"トランプ政権"が招く「1ドル90円再来」FRBや米産業界の「本音」汲み取るしたたかな毒舌 2016年3月9日(水)清水 崇史 「強いアメリカ再び」。トランプ氏の毒舌はFRBや米産業界の「本音」も汲み取りながら支持を広げ、「大穴」から「本命」に。(写真:ロイター/アフロ) 年末に向け金融市場を揺るがしかねない"想定外の悪材料"が漂い始めた。米大統領選の候補者指名争いで、かねてから「円安悪玉論」を唱えてきたドナルド・トランプ氏が共和党候補の「大穴」から「本命」に躍進したことで、市場では株安・円高リスクにつながる懸念がくすぶっているからだ。
「日本のアベ(安倍晋三首相)は"殺人者"だが、彼奴はすごい。地獄の円安で米国と日本が競争できないようにした」(2015年7月、アリゾナ州での演説)。 「友人がコマツのトラクターを買ったのは、円安・ドル高のせいで米国が日本との価格競争に勝てなくなったからだ。機械の性能差ではない。このレベルの円安誘導では競争自体が不可能だ」(2015年9月、エコノミスト誌のインタビューで)。 通貨や通商に対して過激な発言の目立つトランプ氏。みずほ総合研究所が昨年末に公表した「とんでも予想2016」で、可能性こそ低いものの、現実になると影響が大きな項目のナンバーワンがトランプ氏の大統領当選だった。2月から始まった予備選や党員集会で同氏は勝利を重ね、3月1日、候補者選びのヤマ場「スーパーチュースデー」では11州中7州で勝利。共和党候補の指名獲得が現実味を帯びてきた。 対する民主党はヒラリー・クリントン前国務長官が12州・地域で8勝を挙げ指名獲得をほぼ捉えた。 "毒舌"はFRBの本音に一致か トランプ氏の躍進は、金融市場にどのような影響を与えるのだろうか。結論から言えば、投資家が先行き不透明感から日本株などのリスク性資産を敬遠し、円高・株安に拍車がかかる可能性がある。日経平均株価は2月12日に1万5000円を割り込んで以降、足元で1万7000円台半ばまでいったん回復。一時1ドル110円台まで円高に振れた為替も113〜114円前後で小康状態を保っているが、今後もこの水準が続く保証などどこにもない。 振り返れば金融市場のトレンドが転換したのは2013年4月。日銀が大規模な金融緩和に打って出て1ドル=90円台から一気に100円を超えるまで円安に振れた。トランプ氏の主張は、その時点にまで時計の針を巻き戻すことに他ならない。 確かに、トランプ氏が日本の円安誘導を非難しているからと言って、日銀が金融緩和を打ち止めにする理由にはなり得ない。それでも一段の円高に傾く必然性は、トランプ氏の円安誘導非難が直近のFRB(米連邦準備制度理事会)の目指す政策と一致するところが多いからだ。 FRBは昨年12月、約10年ぶりに利上げに舵を切った。和製ヘッジファンドの老舗、スパークス・グループの阿部修平社長は、その背景をこう説明する。「米国は景気が良いから利上げに転じたのではない。このままズルズルと金融緩和を続けていれば、いずれ出口戦略を取る時のリスクが大きくなることを悟ったから、早めに利上げに舵を切っただけだ」。 米経済は雇用、自動車販売は引き続き好調だが、2月の景気指数(PMI)は47.6と前月の55.6から大幅に悪化した。米製造業の低迷が続いているとの見方が急速に広がっている。1月の米仮契約住宅販売指数も市場予想に反して低下した。こうした状況を踏まえてFRBが利上げを打ち止めにするどころか、本心では利下げを志向しているとすればどうなるか。日米金利差は市場の期待とは裏腹に縮小し、安全資産とされる円買いを誘発しかねない。円高・ドル安基調を加速するシナリオが現実味を帯びる。 仮に110円まで円高が進めば、日本企業の経常増益率はほぼゼロになる見通し。アベノミクスの失速は金融市場のみならず、いよいよ実体経済にまで及ぶことになる。 漁夫の利はキャタピラーか トランプ氏の毒舌を複雑な思いで見つめているのは米産業界も同じだ。「円安・ドル高で米国は日本と価格競争ができなくなった」として、トランプ氏がやり玉に挙げた建設機械大手コマツとキャタピラーの関係性も同じだ。 キャタピラーは油圧ショベルの主戦場と位置付ける中国経済の鈍化で2015年度は営業4割減益を余儀なくされた。従業員1万人のリストラにも踏み切る。コマツとのつば競り合いは広く知られるところだが、トランプ氏が指摘する通り、建機としての性能差はコマツもキャタピラーも大差はない。それよりも成熟した日米の建機市場では価格とアフターサービスの充実度合いが販売に直結する。 為替相場が純粋に日米の金利差だけで決まるとすれば、マイナス金利まで導入して緩和に躍起になる日銀と、利上げに転換したFRBの落差は当然、円安・ドル高要因となる。米産業界にとっては自国からの輸出採算を悪化させる足かせ以外の何物でもない。キャタピラー副社長のジョージ・テイラー氏は今年1月、記者に対し「建機は(性能で優位性を出しにくい)モノカルチャー製品だからこそ、世界各国・地域での価格・マーケティング政策が勝負の分かれ目になる。2016年の市場環境は私たちが安易に値上げできるほど、楽観的だとは到底思えない」と述べている。 確かにトランプ氏の発言はユーモアを多分に含み、米大統領選ならではの毒舌に過ぎない。円安への非難は飛び出しても、金融政策や貿易不均衡で明確な主張を打ち出しているわけではない。市場では「トランプ氏は共和党候補にはなり得ても、クリントン氏に勝てる確率は現時点では低いとみられる。マーケットへの影響は無視できる範囲内ではないか」(外資系証券)との見方が優勢だ。 それでも、ニュージーランドのビクトリア大学が運営するオンライン賭けサイト「プレディクトイット」では、トランプ氏が指名を獲得する確率は直近で74%。クルーズ氏とルビオ氏は12%にとどまり、優劣は明らかだ。FRBや米産業界の本音を汲み取りながら、トランプ氏がしたたかに戦いを進めるのか。11月8日の大統領本選まであと8カ月。市場が新たな懸念材料を背負い込んだことだけは確かなようだ。 このコラムについて 記者の眼 日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。原則平日毎日の公開になります。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/221102/030400180/ST=print
ドナルド・トランプとサプライチェーン 2016年3月9日(水)坂口 孝則 (写真=ロイター/アフロ) 完全に民主的な手続きによって、非民主主義的な独裁者が生まれることがある。先進的なシステムを有したワイマール共和国は、ナチスとヒトラーの独裁を生み出し、そして世界に禍根を残した。多くの国民は、熱狂に包まれ、ナチズムに傾いていった。そのへんの過程は名著「自由からの逃走」(エーリッヒ・フロム)に詳しい。
ヒトラーとドナルド・トランプ氏を比較すれば、さすがにトランプ氏に失礼だろう。しかし、表現の自由を保証する国柄で、自由とはいえ、まゆをひそめたくなるような発言が多い。他国にたいする差別的発言があふれ、白人至上主義的なスタンスはトリックスターというより、アブない独裁者に映る。 しかし、「トランプ氏が大統領になったら、日本への影響はどうなるか」と聞かれた識者は困るに違いない。TPP(環太平洋経済連携協定)反対、中国への嫌悪感、輸入関税の大幅アップ……など、表面的には刺激的な言葉が並ぶ。ただ、実際の演説内容を読んでみても、それは表面レベルにとどまっており、具体的な施策は述べられていない。おそらく、詳細を語っても、支持を取り付ける側面からは意味がないと考えているのだろう。過激な発言と、扇動で、人々を引きつけるのだとしたら、なるほど元不動産王にふさわしい。 ただし、トランプ氏は単純明快なメッセージを述べ、人々に訴求する点では、確かにうまい。中国へ出張に行った、アメリカの空港に戻ってきたら、なんだこのボロボロさは? 中国に富と労働を持って行かれたからだ。いまこそ工場と労働をアメリカに戻そう。それに景気が盛り上がりつつあるのに、なぜ失業率は高水準にあるんだ? 不法移民のせいだ。メキシコから人々がやってこないように壁を作ろう。もちろん、費用はメキシコ政府が払うべきだ。なぜなら、彼らはドラッグと犯罪も持ち込んでいるのだから……と。 トランプ氏が目指すのは、「Make America Great Again!」というが、言葉を換えれば、偉大なる“ひきこもり”国家をつくろうという意味なのかもしれない。 まともな米国民はいないのか? トランプ氏が熱狂的に支持されている様子を、各国は冷めた目で見ている、というのが現状だろう。もちろん、米国内でも、そのいきすぎた発言に反応がある。例えば、移民に否定的なトランプ氏をメイシーズは批判した。メイシーズのような巨大小売店は、移民を含むマスを相手にしている。従って、移民がメイシーズに来店した際に、トランプ関係の商品が陳列されていたら、売上減少につながるかもしれない。トランプ氏はメンズウエアのコレクションを持っており、メイシーズはそのネクタイ、スーツ、シャツ等の販売中止を決めたのだ。 メイシーズは「私たちは、彼とのビジネスを停止せざるを得ないと決めた(we have decided to discontinue our business relationship)」と述べている。トランプ氏はトランプ氏でインスタグラムにメッセージを掲載した。それによると、トランプ氏もメイシーズとの取引中止を望んでいる。さらに、ネクタイとシャツが中国製であることについて、喜ばしいと思ったことはない、とまで語った。トランプ氏は新たな商品ラインナップを予定しており、それらはすべて米国製にするのだという。 売り言葉に買い言葉、といった気がする。メイシーズは、トランプ氏のメンズウエアを2004年から販売している。決して短い関係ではないものの、トランプ氏は一転し支持者に、メイシーズでの不買(ボイコット)を勧めている。 有名人の商品を置くことは小売店にとっても安価なマーケティング手段となりうる。しかし、その有名人が小売ブランドを傷つけるとなれば引きあげる。その意味で、メイシーズの反応は経営的に正しい判断だったといえるだろう。 そして、次にトランプ氏は、米アップルを引きずり出して問題を引き起こした。 アップルが米国でiPhoneを作らないのは悪いことか トランプ氏は先週、アップルについて言及した。早い話が、アップルが米国で商品を製造してほしいと願っているという。これは彼が主張したメイドインUSAを増やすことにも、米国への労働回帰にもつながる。 「私は労働を引き戻す。私はアップルに、コンピュータやiPhoneを中国ではなく米国で生産させる("I'm going to bring jobs back. I'm going to get Apple to start making their computers and their iPhones on our land, not in China")」とまで語った。これは、大統領候補が、一企業の生産システムやサプライチェーンに口出しして行政指導する可能性があることを表す、かなり大胆な発言だ、と私は思う。 しかし、iPhoneという固有名詞を使って、またしても大衆受けを狙ったようにも思われる。さらに読者の中には、いまさらかよと感想を抱いた人もいるだろう。この話題は現職のオバマ大統領も掲げたテーマだったからだ。 2011年にオバマ大統領は、当時のアップルCEOスティーブ・ジョブズとディナーで話し、iPhoneの生産を米国に戻せないか質問している。なぜならば、アップルはもともと自社商品が米国製であることに誇りをもっていたからだ。ジョブズは、単に労働コストの優位性からではなく、柔軟性や効率性の点からも、とても米国には生産を戻せないと“力説”した。 中国人の勤勉性は、ときに米国人が想像するそれを超えている。2011年に喧伝された優位性は次のようなものだ。iPhoneの製造不良が見つかったとき、すぐさま鴻海精密工業の中国工場ではリカバリー対応がなされた。真夜中から始めざるをえなかったオーバーホール(修理)では、8000人の従業員が叩き起こされ、ビスケットとマグカップの紅茶が与えられ、30分以内に作業が開始、そこから12時間シフト労働が交代で96時間ほど続き、1万台以上のiPhoneができあがった……。 ここまで仔細な話をオバマ大統領が聞いたかは分からない。ただ、事実として米国へiPhoneが生産回帰することはなかった。また、iPhoneに限らず、デバイス類の90%以上は東アジアで生産されている。アッセンブリを米国で担わない施策はこの点からも正しかった。 メイドインアメリカに意味があるか 私はトランプ氏の主張を読んでも、細部が分からない。ただ、輸入関税については45%を検討する、と示唆している。この45%という高率の根拠が分からなかったが、要するに、そこまでして生産を米国に戻したいという気持ちの表れなのだろう。ただし本当にそうすれば、アップル以外にも、生産の機能を中国などに集中している多数の企業が被害を受けることになる。 これはトランプ氏のサプライチェーンにおける不理解を示したともいえるものの、たまたま面白い点が明らかになった。iPhoneの生産が戻ってきたとしても、ほとんど意味がない、という意見が出てきたのだ。推測ではiPhoneのアッセンブリコストは、総製造コストの3.6%にすぎないとされる。それは金額にすれば6.5ドル程度なので、輸入関税を高率にしたところでなんら意味がないという。実際に、iPhoneが米国に輸入されてから費やされるコスト(流通、販売、通信、ソフトウエアダウンロード等々)がはるかに大きく、そちらの方が米国経済に貢献している。 さらに製造は中国にあるとはいえ、企画コンセプトやソフトウエア開発、マーケティング等の高付加価値機能の大半は米国にあるままだ。もちろん、メイドインアメリカの商品が増えることは、心情的に素晴らしいことかもしれない。ただし、その効果がトランプ氏のいう通りかは分からない。 ブラックジョークか悪夢か しかし、だ。こうやって真面目にトランプ氏の議論を追いかけることが、実際にトランプ氏の思いに乗っているのかもしれない。 イスラム教徒を批判しながら、トランプ氏はドバイにトランプ・インターナショナル・ホテル&タワー・ドバイを持っている。不法移民を批判しながら、一部のネガティブキャンペーンでは、自身のホテルで不法移民を雇用していると伝えられている。 だからiPhoneについても、と思っていたら、やっぱり調べている人がいた。トランプ氏は、ツイッターで韓国サムスン電子製のAndroid端末とiPhoneの両方を持っているとし、そしてサムスン製を使うと発表した。それはアップルがテロリストの情報を当局に与えなかった姿勢とも関係していた。実際に、数日はサムスンを使ってツイッターをつぶやいていたようだが、その後は、使いにくかったのかどうかは分からないが、再びiPhoneを使っているようだ。 おそらく、先ほどの文章の文末には「(笑)」と挿入すべきだったのかもしれない。もちろんつぶやきは付き人が行なった可能性はあるが、ボスの不買運動が身近な人にすら浸透しなかった証左ではあるだろう。 ただこれに懲りず、トランプ氏はメイシーズ、アップルの次は、ワシントン・ポストの買収は税金逃れのためだったとして、アマゾンも批判する構えだ。私たちはただ単に面白いオヤジがいる、と見るべきなのか。本気、と見るべきなのか。 そして、トランプ氏が大統領に選ばれる可能性があるというのは、ブラックジョークなのだろうか。それとも、悪夢なのだろうか。 このコラムについて 目覚めよサプライチェーン 自動車業界では、トヨタ自動車、本田技研工業、日産自動車。電機メーカーでは、ソニー、パナソニック、シャープ、東芝、三菱電機、日立製作所。これら企業が「The 日系企業」であり、「The ものづくり」の代表だった。それが、現在では、アップルやサムスン、フォックスコンなどが、ネオ製造業として台頭している。また、P&G、ウォルマート、ジョンソン・アンド・ジョンソンが製造業以上にすぐれたサプライチェーンを構築したり、IBM、ヒューレット・パッカードがBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)を開始したりと、これまでのパラダイムを外れた事象が次々と出てきている。海外での先端の、「ものづくり」、「サプライチェーン」、そして製造業の将来はどう報じられているのか。本コラムでは、海外のニュースを紹介する。そして、著者が主領域とする調達・購買・サプライチェーン領域の知識も織り込みながら、日本メーカーへのヒントをお渡しする。 http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/258308/030600020/ST=print 米国の悲劇?もしもトランプ政権が誕生したら 大手シンクタンク研究員が予測した3つのシナリオ 2016.3.9(水) 古森 義久 「恥ずかしい」が50%=「トランプ大統領」なら−米世論調査 米ミシガン州グランドラピッズでの選挙集会で演説するドナルド・トランプ氏(2015年12月21日撮影)。(c)AFP/Getty Images/Scott Olson〔AFPBB News〕 現在、大統領選挙予備選で共和党側候補の先頭を走り、旋風を巻き起こしているドナルド・トランプ氏がもしも大統領になったら、どんな政策をとり、どんな統治をするのか。その結果、アメリカの国政はどう変わるのか。
その疑問の答えを、ワシントンの主要研究機関の政治学者がきわめて具体的に予測した。 それによると1期目の4年が終わる時点で3つのシナリオが考えられる。第1は、米国が混乱や摩擦を起こしながらも偉大な大国として前進するという展望だ。第2は、あまりにも横暴が目に余る大統領を、議会が弾劾し辞任を迫るという展望。第3はトランプ大統領が米国の民主主義も建国の理念も破壊してしまうという悲劇的な展望――だという。 トランプ大統領が何をするのか今から予測しておくべき この3月はじめ、ワシントンの民主党系大手シンクタンクのブルッキングス研究所上級研究員で米国政治研究が専門のフィリップ・ワラック氏は、「2020年から回顧したトランプ大統領の3つの職務」と題する論文を発表した。 ワラック氏は「共和党の指名争いで、もしトランプ氏以外の候補が同氏と同じだけの支持や人気を現段階で得ていれば、指名されるのは確実だろう」と述べる。だが、実際にはそうならないのは、トランプ氏の言動にあまりにも問題が多いからだという。 一方で、ワラック氏は「もしもトランプ氏が大統領になった場合、どのような統治をして、どのような結果をもたらすのかを今から真剣に考えておくべきだ」という。たとえ現時点ではトランプ氏の指名獲得が確実でなくても、指名を獲得して本選挙で当選する可能性は捨てきれないというのだ。 そしてワラック氏は、トランプ氏が大統領となり、1期目の4年をほぼ終える2020年の時点でトランプ大統領やトランプ政権がどうなっているかを大胆に予測した。3つのシナリオの骨子は次のとおりである。 【シナリオ1】米国が再び偉大に、トランプ氏は意外にも成功 トランプ大統領は乱暴な言葉のわりに巧みな実行力を発揮し、議会にメキシコ国境の壁の建設や低学歴の移民の入国規制を承認させる。米国民は国民的連帯の意識を強め、当初トランプ大統領に抱いていた「人種差別主義者」の印象は薄らいでいく。 都市のエリートはトランプ大統領に失望するが、各地の平均的な労働者層のあらゆる人種の国民は「アメリカの偉大さ」を意識するようになる。 内政では混乱や摩擦を恐れずに超党派的な政策を推進する。まず医療保険の「オバマケア」を全廃して「トランプケア」を導入する。その過程では、貧困層のニーズを考慮しつつ市場経済信奉者のエコノミストを多数動員する。税制では現在の徴税制度を大幅に見直し簡素化を進める。財政赤字はさほど減らないが、失敗だとみなさない。 外交でも意外な手腕を発揮し、重大な危機や破綻を招くことはない。利害のぶつかる外国には非常に強硬な言葉で脅しをかける。すると相手がひるむので、実際の軍事力行使には至らない。また他の主要諸国が、「トランプ外交は常軌を逸している」との心配から、独自に安全保障体制の拡充やテロ対策を進めるようになる。その結果、世界の平和と安定がなんとか守られる。 【シナリオ2】トランプ氏の横暴に議会が反撃 トランプ氏の本選挙での勝利は共和党を政党として無残に崩壊させる。トランプ大統領は調子づいて連邦議会全体を軽視し、その意思を踏みにじるようになる。 だが、その暴挙が、共和党と民主党の垣根を超えた議会全体の団結を強めさせ、立法府の行政府に対する戦いへとつながる。 年来の党派間の争いをやめた共和党、民主党の両党は議会の存在意義をかけて、トランプ大統領が支配する行政府と対決する。議会は大統領の拒否権や大統領令の権限を抑える新たな法律を成立させ、「背骨のある立法府」となる。議会はその過程で米国憲法の立法府重視の規定をフルに活用し、新たな法律で大統領の独裁権力を奪っていく。 トランプ大統領が抵抗すると、議会は憲法に沿った大統領弾劾の措置をとる構えをみせる。トランプ大統領はその結果、傷ついた獣のようになり、勝手な措置がとれなくなる。 後世の歴史学者は、トランプ大統領を歴代大統領のなかでも最悪とされたアンドリュー・ジャクソンやジョン・タイラーと同列に位置づけることだろう。だが、別な角度からみれば、近年の米国の大統領府や議会が停滞し、本来の正当な機能を果たしていなかったことを証明し、警告を与えるという点で、トランプ氏は大きな役割を果たすことになるといえる。 【シナリオ3】民主主義が危険な専横政治に トランプ大統領は就任後、行政府の権限を大幅に強くする措置を次々にとって、大統領の力だけで政策を実行できる領域を広げていく。その結果、憲法に基づく統治の構造そのものを骨抜きにしていき、大統領の権限が王朝の権限に等しいような状態を作り出す。 トランプ大統領は、テレビなどに出演して巧みなショーマンシップのパフォーマンスで米国民を催眠術にかけたような状態にして、政治を思うがままに変えていく。 大衆をあおって、大衆の怒りを特定のスケープゴート(身代わりのいけにえ)にぶつけさせる。いわば米国の民主主義が持つ弱点を突いて、大統領の独裁的なパワーを強めるのだ。こうして民主主義は憎悪や暴力によって危険な専横政治に変えられていく。 トランプ大統領は、連邦捜査局(FBI)による取り締まりなどを強化し、米国民の政府を批判する権利も抑え込む。米国は民主主義の危機という悪夢のような状態となる。 **** ワラック氏は以上のような3つのシナリオを提示した。 同氏はプリンストン大学で政治学の博士号を取得し、長年、ワシントンを拠点として米国の政治に関する研究や著述活動を続けてきた。3つのシナリオはもちろん予測にすぎないが、トランプ氏の指名獲得が現実味を帯びてきたいま、万が一の心の準備として知っておくのは有用だろう。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46267 トランプ氏の危うい外交政策、世界の現状一変 民主・共和歴代政権の外交顧問からも懸念の声 トランプ氏が提案する外交政策は貿易相手国やロシア、テロリストに対する米国のアプローチの仕方を大きく変えることに(英語音声のみ) Photo: AP By DAMIAN PALETTA 2016 年 3 月 8 日 20:03 JST
【ワシントン】米大統領選の共和党候補指名争いでトップを走るドナルド・トランプ氏が提案している外交政策は、世界の紛争地域に対する米国のアプローチの仕方を急激に変えるものだ。一部の国との緊張を緩和させる一方で、その他の国との亀裂を広げることになるだろう。 トランプ氏が有権者を引きつけている理由の一つは現状拒否の姿勢だが、メキシコとの貿易戦争開始や中国への高額関税適用といった同氏の提案の一部は、民主・共和両党の歴代政権の外交顧問らを不安にさせている。だがトランプ氏に悪びれた様子はない。 トランプ氏は先週、ニュース専門放送局MSNBCに「今の政府の政策を見ると、我が国は中東にさらに15年とどまることになりそうだ」とし、「中東に数兆ドルを投じている一方で、我が国のインフラは崩壊しつつある」と述べた。 トランプ氏の提案の中には思いつきのように見えるものもあるが、イスラム教徒の一時入国禁止などの多くは事前に練られたもので、それらは外交における米国の優先事項と対外関係を揺るがすこととなるであろう政策の土台となっている。 トランプ氏の外交政策の基調は、中国およびメキシコと対立するが(特に貿易と移民問題)、ロシアとは協力するというものだ。中東などの独裁国家との対峙(たいじ)については、米国が犠牲の大きな窮地に追い込まれるとして消極的な姿勢を見せている。 トランプ氏が共和党の指名獲得に向けて代議員数を積み上げる中、こうした政策を懸念する声が強まっている。2012年の大統領選で共和党候補だったミット・ロムニー氏は先週、トランプ氏の政策は米国の「安全を損ねる」と述べた。共和党の安全保障専門家100人以上がこれに同調し、公開書簡でトランプ氏の対ロ、対日政策やイスラム教徒の扱いに関する提案を批判した。 ブルッキングス研究所のトーマス・ライト氏は「トランプ氏は孤立主義の時代に後戻りし、30年前の世界観に凝り固まっている。米国の同盟関係を破壊し、世界経済を閉ざし、独裁的な指導者が好きなままにすることになる」と語った。 しかし強気の態度と率直な物言いがトランプ氏を支えているようだ。同氏の支持者はしばしば、トランプ氏なら米国のため、他国に立ち向かってくれると信じていると話す。また、米国の指導者たちがあまりにも長い間、他国にばかにされるのを許してきたとするトランプ氏の主張に拍手を送っている。 選挙戦で演説するドナルド・トランプ氏(7日、ミシシッピ州マディソン) ENLARGE 選挙戦で演説するドナルド・トランプ氏(7日、ミシシッピ州マディソン) PHOTO: BRYNN ANDERSON/ASSOCIATED PRESS 次期米大統領は、中東や東欧でのロシアの脅威、地域大国としてのイランの台頭のほか、リビア、イラク、シリア、イエメンの政情不安、過激派組織「イスラム国(IS)」の勢力拡大といった数多くの国際問題を引き継ぐことになる。米国はさらに、中国の景気減速と軍備拡張の問題にも取り組んでいる。 対立候補であるマルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州)など共和党員の一部は、こうした脅威に対する強硬なアプローチを受け入れているが、テッド・クルーズ上院議員(テキサス州)は武力行使を比較的限定的に行うよう訴えている。 トランプ氏の提案はどちらの部類にも収まらない。同氏は自らの国家安全保障のアドバイザー委員会にジェフ・セッションズ上院議員(共和党、アラバマ州)しか起用していない。また、トランプ氏の外交政策にはいくつか穴がある。例えば、イラクやアフガニスタンの弱体化した政府とどう対応するかについては詳しく述べていない。 トランプ氏はテロリストの拷問やその家族の殺害を命じることを公言していたが、先週になってその発言を撤回。4日にウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に出した声明では、米軍に違法行為を強制することはないと語った。法律の専門家は、テロリストの拷問やその家族の殺害は米国法およびジュネーブ条約に違反すると考えている。 トランプ氏はさまざまな地域で強硬な姿勢を取ることを約束している。同盟国も例外ではなく、ドイツ、韓国、日本、サウジアラビアに対し、米軍駐留経費の負担増額を求める方針を示している。 さらに、中国とメキシコは米国から製造業の雇用を不当に奪っていると非難し、両国との対決を公約に掲げている。メキシコとの国境には1000マイル(約1600キロメートル)の壁を作り、その費用をメキシコ政府に負担させるとしているが、メキシコ側は強く反発している。 トランプ氏は自身が大統領になったら、中国を「為替操作国」に正式に認定し、中国製品に高関税を課す考えを示している。多くのエコノミストは、中国が自国通貨を押し下げて貿易で優位に立ち、輸出を促進させていると考えている。 その一方でトランプ氏は、ロシアなど一部の国との関係を改善するつもりだ。米国とロシアは、シリア内戦などさまざまな問題で反目し合っている。トランプ氏は、米国の指導者の多くが信頼していないロシアのプーチン大統領と賛辞を送り合い、プーチン氏はシリア内戦の解決に貢献できると述べた。 元外交官や安全保障の専門家は、トランプ氏がまとまった戦略を説明するのを今も待っている。その多くは、トランプ氏が遊説中の演説で示す部分的な政策は包括的でないと指摘する。 関連記事 トランプ氏の矛盾が容認されている理由 反トランプ派に残された4つの選択肢 【オピニオン】壊れゆく米共和党、元の姿には戻れず トランプ支持の富豪3人、共通する理由とは 【特集】米大統領選 http://si.wsj.net/public/resources/images/BN-MY772_TRUMPM_M_20160307224140.jpg 米大統領選:絶望的なシナリオに一縷の望み 2016.3.9(水) The Economist 英エコノミスト誌2016年3月5日号)
クリントン、トランプ両氏が勝利確実 米大統領選指名争い3戦目 米ネバダ州の民主党党員集会で勝利し、支持者を前に演説するヒラリー・クリントン前国務長官(2016年2月20日撮影)。(c)AFP/JOSH EDELSON〔AFPBB News〕 「トランプ対クリントン」の対決は、ぞっとするような展望だ。しかし、目を凝らしてみると、希望の光がかすかに見えてくる。 民主党の大統領候補はヒラリー・クリントンになるだろう。そして、11月に共和党の候補者として彼女と対峙する可能性が最も高いのはドナルド・トランプだ。 これが「スーパー・チューズデー」を終えた直後の戦況だ。いろいろな意味で、これはかなり気の滅入る組み合わせである。
トランプ氏は移民、女性、イスラム教徒についてますます胸が悪くなる発言をしている。白人至上主義者を非難することもしない。 だが、同氏にとっては売り口上を変えることなど朝飯前だ。11州のうち7州をもぎ取った後のスピーチでは、人を罵るのをやめ、大統領らしく聞こえるように努めた。厳かさを装い、中道派に見える人物に変身できる同氏の能力を甘く見ない方がいい。 トランプ氏と「オーバルオフィス」(ホワイトハウスの大統領執務室)の間にある唯一の障害がヒラリー・クリントン氏だ。クリントン氏は手ごわく、いくつかの面では称賛に値する候補者だ。だが、欠点もある。党の支持基盤の一部から好かれていないうえに、機密情報の誤った扱い方に関して捜査の対象になっているからだ。これでは、今の米国政治をじっと見ている人々が心底がっかりしても無理はない。 しかし、できるだけ楽観的になって、米国の有権者の良識を信頼し続ければ、11月の本選挙をもっと前向きにとらえられるようになるはずだ。 次へ [あわせてお読みください] 反日のトランプとヒラリーより世界はルビオに期待 (2016.3.2 高濱 賛) 米メディアが本気で危惧し始めたトランプ氏の躍進 (2016.3.1 筆坂 秀世) スーパーチューズデー、トランプ圧勝の3大要因 (2016.3.1 堀田 佳男) 中国の産業:ゾンビたちの行進 (2016.3.3 The Economist) 英国とEU:英国離脱の現実的危機 (2016.3.1 The Economist) http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46275
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