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イラクの首都バグダッドで、イスラム教シーア派指導者ニムル師の死刑を執行したサウジアラビアに抗議するイラクのシーア派の人たち(2016年1月4日撮影)。(c)AFP/AHMAD AL-RUBAYE〔AFPBB News〕
サウジとイランの対立激化を喜ぶ国はどこか 原油価格を吊り上げたい「あの国」の陰謀説も
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45699
2016.1.6 藤 和彦 JBpress
1月3日、サウジアラビアのジュベイル外相は首都リヤドで記者会見を開き、「イランとの外交関係を断絶する。イランの外交関係者に対し、48時間以内に国外に出るよう要請した」と発表した。
事の発端は、1月2日、サウジアラビアが、反政府活動を主導したとしてイスラム教シーア派指導者であるニムル師の死刑を執行したことだった。
イランではこれに抗議する群衆がテヘランのサウジアラビア大使館と第2の都市マシュハドの領事館を襲撃した。イランの最高指導者ハメネイ師も「(二ムル師の処刑を)神は許さない」と非難した。
イランの治安当局は事態を鎮静化するために大使館襲撃に関連して44人を拘束する。またロウハニ大統領も「大使館襲撃は到底正当化できないものだ」と表明した。しかし、サウジアラビア側は「イランの歴史は、アラブ問題に対する負の干渉と敵意に満ちており、常に破壊を伴っている」として、先にキレてしまったようだ。
その後1月4日に、サウジアラビアに続いてバーレーンとスーダンもイランとの国交断絶を発表した。バーレーンとスーダンはサウジアラビアと同じくイスラム教スンニ派が主勢力を占める。
■サウジの支配層を痛烈に批判した二ムル師
処刑された二ムル師は、中東で民主化運動「アラブの春」が広がった2011年から2012年にかけて隣国バーレーンのシーア派と呼応してサウジアラビア東部で反政府デモを主導したとして一躍有名になった人物である。
サウジアラビア東部のアワミヤという小さな町で育った二ムル師は、イランで宗教教育を受けた後、1990年代初頭にサウジアラビアに戻り宗教指導者として活動するが、イランとは距離を置く姿勢を見せていた。サウジアラビアの支配層を痛烈に批判する説教で知られ、2003年から2008年までの間に何度も投獄されていた。
地元で人気を博し特に若者たちに人気があった二ムル師は、アラブの春に触発されたサウジアラビアのシーア派の抗議行動を煽ったとして2012年7月に治安当局に逮捕される。2014年10月には、支配者に対する反逆、宗派闘争の扇動などの罪で死刑判決を受けていた。
米国政府は、スンニ派の盟主を自認するサウジアラビアとシーア派の大国間の緊張の高まりが過激派組織イスラム国(IS)掃討やシリア内戦の政治的解決に悪影響を与えると危惧している。しかし、緊張緩和を呼びかける以外に当面は打つ手がない状態である。
■原油価格低迷のしわ寄せがサウジ国民に
スンニ派とシーア派の対立により中東地域全体の安定を揺るがすことになる措置(二ムル師の処刑)を、サウジアラビア政府はなぜこのタイミングで実施したのだろうか。
その謎を解くヒントはサウジアラビアという国家体制にあると筆者は考えている。
国家が持つ天然資源を国王が管理し国民に利益を分配するシステムを持つ国は「レンテイア国家」と言われる(細井長・國學院大學教授)。サウジアラビアは典型的なレンテイア国家である。サウジアラビアの王族はカネをばらまくことによって国民の政治に対する不満を封じ込める手法を長年採ってきた。だが、2014年後半からの原油価格の低迷でそのカネがなくなりつつある。
12月28日にサウジアラビア政府が発表した2016年予算は2年続けての赤字予算となった。2016年の財政赤字額は3262億リヤル(約10.5兆円)と前年より圧縮されているが、達成できるかどうかは原油価格次第である(歳入に占める石油関連の割合は7割を超えている)。
2016年予算では歳入が6080億リヤルから5138億リヤルへと大幅に減少する見通しだ。それにもかかわらず防衛・安全保障関連支出に最も多く配分したことから、エネルギー関連の補助金を削減し、国内の燃料・電気・水道料金を大幅に値上げすることになった。例えばガソリン価格は1リットル=0.45〜0.6リヤル(約14〜19円)から同0.75〜0.9リヤルへと値上げする。国際的な比較では依然安価であるものの、50〜67%の値上げとなる。
1998年、産油国であるインドネシアで燃料価格の値上げに反発した国民の暴動がきっかけとなり、スハルト長期政権が終焉した。インドネシアの例を出すまでもなく、生活物資を値上げすることの危険性をサウジアラビア政府は十分承知しているだろう。しかし「ない袖は振れない」のである。
財政赤字を穴埋めする有力な原資として外貨準備が挙げられるが、通貨リヤルの下落を防ぐために毎月120億ドル以上の外貨準備が減少している。通貨リヤルをドルにペッグしている(1ドル=3.75リヤル)からだ。2015年11月、国際通貨基金(IMF)は「サウジアラビアの外貨準備は5年以内になくなる」と警告を発した。
原油価格下落が続けば、外貨準備取り崩しのペースは加速するだろう。だが、サウジアラビア政府はドルペッグ制を廃止することができない。なぜなら、ドルペッグを廃止すると通貨リヤルが暴落する。食料から自動車等に至るまで国民生活に必要な物資のほとんどを輸入に依存しているサウジアラビアでは、リヤル暴落によって輸入価格が高騰し、国民の不満は一気に高まってしまうからだ。
■「国民の蜂起は容認しない」ことを表明するも・・・
レンテイア国家サウジを支えている屋台骨が今や揺らぎつつある。サウジ政府は、ニマル師の処刑により「シーア派をはじめとする国民の蜂起は絶対容認しない」との決意を表明したのかもしれないが、国内のスンニ派とシーア派の緊張を常態化させてしまったのではないだろうか。
ニマル師の出身地であるサウジアラビア東部では、1月2日に住民数百人が「サウド王家を倒せ」と叫びながらデモ行進した。
シーア派の大半が居住しているサウジアラビア東部は大油田地帯である。イランメデイアによれば、シーア派住民の居住地域の警察署などから職員が退去し、周りをサウジアラビア軍が装甲車などで包囲する異常事態に発展しているという。既に軍の銃撃で犠牲者が1人出ているが今後も犠牲者が相次ぐようであれば、暴動が広範囲に拡散する恐れがある。
サウジアラビアに対するISやイエメンからの脅威も高まっている。
2015年12月15日に、サウジアラビア政府がISに対する有志連合の結成を発表すると、翌日にISはインターネット上で「サウジアラビア国民は圧政に対して立ち上がれ」と呼びかけた。
また、イエメンのシーア派武装組織フーシは12月22日、「サウジアラビアの国営石油会社の設備をターゲットにミサイルを発射し、目標に命中した」ことを明らかにした(サウジアラビアメデイアは「防空システムにより弾道ミサイルを撃墜した」と報じている)。サウジアラビア政府は1月2日にイエメンのフーシ派との停戦終了を宣言し、同国への空爆を再開した。
■原油価格下落の直撃を受けるロシア経済
あまりに唐突なサウジアラビアとイランの対立激化について、「原油価格を吊り上げるためにロシアが裏で画策して対立を煽っているのではないか」との憶測が出ている。
確かに原油価格下落によるロシア経済への悪影響は深まるばかりである。
アナリストの間では「原油価格が1バレル=30ドルになるとロシアの財政・金融の不安定リスクが大幅に高まる」(2015年11月30日付ブルームバーグ)との見方が有力だった。実際に2015年末から、政府系のロシア開発対外経済銀行(VEB)の危機が表面化している。VEBは、ウクライナ問題に端を発する欧米の経済制裁によって、国際金融市場での低コストでの資金調達手段を失った。同時に原油安によるロシア経済の落ち込みが深刻化し、投融資していた多くのプロジェクトで赤字が拡大している。
VEBはプーチン大統領が進める政策に大量の資金を提供するという重要な役割を演じてきたが、新規融資を既に停止しており、政府高官によれば「救済コストは1.3兆ルーブル(約2.2兆円)に達する可能性がある」(12月29日付ブルームバーグ)という。
ロシア政府の「へそくり」である準備基金も早ければ今年中に枯渇すると予測されている。VEB救済のためにロシア政府は極めて重いコストを負うことになるだろう。
サウジアラビア政府が2016年予算における原油価格を1バレル=約29ドルに想定したことは、原油価格のさらなる押し下げ要因となる(12月29日付フィナンシャルタイムズ)。2016年予算を原油価格1バレル=50ドルとの想定で編成したロシア政府は、1バレル30ドルに備える危機シナリオを準備せざるをえない事態に追い込まれている。危機回避の準備に奔走するロシアのノヴァクエネルギー相は12月29日、「世界の石油市場を不安定化させた」としてサウジアラビア政府に対して異例の批判を行った。
サウジとイランの対立を画策したかどうかはともかくとして、中東地域の地政学リスク急上昇による原油価格の高騰がロシア経済にとって「干天の慈雨」となることは間違いない。
■長期的な原油価格上昇は見込めない
2016年1月4日付ブルームバーグは、ニマル師の処刑により、サウジアラビアとイランの関係が「1980年代後半にイラン・イラク戦争でサウジアラビアがイラク支持の姿勢を打ち出して以来、最悪の事態となった」と報じた。この事態を受けて、4日のWTI原油先物価格は一時1バレル=38ドル台に上昇した。
今後、原油価格は上昇していくのだろうか。
イラン・イラク戦争は1980年9月に勃発し、その後8年間続いた。当時のOPECの生産量2位のイランと3位のイラクの間で紛争が生じたため、日量560万バレルの原油供給が停止してしまった(世界の原油供給量の8.6%)。だが、1986年の「逆オイルショック」で下落した原油価格は高騰することはなく、中国経済の「爆食」が始まる2004年頃まで1バレル=20ドル前後で推移した。
原油価格高騰による「需要の先食い」の結果生じた原油価格の急落という点で、逆オイルショック時の状況と現在は類似している。そのため中東地域の緊張の高まり程度では原油価格は高騰しないのではないか。
原油価格の上昇の鍵を握る需要面を見ると、2015年の中国のエネルギー消費量が43億トンと17年ぶりの低い伸びを示した。2016年の中国経済も製造業の不調が続くとされており、エネルギー消費の拡大は期待薄であろう。
米国のシェール企業は年末に入り稼動リグ数を若干増加させているが、「原油価格が30ドル台の環境で生き残れる態勢になっていない」(12月28日付ブルームバーグ)ため、大量倒産はいよいよカウントダウンに入っている。ジャンク債市場崩壊を通じた世界の金融市場の悪影響は想定内のリスクシナリオであるが、問題はそのマグニチュードとその後の救済策の巧拙である。
サウジアラビア・ロシア両政府は、中東各国への軍事介入を行っている余裕はないが、第5次中東戦争が勃発して原油価格が急騰しない限り、「ゆでガエル」になってしまう。「座して死を待つ」ことができない両国の火遊びは日本にとって決して対岸の火事ではない。
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