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「日本は没落するかもしれない」と野口氏/(C)日刊ゲンダイ
野口悠紀雄氏がアベノミクスを批判 「異次元緩和は脱法行為」
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/157035
2015年2月9日 日刊ゲンダイ
「アベノミクスの成功を確かなものにすることが最大の課題」――。昨年末の衆院選後も、安倍首相は引き続き「デフレからの脱却」を最優先に掲げた。だが、アベノミクスによって輸入物価は急上昇し、中小企業の「円安倒産」が相次いでいる。多くの国民に「成功」の実感はない。安倍首相の力説する「この道しかない」の先にどんな事態が待ち受けているのか。日銀の異次元緩和を「金融政策の死」と切り捨てる野口悠紀雄・早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問は、「日本は没落するかもしれない」と警告した。
■安倍政権の「この道」とは国家統制の“戦後レジーム”経済
――日銀の黒田総裁が先月の政策決定会合後の会見で、「物価上昇2%」の目標達成時期が16年度にずれ込む可能性を認めました。あらためてアベノミクスをどう見ていますか。
アベノミクスの中心目標は「2%の物価上昇(インフレ)」ですが、この目標自体が間違っていると思います。今、原油価格が下がり続け、一時期に比べて半値ほどになりました。本来、原油価格の下落は、日本企業にとっても国民にも大変望ましいことです。しかし、それではインフレ目標が達成できないため、日銀は追加の金融緩和策を打ち出し、輸入物価を上げようと円安投機をあおりました。つまり、2%上昇を達成するために原油効果を打ち消そうとしている。国民が望ましくないと思っても、苦しくなっても構わない、という考え方で、いかにもおかしい。「デフレ脱却が日本経済に望ましい」という考えは、基本的に間違っているのです。間違っている目標だから、15年4月に達成しようが、16年度にずれ込もうが、どちらでもよいことです。ただ、最初に設定した目標がなぜ実現できなかったかについての納得いく説明は必要でしょう。
――円安はなぜ好ましくないのでしょうか。
円安というのは、分かりやすくいえば、ドルベースで見て、日本人の労働者の賃金が切り下がったということです。ここ数年間で2〜3割も切り下がった。つまり、円安は日本の労働者を貧しくするということなのです。だから、大企業の利益が増えたのですね。現在の1ドル=120円というのは「名目レート」で見れば07年と同じですが、「実質レート」で見ると、当時より3割ほど円安です。「実質レート」が最も高かった95年と比べると、今は半分ほどです。それだけ日本人が貧しくなっているのです。
――しかし、安倍政権は「この道しかない」と突き進む考えです。
「この道しかない」というのは、英国のサッチャー首相の言葉「There is no alternative.(TINA)」ですが、意味するところは安倍首相と正反対です。サッチャーが言ったのは「市場における自由競争しか方法がない」という意味で、「新自由主義」を擁護する内容です。しかし、安倍政権は民間企業の賃金決定に介入し、企業に内部留保を使えと言う。国が民間経済活動を指導すると言っているわけで、保守主義や新自由主義とは正反対です。
――それでは安倍政権の「この道」とは何だと思いますか。
経済面でいえば、「戦後レジーム」への復帰。国が民間経済に介入することです。私は、戦後の日本は「戦時レジーム」で発展したと考えています。岸信介元首相(安倍首相の祖父)がつくり上げた仕組みで、戦前の日本にあった自由主義的な経済を否定し、当時のソ連やドイツのように国家社会主義的な考え方を進めようとした。金融は国家統制的になりました。その仕組みが戦後続き、日本の高度成長を実現したのです。安倍首相がやろうとしていることも同じです。金融緩和策にもそれが現れています。政府の目的に従えと中央銀行に言っているわけで、中央銀行の独立を否定している。ここでも、保守主義と正反対です。
■国債の「マイナス金利」のツケは国民が税金で負担
野口氏は行き着く先の「日本売り」を危惧/(C)日刊ゲンダイ
――安倍首相は「強い経済を取り戻す」として、法人税減税などを進めようとしています。
安倍政権が目指しているのは、高度成長期の中心であった「製造業」の復活です。そのために法人税減税が必要と言っているわけですが、私は現在の世界環境や技術条件の中では、製造業は復活し得ないと考えています。そもそも、日本の製造業が衰退したのは、世界の経済構造が大きく変化したからで、その状況に日本が対応できていない。例えば、世界で最も強い経済力を持つ米国をリードしている会社に「グーグル」と「アップル」があります。「グーグル」は広告業ですが、検索エンジンという技術を持つ。製造業とサービス業の中間です。「アップル」は製造業ですが、自前の工場を持たず、部品を作っているのは世界各地のメーカー。こちらも製造業とサービス業の中間です。こういう新しい産業が米国経済をリードしているのであって、従来の製造業が復活しているわけではありません。安倍政権の成長戦略は、従来型の製造業を復活させ、戦後の高度成長を再現しようとしている。こういう「アナクロニズム」の考え方では、製造業の復活は不可能です。
――それでも日銀は、異次元緩和でアベノミクスを支える姿勢を変えていません。
今、国債市場で「マイナス金利」という異常事態が起きています。例えば額面100万円の国債があったとします。普通はこれを99万円で売り出し、償還されれば金利は1%ということです。ところが、今の状況は銀行が額面100万円の国債を101万円で買っているようなもの。つまり1%の損です。大ざっぱに言うと、これが「マイナス金利」の意味です。それなのに銀行はなぜ国債を買っているのか。仮に101万円で買っても日銀が102万円で買い取ってくれるからです。要するに、損するのは日銀で、「マイナス金利」を別の言い方にすれば「日銀が損失覚悟で国債を買い取っている」ことにほかなりません。日銀の利益は、国庫納付金という形で国に納められる。いわば税金です。損失が発生すれば、その分だけ日銀の納付金(税金)が減り、国民負担が増す。これは大変なことです。
――しかし、日銀は追加緩和しました。
異次元緩和によって、銀行は政府から買った国債を右から左に日銀に売ってもよい、ということになりました。そして国債は日銀の「当座預金」という形でどんどん積まれています。「当座預金」というのは要求払い預金ですから、銀行が「返してください」と言ったら当然、返さなくてはならない。その時、日銀がどうするのかといえば、日銀券を刷ればいい。これができるのは中央銀行だけです。ということは、今は「当座預金」が増えているだけですが、いずれ日銀券というマネーが増える。マネーが増えるということは結局、インフレをもたらすのです。
――異次元緩和以降、100兆円近い国債が「当座預金」に変わっていますね。
日銀の国債引き受けは、財政法第5条で明確に禁止されています。国債が日銀券という「マネー」になり、政府は債務償還の義務から逃れられるからです。債務が「チャラ」になってしまいます。だから「日銀引き受け」は法律で明確に禁止されているのです。今までは、そのルールは守られていたのですが、日銀が今、やっていることは、事実上の「日銀引き受け」です。異次元緩和によって“脱法行為”をしているのです。これは「国債の貨幣化」または「財政ファイナンス」といわれているものです。
――「脱法行為」で日銀が国債を買い続けると、どうなるのでしょうか。
インフレになり、国債の実質的価値が下がります。行き着く先は「日本売り」で、とめどない円安になることが危惧されます。「日本売り」で日本が没落するかもしれません。円で資産を持っていることがリスクになるということです。早く「ドルに替えた方がよい」と言っているようなもので、「日本売り」が、どんどん進む。1ドル=1万円という、とてつもない円安になり、海外旅行など、夢のまた夢。一生働いても、ニューヨークのホテルに1泊もできない時代が訪れるかもしれません。
▽のぐち・ゆきお 1940年、東京生まれ。東大工学部卒。大蔵省入省、エール大Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大、東大教授、スタンフォード大客員教授、早大大学院ファイナンス研究科教授などを経て、2011年4月から現職。主な著書に「期待バブル崩壊」「金融政策の死」など多数。
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