投稿日:2019年6月3日
2019年5月27日の英国ガーディアンより
・The Guardian
通常の細菌生態系が滅び、そして耐性菌が次々に登場する場所
「地球の水の環境が薬剤により徹底的に汚染されている」ということについては、比較的よく記事にさせていただいています。
これは、地球の生態系にかなり重大な問題であるのですけれど、さまざまな薬剤による汚染がある中で、私自身は「抗生物質」と「抗ガン剤」が最も地球環境に悪影響を与えているものだと考えています。共に、人や畜産動物の排泄を通じて、地球の水システムに流入し続けています。
抗生物質による生物体系への影響については、今年 2月の以下の記事で、オランダの大学による研究をご紹介させていただいたことがあります。
先週、イギリスのヨーク大学から、ある研究結果が発表されました。
その内容は、「全世界の河川の抗生物質による汚染状況を調査・研究した」という、これまでで最も大規模な環境への抗生物質の漏洩に対しての調査でした。調査した場所は、世界 72カ国の 711の河川にのぼります。
そのことを報じていた英国ガーディアンの記事をご紹介します。これまでにもある程度わかっていたこととはいえ、抗生物質の環境への流入はかなり深刻な状況であることがわかります。
World's rivers 'awash with dangerous levels of antibiotics’
The Guardian 2019/05/27
世界中の河川が危険なレベルの抗生物質であふれていることが判明
世界最大規模の調査によれば、72カ国の3分の2の調査場所で抗生物質が発見された
・高い抗生物質汚染レベルが見出されたドナウ川
テムズ川からチグリス島までの世界中の何百もの河川が危険なほど高レベルの抗生物質であふれていることがわかった。
抗生物質による環境の汚染は、細菌が抗生物質に対する耐性を発現させることにおいて重要な経路のひとつであり、それは、重要な疾病の治療薬としての抗生物質が効かなくなることへの段階でもある。
耐性菌の研究者である英エクセター大学の微生物生態学者、ウィリアム・ゲイズ (Prof William Gaze)教授は以下のように言う。
「人に見られる多くの耐性遺伝子は環境での細菌に由来しています」
抗生物質耐性菌の増加は 2050年までに、毎年 1000万人を死に至らしめる可能性がある世界的な健康上の緊急事態であると国連は先月発表した。
抗生物質は、人間や畜産動物の排泄物を介して河川に入りこみ、そしてそれは土壌に移行し、自然環境に入りこんでいく、また、排水処理施設や製薬施設からも抗生物質は漏洩している。
今回の調査と研究を主導した、英ヨーク大学の環境科学者であるアリスター・ボクソール (Alistair Boxall)氏は、次のように述べている。
「研究が示したことは、非常に恐ろしく、そして憂鬱な現実でした。私たちの環境の大部分に、耐性菌の出現に影響を与えるのに十分なほど高いレベルの抗生物質が存在している可能性があるのです」
5月27日にフィンランドの首都ヘルシンキでの会議で発表されたこの調査は、英テムズ川を含む世界で最も有名な河川のいくつかが、重篤な感染症の治療にとって極めて重要であると分類される抗生物質で汚染されていることを示した。
多くの場合、それらの抗生物質は環境上、安全でない高いレベルで検出された。これが意味することは、これらの河川の環境から耐性菌が発現し、広がっている可能性が非常に高いということだ。
オーストリアのドナウ川から採取したサンプルには、肺炎や気管支炎などの気道感染症の治療に使用される抗生物質クラリスロマイシンを含む 7種類の抗生物質が含まれており、そのレベルは、安全と見なされるレベルの約 4倍だった。
ヨーロッパで 2番目に大きい川であるドナウ川は、ヨーロッパ大陸の河川で最も汚染されていたこともわかった。また、ヨーロッパでテストされた河川の 8%は安全の限界を超えていた。
英テムズ川は、ヨーロッパで最もきれいな河川の 1つと一般的には見なされているが、テムズ川は、支流の一部とともに、5種類の抗生物質の混合物によって汚染されていた。テムズ川沿いの 1か所と支流の 3か所が安全なレベルを超えた抗生物質により汚染されていた。
テムズ川では、皮膚や尿路の感染症を治療する抗生物質シプロフロキサシンが、安全基準の 3倍以上のレベルで発見された。
このような高レベルの抗生物質で河川が汚染されていることが、耐性菌の発現に関して危険な状態であることはもちろんだが、低いレベルの抗生物質による汚染が見出された河川でさえも脅威だとゲイズ 教授は述べる。
「ヨーロッパ各地の河川で見られる低濃度の抗生物質の汚染でさえ、耐性菌の進化を促進し、耐性遺伝子がヒトの病原体に移る可能性を高める可能性があると考えられます」
今回の研究では、72カ国の 711の場所を調査した。その結果、それらの中の 65%で抗生物質が発見された。 111か所では、抗生物質の濃度が安全なレベルを超えており、最悪の場所では、安全限界値の「 300倍以上」という場所もあった。
調査では、一般に、所得の低い国家の河川で高い抗生物質濃度が示され、アフリカとアジアの地域が最も汚染の状態が悪かった。
最も汚染の状態がひどかったのは、膣感染症の治療に使われる抗生物質メトロニダゾールが安全基準の 300倍以上のレベルで発見されたバングラデシュでの調査ポイントだった。
所得の低い国では、抗生物質を除去するための技術を欠いていることが多く、抗生物質の残留物は、主に排水処理施設の近くで検出された。
あるいは、アフリカのケニアで目撃されたように、下水や医療廃棄物などが適切な処理をされず、そのまま河川に投棄されていた場所でも、安全基準の最大 100倍のレベルの高い抗生物質濃度が検出されている。
英国を拠点とする慈善団体「ウォーター・エイド (Water Aid)」の保健衛生アナリストであるヘレン・ハミルトン (Helen Hamilton)は、次のように述べる。
「低所得国における保健衛生サービスの管理を安全な方向に改善することは、薬剤耐性菌との闘いにおいて重要なことだと思われます」
研究チームは現在、魚や無脊椎動物、そして藻類などの河川の野生生物に対する抗生物質汚染の環境への影響の調査を計画している。研究者たちは、おそらく深刻な影響がそれらの野生生物に及んでいると推測している。
ケニアの一部の河川の非常に抗生物質汚染濃度が高かった場所では、そこに生きている魚は確認されなかった。ボクソール氏は、「魚類の総個体数の大幅な減少が見られました」と述べた。
ここまでです。
この記事の中では、科学者の方が、「多くの耐性遺伝子は環境での細菌に由来している」と明言していまして、つまり、私も勘違いしていましたけれど、耐性菌は、「抗生物質の濫用によって、人や畜産動物から耐性菌が出現する」というように漠然と考えていたのですが、そうではなく、耐性菌というのは、主に、
「自然環境に入りこんだ抗生物質と自然界のバクテリアが接触する中で誕生してくる」
ようです。
今回のヨーク大学の調査は、「耐性菌の増加」ということに対しての危機感からおこなわれたものですが、実際、この薬剤耐性菌については、もう 10年20年もすると、とんでもないことになっていく可能性が高いです。
今年の 4月には、現在、世界中に拡大している「感染した人の約半数が90日以内に死亡して、対応方法のない真菌」についてのニューヨーク・タイムズの報道を以下の記事でご紹介させていただいたことがあります。
この記事の中に、
> 真菌は、現代の抗菌薬に抵抗し、そして生き残るために防御を進化させている。
という記述がありますが、こういうことが、今回の英国の調査でわかった河川、そして、そこから土壌へと入りこんだ自然環境の中で、「世界の広範囲で起きている」ということになりそうなのですね。
耐性菌についての医療サイドの懸念はかなりのものではあるはずで、その理由は、抗生物質は「西洋医学の根幹のひとつだから」です。
特に、耳鼻咽喉、皮膚、泌尿器などの疾患や、その専門科では、治療の基本が抗生物質である疾患がとても多く、仮に、いつか「それらがまったく効果がない時」がやってくると、それらの医療の科の大部分が「機能しなくなる」ことになると思われます。
しかも、こちらの記事でもふれたように思いますが、今後、仮に、抗生物質の自然への流入を防ぐための何らかの対策が考えられたとしても、すでに大量に自然界に入りこんでいる抗生物質群を「消し去る」ことはできないですので、この問題は非常に長く未来まで続くように思います。
ちなみに、今回ご紹介した記事には、所得の低い国云々というような記述が出ていますけれど、抗生物質の消費量が多い国は、「医療用」と「畜産動物用」にわけますと、以下のようになっています。
人間の医療用には、中国とアメリカが入っていません。理由はよくわからないですが、実際には、現在の中国での過剰な抗生物質への依存を考えましても、量的には中国が一位だと推測されます。そして、アメリカも莫大な消費がなされていると思われます。
日本とイギリスと韓国が同じほどの消費量となっていますが、日本の人口と、イギリス(6600万人)や韓国の人口(5100万人)から考えますと、イギリスも韓国も、日本2倍ほどの消費をしていると考えられます。
なお、中国の「抗生物質大好き状態」は、畜産動物への使用量の国別のデータがありまして、それを見ると、わりとよくわかります。
実際量としては中国がぶっちぎりですが、しかし、中国の人口規模(13億8000万人)と、アメリカの人口規模(3億3000万人)から「畜産業の規模」を大ざっぱに想像しますと、「率としてはアメリカのほうが畜産動物に抗生物質を大量に使っているかもしれない」という気もします。
いずれにしましても、こんなペースで抗生物質が使用され続ければ、どうにもならない面はあります。
これら抗生物質を大量に使用されている飼育動物の排泄には、やはり大量の抗生物質が含まれるわけです。
このペースで毎日毎日、自然界に抗生物質が拡散し続けている中で、今後、世界中のそり汚染レベルが下がるということはあり得ない感じはします。そして、そういう中から、極めて強力な耐性菌が次々と生まれてくることも不思議ではないかもしれません。
そして、耐性菌の問題とは別に、「抗生物質が自然の生態系そのものを破壊し続けている」ということも明らかでして、先ほどリンクしました過去記事の中で、
オランダ・ラドバウド大学の科学者は、以下のように述べています。
「これらの抗生物質の汚染濃度は、河川にすむ水中のバクテリアにとって有害である可能性があります。水中のバクテリアは、様々な栄養サイクルにおいて重要な役割を果たしているのです。河川の抗生物質は、廃水処理に使用されるバクテリアの有効性にも悪影響を及ぼしている可能性があります」
自然の水体系は、基本的にバクテリアによって保たれています。
私は、メダカなどをわりとたくさん飼っていまして、その中で学習しましたけれど、「水」というものは、有効なバクテリアがないと、綺麗な状態には保たれないのです。
殺菌された水道の水を水槽に入れて放っておいても、それはすぐ濁り始め、くさりはじめ、悪臭を放ち始めるだけなんですよ。適切なバクテリアが水の中に育たない限り、水は透明で無臭にはなっていかないのです。きれいな水というのは「細菌が作る」のです。
細菌が含まれる水の中でなければ、いかなる水中生物も長く生きることはできません。自然豊かな場所を流れるきれいな水というのは、実は「すべて細菌によってなされた仕事」だということになります。
逆に、「細菌も住めないような水には、他のいかなる生物も住めない」のです。殺菌され「細菌が含まれない水」というものは、基本的に生態系とは無縁の存在なのです。
抗生物質や、さまざまな殺菌剤は、そういう「細菌レベルで生きられない環境」を作りだしているのですから、環境がきれいになりようがないです。
しかし、細菌たちは、そしその中でサバイバルをしているのですね。
抗生物質だらけの水の中でも生きられるように「進化」して、耐性をつけていく。
今それが世界中で進行しているわけで、そして、どこかの時点で耐性菌の問題は、制御できないような状態になっていくのかもしれません。
これを完全に抑える方法論は存在しないでしょうけれど、それでも少しは抗生物質の処方を減らしていく方向に世界的に進まなければ、耐性菌の問題も、地球の環境そのものも「限界」になってしまうような気がします。