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安倍首相vs岡田代表が初の本格論戦 危機管理追及もブーメラン 「民主が言えるのか?」
http://www.sankei.com/politics/news/150219/plt1502190040-n1.html
民主党の岡田克也代表が19日の衆院予算委員会で質問に立ち、90分間にわたり安倍晋三首相に論戦を挑んだ。代表就任から18日で1カ月が経過した岡田氏にとって実質初の「党首討論」。危機管理のあり方をめぐって双方が挑発しあい、過熱した。(山本雄史)
岡田氏が最も力を入れたのは昨年12月の衆院選時の政府の危機管理だった。岡田氏は挑発的にこう指弾した。
「のんきに昼間、官邸を空けている。危機管理と選挙、どっちが大事なのか」
政府は日本人が殺害されたとされる人質事件に関し、昨年12月3日に後藤健二さんが何者かに拘束されたことを把握していた。この日は衆院選公示の翌日。岡田氏は首相と菅(すが)義偉(よしひで)官房長官が遊説で官邸不在だったことを問題視した。
岡田氏は「菅氏が官邸にいたら、もっと早く対応できたのではないか」と追及。テロなどに備え、首相か官房長官の一方が都内に残ることが慣習となっている点を挙げた。
もっとも12月3日には内閣法に基づき世耕弘成官房副長官が職務代行として都内に残り、不備があったとは言い難い。
首相は「民主党にとっては官房長官が選挙(応援)に回るのが嫌なのかもしれないが」と余裕でかわし、「官邸にいなければ対応できないわけではない。形式主義に陥ってはいけない」と反論した。
それでも岡田氏が繰り返し危機管理の「甘さ」を追及すると、首相は「民主党がそんなことを言えるのか」と言い放った。
岡田氏は24年12月の衆院選で、民主党政権の藤村修官房長官が地元・大阪に「1日しか入らなかった」と紹介。危機管理は万全だったと強調したかったようだ。
ただ、当時は北朝鮮が長距離弾道ミサイルの発射を予告していた緊迫した情勢。結局、当時の野田佳彦首相に任せて地元入りした藤村氏は「ミサイルをさっさと上げてくれるといい」と失言し、民主党政権の危機管理の希薄さを露呈してしまった。
民主党代表選の最中の22年9月7日には尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖で領海侵犯した中国漁船が海上保安庁の巡視船に故意に衝突する事件があったが、当時の菅直人首相は2日後、札幌市で街頭演説を強行している。岡田氏の批判は自らに降りかかる形となった。
危機管理の論戦と対照的だったのが格差問題だ。岡田氏が所得格差が広がっている現状を訴えると、首相は「分析していかなければならない」と一定の理解を示した。「経済成長の果実をいかに再分配していくかが政治には欠かせない」との岡田氏の指摘にも首相は「基本的に同意する」と答え、対決色は薄かった。
岡田氏には国会論戦が党支持率の上昇につながるとの持論がある。だが、フジテレビ「新報道2001」が毎週実施している世論調査では、民主党支持率は代表選期間中こそ13%台だったが、岡田氏の代表就任後は10〜12%に下降。世論の支持を得る道のりは長く険しい。
[産経ニュース 2015/2/19]
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