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※日経新聞連載
[時事解析]試練続く欧州統合
(1)揺れる「移動の自由」 難民・テロの影響大
欧州統合に試練が続いている。大量の難民流入、テロ、ギリシャの債務問題など、危機や難題をどう乗り越え求心力を保つか、耐久力が問われる。
パリの同時テロを受けて11月に開いた欧州連合(EU)内相・法相理事会は、域外との厳格な国境検査や加盟国間の情報共有の強化を決めた。
EUは基本条約で「人の移動の自由」を掲げる。大半の加盟国はシェンゲン協定のもとで互いに国境管理を撤廃しており、いったん域内に入れば自由に動き回れる。
その一方で、テロ監視体制や警察機構には国ごとの敷居が存在し、テロリストの情報共有が不十分だったことも明らかになった。統合の理念である移動の自由を支える体制が追いついていない。
シリアなどからの難民への対応も難しさを増した。難民向けの国境管理を導入する動きが相次いでいたところへ、テロの影響が加わり、一部加盟国は難民受け入れ分担を拒否する構えをみせる。
一方で欧州では、難民受け入れは経済にプラスという意見も根強い。
EUの欧州委員会は秋季経済予測の中で難民流入の影響を分析し、EU全体で2016年から20年までの間、毎年0.2〜0.3%の域内総生産(GDP)押し上げ効果があると予測した。
ドイツでは最大0.72%の効果を見込む。ただし、熟練度の低い労働者だけだと0.5%程度までにとどまる。
ドイツは難民受け入れに寛容な姿勢だったが、国内で批判も強まってきた。予想を上回る規模の難民流入とテロ事件の与えた影響は大きい。
(編集委員 刀祢館久雄)
[日経新聞11月30日朝刊P.17]
(2)弱点抱えたユーロ 安定・強化課題多く
債務危機に陥ったギリシャに対し、欧州連合(EU)などの債権団は8月、最大860億ユーロ(約11兆円)の金融支援を決めた。その一環として11月下旬にギリシャ大手銀行への資金注入を承認するなど、再建計画は一歩ずつ進んでいるかにみえる。
だが問題解決には、長期にわたる債務の返済猶予や元本削減といった大幅な負担軽減策が必要になると、国際通貨基金(IMF)は報告書で指摘する。寛大な措置を避けたいドイツなど貸し手側との交渉はこれからだ。
危機は通貨ユーロの本質にかかわる問題を突き付けた。1999年に発足した単一通貨体制では金融政策を一元化しており、ある国の景気が悪化しても独自の利下げや通貨安誘導はできない。
それでも労働や資本の移動が自由で、域内の貿易取引が活発な場合、共通通貨のメリットは大きいという議論がある。確かにユーロ圏内での労働移動は自由だが、国ごとの景気の差をならせるほど活発ではない。
財政運営は19カ国それぞれの主権下にあるので、財政に余裕のある国から危機に陥った国への資金移転も容易でない。
ただ、ユーロは弱点を承知のうえで政治的判断で導入された面も大きい。一時はユーロからの離脱さえ議論されたギリシャにも、関係国は単一通貨とEUの体制安定を優先し支援に動いた。
ユンケル欧州委員長らは6月に公表した報告書「経済通貨同盟(EMU)の完成」で、共通の預金保険の枠組みやユーロ圏財務省の創設などを提案した。ユーロの安定と強化に課題は多い。
(編集委員 刀祢館久雄)
[日経新聞12月1日朝刊P.27]
(3) 英国のEU離脱論 国民投票控え混沌
統合への不満や移民・難民への不安などから、反欧州連合(EU)を唱える動きが欧州内部で目立つ。なかでも注目されているのは、英国がEUを離脱する可能性だ。
キャメロン英首相は5月の総選挙で、2017年末までに国民投票でEUからの離脱の是非を問うことを公約に掲げ勝利した。16年にも国民投票に踏み切る見通しだ。
英国は欧州単一通貨のユーロを採用しないなど、以前から欧州統合に一定の距離を置いてきた。国境審査なしで出入国を認めるシェンゲン協定にも参加していない。
それでも東欧などからの移民増加やEUの規制に反発する声を無視できず、キャメロン首相は政治的な賭けに出た。世論調査では残留派が優勢だったが、逆転を示す調査も出てきた。欧州への難民急増やパリ同時テロが影響した可能性がある。
英国が離脱した場合の影響はどうか。EUと緊密な貿易関係を持つことは可能で、北米自由貿易協定(NAFTA)への加盟すらあり得るという楽観論もあるが(ロジャー・ブートル著「欧州解体」)、負の影響を予測する声は多い。
キャメロン首相は11月に、4項目の改革要求をEUに提出した。移民にも手厚かった社会保障の給付を制限する内容が含まれており、東欧諸国などの反発は必至だ。
英国のような非ユーロ圏の国に対し、ユーロ圏の決定を義務付けないことも求める。EUとの交渉で譲歩を勝ち取って国民に残留を訴え、投票を乗り切る考えとみられているが、離脱論の行方は混沌としている。
(編集委員 刀祢館久雄)
[日経新聞12月2日朝刊P.28]
(4) 不安定な統治構造 強まるドイツ主導
欧州連合(EU)の組織ガバナンス(統治)は複雑で、運営は一筋縄ではいかない。内部機関が超国家的に動かす部分と、有力国の意向で決まる現実が併存するからだ。
EUの主要機関は(1)加盟国の代表で構成する理事会(2)EUの「政府」に相当する欧州委員会(3)欧州市民が議員を直接選挙で選ぶ欧州議会――だ。司法分野では、EU法に基づき判断を下すEU司法裁判所がある。
一方、ギリシャ危機やシリア難民の大量流入などの問題が浮上した際、政治的難問の調整には常にドイツのメルケル首相の存在があった。
アンソニー・ギデンズ元ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス学長は著書「揺れる大欧州」で「EUのガバナンスは二つの交差構造を通して実行されている」と指摘する。欧州委のような機関が運営するものをEU1、ドイツなど「実際の権力」が非公式に動かすものをEU2と呼ぶ。
EU1の部分では、加盟国をとりまとめ対外的な「顔」になる存在として09年、EU大統領(首脳会議の常任議長)職が創設された。だが現実には地味な役割にとどまる印象が強い。
EU2では長年、「独仏枢軸」と呼ばれる強固な関係が欧州統合をけん引した。最近ではフランスの存在感が低下し、経済で一人勝ちを続けるドイツが「欧州の盟主」として主導権を握る場面が目立つ。
特定国の影響力増大は機敏な意思決定にはプラスだが、行き過ぎれば公式な枠組みの意味が薄れ加盟国の不満が高まる。EUの統治構造は不安定さを内包している。
(編集委員 刀祢館久雄)
[日経新聞12月3日朝刊P.27]
(5) EUの将来像 一体的深化困難か
欧州統合はこの先さらに進んでいくのか、あるいは離脱したり距離を置いたりする国が相次いで立ち往生するのか。先行きは不透明だ。
第2次大戦後に始まった欧州統合は、当初の欧州石炭鉄鋼共同体から現在の欧州連合(EU)に至るまで、地理的な「拡大」と経済統合などの「深化」の両輪で進んできた。
「大欧州」の時代とも呼ばれる節目を迎えたのは、中東欧など10カ国が加盟した2004年の東方拡大だ。その5年前には単一通貨ユーロを導入し、深化と拡大が大きく進んだ。
大欧州時代にふさわしいEUの基本法として初の欧州憲法の成立を目指したが、フランスとオランダが05年の国民投票で否決し頓挫した。代わりに、国家を連想させる憲法という呼称をやめ、内容も一部弱めたリスボン条約が新たな基本条約となった。統合の深化はここで一区切りとなった。
遠藤乾・北大教授は、憲法の概念を放棄したのを機にEUは集権化と分権化が綱引きする段階に入ったと指摘する(「統合の終焉=しゅうえん」)。
庄司克宏・慶大教授は、ユーロ圏と非ユーロ圏の間に存在する「2速度式欧州」の統合方式が今後、ユーロ圏内部でも使われるとみる。独仏など中核国が先行して統合を進め、南欧諸国などが遅れて参加するシナリオだ。英国などはユーロ圏外で選択的に統合に参加する「アラカルト方式」で対応すると予想される。
拡大の行方については、加盟交渉が延々と続くトルコの扱いが焦点になる。
(編集委員 刀祢館久雄)
=この項おわり
[日経新聞12月4日朝刊P.27]
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