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どうする人類、今こそ私たちが「多様化」すべき理由
近代化の先駆者・ヨーロッパの人は他より優れていたのか?
2016.5.12(木) 矢原 徹一
約6万年前にアフリカを出たヒトは、ネアンデルタール人やデニソワ人と交雑しながら進化を続け、農業を開始し、産業を発展させ、近代社会を築いた。
ここで大きな疑問が生じる。
世界に先駆けて産業革命を成し遂げ、近代化したヨーロッパの人たちは、文明を発展させる能力において、他の地域の人たちよりも優れていたのではないか?
この疑問への答えは「ほぼノー」だ。しかし、「ほぼ」の内容をよく理解することが重要だ。この理解こそが、私たちの未来を考える鍵を握っている。
産業革命が“ヨーロッパで”起きた究極の理由
「世界に先駆けて近代化したヨーロッパ人は他の地域の人より優れているのか?」
このデリケートな問題に正面から挑み、進化学や生態学の考え方を取り入れて人類史を考えた本が、ジャレッド・ダイヤモンド著『銃・病原菌・鉄』だ。1997年の出版後、世界中で大きな注目を集めた名著であり、いまなおその内容は古びていない。スティーブン・ピンカー著『暴力の人類史』、ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー』と並ぶ、人間を理解するための三大名著だと私は考えている。
ジャレッド・ダイヤモンドは分子生物学の研究者であると同時に、ニューギニアの鳥類を研究する生態学者でもある。彼はニューギニアで知り合った部族のリーダーであるヤリという名の人物から次のような疑問を投げかけられた。
「あなたがた白人はたくさんのものをニューギニアに持ち込んだが、私たちニューギニア人には自分たちのものと言えるものがほとんどない。それはなぜだろうか?」
この「なぜ?」という問い方は、進化生態学において大きな成功を収めたアプローチだ。生物が示す現象には、直接的な要因だけでなく、その性質を進化させた究極的な要因がある。
たとえば私たちは病原体に感染されると発熱する。この発熱の直接的な原因は炎症反応だ。しかし、そもそもなぜ炎症反応が起きるのか?それは、私たちが進化の過程で免疫系を獲得し、病原体が感染したときには体温を上げて免疫反応を活性化する仕組みを持っているからだ。したがって、発熱したからといって解熱剤で熱を下げることは、必ずしも適切な治療法ではない。
ヤリがダイヤモンドに問いかけたように、「ユーラシア大陸系民族と、そのアメリカ大陸への移民を祖先とする民族」が、世界の富と権力を支配しているという現実がある(「白人」「黒人」のような人種分類は生物学的には根拠がないことが立証されているので、ダイヤモンドは「白人」という表現を避けている)。
人類の地域差はなぜ生まれたのか
このような人類社会の地域差はなぜ生まれたのか。この地域差の直接的な要因は、西暦1500年時点における技術や政治構造の各大陸間の格差だ。
ダイヤモンドはこの格差の象徴として、ピサロが率いた約200人のスペインの部隊が、約2万人のインカ帝国軍に勝利を収めたエピソードを紹介している。
インカ帝国軍は下級兵が上級兵をみこしでかつぎ、棍棒や石器で戦った。一方のピサロの部隊は、馬にまたがり、鋼鉄製の刀剣で戦った。スペインの部隊の勝利には、この技術力の差に加え、2つの大きな要因が関わっていた。
第1に、インカ帝国は文字を持たなかった。一方、ヨーロッパでは古くから文字が使われ、文字情報が記された紙(つまり書物)から多くの物事を学ぶことができた。このため、ピサロの部隊は事前にインカ帝国軍の戦い方を知っていた。
コロンブスによるアメリカ大陸発見以後、多くのスペイン人がアメリカ大陸に渡り、そこで見聞きした事実を文字に記し、ヨーロッパに紹介していたのだ。この情報にもとづいて、ピサロは約200人の部隊でインカ帝国軍に勝利する作戦をたてることができた。
第2の要因は、ダイヤモンドの本のタイトルにもある「病原菌」だ。スペイン人はアメリカ大陸にさまざまな病原菌を持ち込んだ。このためインカ帝国では疫病が流行し、皇帝と皇太子が次々に他界し、内戦が起きた。人口も減少し、スペイン軍と戦う前にすでに国力が低下していた。最後の皇帝アタワルパは、30歳の若さで皇帝の座につき、わずか1年でピサロに敗れ処刑された。
これも農業の「副産物」だった
ダイヤモンドはこれらの直接的な答えに加え、進化学的アプローチを念頭に置いて、より究極的な問いをたてた。
「なぜ人類社会の歴史は、それぞれの大陸によって異なる経路をたどって発展したのだろうか?」
ヨーロッパの人たちが世界に先駆けて産業革命を起こし、近代化した、そのルーツをたどると、メソポタミアで約1万1000年前に開始された農業に行きつく。
メソポタミアにおけるオオムギの栽培化は、中国におけるイネの栽培化(約9000年前)に先立つ。このわずかな差に加え、メソポタミアにはウシ、ヤギ、ヒツジの原種が棲息しており、メソポタミアの人たちはこれらを家畜化することができた。
ウシは動力源としてさまざまな工事を可能にしたし、ヤギやヒツジはタンパク質に富む食糧の安定供給を可能にした。この地理的条件の優位さが、メソポタミアにおける世界で最古の農業文明の発展を可能にした主要因だ。
これが上記の「究極的な問い」に対するダイヤモンドの答えだ。ヨーロッパの人たちは決して遺伝的に優れていたのではなく、メソポタミアにおける自然の恵みのおかげで、世界で初めての農業(しかも牧畜をともなう農業)を発展させることができた。
そして農業が人口増加を可能にし、階層的な社会を生み出し、治安を安定させ、科学技術や芸術を発展させる礎を築いた。そして、その副産物が病原菌だ。ヒトに感染する多くの病原菌は、家畜由来である。このため、家畜をほとんど持たなかったインカ帝国の人たちは、ヨーロッパから持ち込まれた病原菌に対する抵抗力が弱かったのだ。
産業革命は知的能力を進化させたのか?
ダイヤモンドは人道主義者だ。彼は『銃・病原菌・鉄』を書くことで、しばしば「白人」と呼ばれる「ユーラシア大陸系民族と、そのアメリカ大陸への移民を祖先とする民族」にある、自分たちの民族への優越感と他の民族への差別意識に根拠がないことを論証したかった。
彼の論証は根拠に基づく緻密なものであり、ほぼ納得がいくが、その後の研究の進歩をもとに修正を必要とする点もある。
前回の記事(「この6万年でヒトの進化は急激に加速していた!」)で紹介したように、ヒトは過去6万年間、進化を加速してきた。しかも、農業開始後もこの加速は続いてきた。
ヨーロッパの人たちは、家畜由来の病原菌に対する抵抗性の遺伝子を進化させ、一方で牛乳を飲むことへの適応として、大人になっても乳糖分解酵素を生産する能力を進化させた。
このような加速的進化は、ヨーロッパでもアフリカでも起きた。その結果、皮膚の色・体格などの身体的特徴や、気候・食事の違いに適応した生理的特徴などにおいて、ヒトには顕著な地域差が生じた。
それならば、文字を使い、文明を生み出す創造力の点でも、地域差が進化した可能性はないのか?もしその進化が起きたとすれば、ヨーロッパの人たちには遺伝的優位性があったのではないか?
奇跡の成長を成し遂げられた理由
ヨーロッパの人たちに進化が起きた可能性を主張したのは、計量経済史の研究者、グレゴリー・クラークだ。彼は2007年に出版した『10万年の世界経済史』(邦訳書は2009年)において、産業革命前後で、1人当たりの収入と人口の関係についての興味深い事実を指摘した。
統計資料が得られる紀元前1000年以来、産業革命までの間、1人あたりの収入は、変動はするものの、決して増加を続けることはなかったのだ。ペストが流行して人口が減った1450年代には一時的に1人あたりの収入が増えた(この事実は、人口減少に直面している日本にとって示唆に富む)。しかし、再び人口が増えると、1人あたりの収入は紀元前1000年の水準に戻ってしまった。
産業革命以前にも当然、技術革新はあった。しかし、技術革新によって生産力が高まり、社会全体の富が増えても、同時に人口も増加したために、1人あたりの収入は増えなかったのだ。
ところが、産業革命がこの状況を変えた。1790年代に入ると、人口が増えながら、1人あたりの収入も増えるという、奇跡のような経済成長が実現した。この大転換をもたらした要因として、クラークは利子率の低下、識字率・計算能力の向上、労働時間の増加、暴力の減少を挙げている。
識字率・計算能力の向上については、遺言状の記録を使って、自分で遺言をかけた男性は死亡時の資産額が高かったという興味深いデータを紹介している。そして、1790年代には男性で60%。女性で30%の水準だったイングランドの識字率が、その後増加を続け、1900年にはほぼ100%に達したことを指摘している。
多くの人が文字を読み、計算ができるようになった結果、人口が増えることがさまざまなイノベーションにつながり、社会全体の富を大きく増やす結果になったと考えられる。そしてこの識字率・計算能力の向上の背景に、「ヒトの進化」があったのではないかとクラークは主張した。
いまでは、文字を覚える能力や計算能力を含む、人間の情報処理能力に50%程度の遺伝率がある(個人差の約50%が遺伝で決まっている)ことが分かっている。したがって、もし情報処理能力が高い人ほどより多くの子孫を残すという関係があれば、私たちヒト集団では情報処理能力に関する進化が進むはずだ。
ただし、この進化には時間がかかる。大陸間の格差が生じた西暦1500年以後、今日までの約500年間は、ヒトの平均世代時間(生まれてから子孫作る時間)を20年と仮定すれば、25世代だ。この程度の世代数で情報処理能力に関する顕著な進化が起きるとは考えにくい。
一方で、第2次大戦後のわずか50年程度の間に、人間の知能(一般認知能力)は格段に向上したという事実がある(「フリン効果」と呼ばれるこの事実については、「挑戦!本当の思考力を問う3つの大学入試問題」で紹介した)。産業革命以来の人間の進歩に関しては、クラークのように進化を考える必要はない。人間は進化ではなく、学習によって賢くなったのである。
ただし、その学習能力が過去6万年という時間を通じて進化したことは十分に考えられる。6万年は3000世代に相当する。これは進化が起きるには十分な時間だ。では、1500年の時点で、ヨーロッパの人たちと他の地域の人たちの間で、知的能力について遺伝的な違いが進化していた可能性はないだろうか。
地域差よりも大きいのは「個人差」
その可能性はゼロではないが、もし違いがあったとしても検出が難しい程度のわずかなものだ。その理由は2つある。
第1に、人間の能力は環境によって大きく変化する。人間の個人差の約50%は遺伝的に決まっているが、残る50%は環境によって決まるのだ。
身長を例に考えてみよう。第2次大戦当時の日本人の平均身長は、ヨーロッパの人たちよりも顕著に低かったが、いまではその差は縮まっている。同様に、人間のさまざまな特性や能力は環境によって大きく変化するので、遺伝的違いを調べるためには、同じ環境で育った集団どうしを比較する必要がある。
しかし、国や地域が違えば、人が育つ過程で触れる教育・文化などの環境は大きく異なり、その影響はとても大きい。現在見られる学力に関する地域差は、教育によって解消できるものである。
第2に、人間の能力(知的能力に加え、実行力、協調性、積極性、慎重さ、体力など)には大きな個人差がある。地域差よりも、同じ地域内での個人差のほうがずっと大きいのだ。この点も、身長を例に考えてみれば明らかだ。どの国、どの地域でも、身長が低い人も高い人もいて、その個人差は地域差よりも大きい。
この個人差(つまり多様性)こそが、過去6万年の間の進化を通じて保たれてきたものであり、そして人間社会の進歩を支えてきた原動力だ。
前回の記事で、過去6万年の間にヒトの進化が加速したことを紹介したが、ホークス博士らがヒトゲノム中から発見した約3000個の「有利な変異」は、いまなお個人差として残っている。
つまり人間がみなこれらの変異を持つ状態には至っていない。この事実は、「有利な変異」の有利さの程度がごくわずかであることを意味している。そしておそらく、「有利かどうか」は状況次第だろう。たとえば新しいことを追求する能力に長じていることは、それを評価する社会では有利だが、より保守的な社会では危険視されるかもしれない。
仮に100個の遺伝子に、少しだけ有利な変異と少しだけ不利な変異が1:1であるとしよう。これらの組み合わせは、2の100乗、つまり10の30乗という天文学的な数にのぼる。
私たちは、このような天文学的な組み合わせの中から選ばれた、たった1人のユニークな存在なのだ。
いま人類が選ぶべき道は「多様性」
この莫大な多様性がどの国の人間集団にもあることを考えれば、地域や国による違いなど、とるに足りないものだ。
冒頭、「世界に先駆けて産業革命を成し遂げ、近代化したヨーロッパの人たちは、文明を発展させる能力において、他の地域の人たちよりも優れていたのか?」という問いに、私は「ほぼノー」と答えた。「ほぼ」に私がこめた意味は、この点にある。
産業革命以後の奇跡的な経済成長を支えたのは、このような個人差に由来するさまざまな能力・技量・アイデアが生み出した「社会的イノベーション」だ。そして多くの人がこの事実を経験的に知るようになり、社会は次第に多様性やマイノリティを尊重する方向へと動いている。
私たちは人類史の転換点に生きている。過去6万年間続いてきた人口増加がやがて止まろうとしている。これまで人類は、人口の増加を駆動力に、進化を遂げ、発展を続けてきた。人口が減りゆく中でより豊かな社会を築く道は、おそらく1つしかない。
多様性を尊重し、一人ひとりが持つ多様な能力を伸ばすことだ。幸いにして、私たちの社会は少しずつその方向へと歩んでいる。この歩みをより確かなものにするためには、人間の個人差や文化の地域差に優劣をつける発想を捨て去る必要がある。私たちはみな違うからこそ、互いに補い、高めあえるのだ。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46802
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