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世界を歪めて見る恐怖 魚住昭の誌上デモ「わき道をゆく」連載第113回
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41983
2015年02月15日(日) 魚住 昭 わき道をゆく〜魚住昭の誌上デモ 週刊現代 :現代ビジネス
忘れないうちに書いておきたい。NHKの番組「クローズアップ現代」のことだ。テーマは「ヘイトスピーチを問う」だった。
冒頭、東京・新大久保のコリアンタウンを日の丸を掲げて歩くデモの一団が映し出される。男の声がマイクを通して響く。「朝鮮人は全員死にさらせ!」「首を吊れぇ!」「焼身自殺しろっ!」
やがて場面は切り替わり、大阪のコリアンタウン・鶴橋。短いスカートをはいた女性がトランジスタメガホンで叫んでいる。「いつまでも調子に乗っとったら、鶴橋大虐殺を実行しますよーっ!」
この映像にショックを受けた方もおられるだろう。デモの参加者はどこにでもいる人々だ。たぶん彼らは職場では真面目な会社員だろう。私が知る範囲でもふだんの彼らは暴力性のかけらもない。
それが凶暴なレイシスト(人種差別主義者)に豹変して残忍非道な言葉を投げつける。なぜ彼らは在日コリアンをそこまで憎むのか。戦前の植民地支配に根差した差別意識からだろうか。テレビの画面を見ながら私は考えあぐねた。
そうだ。番組に出演していたフリーライターの加藤直樹さんに訊ねたらヒントが見つかるかもしれない。加藤さんは前に紹介した『九月、東京の路上で―1923年関東大震災 ジェノサイドの残響』(ころから刊)の著者である。
電話をかけると意外な答えが戻ってきた。
「日本社会の差別だけの問題じゃなく、日本人の世界観の歪みがひどくなっている。アジアに冠たる日本という自意識を捨てない限り、ヘイトスピーチを生む土壌はなくならないでしょう」
世界観の歪み? どういうことだろう。彼の話を理解するには「クローズアップ現代」に戻ったほうがよさそうだ。6年前、「在日特権を許さない市民の会」(在特会)などが京都朝鮮学校に押しかけ、罵詈雑言を浴びせる事件が起きた。事件後、学校は移転し、生徒らは今も大きな音に怯えるという。
その事件で有罪になった元団体幹部が登場する。彼は事件前、職を転々としながら、本やネットの情報で「在日」が得をしていると考えるようになったという。
テレビカメラの前で彼は〈不公平な取り扱いがなされている。不条理というか、何とも言えない感覚ですね。こういうのはちょっと許せないという気持ちです。率直に〉と述べた後、息を吸って〈不公平!〉と吐き捨てた。
薄ら寒いシーンだった。彼は今も「在日特権」の幻に取り憑かれている。格差社会で鬱積した不満が憎悪となり、まともな判断力を失ったのだろうか。が、ネトウヨは私たちの隣に普通にいる。彼らは特段不遇というわけではない。
ヘイト・デモの参加者30人以上から聞き取り調査した徳島大の樋口直人准教授によると、参加者の大半は一般企業のサラリーマンで、主婦や学生もいたという。
樋口准教授は番組の中で〈近隣諸国との関係で何かイライラした人、怒った人たちが調べていくうちに『あっ』と言って在日という敵を発見していく過程がある。ありえないような論理を使って排斥していくというのが、新たな特徴だと思います〉と語っていた。
これは二重の意味で重要な指摘だと思う。まず第一にレイシスト=経済弱者という図式がもはや成り立ちにくい。第二に韓国や中国との関係悪化という情報空間での出来事(個人の日常生活には直結しない)が新たな在特会系勢力を生み出しているということだ。
樋口准教授の分析は、今の日本を覆う「嫌韓・嫌中」感情の正体を知るうえでも参考になる。ネトウヨだけでなく、多くの人たちが「近隣諸国との関係」でイライラしたり、怒ったりしている。それは一体なぜか。加藤さんの話を聞いてもらいたい。
「1980年代の日本は『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と言われていました。'88年ソウル五輪でソウルの街がテレビに映ると『20年前の日本のよう』と言われた。韓国の学生運動も『20年前の日本みたいだ』と。これってすごい表現ですよね。まるで日本も韓国も乗っている単線の時間軸があって、韓国は日本に遅れてついてくるのが当たり前という思い込みが日本人にはあった」
だが、現実は違う。韓国は別の状況を生きる国だった。当時の韓国の学生運動も軍事政権に対する民主化闘争で、全共闘運動とは質が異なる。日本人は旧植民地・韓国を対等な「他者」と認められず、20年遅れの日本という、「他者性」のない世界観でしか見られなかった。加藤さんがつづける。
「ところが20年たち、韓国は日本にはならなかった。違う政治や文化を持った先進国となった。日本はアジアで唯一の先進国ではなくなり、経済規模では中国に追い越され、日本こそがアジアを導く国だという明治以来の自意識を否定されてしまったんです」
近代100年で日本が初めて経験する事態である。かつては見下していた近隣諸国にきちんと他者として向き合うことを求められる。現実の経済活動も中国や韓国などを抜きにして成り立たない。そのうえこれらの国は日本の近代が野蛮だったと言ってくる。
「時が昔に戻ってほしい。そして安心したいというのが嫌韓・嫌中感情の下に隠れた欲望なのではないでしょうか。だからこそ安倍首相の掲げるスローガンが『日本を取り戻す』なんです。でも現実と欲望のギャップが大きいので日本人の世界観はますますひどく歪んでいく」と加藤さんは言った。
彼の言葉は私の急所を衝いた。私も韓国の「他者性」を意識していない日本人の一人だった。
だからこそ前々回書いたように、日本にこれだけ「嫌韓本」があふれているから韓国の書店にも同じように「反日」本が並んでいると思い込んでいたのだろう。
しかし、加藤さんのおかげで今の日本の空気の正体が少し見えてきた。ヘイトスピーチに走る人たちの思考回路を理解する手掛かりもつかめたような気がする。
「クローズアップ現代」はヘイトスピーチの歴史的背景も探っていた。600万のユダヤ人を虐殺したとされるナチスのホロコーストも「ユダヤ人は寄生虫」といったヘイトスピーチから始まった。
いまのギリシャでは移民排斥運動が集団暴行にエスカレートしていて、それを批判した人気歌手が殺された。フランスでは迫害を恐れるユダヤ人のイスラエルへの出国が相次いでいるという。
私たちの未来はどうなるだろう。出版社の幹部が「今の日本にはヘイト本を買い漁る人が10万人いて、その人たちが出版界の動向を左右している」と言っていた。
出版不況下で10万部の持つ意味は大きい。ヘイト本の記述はネットで拡散され、嘘や幻が情報空間を覆い、ヘイトスピーチの輪が広がっていく。そんな悪循環を食い止めることができるだろうか。
参考:週刊金曜日2014年8月29日号、NHK「クローズアップ現代」2015年1月13日放送
『週刊現代』2015年2月14日号より
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