http://www.asyura2.com/15/nature6/msg/379.html
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「ひとみ」のデータが天文学に与えるインパクト
天文衛星ひとみの遺産
2016.7.15(金) 小谷 太郎
ハッブル宇宙望遠鏡による銀河NGC1275の画像
2016年2月17日(日本時間)に打ち上げられたX線天文衛星「ひとみ」について、「空前絶後の高精度、日本のX線天文衛星がすごすぎる」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46306)および、その痛ましい続報「『ひとみ』に何が起きたのか」(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46660)にて、紹介いたしました。
打ち上げからわずか1カ月後の3月26日、ひとみはミスと不運の連鎖により回復不能の損傷を受け、運用は断念されました。
ひとみの機体は現在も軌道上を周回していますが、電力が復活する見込みはありません。今後何年もかけて、わずかな大気との摩擦によって徐々に高度を下げ、最終的には大気圏に突入して燃え尽きると予想されます。
しかしひとみの観測装置は、短い期間ですが、試験的な天体観測を行ない、選ばれたいくつかの天体のデータを地上に送り届けていました。そしてその最初の成果が2016年7月7日付で『ネイチャー』誌に発表されました。
この論文が示すのは、ひとみの革新的な観測装置が、見たこともないような天体データを次々に出して、天文学の常識を覆していく性能を持っていた、ということです。
ひとみのデータがX線天文学に与える(はずだった)インパクトを、ここに解説しましょう。
ひとみからすごいデータ来た!
今回発表されたのは、「SXS(Soft X-ray Spectrometer)」という装置を用いた「ペルセウス銀河団」の観測データです(http://www.nature.com/nature/journal/v535/n7610/full/nature18627.html)。
SXSは超高精度でX線光子のエネルギーを測定することができ、特に期待されていた観測装置です。
現時点では、まだ機器の性能を引き出すための「較正(こうせい)」は充分ではないのですが、それでもSXSの桁違いの高性能が現れています。
チャンドラX線衛星によるペルセウス座銀河団のX線画像(カラー)と、X線天文衛星ASTRO-H(ひとみ)に搭載された軟X線分光検出器で取得したペルセウス座銀河団のスペクトル(白線)。 (c) Hitomi collaboration、JAXA、NASA、ESA、SRON、CSA
http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/e/3/-/img_e37dbb11b09893a3b3cbc364d71d87df194848.jpg
上の図をご覧ください。真ん中に美しいペルセウス銀河団の画像が目立ちますが、これはSXSのデータとは無関係で、図の下の方にあるギザギザした白黒のグラフがSXSによる分光データです。
(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらでグラフをご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47326)
どこが圧倒されるポイントがなかなか分かりにくいですが、実はこのギザギザのとがり具合がSXSの圧倒的性能の現れなのです。
X線天文の研究者はこれを見て、
「Helium-like ironのKα輝線が分かれて見える!」
と圧倒的に驚くのです。
すごい数の著者も来た
この論文の著者は「Hitomi Collaboration」とされていて、215人のメンバー名が末尾にアルファベット順に挙げられています。
X線天文学の論文は著者名が増える傾向にあるのですが、それにしてもこれは記録的な数です。先代のX線天文衛星「すざく」の検出器論文は、143人だったので、1.5倍ということになります。『ネイチャー』誌は長すぎる著者リストを嫌うといわれていますが、異例の論文です。
問い合わせ先はメンバーのうち、英国ケンブリッジ大のアンドリュー・C・フェビアン教授になっています。(非常に話が明晰で上手な方です)
クーリングフローは訳が分からないよ
フェビアン教授はあらゆるX線天体を大変な勢いで研究しているのですが、銀河団は特に得意な天体です。
Credit & Copyright: Ken Crawford (Rancho Del Sol Observatory)
http://jbpress.ismedia.jp/mwimgs/0/5/-/img_05776c4df50eb76c1a3f4e2040966225759664.jpg
銀河団とは、たくさんの銀河が寄り集まった「もの」です。
そもそも銀河はたくさんの恒星が寄り集まったものなので、それがさらに集まった銀河団は、想像困難なほど巨大な代物です。宇宙最大の天体と呼ばれます。
銀河団は、銀河の他に高温ガスを含みます。X線で銀河団を観測すると、この高温ガスがぎらぎら光って見えます。特に銀河団の中心部分で明るく光っています。
これほど強烈なX線を発すると、高温ガスはどんどん冷えて縮んでしまうはずです。そうするとそこへ周囲からガスが流れ込むだろう、とフェビアン教授らは主張しました。これは「クーリングフロー説」と呼ばれます。
ペルセウス銀河団は私たちの銀河系から距離およそ2.4億光年、銀河団の中でも特に近くて、X線で観測しても目立ちます。その中心部には超巨大ブラックホールを有する銀河NGC1275があって、これが銀河団内へジェットエンジンのようにガスを噴射しています。
そうするとこのペルセウス銀河団の中心部は、周囲から押し寄せるクーリングフローと超巨大ブラックホールからのジェット噴射がぶつかったり衝撃波を生じたり熱したり大変なことが起きているに違いありません。これは、ひとみの絶好の観測対象です。
という目論見でペルセウス銀河団を観測したところ、今回判明したのは、高温ガスのぶつかり合いなんか全然見つからないということでした。銀河団の中はいたって静かなのです。ガスの流れもほとんどありません。
そうなると、いったい何が中心部の高温ガスを高温に保っているのでしょうか。もし高温に保たれないでクーリングフローは冷えていくなら、冷えた後どこへ行くのでしょうか。クーリングフローはそもそも存在するのでしょうか。
“It’s telling us there are aspects of clusters that we don't fully understand”
訳が分からないよ、というのがフェビアン教授の感想です。
ひとみのデータは(しばらくの間)次々に出てきます
さて、今回は(読者の興味を惹き付けようという目論見もあって)フェビアン教授だけを名指しして書いてしまいましたが、論文中でも強調されている通り、以上の内容はひとみチーム全体の成果です。
チーム内でも特に、観測計画を策定したメンバーだけでなく、検出器開発のために働いた学生やポスドク、スタッフの功績が大きいことはいうまでもありません。
これから、ひとみが遺した観測データが相次いで公開となるでしょう。その天体の数は多くありませんが、どれも常識を覆す革新的なものになると期待できます。
今回発表されたペルセウス銀河団のデータだって、ほとんど解析が済んでいません。並べて見せただけといってもいいくらいです。
今後、観測装置の性能を決定する較正が進み、得られた輝線データを詳細に解析することで、ガスの密度分布、温度分布、組成、年齢、起源、それから今回さらに謎の深まったエネルギー源などの物理情報が引き出せるでしょう。
そういう新発見や新事実が発表されるにつれて、これまで自分の研究よりも検出器チームへの貢献を優先してきたメンバーが、今後報いられていくべきではないかと期待されます。
ひとみの次の遺産が楽しみです。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/47326
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