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死人 - 吉増剛造
朗読:吉増剛造
演奏:高柳昌行 翠川敬基
死 人 [しびと(ルビ、以下同)] http://www1.interq.or.jp/ipsenon/p/yoshimasu3.html
じっと凝視していると、墓所を失った死人たちが淋しそうに漂泊しているのが見える。
二人、三人、緩慢な動作で音もなく移動している。囁くように問うてみると、静かに「死
人」と答える。浅瀬を流れる水紋の微妙な形状が彼の唇にあらわれている。なにか、感覚
しえぬ感覚が彼等の存在を支えているようだ。この一枚の絵のなかに私は眼を入れている。
ちょうど水面に片眼だけそっと沈めかけるように、私は見ている。私は見ている。
★
とても静かだ。静寂、そんな言葉を聞き、想像したことがあったが……これなのだろう。
私の感覚がとらえているのは背中に覚える恐しい重量感だけかも知れぬ。素顔の背後で猛
獣の巨大な輝く牙を感ずる。私の眼は牙の先端かも知れぬ。眼、これは背後から私を刺し
貫く一条の光、牙なのだろうか、判らない。いずれにせよ、私は見ている。
★
死人が振向く、その顔に徐々に私の顔の印象がつく。憑かれはじめる?! いや、ちがう
だろう。彼の鬢の乱れをととのえてやっている。いつか夢のなかでみたように、彼と流星
の観測法についてしゃべる。死人はしゃべる、いやしゃべらない、判らないのだ。人間の
ようでいて、どこか決定的に変形しているが、抽象ではない。死人がいる。あまり芸術的
ではないありかたで……腐臭がするか、いやむしろ私が吐いている。私の腐臭がはずかし
い、という感情が私をとらえ、そして消えた。
★
墓所を失った死人たちが淋しそうに漂泊しているのが見える。二人、三人、緩慢な動作
で音もなく移動している。
★
「死人」……彼女の脚が輝くように美しい。明眸皓歯、神話に出てくる貴女の振向いた顔
が美しい。私は自分が「好きなんです!」と叫ぶ声をどこかで遠くで聞いたようだ。この
声だけが、私の意識を持続させているのだろうか、性行為、肉につつまれる感覚と私の全
意識とは一体なのだが、私の声は一層の快楽だった。鏡! ナルシス?! もうそんな疑惑
は生起しない。それらの言葉は静かに溶けゆく。死人がいる。
★
たいてい夕暮、静かに一人部屋のなかで、迫りくる闇のなかで、私の眼のなかで、死人
は歩きはじめる。
★
「死人[わたし]は未来です」
名状しがたい言葉が聞えたように感じられた。壊れたような音ではなかった。
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