩しませんでした。それに対し、9月11日には、シリアのアリ・ハイダル国務相(国民和解担当)が「シリア政府の同意がなければ、我が国への攻撃と見なす」と発言し、アメリカ側を牽制しています。 アサド政権は、実際に空爆が始まった当日の9月23日、「アメリカが事前に通告してきた」ことを強調し、自分たちの主権の尊重を条件に「テロとの戦いにおける、いかなる国際的な取り組みも支持する」との声明を発表しました。 翌24日には、ハイダル国務相も「米軍は事前に知らせてきた上、空爆でも民間人やシリア政府の軍施設は標的としなかった」ため、空爆は「正しい方向で行われている」と発言しています。つまり、形式上は主権を代表しているアサド政権自身が、主権侵害を声高に指摘していないのです。これは、この事態を「アサド政権とアメリカが一致協力している」と印象付けるアサド政権のイメージ戦略と言えるでしょう。 アサド政権としては、イスラム国が台頭してきたこの機会に、アメリカとの敵対関係を緩和できれば、それだけ政権の延命にプラスと判断しているのです。 国際社会は概ね空爆に肯定的 アサド政権の庇護者であるロシアも、対応には苦慮しています。 例えば、ロシア外務省は9月11日、「安保理決議がない場合、侵略と見なす」との声明を発表し、アメリカを牽制しましたが、同23日には「安保理決議がない場合か、もしくはシリア政府の同意がなければ認められない」と言い方を変えています。これはつまり「アサド政権の同意があれば、安保理決議がなくても容認する」ということで、アメリカへの牽制としてはトーンダウンしたことになります。 シリア空爆は国際法的には問題がありますが、それでも国際世論の動向は、アメリカに味方しているように見えます。イスラム国の蛮行はすでに国際メディアで詳細に報じられており、このまま放置はできないとの認識が広がっているからです。 9月24日、ニューヨークではオバマ大統領の主導で、イスラム国を排除するために結束を呼びかける国連安保理の首脳級会合が召集され、外国人戦闘員をイスラム国に送り込まないための措置を取ることを各国に義務付ける決議が採択されましたが、会合はほぼアメリカのペースで進みました。 アメリカの空爆に関しては、ロシア、中国、およびアサド政権の同盟国であるイランが批判的な立場にあるものの、国際法違反かもしれないアメリカの軍事行動に対する非難決議案が国連安保理に提出されるような動きは、一切ありませんでした。当のアサド政権が表立ったアメリカ批判を控えているため、外交の舞台では、米軍の空爆は国際社会に事実上容認されていると言えます。 さらに、人道的な観点からも、アメリカ批判がしにくいという事情もあります。形式上は国際法的にグレーな点があったとしても、狂信的な武装集団が跋扈し、人々が理不尽に殺害されているという現実を前に、明確な代案もなく反対はしづらいわけです。まさに人の生死がかかっている緊急事態では、反対のための反対は説得力を持たないということでしょう。
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