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英国のEU改革要求
欧州統合の本質問われる
庄司克宏 慶応義塾大学教授
17〜18日に開催される欧州理事会(欧州連合=EU=首脳会議)では、キャメロン英首相が11月にトゥスク常任議長に宛てた書簡で明らかにしたEU改革要求の議論が始まる。本稿では、英国の改革要求の意味合いや実現見通しについて考える。
キャメロン首相は2013年1月の演説で、15年の総選挙で勝利すれば、17年末までにEU脱退の是非を問う国民投票を実施すると約束した。早ければ来年6月にも国民投票が実施される見通しだ。同氏は、他の加盟国に要求している英国の望むEU改革が達成されれば、その成果を自国民に示すことで国民投票でEU残留を確保する算段だ。
英国の要求項目は経済ガバナンス(統治)、競争力、主権、移民の4つだ。中には基本条約の改正を要するものも含まれており、国民投票の実施日までには間に合わない。このため、例えば首脳宣言の形で政治合意しておき、残留決定後に条約改正の手続きを踏むことも想定される。一方、脱退という結果が出た場合には、英国とEUが今後どのような関係を結ぶかを巡って交渉が進められることになる。
英国の要求項目を具体的にみていこう。経済ガバナンスでは、全28カ国中19カ国と多数派を占めるユーロ圏に対して少数派の非ユーロ圏が、域内市場などの政策決定で不利益を被らない仕組みを確保することを要求している。
欧州議会とともに立法部を構成する閣僚理事会では「加盟国数の55%以上+EU人口の65%以上」という特定多数決により決定が成立する。ユーロ圏は国票の55%を超えており、人口票でも約67%に達するため、理論的には常に投票で勝つことになる。現在の非ユーロ圏が一致して投票しても決定を阻止できない。
是正案としては、ユーロ圏と非ユーロ圏のそれぞれで特定多数決の成立を必要とする「双方多数決制」の導入が考えられる。この方式は、EUの補助機関として銀行規制を技術的に整備する欧州銀行庁で導入されている。しかし、それを閣僚理事会の決定に取り入れることは非ユーロ圏に有利になるため、合意は容易ではない。非ユーロ圏のデンマークやスウェーデンなどが支持する一方、ユーロ圏では特にフランスが懐疑的だ。
次に、競争力の項目では、域内市場における規制がビジネスにとって過剰な負担とならないよう規制削減の目標設定を提案している。EUはユンケル欧州委員長の下で規制削減に取り組んでいるうえ、デジタル市場統合などを政策優先課題としている。そのため、この点ではEU側と英国の間に意見の相違はない。
ただしEUの考え方は規制削減だけにあるのではない。域内市場は社会的市場経済に基づいており、雇用や社会政策などの様々な価値を包含している。一方、英国はあくまで域内市場を経済的効率性でとらえる立場であり、EUの考え方は過剰な規制や非効率をもたらすとみなしている。両者とも域内市場を重視しているが、その意味するところには大きな違いがある。
3番目の国家主権に関わる問題では、キャメロン首相は、基本条約にある「一層緊密化する連合」に向かう義務について英国に適用除外を認めることを要求している。これには主権維持という象徴的な意義があるとともに、EUに対しては域内市場を共通基盤としつつ各国が自国の望む政策分野にのみ参加することを意味する「アラカルト欧州」を認めさせる意味を持つ。
昨年6月の首脳会議の結論文書に「一層緊密化する連合という概念は、国ごとに異なる道筋を念頭に置いており、統合深化を望む諸国が前進するのを認める一方、これ以上深化を望まない諸国の希望を尊重することに留意する」とある。このように英国の要求は既に首脳レベルで容認されているが、その代わり英国がEU統合に対する拒否権を放棄すべきだとの主張もある。
また、英国はEU法案への拒否権を各国議会に認めるよう要求している。今も欧州委員会の提出するEU法案に反対する国内議会が全体の3分の1以上に達すると、法案の見直しを検討しなければならない。しかし、最終的に欧州委員会は修正なしと判断することも可能なため、国内議会に事実上、拒否権はない。キャメロン首相が要求しているのは拒否権であり、一定数の国内議会の反対によりEU法案を廃案に追い込むことを可能にするものだ。これにはスペインやベルギーに加え、欧州議会が強く反発している。
最後に、英国は他の加盟国からの移民(域内移民)を抑制することを望んでいる。将来加盟する国に対しては既存加盟国との経済格差が十分に解消するまで自由移動を認めないことや、福祉制度へのただ乗りを抑えるため域内移民が英国で在職給付や公営住宅入居の資格を得るまでに4年間の居住・労働を必要とすることなどを要求している。
EUでは基本原則として労働者の自由移動が認められており、移動先の加盟国で国籍に基づく差別は禁止されている。英国民の労働者が享受する社会給付は、英国で働く他の加盟国の労働者にも平等に与えなければならない。英国の要求は域内移民労働者を明らかに差別的に扱うものであり、中東欧諸国をはじめ反対する加盟国が多いため、交渉が最も困難な項目である。
英国の諸要求に対しては特に北欧諸国が支持しており、ドイツも総じて理解を示している。独仏など加盟国や欧州委員会は英国のEU残留を望んでおり、キャメロン首相をはじめ英国内の穏健派も同様だ。そのためEU側には、キャメロン首相が国民投票でEU残留を勝ち取れるよう4つの要求項目で妥協する用意がある。しかし、それはあくまでEUの基本原則に反しない限度にとどまる必要がある。
もし英国の要求が実現すれば、どんな事態が想定されるのだろうか。「一層緊密化する連合」という基本条約の目標を前提とする「2速度式欧州」に、それを前提としない「アラカルト欧州」という異質な要素が加わる(図参照)。
2速度式欧州は、能力と意思を持つ先発組がまず統合を進め、意思はあるが能力に欠ける後発組がやがて追いつくことを想定する。EUはユーロ圏と非ユーロ圏に分かれているが、いずれはすべての加盟国が単一通貨ユーロに参加することが建前だ。ただ現実には、能力に欠けるギリシャが虚偽の統計でユーロに参加したことが後に判明する一方、能力を持つ英国やデンマークには参加の意思がない。
これに対し、アラカルト欧州では単一通貨採用という目標は共有されていない。キャメロン書簡では「ユーロ圏諸国が自己の通貨の価値を将来にわたり確保するためにとる措置の邪魔をする気はない」と述べる一方、EUが複数の通貨を有することを承認するよう要求している。ユーロ圏が経済通貨同盟の完成に向けて経済・財政統合を進めることを容認しつつ、非ユーロ圏は域内市場以外の政策分野に必ずしも参加しない自由があることを強調したものだ。
このように英国が要求するアラカルト欧州では、ユーロ圏の統合深化と相まって、EUのあり方が根本的に変容する可能性があり、欧州統合の本質が問われることになる。それだけに来年2月の首脳会議で政治合意がなされても、実際の基本条約改正では再び厳しい交渉が予想される。
<ポイント>
○英国は基本条約の義務の適用除外を要求
○域内移民の抑制要求は基本原則揺るがす
○部分参加方式は単一通貨の目標共有せず
しょうじ・かつひろ 57年生まれ。慶大院博士課程単位取得退学。専門はEU法・政策
[日経新聞12月11日朝刊P.31]
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