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「薄っぺらで反知性的なタカ派が増殖している」/(C)日刊ゲンダイ
注目の人 直撃インタビュー 青木理氏「朝日バッシングは変質社会で起きた歴史的事件だ」
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/156642
2015年1月26日 日刊ゲンダイ
昨夏来の朝日新聞をめぐるバッシング報道は、異常と言っていい。従軍慰安婦など誤報についての朝日側の対処に問題があるとしても、週刊誌やネットに「国賊」「売国」という言葉が飛び交い、記事を書いた記者が個人攻撃までされた。「抵抗の拠点から 朝日新聞『慰安婦報道』の核心」(講談社)を緊急出版した反骨ジャーナリストの青木理氏は、この問題を歴史修正主義がうごめく中での「歴史的事件」だと憂えていた。
――先日、朝日新聞が「信頼回復と再生のための行動計画」をまとめました。朝日としてはこれでひとつの区切りということでしょうが、どうご覧になりましたか。
一刀両断にはしにくいけれど、率直に言ってしまえば、くだらない話だよね。
――くだらない?
今回の「朝日バッシング」の原因を考えれば、確かに朝日側のミステークがあった。吉田証言の記事を長年放っておいたミス。その記事を取り消したのに謝罪しなかったミス。バッシングに対処する過程でも池上コラムの掲載見送りなどの致命的ミスがあった。だから朝日に責任がないとは言わないけれど、そもそもこの騒動は朝日を叩きたい連中が仕掛け、じわじわと強まった圧力に朝日が屈してしまった色彩が濃い。その“総括”として朝日がいくら「行動計画」なるものを作ったって大した意味はない。朝日の人たちにしてみれば、「何とかこれで許してください」ということなんだろうけれど。
――一連の朝日バッシングを「歴史的な事件」とおっしゃっています。
なぜこの時期に朝日がこれだけ叩かれたかといえば、まずは安倍政権の存在でしょう。現首相は朝日を露骨に敵視してきた。きっかけのひとつは、たとえばNHK問題(編集部注=NHKが放送した慰安婦問題に関する番組で、安倍らが事前に政治的圧力をかけたと朝日が報道、朝日VS安倍・NHKのバトルになった)。失敗に終わった第1次政権期、朝日に激しく批判された恨みもあるだろうし、根本的には、戦後民主主義的な価値への憎悪もある。この本の取材で朝日の若宮啓文・元主筆も言ってたけれど、彼は政界のサラブレッドでありながら、妙なコンプレックスみたいなものがある。つまり東大とかリベラル、あるいは進歩的知識人や文化人が大嫌い。その牙城のような朝日にガツンと言わしてやりたいとの思惑があった。
――安倍VS朝日の延長線上で、ここまでバッシングが拡大したということでしょうか。歴史修正主義の広がりという点ではどうでしょう。
現政権の背後にはもちろん、歴史修正主義のうごめきが横たわってます。かつての戦争にはいろんな見方があるんだろうけれど、基本的には悪いことをしたという反省の下、迷惑をかけた隣国に申し訳ないと思い、二度と海外で武力行使しないというのが戦後70年の歩みだった。かつての自民党だってそういう立場が主流だったのに、過去はもう忘れたいという連中が増えた。保守的というより、薄っぺらで反知性的なタカ派みたいな連中が増殖し、その極北が現首相です。しかも冷戦体制が崩壊し、いわゆる55年体制が過去のものとなる中で政治的なリベラル陣営はほぼ壊滅し、労働組合だって息も絶え絶え。そういう状況下、戦後民主主義的な価値をいまも表象している代表格が朝日だとみなされ、誤報というミスに乗じて一斉に攻撃が襲いかかった。逆にいえば僕は、そうした圧力に耐え切れなくなった朝日が慰安婦問題の一部記事取り消しに追い込まれたという方が正確だと思っているけれど、いずれにせよ、日本社会が戦後70年経って歪んだ変質を遂げつつある中で起きた歴史的事件だと考えています。
▽あおき・おさむ 1966年、長野県生まれ。慶大文卒。共同通信社で社会部、ソウル特派員。06年からフリー。主な著書に「日本の公安警察」「トラオ」「誘蛾灯」「青木理の抵抗の視線」などがある。
青木理氏「吉田調書問題は戦後ジャーナリズム史に残る敗北」
「メディア人共通の常識がなくなった」/(C)日刊ゲンダイ
――それにしても、「売国」とか「日本をおとしめている」など、言葉の使われ方が異常です。それもメディアがメディアに対してそうした言葉を使っている。
メディアの報道は、権力の監視を大きな役目とする以上、常に“国益”を損ねうる。しかし、政治の不正だろうが社会の問題点だろうが、あるいは自国の恥部だろうが、メディアがそれを果敢に暴くことで問題が顕在化し、改善に向けた議論が活性化し、将来的には“国民益”とか“市民益”につながっていく。これがメディアの仕事です。こんなこと、保守も進歩もリベラルも関係なく、メディア人共通の常識だったはずですが、そのタガが完全にハズレてしまった。
――メディア自身に病巣があるという見方もできますね。
メディアに誤報はつきものであり、それに気づいたら速やかに訂正するのは大原則ですが、もっと悪質な誤報に頬かぶりしているケースなんて山のようにある。例えばイラク戦争。当時のブッシュ政権は「大量破壊兵器の脅威」をあおって侵略戦を繰り広げたけれど、そんなものはなかった。つまりブッシュ政権の言い分を垂れ流した報道はすべて誤報です。いくつかの欧米メディアは後に検証したけれど、日本の新聞は知らんぷり。数々発覚する冤罪事件だって、捜査当局の情報を垂れ流した記事は誤報だらけですが、きちんと検証したり訂正したなんて話、ほとんど聞かない。それは僕だって例外じゃないし、この仕事をしていたらみんな似たようなものなのに、素知らぬ顔で朝日の誤報をことさら叩く。異常です。当たり前だと思っていたことが当たり前じゃなくなっている。異常が常態化している。
――一連の朝日バッシングで、結局、高笑いしているのは安倍首相ではないでしょうか。目に見えるような形で自らの手を直接下したわけでもなく、朝日が批判にさらされ、自滅した。福島原発事故をめぐる吉田調書の問題でもそうです。
去年のメディア報道の中で、朝日の吉田調書すっぱ抜きは間違いなく最大の特ダネでしょう。なぜ「所長命令に違反 原発撤退」という部分に焦点を当てたのかは僕も疑問に感じるけれど、政府が隠す調書を公にしたこと自体、ピカイチのスクープだった。なのに朝日はその記事を取り消してしまった。修正や訂正なら分かるけれど、取り消しという虚報扱いしてしまったのは、メディアとジャーナリズムの将来に禍根を残します。
――吉田調書は、いったん原発事故が起きたら、指揮命令系統が利かず、メチャクチャになってしまうという現実をまざまざと見せつけました。あのスクープは、今後の原発再稼働をストップさせるほどの重要証言だったはずですが、そうならなかった。
5月20日に朝日がスクープして約3カ月、どこも調書を入手できなかったのに、朝日バッシングが始まった8月に産経が入手し、読売などが続いた。官邸のリークでしょう。しかも産経や読売は、調書の本質ではなく、朝日記事が間違っているという部分に焦点を当てた。政権にとっては一石三鳥でしょう。原発事故の凄惨な本質はさほど語られず、調書を非公開としてきたことも批判されず、憎き朝日叩きの材料に矮小化できたんですから。メディアは権力に踊らされた。戦後ジャーナリズム史に残る大敗北です。
――そんな安倍政権下で、日本社会の変質が「上部」から「下部」まで広がっているということですね。
街角でヘイトスピーチをがなり立てている在特会やネトウヨといわれている連中など、さほど大きな力を持っていると僕は思いません。むしろ深刻に捉えるべきは、一般の人々の間にそうした空気がうっすらと積み重なるように醸成されているらしき現状です。嫌韓本や嫌中本があふれ、週刊誌が嫌韓や嫌中をあおる。テレビだって隣国の事件をことさら大きく扱い、「日本では考えられませんね」みたいなことを平気で語る。こういう状況が続くと、隣国を嫌悪し、自国を優越視する不健全な空気が拡散します。そういう「下部」構造が、安倍政権のような「上部」構造を支える。安倍政権なんて今後どうなるか分からないけれど、人々の間に広がる排他と不寛容の風潮は、一度蔓延すると容易に消せない深刻な病です。戦後70年を迎えて歴史修正主義や排他、不寛容のうごめきが強まっている現状は、心底憂鬱です。
▽あおき・おさむ 1966年、長野県生まれ。慶大文卒。共同通信社で社会部、ソウル特派員。06年からフリー。主な著書に「日本の公安警察」「トラオ」「誘蛾灯」「青木理の抵抗の視線」などがある。
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