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イスラム国を「敵」とするのか 分水嶺に立つ日本外交
http://diamond.jp/articles/-/65867
2015年1月29日 山田厚史 [デモクラTV代表・元朝日新聞編集委員] ダイヤモンド・オンライン
オバマ大統領は国の方針を示す一般教書演説で「イスラム国を壊滅させるため、国際社会で主導的な役割を果たす」との決意を述べた。アメリカはイスラム国を「敵」として位置付ける。では日本はどうなのか。イスラム国を敵とするのか。これまで国際社会に敵を作らない国、それが日本だった。
安倍首相の積極的平和主義は世界を敵と味方に分ける発想だ。日本外交はいま分水嶺に立っている。
■同じ価値観という大義の危うさ
「日本の首相よ、お前はイスラム国から8500キロも離れているのに、自発的に十字軍に参加した。女性や子どもを殺し、イスラム教徒の家を破壊するために、日本は1億ドルを得意げに差し出した」
人質を前に黒装束の男が発したメッセージだ。罪もない人質を殺す残酷非道なやり方は言語道断だが、日本という国が彼らからどう見られていのか、この言葉でよく分かる。
「十字軍」は日本ではカッコいいイメージがある。犠牲的精神を秘め、聖地奪還に赴く騎士団という崇高さが漂う。ハリウッド映画の影響かもしれないが、イスラムの人たちにとっては、遠くからやって来て人を殺し、家を焼いた侵略者だ。
イラク・シリアで空爆を続ける有志連合はさしずめ現代の十字軍と彼らの目には映るだろう。キリスト教もイスラム教も、一神教であるが故に「異教徒は殺してもよい」と曲解されかねない一面もある。その理解に立てば、シロ・クロをはっきり分けがちだ。
日本の国柄は、ちょっと違うように思う。敵味方を峻別しない。異教徒は殺せ、という精神風土でもない。少なくとも戦後の日本は国際社会に「殲滅すべき敵」はいなかった。
安倍首相の積極的平和外交は、地球儀俯瞰外交とか価値観外交ともいわれる。地球を眺め、同じ価値観の国と一緒になって、世界の秩序作りに積極的に参加する、ということだろう。キーワードは、共通価値観・秩序作り・積極参加である。
共通の価値観は、法の支配、人権の尊重、民主主義、市場経済など。西欧のキリスト教文化を下地にした生まれた近代の価値観である。だがこの価値観が一方では帝国主義・植民地主義を生んだ。先進国の都合で勝手に敷かれた国境線でイスラム社会は分断された。
■積極的平和主義の裏に潜む「軍事活動」
世界には別の価値観もある。その折り合いをどうつけるか、そこが秩序作りのポイントになるはずだ。
秩序作りの中心にいるのがアメリカである。この国を除いて世界の秩序は語れないが、かなり風変わりな国である。欧州で迫害された新教徒が移り住んだ地で、先住民族と戦いながら生活圏を広げてきた人たちが作った国だ。確固たる価値観を持つが、他国にも押し付ける。そして国際紛争を武力で解決することをいとわない。
無法や非道を見つけると、よその国でも踏み込み「世界の保安官」といわれるが、逆の立場から見れば侵略である。侵略者とされないのは、掲げる価値観を多くの国に認めさせる外交力があるからだ。
日本は国際紛争の解決を武力に訴えない、と憲法に定める稀有な国だ。アメリカ式の紛争解決にはなじまない。民主主義や市場経済で一致しても「国際紛争を武力で解決する」という考えは日本と相容れない。「共通の価値観」と一括りにするのは無理がある。
積極的平和主義の危うさは、積極的という言葉の裏に「軍事活動」が刷り込まれていることだ。平和外交は、これまでも日本の基軸だった。安倍首相はこれまでの日本を「消極的平和外交」と見ているのだろう。憲法が妨げになっているなら、憲法を変えよう、という考えだ。
集団的自衛権はその一歩である。憲法解釈を変えて閣議決定で決めたのは、憲法を空洞化し、改正へ向けた既成事実作りだろう。
■それは「誤解」だと言えるか
26日から始まった国会には、集団的自衛権の行使容認に沿った安全保障法制の改正案が提出される。自衛隊の海外派兵を簡便にできるようにするなど、軍事貢献を伴った外交へと着々と進んでいる。
援助にも軍事の色が滲む。安倍政権が定めた「開発協力大綱」は、これまでのODA大綱が封印していた軍事援助に道を開いた。戦車や戦闘機など戦闘に直接つながる機材や物資は援助できないが、災害活動や沿岸警備、軍人の留学資金などなら援助の対象にできるようルールを変えた。軍事転用される可能性は否定できない。抜け穴を作ってかいくぐる憲法の空洞化は、援助でも進んでいる。
イスラム国が指弾したのも援助だった。人道支援だと政府は言っても、カネに色はついていない。イスラム国と戦う国に2億ドル出す、といえば軍事支援と同じに見られるだろう。
日本政府はイスラム国を攻撃する有志連合には加わっていない。日本の国民もイスラム国を困りものと思ってはいても「敵」とは見ていない。そこはアメリカと違う。
だがイスラム国は日本を「敵」とみなし始めている。すくなくとも「敵の仲間」と見ている。それは違う、誤解だ、と日本はいえるだろうか。
■なぜイスラム国から「敵視」されるのか
日本のイスラム団体「イスラミックセンター」は、日本とイスラムは良好な関係にあることを次の5点にまとめ世界に発信した。
(1)イスラエルと闘うパレスチナに理解がある
(2)パレスチナに対する最大の援助国
(3)イスラム教徒が日本で平穏に暮らせる
(4)宗教活動に政府は干渉しない
(5)イスラム国を含め、いかなる国に対しても宣戦布告をしない唯一の国
大多数のイスラム教徒は穏健で平和を愛している。欧米で冷ややかな視線を受ける彼らにとって日本は居心地のいい社会だろう。日本人もまたイスラム教徒を受け入れている。日本は中東で手を汚していない。イスラム教徒と戦ったことはない。人々は平穏な関係にありながら、イスラム国から「敵視」を受けるのは日本の外交が変わってきたからだ。
発端はイラク戦争への加担だった。2003年3月、国際社会の支持がないままイラク攻撃に踏み切ろうとした米国を、真っ先に支持表明したのは時の小泉首相だった。陸上自衛隊はイラクのサマワに入り給水、航空自衛隊は兵員の空輸、海上自衛隊はインド洋で艦船への給油(こちらのきかっけはアフガン戦争)で協力した。陸海空挙げての後方支援に取り組んだ。攻撃の口実とされた大量破壊兵器は存在せず、武力行使の大義名分は失われたがイラクの政権は倒され、フセイン大統領は処刑された。
日本はアメリカの戦争に加担した。憲法の制約があって戦闘には加われないが、アメリカの後ろにいてカネと役務で協力する国と見られるようになった。
アメリカはイスラム国を殲滅すると宣言した。有志連合を束ねて2000回を超える空爆をしている。ピンポイントのミサイル攻撃で指導者を殺害している。「テロとの戦い」の戦場となったイスラム国の支配地で、非戦闘員も含め多くの命が失われている。人質をとって殺害するのは残虐極まりない。だが空爆やミサイル攻撃でもっと大規模に命が消されている。
原油施設を破壊され、輸送ルートも断たれたイスラム国は、原油価格の低下も重なり兵士を養うことが苦しくなっている、とも言われる。アメリカはイラク北部のクルド族をけしかけて攻撃させているが、決定的な勝利には米軍の地上部隊を投入することが欠かせないといわれる。
■日本はルビコン川を渡るのか
有志連合が地上戦に踏み切る時、日本はどうするのか。アメリカは協力を求めるだろう。だが行使容認された集団自衛権でも中東への戦闘部隊の派遣は難しい。浮上するのはイラク攻撃と同様、後方支援ではないか。
正面から戦えないイスラム国勢力は、手薄なところを狙うゲリラや民衆に紛れた自爆テロで対抗するしかない。後方支援は危ない。
戦争が終わって70年。この間、日本は戦地で誰も殺さず、一人の犠牲者も出さなかった。だがイスラム国との戦いに参加すれば、この大記録に終止符が打たれることになるかもしれない。戦場で血が流れた時、世論はどう動くのか。
イスラム国の人質になっていた湯川遙菜さんは殺害された可能性が高い。過激派イスラム国の残虐性への怒りが高まっている。この原稿がアップされるころには後藤健二さんの運命は決まっているかもしれない。人質殺害は「日本にとっての9・11」という見方もある。
同時多発テロの一撃でアメリカの世論は激高し、一気に戦争へなだれ込んだ。フランスでは「シャルリー・エブドの惨事」がテロとの戦争へと政権を走らせた。目の前に血を見ると人々は冷静でいられない。
日本の平和外交は、いま分水嶺にある。国際紛争を武力で解決する国になるのか。敵を作り戦いに参加するか。
安倍政権は、アメリカと共に戦う国になることで、世界秩序の維持・形成に貢献したいと思っているようだ。そのために血を流すこともいとわない国になることが、国際社会でしかるべき地位につける、と考えているようだ。それが「普通の国」であると。
アメリカやNATO参加国はそうした考えだろう。日本は異質であってはいけないのか。
文明の衝突がいわれる。G20の時代ともいわれる。20世紀を牽引した欧米の先進国の価値だけで世界が動く時代ではなくなっている。日本の立ち位置が問われている。多くの国民は、イスラム社会と仲良くしたい、と思っている。イスラム過激派を敵に回したくない、とも考えている。
アメリカは一緒に戦おうと誘うだろう。いままでそうだった。平和憲法があって、と言い訳しながら、日本は従う一方で武力行使は回避してきた。これからも従うのか。安倍首相は自らの意思で協力するかもしれない。
それはルビコン川を渡ることだ。日本も「国際紛争を武力で解決する国」の仲間に入ることになる。「敵」は殲滅するしかないのか。世界はシロかクロかで分けられない。その間をゆく国のかじ取りはないのだろうか。
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