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メルケル首相10年 揺れるドイツ
(上) 「欧州の女王」続く試練 長期ビジョンに弱み
ドイツが揺れている。寛容な難民政策を掲げたメルケル首相に与党内から批判が噴出し、盤石だった政権運営にほころびが見える。2005年11月に首相に就いてから10年間にドイツを経済力と政治力を兼ね備えた「欧州の盟主」に押し上げたメルケル氏。ギリシャ危機、押し寄せる難民、同時テロ――。猛烈な逆風のなか「欧州の女王」はドイツと欧州をどこに導こうとしているのか。
11月10日、保守系与党・キリスト教民主同盟(CDU)の会合は荒れた。「国境を閉鎖せよ」。若手議員が激しく突き上げた。
CDUの党首になって15年。君臨するメルケル氏に盾突けば政治生命が危うくなるというのが党内の常識だった。それでも声を上げたハウプトマン連邦議会議員が心境を吐露する。「難民は今年だけで120万〜130万人。多すぎる」
メルケル氏が大勢の難民の受け入れを決めたのは3カ月前。ほかに選択肢はなかった。ドイツは緊縮を嫌がるギリシャをねじ伏せた。ここで難民を追い出せば「傲慢」という批判が強まる。それを避けたかったと、ある党幹部は首相の胸の内をおもんばかる。
難民を受け入れれば国際貢献になる。かつてのナチス政権の行為に対する反省もある。結論は明らかだった。聖職者の家に生まれ、弱者救済というキリスト教の価値観を重んじるメルケル氏の判断に党は寄り添った。
だが想定外に多い難民の流入とパリ同時テロで風向きが変わった。政策を転換するのかしないのか。しないなら難民危機をどう克服するのか――。首相官邸は沈黙する。
「首相に任せれば大丈夫」という安心感が消え、「危機管理能力」に疑問符が付く。ギリシャ不安などの危機を乗り越えることで積み上げた評価が今回の一件で揺らぐ。
浮き彫りになったのはメルケル氏の弱点だ。「損得を緻密に計算して政策を選ぶのは得意だが長期ビジョンに欠ける」と、同氏を若い頃から知る政界関係者は指摘する。
徹底した合理主義は政治的なもろさでもある。16年におよぶ長期政権を打ち立てたコール元首相は党の小さな会合にも深夜まで参加。地方幹部の誕生日に自ら祝いの電話をかけた。
かたやメルケル氏は要件を単刀直入に切り出す。毎年訪れるバイロイト音楽祭でも地元の党幹部と長く雑談に興じることは少ない。党内で反乱が広がると抑えがきかなくなりかねないが、失脚するとみるのは早計だ。
メルケル氏の人気に乗って当選した「メルケル・チルドレン」が首相を支える。テロ対策で国内は結束が求められる。党内に有力な対抗馬は見当たらない。CDUと共同歩調をとる地域政党、キリスト教社会同盟を合わせたキリスト教民主・社会同盟(メルケル陣営)の支持率はなお39%の高さだ。メルケル陣営と連立を組む社民党を引き離す。
来年3月の地方選がカギを握る。勝てば党内の不満は抑え込まれる。大敗すれば「メルケルおろし」が本格化する。メルケル時代の終わりの始まりか、波乱のひとつにすぎないのか。独政界の最大の関心事だ。
[日経新聞12月7日朝刊P.7]
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(下) 運と遺産頼みの限界 「大国」に周辺国は警戒
11月13日にパリで起きた同時テロを「戦争」と断じたフランスのオランド大統領。その翌14日にメルケル首相は呼応した。「あらゆる方法で助けたい」。シリア空爆で報復する仏軍を助けるため、偵察用の攻撃機や給油機を派遣する――。動きは素早かった。
2001年の米国でのテロ「9.11」の際、当時の独政府は「連帯感」を口にしたが米軍主導のイラク戦争には反対した。だが今回は最重要の同盟国フランスが標的。だんまりを決め込むわけにはいかない。
「カネは出すが口や手は出さない」という戦後の政治思想は終わった。いまやウクライナの和平交渉も主導し、欧州の安全保障論議をけん引する。メルケル政権下でドイツは米ロ中に迫る「大国」に脱皮した。
戦後の初代西独首相アデナウアーは焦土を高度経済成長で復興させ、ドイツ人に「自信」を与えたと評される。それに似た効果をメルケル首相はもたらした。世界の規範となる「モデル国家」になったとの自信がドイツ国民にはみなぎる。
政権の発足当初は先行きが危ぶまれていた。メルケル首相は政策通とはいえず、経済も迷走する「欧州の病人」だった。
07年夏、ザルツブルク音楽祭にいたメルケル氏のもとに一通のショートメッセージが届いた。「IKB産業銀行の経営が危ない」。金融危機を伝える監督当局からの伝言だった。
だがメルケル首相は状況がのみ込めない。「IKBってなんですか」。それが返信だった。
社会保障制度の見直しで家計の負担がどう変わるかをうまく説明できず、失笑を買ったこともある。「現実がわかっていない」。担当記者は冷笑した。
ところが政治家にとって最も重要な「運」は首相の味方だった。周辺国の経済が失速する一方でドイツでは前政権が取り組んだ構造改革の成果が花開いた。その果実を傷つけないように安全運転で債務危機を乗り切り、押し上げられるように欧州のリーダーとなった。
周辺国が警戒心を抱かぬように用心はしている。総選挙で保守系与党が大勝した13年9月、祝賀パーティーで党幹部がドイツ国旗を振ろうとした。めざとく見つけたメルケル氏は駆け寄って国旗をむしり取り、壇上からうち捨てた。愛国心をむきだしにするのは得策ではないと考える。
それでもドイツ流の政策と価値観で強引に欧州をまとめようとしていると周辺国には映る。
メルケル首相は7月のユーロ圏首脳会議で緊縮策を避けようとしたギリシャのチプラス首相を17時間も責め立てた。足元の難民危機でも各国に根回しをせずに「域内で均等に分担する」という構想を打ち出した。力を持って日が浅いドイツは大国慣れせず、域内にはドイツ警戒論がくすぶる。
そうしたなかでドイツの力の源泉だった政治の安定と経済力にリスクが忍び寄る。周到な準備もなしに大勢の難民を受け入れたことでメルケル人気は下降気味。フォルクスワーゲンの不祥事は経済を揺さぶる。
失政は許されない。ドイツが沈めば債務危機も難民危機も解決できぬまま放置される。運と歴代政権の遺産で乗り切れる時期は終わった。メルケル流の長期ビジョンと計画性が求められている。
赤川省吾が担当しました。
[日経新聞12月8日朝刊P.7]
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