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http://www.labornetjp.org/news/2016/0202pari
1月27日、フランスの法務大臣クリスチャンヌ・トビラが辞任した。その日は、前回とりあげた「緊急(非常)事態」と「国籍剥奪」に関する憲法改正案の討議を、国民議会の法律委員会が始める日に当たっていた。この改正案に反対のトビラ前法相が政府を去るのは、論理的な帰結である。2012年に誕生したオランド政権からは、2014年の内閣改造(マニュエル・ヴァルスを首相に登用)以後、政府の方針に反対する左派の大臣が何人も去っていった。トビラは社会党ではないが、オランドの選挙公約にあった「左翼」の政策と価値観を体現する最後のシンボルだと見られていた。ちなみに、彼女はフランス領ギアナ出身の黒人であり、保守・極右から最も嫌われ、人種・女性差別的な中傷を受けてきた。一方、新しい法務大臣ジャン=ジャック・ユルヴォアスは、強権的なヴァルス首相に近い政治観をもち、国民議会の予算委員会の委員長として昨年の夏、強い反対・批判にかかわらず採決された諜報活動に関する法律を提出した人物である。首相・大統領と一丸となって、さらなる治安偏重政策を押し進めることが懸念される。トビラは辞職後の記者会見で、「軍事的にも外交的にも、政治的にも象徴的にも、テロの脅威に譲歩してはならない」と語り、海外県マルティニーク島出身の詩人エメ・セゼールを引用したーー「夜明けの暗殺者たちに、世界を引き渡してはならない」。
さて、前回は、フランス生まれの二重国籍者の「国籍剥奪」という考え方が、いかにフランス共和国の理念や伝統、さらに国際的に確立された人権に反するものであり、テロの予防に全く効果がない不条理な措置であることを解説した。二重国籍者(移民系)への疑いを引き起こすような法律は共和国の価値観に反するという批判に応じ、国民全員に対する「市民権剥奪」の措置に変えればいいという提案もなされた。そもそも、憲法にそんなことを書き込む必要などないという指摘もある。しかし、「テロ直後に両院合同会議の席で大統領が述べた約束を引き下げるわけにはいかない」というメンツを最優先した動機や、保守と極右に「弱腰すぎる」と叩かれたくないという思惑などから、政府はなんとしてでもこの憲法改正をするつもりのようで、国民議会での討論は2月5日に始まる。
インターネット新聞のメディアパルトは、改正案についての賛成・反対を問うアンケートを国民議会と元老院の議員全員に送り、1月27日現在、925人のうち332人の回答(フィガロ紙に回答した保守議員11人の回答を含む)を得た。そのうち、憲法への「緊急事態」条項(第一条)と「国籍剥奪」条項(第二条)の追加双方に賛成する議員は95人、双方に反対は72人である。「緊急事態」条項追加に対する賛成は163人、反対は83人で、反対の割合はむしろ保守(LR)の方が高い。逆に「国籍剥奪」条項の追加については賛成108人、反対146人で、社会党の回答者過半数が反対しているのに対し、保守は過半数が賛成である。回答者の中には考察中や返事を拒否した者がいるし、3分の2近くの議員から返答がなかったため、全体像はつかめないが、332人の中では法案通過に必要な5分の3の支持は得られていない。
1月27日にはもう一つニュースがあった。「緊急事態」停止を求めるフランス人権同盟(LDH)の要請を、コンセイユ・デタ(国務院)が却下したのだ。1月13日に発表された議会の「緊急事態監視委員会」の報告書によると、緊急事態の効力は失われつつある(家宅捜索などが大量に行われたのは主にテロ後の2週間で、その後は減少)。したがって、正常な法治国家に早急に戻るべきだと、人権同盟と430人の大学人が要請したものだ。しかし、コンセイユ・デタは政府と同様、「緊急事態」が必要とされる「切迫した危機」がいまだ存在すると判断し、一部の措置を将来停止する可能性だけを認めた。
「緊急事態 (l'état d'urgence)」はアルジェリア戦争勃発後、軍隊に全権を委ねる「戒厳令」(l'état de siège、第5共和政憲法では第36条で制定されている)の発布を避けるために、1955年につくられた法律である。アルジェリア戦争中に何度か(1955年、1958年、1961〜63年)使われた。近年では、大都市郊外などで「暴動」が起きた2005年11月に発令され、25県に適用された。個人の自由を制限する膨大な権力が行政と警察に集中する、法治国家の「例外状態」ゆえに、緊急事態は12日間が限度で、延長するためには国会で新たな法律の制定が必要である。昨年11月20日(テロの1週間後)、3か月の延長が採決されたため、今年の2月26日までつづくが、政府はさらに3か月の延長を狙っている。
人権団体に限らず、多くの法学者が「緊急事態」が永続する危険を危惧している。緊急事態下では、司法の令状なしに警察が家宅捜索(夜間でさえも)や自宅軟禁を行えるのだ。1月7日の内務省発表によると、それまでに3021件の家宅捜索が行われ、382 人が軟禁された。366人が尋問を受け、そのうち316人が警察に拘留(フランスでは通常48時間以内、例外的に96時間、テロ容疑だと6日間まで)された。しかし、テロに関する起訴手続きにつながったのは4件のみであり、没収された500の武器のうち「戦闘用」は40だった。中には(大部分?)人違いや間違いがあり、行政裁判所への申し立ては122件で、取り消されたのが4件。取り消しの数は後に20件以上にのぼり、コンセイユ・デタが1月22日に取り消した軟禁の件では、国家に1500ユーロの賠償が命じられた。翌日には内務省が4人の軟禁を取り消した。十分な証拠なしに行われた軟禁や家宅捜索があることが、証明されたわけだ。
フランスには1947年から、人権諮問委員会(CNCDH)という国の独立機関がある。現在の委員長のクリスティーヌ・ラゼルジュは、「緊急事態」では司法権による監視がなくなり、基本的人権が制限されるため、法治国家を弱めると述べる。上述した数字から見ても、テロ予防に果たす効果に対して、夜中に乱暴な家宅捜索を受けた家族(とりわけ子ども)の深いトラウマをはじめ、疑われた人々の個人的・社会的な打撃はあまりに重大だと指摘する。そして、「緊急事態」という法治国家の例外条項を憲法に加えるべきではなく、事件後の感情的な心理状態の中で憲法改正をするのは避けるべきだと主張する。
国際刑事裁判所の準備に貢献し、『危険な世界における自由と安全』(スイユ出版、2010年、未邦訳)などの著書をとおして、法治国家における自由とテロの問題を考察してきた法学者ミレイユ・デルマス=マルティも、新しい法律も憲法改正も必要ないと述べる。既にある多数の法律や措置をもっとうまく連携させること、とりわけ国内だけでなくヨーロッパと国際レベルでの連携を進めることが先決だと主張する。そもそも、国家ではなく国際的犯罪組織による現在のテロに対して、「戦争」という言葉を使うこと自体が適切ではない、と彼女は指摘する。テロリズムは犯罪として、あくまで刑法の論理内で対応すべきなのだ。9.11以降の重大な国際テロ(大量殺戮)は「人道に対する罪」として、国際刑事裁判所で裁くべきだと彼女は主張する。しかし、現実にはアメリカ合衆国、ロシア、イスラエル、アラブ諸国、中国などがローマ条約を批准していないため、国際刑事裁判所がテロ事件を裁ける状況にはなく、「テロリズム」の定義についての国際的な同意もない。
アメリカ合衆国は、「対テロ戦争」において「敵」とされた人々をグワンタナモ湾収容所に拘留し、非人道的な扱いをしつづけた。こうした「敵」を設定する理論には、対象に人間性を失わせる(非人間化する)危険があると、デルマス=マルティは指摘する。相手を人間と見なさずに大量殺戮が行われてきた今日までの歴史を考えれば、法治国家においては人権、つまり人間の尊厳を保障する努力をしなくてはならない。「国籍剥奪」は非人格化の始まりであり、非人間化につながる危険な措置だと彼女は述べる。
デルマス=マルティはまた、「緊急事態」条項について、施行できる最長期間、司法裁判官による監視、絶対に侵害することのできない基本的人権を明確に定め、危険に対して釣り合いのとれた措置であるという条件を満たすものでなければ危険だと指摘する。民主主義の法治国家において、自由と安全の釣り合いをいかに保っていくか。恐怖につき動かされて他者を敵のように扱うと、攻撃と報復の悪循環にはまることになる。したがって、他者への恐怖を統治の方法として使ってはならないと、彼女は強調する。
1月30日土曜日、パリをはじめフランス全国70の町で「緊急事態の停止、改憲反対」を求めるデモが行われた。100以上のNPOや組合、政党のよびかけ(前回紹介した「Nous ne céderons pas(私たちは負けない)」と「STOP Etat d'urgence(緊急事態を止めよ)」)によるもので、パリでは降りしきる雨にもかかわらず、1万人以上(主催者発表2万人、警察5500人)がレビュピブリック広場からコンセイユ・デタのあるパレ・ロワイヤルまで歩いた。不当な自宅軟禁の措置を取り消されたハリム・アブデルマレク氏が参加したこのデモには、若い世代の市民もたくさんいた。「緊急事態」下で、緊急事態の停止を求めるデモが禁止されずに、多様な市民が平和的にアピールできたわけだが、世論調査では79%が緊急事態の3ヶ月延長を支持しているという。しかし、二重国籍者の「国籍剥奪」条項についての支持率が、時がたつにつれて減っている(1月の世論調査では、12月末から10%減って75%)のを見ると、メディアなどで議論が交わされれば、感情的な反応が減る傾向にあることがわかる。
トビラ前法相は2月1日、『若い世代へのつぶやきMurmures à la jeunesse』(フィリップ・レー出版)というタイトルの本を発刊した。憲法改正案が閣議で決定された後、密かに書かれたものだ。二重国籍者の「国籍剥奪」措置に対する見事な糾弾文書であると共に、テロ後の政府の方針を真っ向から批判したものだ。例えば、テロを理解しようとすることは許すことだ(社会学者などに対する当てこすり)と言ったヴァルス首相に応えて、彼女は次のように記した「威嚇されても、知的な分野で降参してはならない。予想するため、世界に意味をとり戻すために、理解しなくてはならない(・・・)デカルトの国で、理性を呼び出そう。cogito ergo sum(我思う、ゆえに我あり)」
2016年2月2日 飛幡祐規(たかはたゆうき)
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