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安倍首相は中東歴訪の中でイスラエルを訪問、1月19日にネタニヤフ・イスラエル首相と国旗の前で共同会見(写真:REX FEATURES/アフロ)
安倍外交が「イスラム国」のテロを誘発した 孫崎享・元駐イラン大使に聞く
http://toyokeizai.net/articles/-/59008
2015年01月27日 東洋経済
1月20日、「イスラム国」が拘束した日本人二人の殺害を予告、身代金を要求する事件が起き、日本国民に衝撃を与えた。また、1月24日から25日にかけて、人質のうちの一人、湯川遥菜さんが殺害されたとの情報が伝えられる事態に至った。日本政府は直接の交渉のパイプがなく、厳しい状況に置かれている。
「イスラム国」に標的にされたことの意味や、今後、日本にとって懸念されるリスクについて、孫崎享・元駐イラン大使に話を聞いた。
■安倍首相の中東での発言や行動が事件を誘発
――「イスラム国」が日本に矛先を向けてきた背景をどう見ますか。
安倍晋三首相は中東歴訪の中、1月17日、エジプトで「イスラム国」対策のため、としてイラクやレバノンに2億ドルを支援することを表明した。2億ドルには難民支援、人道支援という名目が付けられている。しかし、安倍首相は「「イスラム国」の脅威を食い止めるため」、「イスラム国と闘う周辺各国に」としており、利敵行為とみなされる。人道支援や、後方支援といった名目に日本人は惑わされやすい。
戦闘行為、敵対行為の主な部分は、後方支援なのだ。たとえば、アフガニスタンでイスラム原理主義組織タリバンに対する戦闘を担ったのがNATO(北大西洋条約機構)だが、当初はアフガニスタンの経済復興を支援する、との目的を掲げて軍を派遣した。だが、タリバンからみれば、NATOの行動は敵対行為、戦闘行為そのものである。当然、NATO軍の進出に武力で攻撃し、NATO軍も反撃する。こうした戦闘の連鎖により、当初の経済復興支援という看板とは異なり、2014年に終了するまで長期にわたる大規模なアフガニスタン派兵となった。
また、安倍首相は今回、イスラエルを訪問して、イスラエルと日本の両方の国旗の前で、ネタニヤフ・イスラエル首相と両国が連携を強化することを表明した。これまでもイスラエルとの対話はあったが、このような形式をとることはなかった。イスラエルとはサイバーテロや無人機など安全保障関連分野での提携を深めようとしている。イスラム社会の反発は当然、予想されることであり、安倍首相は配慮が足りない。
「イスラム国」の立場からみれば、イスラエルを含む中東諸国を訪問して、公然と「イスラム国」に敵対する示威行動をしたに等しい。「イスラム国」は今回の安倍首相のカイロでの発言を、宣戦布告と見なし、湯川遥菜さん殺害につながってしまった。安倍首相の中東歴訪と2億ドルの人道支援声明が、残念な結果をもたらしたことになる。
安倍首相の発言はタイミングも最悪であった。西洋社会とイスラム社会との対立感情はここ数年でかつてなく、高まっている。とくに、今年1月、パリで起きたイスラム過激派による風刺新聞社「シャルリ・エブド」襲撃事件に対し、フランスのオランド大統領が先頭に立って組織したパリ大行進は、「西洋世界対イスラム世界」の戦いを世界に印象づけた。さらに、フランスはシリア沖に空母を派遣し、「イスラム国」との対決を鮮明にしていた。
「シャルリ・エブド」紙が掲載した預言者ムハンマドへの風刺画は、多くの識者が指摘しているように、イスラム教やイスラム世界への風刺といったものではなく、誹謗、中傷のレベル。フランス政府も国民もこれを止めようとはせず、さらに表現をエスカレートさせている。言論、表現の自由にも一定の節度があるはずだ。
それぞれの側で過激な行動に走る人々は少数派だが、イスラム世界は、西洋社会の挑発と迫害が強まったと感じている。
■イスラムとの友好という貴重な財産を失う恐れ
――イスラム社会の日本への見方が変わってくるのでしょうか。
1973年の第1次石油危機後、日本はアラブ・イスラム諸国と良好な関係を築いてきた。アラブ・イスラム諸国も、日本に対して友好的な感情を抱いてきた。アラブ・イスラム諸国との友好的な関係という貴重な財産が、安倍首相の前のめりの外交政策により、毀損されるのではないかと強く危惧する。
わたしが外務省に在職していた1980年代に、イスラエルに赴任する大使に向かって、幹部が「現地であまり仕事をするな」と言ったのを覚えている。日本がイスラエル寄りの国であると思われることにはリスクがあったからだ。そういう感覚は安倍首相にはまったくないようだ。
1979年11月にイランの米国大使館占拠事件があった。その後、そこは、年に1度一般に開放されるが、展示の第1室が「広島・長崎への原爆投下」であり、「日本こそは米国の最初の犠牲者である」とされている。イスラム過激派の心情においても、日本は敵ではない、とされていた。
国際社会から承認された「国家」ではないとはいえ、「イスラム国」が日本を西洋世界によるイスラム世界包囲網に与する「敵」と見なしたことの意味は大きい。イスラム教やイスラム世界を「テロリズム」と結びつける言説が、世界の大衆の間で広がっている。日本でも今回の湯川さん殺害事件でそうした印象が強まってしまうだろう。
しかし、イスラム教やイスラム世界を暴力的だと見なす風潮は、欧米メディアの宣伝の結果だ。本来のイスラム教は預言者のムハンマドの出自から明らかなように商人の宗教であり、平和を愛する教義である。西欧列強が介入する前のイスラム社会は、ほかの宗教を信じる人々と共存していた。自らは攻撃しない。しかし、イスラム教は攻撃されたり、迫害されたりした場合には、抵抗し、抗戦する権利を認めている。
■「米国が東アジアで守ってくれる」というのは幻想
――安倍首相は昨年、集団的自衛権の行使を可能にする憲法解釈を閣議決定し、今年中に、行使を可能にする法改正を行います。
安倍政権の前のめりの外交政策には、2つの要因があると考える。
第1には、米国の要望に従い、集団的自衛権の行使などを進めて、日米同盟を深めないと、東アジアの危機に際して米国の支援が得られにくいと危惧しているのだろう。東アジア危機とは尖閣問題や北朝鮮有事が念頭にある。しかし、東アジアで米国が何かをしてくれるという期待は幻想に過ぎない。中東などで日本が後方支援をすれば、日本を東アジアの有事から守ってくれるわけではない。
米国のラムズフェルド元国防長官は、「今後の米国の外交政策は案件ごとの組み合わせで決まる」という趣旨の発言をしている。発言の裏を読むと、「米国は必ず(中国から)日本を守るわけではない」になる。これが本音である。
第2に、安倍首相はすべての政策においてそうであるが、ある案件、事象について、自分の立場を決めたら、その路線を突き進む。それに伴うリスクを考慮せず、またその立場と違った意見や助言をまったく好まない。例えば、中曽根康弘元首相は、後藤田正晴のような人を官房長官に据えて、違った意見を聞こうとした。安倍首相はそのようなスタイルではない。安倍首相の周囲やブレーンには、安倍首相と考えを同じくする人々しかおらず、苦言を呈したり、忠告をしたりする人がほとんどいない。
■集団的自衛権行使に進むとどうなるか
米国の中東政策は米ソ冷戦構造の崩壊以降、歪んでいる。その理由は2つある。第1に軍産複合体の要請であり、第2にイスラエルの存在だ。
1980年代末〜90年代にかけては、軍需から民需へ転換する必要があったが、ペンタゴンは軍事力を維持したい。そこで、敵としてイラン、イラク、北朝鮮と言った不安定な国々を想定した。だが、これらの国が自ら米国を攻撃するわけはないから、こうした国々の体制を変えるべきだという主張を持って、「中東民主化」という名目で積極介入していった。
現状でも、国防費は削減する方向にあるが、イラク、アフガニスタン戦費は別枠ということになっていた。しかし、オバマ大統領はアフガニスタン、イラクからの撤退を進め、昨年は軍需産業でも人員整理が行われていた。そこへ、「イスラム国」が台頭してきたことで、軍需産業の株価は暴騰している。
今後、集団的自衛権行使の法整備が進み、日本が後方支援という名目で、中東地域に自衛隊を派遣する方向にある。するとどういうことが予想されるのか。今回の事件は教訓になっている。アラブ・イスラム世界と長年かけて築いた良好な関係や、信頼は毀損されていき、日本人が「テロ」の対象になることが懸念される。今回のイスラム国の人質殺害事件がその嚆矢であってほしくない。
まごさき・うける●1943年旧満洲国鞍山生まれ。東京大学法学部中退、外務省入省。英・米・ソ連・イラク・カナダ駐在、駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を歴任。防衛大学校教授(公共政策学科長、人文社会学群長)を経て、2009年に定年退官。著書に『戦後史の正体』、『日本の国境問題』(ちくま新書)、『戦後史の正体』(創元社)、『これから日本はどうなるか――米国衰退と日本』(ちくま新書)『小説外務省-尖閣問題の正体』(現代書館)など著作多数。(撮影:今井康一)
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